2009年6月アーカイブ

ちょっとした買い物をしようとスーパーに立ち寄りました。
どこに何があるのかさっぱり分からず、目指す品物を探して店内をうろうろしていたとき、一人の老人(私もその老人の一人ですが・・・)が目に留まりました。
年齢は70歳半ばくらいでしょうか。
安売りのインスタントやきそばの棚の前に立ち、商品を手に取りあれこれと悩んでいる様子でした。
腰が少し曲がっており、左手にスーパーの買い物かごを下げている姿に、どことなく侘いものがありました。
そのかごの中には小さな花束が入っていました。他に何もありません。

花の感じからいって仏壇に供える花のようでした。
今日が亡くなった連れ合いの命日なのでしょうか。
それとも、花の好きだった奥さんのために生花を欠かさないようにしているのでしょうか。

母親の方が先立ち、年老いた父親が残ったときに、よく言われることがあります。
「お父さんのが先の方が良かったわね・・・」
昔から、「男やもめに蛆がわく」と言われるように、年老いた男一人が残ると大変です。
本人も、周りの人も。

小津安二郎監督の名作〔東京物語〕の中でも、このような台詞が使われていたと思います。
「こいっちゃ何だけど、お母さんよりお父さんが先の方が良かったわね」
東山千栄子さんが演じる母親が急逝したときに、娘役の杉村春子さんの台詞だったと記憶しています。

連れ合いを無くした笠智衆さんが、映画のラストシーンで『一人になりますと、急に日が長うなりますわい』と言います。
このときの笠智衆さんの声とイントネーションが私の胸に刻まれています。

スーパーの老人は、長年連れ添ったかみさんに先立たれ、男一人老後の人生を歩んでいるといった寂しさが、インスタント焼きそばを選ぶその手つきや、腰が曲がり少し前屈みになった姿勢から伝わってきます。
役者なら、笠智衆さん同様、素晴らしい演技です。

CB0617-002 uch35

CG1014.32 東京都荒川区荒川 R5924

私もインスタント焼きそばが好物です。
ついつい、その老人に自分の姿を重ねてしまっていました。
連れ合いには私よりも長生きしてもらわなければいけません。


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みかん猫67

鶯張り

山口県熊毛郡


「靴がなる」(題名が間違っているかもしれない)という童謡があった。
『おててつないで野道を行けば みんな可愛い小鳥になつて 歌をうたへば靴がなる
晴れたみ空に 靴がなる』といった内容の歌詞だったと思う。
それにしても、昔のことはよく覚えているものだ。最近のことは忘れてしまっていることが多いのに。
もう、この歳になると「ど忘れ」なんてものではない。本当に忘れてしまっているような気がする。
これまでの忘れてしまいたいような経験をいっぱいしてきたから、嫌なことを忘れるように体が仕向けているのかも知れない。

いや、嫌なことだけが思い出せないのではなく、良く言われるように昨夜の夕食のおかずが思い出せなかったりもする。
その代わりと言ってはなんだけど、子供の頃のつまらない記憶がふっと浮かんできたりする。


CP0627.002 福岡市東区 dp2-

「靴がなる」は「おててつないで野道を行った」遠い記憶が蘇ったのではない。
いま私が履いている靴がきゅきゅっと鳴るのだ。
町の騒音の中を歩いているときには聞こえないが、静かな通りに入ると聞こえてくる。
履き心地が極めて良く、長く歩いても疲れないので、長歩きが予想されるときにはこの靴を履く。
路地など人気の無いところに入り込むと、まるで鶯張りの床を歩いているような音がする。
鶯張りとは、人が歩くと床はキュッキュッと鳴るように仕組まれた床で、京都の知恩院や二条城の残ている。
わざわざ京都まで出かけなくても、我が家の床も鶯張りである。
おっと、こちらは単なる安普請が・・・


岡山市奉還町

鶯張りの靴を履いていて、静かな大学の廊下で人とすれ違うときなどは、靴が泣かないようについつい足取りが慎重になってしまう。
そうすると余計に大声で泣くから困ったっものだ。
アメリカで買ったスニーカーだから、幅広、甲高で不細工な日本人の足に踏みつけられて嫌だ嫌だと泣いているようだ。

「私が撮った」

CF0903L3514A (851)-

CF0330.075 et21

歳とともに目が弱くなり、反射神経も鈍ってきているので、そろそろオートフォーカスカメラにすべきかと思ってもいるのであるが、どうもオートフォーカスは頼りなくていけません。
いえいえい、機械が頼りないと言っているのではなくて、「私が撮った」という実感が伴わなくて頼りないのです。
お気軽カメラはオートフォーカスでも良いのですが、ここ一番というときは、かすみはじめた目ではあるが、経験に裏打ちされた「感」にものを言わせてマニュアルフォーカスで、出来るとこまでやって行きたいものだ。


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みかん猫67

昼寝と散歩

久しぶりに休みがとれたので、思い立って生け垣の手入れをした。
このところ「忙しい。忙しい。」と云うことを口実に庭に立つこともなく過ごしてきたが、生け垣は伸び放題、小さな庭は雑草に覆われ、さすがにちょっと見苦しくなり、見て見ぬふりが出来ない状態になってしまった。

CP0627.008 福岡市東区 dp2-


できるだけ早い時間に取りかかって、日差しが強くなる前に終わってしまいたいと思ったのであるが、ご近所迷惑と云うことも考えて8時を過ぎてから始めた。
電動の刈り込み機があるわけでもなく、チョッキンチョッキン枝きり鋏での作業。
腕力の衰えなのか、だんだん鋏が重く感じられるようになった。

小さな庭だが、人の手が入らないと乱れるものである。
予想以上に時間が掛かった。
生け垣の刈り込み、庭の雑草抜きなど、あれこれと作業をしているうちに日差しも強くなって来たので、庭が小ざっぱりとしたところで今日の作業葉終了。
シャワーを浴びて汗を流しさっぱりと・・・
大したこともしていないのに、だらだらと過ごす普段の休みの日と違って、なんだか、充実した休日と云った気分になれた。

CP0627.005 福岡市東区 sn28a-


庭仕事をしていると、カラスがたくさん集まってきました。
カラスの様子をうかがっていると、向いの家の庭にある〔すもも〕の実を狙って集まっているようであった。
木からすももの実をもぎ取り、屋根の上で食べている。
ちょっと油断をすると、すももの実が屋根を転がり落ちて雨樋に中に入る。
その実を追いかけるカラスの姿が滑稽であった。

庭仕事をして、昼寝をして極上の休日の仕上げは散歩。
生け垣の手入れで刈り込み鋏を使っていて、手の筋力の衰えを感じたのと同様に、このところ足の衰えも時折感じることがある。

散歩は、足腰を鍛えるため・・・なんてことではなくて、今日もなにか写真に収めたくなるようなものと出会えればといった心持ちでの散歩である。
普段、学生諸君に「写真撮れ。写真撮れ。」と言っている立場上、自分自身も機会を見つけては写真を撮らなければいけません。
まだまだ若い奴らに負けてはいられません。
残念ながら、私に負けずと競争を挑んでくる学生も居ません。
こんな状態では腕や足腰同様、写真の力も衰えてしまいます。
誰か、強力な稽古相手が現れないものだろうか。

CP0627.006 福岡市東区 dp2-

日が傾き始めたので、散歩の最後にと今夜のおやつを買いにケーキ屋さんに立ち寄った。
これも散歩の楽しみの一つである。
本日は季節柄、桃のスイーツと洒落込んでみた。

JR駅前で何かを配布していた。
私は手渡されるものはすべて貰っておくことにしている。
なんて書くと、「がめつい奴っちゃな・・・」「やっぱ、大阪人は違ゃうな・・・」などと言われるだろう。
そうかも知れない。
ティッシュペーパーなどは有り難く頂いておく。
自分に必要なければ適当なゴミ箱に捨てれば良い。


東京都台東区上野

手渡されるものはすべて頂く本当の理由は他になる。
それは、ビラ配りをした経験からきている。
自分の引き受けた分が早く無くなるのは嬉しいものである。
立場が変わって、受け取る側になたとき、彼、彼女らの仕事が早く片付くように手渡されるものはすべて貰っておくのである。

同じチラシを別の人がくれようとしたときには、「さっき貰いました」の一言をかける。
多くの人が、チラシを持って差し出された手の前を無視するかのように無言で通り過ぎる姿を街中で見かける。
これが傍目に見ていても嫌なのである。
立ち止まって話すことはない。「さっき貰いました」の一言くらいなら、その人の前を通り過ぎる間に話せる。
私たちは言葉を持っているのだから。

さて、JR駅前で配布していたものは、私にはくれなかった。
私には関係のないものなのだろうと思っていたら、道を渡ったところでも同じ衣装を着た人たちが配っていた。
こちらの人は私にも差し出した。
受け取ったものを見るとフィッオネスクラブの宣伝であった。

CF1103.116 東京都日本橋牡蠣殻町 et21


ここで一つの疑問が湧いてきた。
最初の人たちはなぜ私にくれなかったのか?
きっと、フィットネスクラブなどに来そうなご面相ではなかった・・・のだろう。
では、なぜ二番目の人たちは私にくれたのか?
疑問が疑問を呼ぶ。

運動不足からくる生活習慣病が気になる年齢である。
このところ、運動不足を自覚しているので、フィットネスクラブにでも出かけてみるのも良いかもしれない。
しかし「金払うてまで、運動せなあかんのかいな・・・」と、大阪人根性が問いかけてくる。
「歩けばエエやんか・・・金もかからんし・・・歩いたら写真も撮れるで・・・」
「ほんま、そうやな」と大阪人魂が応える。

先日、私が所属する団体から大きな封筒が届いた。
中には、健康診断の結果が入っており、添えられた紙には『あなたは メタボではありません』と宣言されていた。
「やっぱ、歩くだけで十分や・・・金払うてフィットネス行く必要ないわ」

CFJJ04-026 東京都港区白金 et28a


私は写真という言葉を持っている。
歩く道すがらで、そっと私にサインを送ってくるものたちにシャッター音という言葉を投げかけながら、今日もてくてく歩く。
多少、メタボを気にしながら。

昨日の〔アップデート〕の話続き。
最近ではアップデートと称する便利なシステムが出来上がっている。
購入後もインターネットからファームウエアをダウンロードし、それをカメラに加えることで、新たな機能が追加できたり、発売後見つかった不具合が修正できたりするのである。
これは悪いことではない。
自分のカメラが常に進化し続けるのですから、有り難いと言えば有り難い。

昨日の〔亀カメラ〕では、このことを「見切り発車的である」と偉そうなことを書いた。
デジタルカメラの開発に携わった技術者が、「後で多少のことは何とかなる・・・」と、考えているとは思わないが、精一杯、発売時に完成度を高めておいて貰いたいものである。


ハワイ オアフ島 ホノルル

これと似たようなことが、私たち写真を撮る側の人間にも言える。
デジタルカメラで写真を撮る人たちの間でよく聞かれる言葉がある。
「デジタル写真は後で何とかなる・・・」
確かに言えている。
多少、露出が違っていても、ホワイトバランスが崩れていようが、チョチョイのチョイである。
水平が狂っていても、チョイである。(私の写真は水平が狂っているのが特徴もたいなものであるからこれは必要ないが・・・)

フィルムカメラの時代は、撮影の失敗は致命的であった。
フィルム現像の失敗は取り返しがつかない。
だから、いつでも気が抜けなかった。

デジタルカメラでの撮影は、その緊張感がない(と思う)。
撮影の結果はすぐに液晶画面で確認でき、悪ければ撮り直しも出来る。
RAWデータの現像は何度でも、気に入ったものが出来るまで繰り返し出来る。

挙げ句の果てが、「デジタル写真は後で何とかなる・・・」である。
ご気楽である。
写真を心から楽しめる環境ができつつあるのは喜ばしいことではるが、「もうちょっと緊張感を持ってやろうよね」と言いたくなるオヤジは私だけだろうか。


PE50104

「若い頃の苦労は買ってでもしろ」と祖母に言われながら育てられた。
「鉄は熱いうちに打て」「三つ子の魂、百まで」という言葉もある。
若い頃に、苦労を乗り越える経験をすることが大事だと云うことか。

私の若い頃は、当然、フィルムと印画紙を使う銀塩写真であった。
緊張を強いられる銀塩写真であったことが、今では幸せだったと思える。
若い頃の経験と、「デジタル写真は後で何とかなる・・・」とでチョチョイのチョイと、気楽に写真が楽しめているから。

逆立ち

どうりで、最近、緊張感の足りない写真ばかり撮っているよな。

P.S 今日の三枚の写真は、緊張感を持ちながらハワイを歩き回っていたフィルムカメラ時代のもの。

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みかん猫67

アップデート

CP0601-008 福岡市中央区 DP2 -


昨今の電気製品と云うか、電子製品と云えば良いのか・・・そういった製品では、〔アップデート〕の作業が不可欠になっている。
製品として発売された後も、新たな機能追加や不具合の修正などをインターネットを通じて行うのである。

社会の変化が激しく、顧客の満足度を高めていくためにも、これは必要なサービスであることは十分認めているのであるが、昔人間、アナログ人間の私にとっては、どことなく釈然としない部分もある。
何が釈然としないのか。
その第一は、発売後もあれこれと修正などがあるということは、完成度の低い製品を、いわば見切り発車的に売り出してしまった・・・といった印象がある。
発売後の修正が出来にくい時代には、発売までに製品として十分に練りに練って仕上げていたものと思う。
それが良くて、現状が悪いと言っているのではない。
あくまで、心の片隅でなにか釈然としないもやもや感が生じるのである。
もちろん、私の抱く印象は、今の社会構造やスピード感を無視してのことである。
私自身、アップデートの恩恵は十分に受けているので、あまり文句は言えない。

二番目の?は、アップデートはインターネットで配信されてくるので、パソコンがインターネットに繋がっている必要があること。
自前のパソコンがインターネットに繋がっていなければ駄目である。
どこかインターネットに繋がったパソコンから、メーカーのホームページを見て、アップデート情報を確認する必要がある。

となると、パソコンに縁遠い人たちにとっては、発売時に設定された状態で使用を続けている人も多いことだろう。
そうなると、やはり、発売までに、製品を十分に練り上げておく必要があるのではないだろうか。


CP0601-005 福岡市中央区 DP2 -

今やカメラも電子製品になっていますので、ファームウエアのアップデートは当然ある。
先日、発売後間もなく手に入れたカメラの場合、私の手元にカメラが届いた時点でファームウエアのバージョンが上がっているのには驚いた。
これってサービスなの?
それとも、欠陥商品だったの?
などと、考えてしまいまった。

カメラはカメラや任せと云う訳にはいかなくなった。
関連ソフトとの連携も重要である。

DP2のRAWデータがphotoshopで開くようになった。
もちろん、DP2で撮ったRAWデータは付属のソフトで現像は可能であるが、photoshopでRAWデータの現像をしている私にとっては作業がスムーズになり嬉しいことである。

RAWデータは、カメラを買ったときに付いてくるソフトで現像できるとは言っても、やはり使い慣れたものが一番良い。
暗室で印画紙にプリントをしていた時代にも、いつもの使い慣れた暗室と違うと、どうも調子が上がらないといった経験をしてきた。
引伸機の調子た引伸しレンズの特徴、それにセーフライトの具合などなど慣れで判断していたもの全てが違ってくると・・・「調子狂っちゃうよな」と云うことになってしまいまいす。

それでも、そこそこのプリントは出来るのであるが、ちょっと違う・・・
そんなことがデジタル時代でのRAWデータ現像にも言える。
使い勝手が違うと、どうもいけません。


CP0601-038 福岡市中央区 DP2 -

今日の写真はすべてSIGMA DP2で撮ったものです。
RAWデータを現像し、それを黒白写真に変換したものです。
RAWデータのの現像はいきなり彩度を落として黒白にしてしまうのではなく、黒白にすることを前提にカラー画像で調整をし、TIFFで保存をします。

次に、そのTIFFデータを黒白写真に置き換え、ここで黒白写真として調整、仕上げを行います。
このあたりの感覚的な手作業は、やはり使い慣れた道具としてのソフトでないと、アップ・アップです。


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みかん猫67

朝日のなか

福岡市東区2


今朝な光がきらきらと輝いていた。
空気の透明度がいつもと違っているように感じる。
こんな光の日は、いつものように職場に向かって歩いていても、足が軽く心地よい。
サラッとした風が適度に吹いて、汗はすぐに乾いてしまう。

透明な光の中を、ゆっくりと大きな飛行機が高度をさげていくのが見える。
風向きの関係か、エンジンの音は聞こえない。
まるで、スローモーションのようである。

この時間に福岡に到着する飛行機。
一番機だろうか。
どこか遠くの町から飛んできたのなら、出発時点にはまだ、空が明るくなりきっていなかったかも知れない。

朝一番、心地良い町にやってきた人たちは幸せだな・・・
などと、飛行機を見ながら考えた。
旅の第一歩を印すにはこんな日が良い。

私は旅の土地ではなく、日常の中を今日も歩いている。
今日は一回もシャッターを押す機会がなかった。
日常とはそんなもの。
そうそう、写真に撮りたくなるようなものとの僥倖なんてあるはずがない。

私は、人から見ればどうでも良いものを写真に撮って喜んでいる。
実は、それらのものたちは、見慣れた日常の中から、ほんの数ミリ浮き上がっていたりしている。
少なくとも私にはそのように見える。


CB0318 (15)

そのほんの数ミリの隙間に、私の興味が滑り込むのである。
写真に撮って、面白いかどうかは分からないし、正直、後で写真を見ていても、何が面白いのやら私にも意味不明なこともある。

しかし、そんな写真も、ある時突然面白さに気づくこともある。
だから写真に撮っておく。
毛虫が蝶になるように、ある日、目が釘付けになるような、そんな写真に生まれ変わってくれるかも・・・なんて。
そんなうまい話はそうそうあるものではないが、思い出の糸口くらいにはなってくれる。

大分県別府市

このプレスリーさんは二度目の撮影です。
ずいぶんと前に一度撮影をさせて貰っています。
相変わらず、ネックの折れたギターを抱えていました。

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みかん猫67

猫型人間失格。

大分から戻ったと思ったら、今日は長崎である。
旅は嫌いな方ではないので、このこと自体はあまり苦にならない。
仕事を抱えての移動であっても、行く先々で何かしら写真も撮れる。それも楽しみである。
今日も、仕事で長崎へ。しかも日帰り。
一人ではない。気ままな行動は出来そうも無い。
どうやら、写真を撮る暇はなさそうであったが、習性でカメラは持って行く。
写真が撮れないかも・・・という予想は的中した。
カメラは持って出たけれども、長崎では一回もシャッターの音を聞くことはなかった。


長崎自動車道

今日は朝から空模様が怪しい。
雨が降りそうである。
こちらの予想も見事に的中。
長崎での仕事が一段落したあたりから雨がぽつぽつ落ちだし、夜、福岡に戻った頃には大雨であった。

私は雨が苦手である。
正確な言い方をするなら、雨に濡れるのが嫌である。
猫は水に濡れるのを嫌がるらしいが、どうやら私は猫型人間らしい。
そう云えばワガママなところも猫型だ。
まあ、それはどうでも良いとして、雨は苦手ではあるが、嫌いではない。
雨の休日などは、実にのんびりと過ごせる。
外出しなければならない用もなく、のんびりと雨の音を聞いたり、湿った空気を胸の奥まで吸い込むのも良い。
雨粒の付着した窓ガラス越しの景色もなかなか良い。


JR長崎本線

長崎は今日も雨だった・・・と云う歌があるが、一年前の、高文連の九州大会の最終日は雨に見舞われた。
公式行事が終わった後は、今回の大分同様、夕方まで長崎の町を歩くつもりでいたが、朝から凄い雨。
とても、濡れずに歩くなんてことは出来そうもないので、午後の列車で博多に戻った。

雨の中を走る乗り物のなかから眺める景色がまた良い。
今日の三枚の写真はそのような写真を選んでみた。
一枚目は、本日、長崎からの帰りに車の窓から撮ったものである。
せっかくカメラを持っているのだから・・・と何枚か写真を撮った。
まだ、雨がそれほど降っていないときの空模様である。

二枚目は、昨年の今頃。
豪雨の長崎を逃げ出すようにして乗った特急列車の窓から撮った。
このときは、たくさん撮った。
写真になる、ならない・・・なんてことは考えない。
目の前を通り過ぎる景色と、私の感覚の追い駆けっこを楽しんだのである。
その、写真が今日、役にたった。


CS0528-013 山口県|JR徳山駅

三枚目は、広島からの帰り。
山陽新幹線、徳山駅を通過するときに撮った。
新幹線はあまりにも速度が速すぎて、私の感覚は前戦全敗。
山陽新幹線はトンネルが多くて、ハッと思ってシャッターに指がかかったときには、列車は次のトンエンルの中に飛び込み、意地悪をする。

なんて、己の不出来を新幹線とトンネルの所為にするあたり潔くない。
このあたり、猫型人間失格と云われそうだ。


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みかん猫67

神がお膳立て

二泊三日の大分の旅も今日が最終日。
朝、荷物をまとめホテルをチェックアウトし、先ずは別府駅のコインロッカーにカメラバック以外の荷物を入れる。
このあたりの行動は、旅先でのいつものパターンである。

ぶらぶらと別府駅まで撮影をしながら歩く。
早朝の町は人通りも少なく、妙に清々しい。
商店街とクロスする露地を確認しながら歩いていると、おあつらえ向きに、白猫が座って迎えてくれる。
頂けるものはありがたく頂こうと、カメラを構える。


CP0621-009 大分 et21a-

白猫は逃げようと身構える。
逃げられる前に・・・と、とりあえず一枚シャッターを切る。
こちらが無害な人間だと確認できたのか、猫は正座をしてくれた。
それと合わせるように、足の長い朝の光が露地に差し込み、黒いアスファルトを輝かせてくれた。
当然、これも神の仕業と、ありがたく撮影。
露出を変えて数枚撮影。
猫が座り方を変えてくれた。
私に対する警戒心が解けたようである。
たくさん撮った。
後で、このときの撮影カットを数えてみると、合わせて12回シャッターを切っていた。

CP0621-018 大分 sn28a-


ここで見て頂いているのは、最初と10枚目の二枚である。
12枚も撮っていても、良くて一枚しか使えない写真。
こんなにシャッターを押さなくても良いのに・・・と私自身、思わないでもないが、これはと思えるときには、念には念を入れてしっかり撮る。
「これは思える・・・」とは、神が「良い写真を撮りなさい」とお膳立てしてくれたと感じた時なのかもしれない。

高文連九州大会の公式行事は昼頃に終わる。
午後には帰れるのであるが、せっかく大分・別府まで来たのだから・・・といつもの癖で、夕方まで居残り撮影を計画していた。

カメラバック以外の荷物を駅のコインロッカーに預ける。
出来るだけ軽い装備で歩きたいのでカメラバックの中から、特に必要と思えないものはロッカーの中に置いておく。
そのとき、携帯電話が無いことに気づいた。
近くの公衆電話から自分の携帯電話に電話してみる。
手近にあれば呼び出し音が聞こえるはずであるが、全く聞こえない。

となると、ホテルの部屋に置き忘れてきている可能性大である。
とりあえずホテルに戻ってみると、ありました。
ベットの枕元の上のちょっとしたスペースに置き忘れていました。


CP0621-031 大分 et21a-

これで、いよいよ撮影準備完了である。
おっと、その前に一仕事残っていた。
高校生の皆さんが待っている。
急がなければ。

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みかん猫67

講演会

本日は九州の高校写真部の皆さんを相手に講演をした。
高文連九州大会の行事のひとつとして、何か話をするよう依頼を受けた。
昨年、九州大会が開催された長崎で依頼依頼を受けたので、それから一年。
月日の経つのは早いものである。
まだまだ時間があるあると思っているうちに、いよいよ本番当日になってしまった。


CP0619-040 大分市 M8.2+sn28a-

私の話を聞いてくれたのは、九州各県より10名づつ選ばれた高校生諸君と、クラブ活動の顧問の先生たち。
日々、人前で話すことが仕事であるから、講演と言ってもことさら緊張はしない。
経験というのは凄いもので、相当、面の皮が厚くなってしまったようである。

最近はパソコンを利用して、どこでも簡単にスライドを上映できるようになった。
スライドの準備さえしっかりやっておけばなんとか恥をかくよなことだけは免れるが、その準備がなかなか大変と言えば大変。

緊張感が欠如して、退屈な話はしたくない。
話術が巧みな方ではない。むしろ、話が下手な部類に入る。
笑わせることも得意ではない。
さてさて、どうしたものか・・・

まあ、まじめにやるしか手は無さそうである。


CP0619-030 大分 et21a-

大分に来る前は、夜なべ仕事の苦手な私が夜遅くまであれやこれやと試行錯誤の連続でスライドの流れを組み立てるのに必死であった。
聞いてくれる人たちの気持ちを引き込まなければならない。
具体的にこれと言った秘策や方法論は見当たらない。

パソコンにスライドを入れていくことで、何となく形が見えてきた。
ようやく、出発日前日には話の流れが出来上がった。
しかし、これで良しという気持ちにはなれない。

『面の皮が厚くなってしまった』と冒頭部分で述べたが、心臓の方は相変わらず蚤の心臓のようだ。

昨日、大分に向かう電車の中でもあれこれと内容を練り直し、講演会当日の今日も午前中は最終仕上げに費やした。
話の内容として、出来るだけタイムリーな写真を使いたいと、昨日、大分市内で撮影した写真も取り込んだ。

CP0619-036 大分市 M8.2+sn28a-

本日載せた写真はすべて昨日、大分到着後に撮ったものばかり。
退屈な写真ばかりで、逆効果だったかも知れないが、「この程度で良いのか・・・」と肩の力を抜く効果はあったかも知れない。


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みかん猫67

大分

長時間列車に乗った。
博多から大分まで。
旅である。
とは云っても仕事がらみで、同行の皆さんが居ることもあって特急列車を利用。
叶うものなら「旅」はのんびりと行きたいものである。

北九州市|JR車内


移動の時間も旅の醍醐味のひとつであるから、慌ただしい普段の生活から解放してくれる「旅」は時間をかけたいのである。
のんびりと、こころを解してくれる揺れを楽しみながら、ぼんやりと窓の外の景色を眺めていたいものである。
特急列車は速く走ることを宿命付けられているために、精一杯頑張って飛ぶように走ってくれる。
だから、ついついこちらも頑張って、肩の力が抜けない。

列車は定刻に博多駅を発車したが、乗客は私一人であった。
同行の皆さんとは車両が違って、私一人が隣の車両。
明るく清潔な車内。周りを見回しても誰も居ない。
妙な身分である。
ふと、嫌な胸騒ぎがした。
過去にもこれに似た状況があったのだ。

貸し切り状態を楽しめたのも束の間、途中の駅から団体客がドドーッと乗り込んで来て、車内で呑めや歌えの大騒ぎ・・・
あの、悪夢のような状況が再現されるのだろうか。


北九州市|JR黒崎駅

この特急列車、結構、あちらこちらで停車する。
新幹線の「のぞみ」などに乗り馴れてしまうと、博多、香椎、折尾、黒崎、小倉と停まると「なにが特急や・・・」などと思ってしまう。
このあたり、先に述べた『旅は時間をかけたい』とおおいに矛盾する。
『舌の根も乾かないうちに・・・』とはこのことだが、お許しを願いたい。
所詮、ワガママでエエカゲンな男ですから。
言い訳をさせて貰えるなら、今日は仕事を抱えてのお出かけで、特急列車の乗っている。
「特急料金を払うてるんかさかい 速う走ってもらわ アカンワ」
なんて、関西人根性もふつふつを沸き出してくる。

定刻に無事、大分着。
昼食は車内で駅弁を楽しんだ。
折尾駅の〔かしわめし〕は私のご贔屓駅弁である。
旅にでない時でも、デパートの地下などでときどき買って食べる。
今日も、車内で買って食べた。


CP0619-012 大分 sn28a--

唐突に舞台の写真である。
緞帳が半分降りている、妙なタイミングの写真である。
これは〔九州高等学校文化部連盟九州大会〕の開会式で撮ったものである。
私が大分に出かけたのはこのためである。

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みかん猫67

寄り道

東京都品川区中延


できるだけ歩くようにしている。
日頃、歩いていているときに目にしたものを写真に撮ることが多い。
歩く最大の理由は、写真に撮るものとの出会いをもとめてである。
写真の宿命とでも言えるのか、被写体と対峙するところに我が身を運ばなければならない。
私の写真の性格上、歩くしかないのである。

併せて、運動不足解消ということももちろんある。
カメラがフィルムカメラからデジタルカメラに変わったことで、撮影の後の行為が椅子に座ってパソコンと向き合うと云った、極めて動きの少ないものとなった。

フィルムカメラの時だと、撮影後のフィルム現像は立ったまま手を振りながら撹拌をしていたし、ネガからの引伸しも、引伸機に向かっているときは椅子に座り、印画紙を処理液の中で動かしている間は立って処理をしてきた。つまり、立ったり座ったりの繰り返しで、フィルム現像にしても引伸しにしても、運動量の多い作業であった。

デジタルカメラで写真を撮るようになって、運動不足は目に見えている。
そこで、今まで以上に歩くように心がけるようになった。


CF0502 (142)et21-

万歩計なるものも持ち歩くようになった。
我が家から勤める大学までは時間にして45分〜50分程度。多少、寄り道をして小一時間といったところであるが、歩数はせいぜい5000歩程度のものである。
行き帰り、両方とも歩かないと最低目標歩数の一万歩には到達しない。

時間が許せば「寄り道」をする。
今朝も、途中で脇道に逸れて寄り道をした。
「寄り道でもしていくか・・・」思ったところで「寄り道」と云う言葉が気になった。
寄り道とは、『目的地へ行く途中で、他の所へ立ち寄ること。また、回り道して立ち寄ること。』となっている。
私もそのように認識しているのであるが、そこには「立ち寄る・・・」べき所がある。
しかし、私の寄り道は、立ち寄るべき所があって、道を逸れるのではない。
「所」ではなく「道」そのものが目的なので、この場合も寄り道と言うのだろうか?
実に馬鹿げた、どうでも良い疑問を抱いたものである。


CP0316-001 福岡市東区 b35zm+

小学校のとき 担任の先生がよく「寄り道をしないで帰りましょう」と言っていたように思う。
私の家から通っていた小学校までは歩いて2〜3分くらいの直線上にあった。
寄り道のしようが無かった。
小学校の正門を出て、左に歩き出せばすぐに家に着いてしまう。

小学校のときに「寄り道」という禁断の行為を行えなかったことが、大人になって寄り道大好きな人間を作り上げたのだろうか。

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みかん猫67

警察沙汰

学生時代の後半はスタジオに籠って、物や光と睨めっこしながら写真を撮っていた。
その後の私の写真は町歩きの中から生まれることが多い。
それも、モダンな街ではなく、どちらかと云うと年老いて、浅く呼吸をしながら、ゆっくりと歩んでいる・・・そんな町で撮られる写真が多い。

町で写真を撮っていて視線を感じることがある。
どこかから、誰かに見られていて、その視線が背中に刺さる気配がするのである。
また、他人の家などを撮影していると、そこから人が出て来たりとか、そこに人が戻って来たりとかする経験も多くしてきた。
そんなときには当然かもしれないが、鋭い視線を向けられる。

人相風体が良からぬ私であるから、当然なのかもしれない。
地上げ屋に間違われたこともあるし、厳しく詰問されたこともある。
そんなときの対応も、この歳になると慣れっこである。
大概の場合は穏便に話は決着する。

いちど東京大学の近くの警察の敷地内を、通りから撮影したときに、不審者と思われたことがある。
このときは本当に弱った。
そい云えば、鳥栖でも警察の尋問を受けた。
ちょっとした宝石も扱っている時計屋のショーウインドーを撮影して、その後もふらふら歩きながら写真を撮っていたら、自転車に乗った二人の警察官に呼び止められて「どこどこの写真を撮りましたか?」と職務質問を受けて、その後もくどくどと聞かれた。

いずれの場合も、勤め先の身分証や運転免許などの提示を求められ、身分照会をされて、無事、無罪放免となったが、そんなことがあると、いくら厚かましい私でも写真を撮る気持ちが萎える。

また一つ警察沙汰の出来事を思い出した。
東京の墨田区で、後ろから来たパトカーに前方を遮断されて、職務質問を受けた。
「変な人に写真を撮られたと子供が言っている」と母親から通報があったらしい。
撮ったのは私ではなく、動向の学生たちであったが、このときは大学の身分証が役立った。

写真を撮った学生たちの話によると、「写真を撮っていたら下校途中の子供たちが集まって来たのでついでに子供の写真も撮った」「どちらかと云うと、子供たちの方から写真を撮ってくれ」と言って来たとのこと。

いずれにしても、写真が撮りにくい世の中になった。


CB0306-073 大阪市福島区

CF0530-066 北九州市戸畑区 C2414

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みかん猫67

このところ新しいカメラを使っています。
最近のカメラは、消費者の移り気を反映して極めて短命に終わるものが多いのは悲しいことです。
新発売っで話題になったかと思うと、すぐにプライスダウンが始まり、いつしか投げ売り状態になって、ついには市場から姿を消してしまうのです。
これじゃあ、心血を注いで新型カメラを開発している人たちもやるせないのではないでしょうか。

そうなると、適当な知識と技術を寄せ集めて、適当なデジタルカメラが出来上がる・・・
どうせ、また早ければ一年、遅くても二三年先には新しいカメラを出さなければならないので、技術の出し惜しみみたいなものがでて、納得できるカメラは生まれてこないような気もしてきます。

フィルムカメラの時代には10年、20年と、ほんとうに息長く使い続けられるカメラもありましたが、デジタルカメラの時代になり、そのようなことは望むべくも無いようです。
自分たちが渾身の情熱を込めて開発したカメラが・・・と考えると、開発に携わる人たちが可哀想にもなります。

そんななかでCanonの5Dは結構息が長く続いたカメラの一つです。
性能と価格のバランスが良くて長くユーザーに支持され続けてきたのです。
その5Dも、とうとう新型にバトンタッチです。
EOS 5DIIとして生まれ変わりました。
5D同様、撮像素子のサイズが35mmフィルムと同じで、いわゆる〈フルサイズ〉と呼ばれるものです。

かねがねフルサイズデジタルカメラが良いと思ってきましたので、5DIIは当然のように発売以来気になっていた。
そんな5DIIを使って写真が撮れるチャンスがきました。

念のために言っておきますが、身銭を切って5DIIを手に入れたのではありません。
買うことも視野に入れてのテスト撮影です。
私がいつもカメラのことでお世話になっているOカメラの店長、藤村さんは、恐らく・・・絶対・・・私がCanon 5DIIを買わないと思っていると思います。

それでも、5DIIのテスト撮影が出来るように取りはからってくれたのです。
「だだっ子みたいな人なので、一度、使わせないと、諦めのつかない人だから・・・」ということで尽力してくれたのだと思います。

悔しいけれど、藤村店長の予想が的中したようです。
テスト撮影の結果、5DIIが駄目なカメラだと判断したのではありません。
反対に、非常に良く出来たカメラだと太鼓判を押したくなるくらい上出来のカメラです。
ただし、5DIIは私が使えるカメラではなかっただけのことです。
機能的に上等過ぎる。それ故に大きくて重くなってしまったことが、私が使えるカメラではない要因です。

小さくて、軽くて、丈夫なフルサイズデジタルカメラが欲しい。
出来ればデジイチと呼ばれる一眼レフデジタルカメラでない方が嬉しい。
となると、期待できるのはやはりLEICAしか無いのかも知れません。
しかし、LEICAのフルサイズ機となると、発売されてときの価格を想像しただけで、「私が使えるカメラではない」と結論付けるしかないことは想像できます。

日本のエプソンとコシナとシグマが野党連合を結成して、あっと驚くような花火を打ち上げてくれないものか・・・それでも駄目なら韓国のサムズン電気にも加わってもらって国際連合で・・・などと夢のようなことを考えてみるのですが・・・

デジタルカメラの技術開発競争も、我々が普段使うカメラの技術面においては、そろそろ飽和状態に近いと想像します。
良いものを作って息の長いカメラを世に送り出す地固めは出来つつあるのではないでしょうか。  

メーカーさん、頑張って。
開発者がいつまでも自慢できる、息の長いカメラを作らせてあげてください。

CP0613-022 福岡市東区 5DII2818

CP0613-025 福岡市東区 5DII2818
福岡市東区 / Canon 5DII + EF 28mm F1.8 データは共通


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みかん猫67

学園祭

私が高校のときは「文化祭」と言っていたような気がする。
なんと言っても遠い昔の話であり、文化部系の学生でもなかったので文化祭で頑張った経験も無いので確かなことでは分からない。
こう見えても小学校のときから足は速かったので、運動会では活躍の場があったが、文化祭となると出る幕はなかった。
足の速いことは、写真を撮って怒られたときの逃げ足の速さとなって今でも活用している。
最近では、大阪のおばちゃんに追いかけられたときに脱兎のごとく駆けて逃げた。
大阪のおばちゃんはしつこいから、安全のために、かなりの距離を走って逃げた。
大阪のおばちゃん相手に逃げきれても自慢にはならないが、捕まったら大変である。


CP0614-012 福岡市東区 dp2

話を本筋に戻す。
高校に着くと運動場のネットに「文化祭」ではなく、大きく「学園祭」と書かれていた。
その文字を見ながら、校門から校舎に通じるかなりの急勾配を上った。

校内に入ってみるとバザーもあれば展示もあると、大学の学園祭と同じ乗りで賑やかである。
学生が駅弁売りのように、首から下げた台に餅を乗せて売っていた。
餅に海苔を巻いた磯辺焼。
餅が好物の私はちょっとこころが動いた。

CS1224R5924 (7)


午後に差しかかっていたので、おまけをしてくれるかもしれない・・・などと卑しい気持ちも湧いたが先ずは写真部の展示を見てからと校舎の中へと急いだ。
急いだと言うより急かされたと言ったところだろうか。

校門のところで「写真部の展示はどこですか?」と聞いたところ、一人の元気な男子高校生が「私が案内します」と道案内を申し出てくれた。
そんな彼に気を使って餅も買わずに展示会場に直行。


CP0614-011 福岡市東区 5DII2818_1

写真を見、話を交わし、かき氷を食べていた男子高校生を写真に撮り、若い人たちと楽しいひと時を過ごして外に出た時にはもう餅を売っていた高校生の姿は見えなかった。
ちょっと心残りではあったが、若い人と話すことでエネルギーが補充できたのか、妙に足取りが軽かった。
軽いはず、帰りは坂道を下るのだから。

日傘

高校の学園祭に行って来た。
お目当ては写真部の展示である。
お誘いを受けたので、のこのこと出かけた次第である。
目的の高校は福岡の観光地、太宰府天満宮のすぐ近くである。

日曜日、せっかくの外出であるからちょっと写真でも撮るか・・・と考え、高校に直行するのではなく、適当なところを歩いてみることにした。

西鉄電車で向かうのが一般的なルートだと考えるが、本日はJRで出かけた。
JR二日市駅で下車。
駅周辺を一回り。
天気は上々。暑いくらいである。


CP0614-003 福岡市東区 5DII2818

駅前の居酒屋の前に置かれた自転車は洗濯物干し場と化していた。
日当り良好。厚手の洗濯物もさぞかしよく乾くことであろう。

いずれも縦位置で、半歩ずつくらい微妙に間合いを変えながら三枚撮影。
結局は一番間が開いているものを選択してここに載せた。
撮ったものをしっかりと見てもらうためには近寄って撮るのが良いのかも知れないが、間が詰った写真は、後で見たときにどうも息苦しいので、いつもこういった結果になることが多い。

CP0614-002 福岡市東区 5DII2818_1_1

駅前を一回りして、高校の方向を目指して歩き出す。
暑い。
歩けど歩けど、レンズを向けるものに出会えない。
でも、歩く。
歩かないと何も起こらない。


CP0614-007 福岡市東区 5D+28_1.8

目の前を背中の曲がった老人が歩いていた。
傘をさしている。
天気の良い日の傘となると、日差しを避けるための日傘ということになる。
しかし、その老人の傘は透明のビニール傘。
日差しは避けられそうにない。
ま、どうでも良いか。

いい加減歩き疲れたところでタクシーに乗車。
クーラーの効いた車内が一息ついたところで高校に到着。


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みかん猫67

CB0607 (04)

靴を買った。
私の足は決してスマートではない。
日本人的といえば日本人的。
靴より下駄が似合いそうな足である。
見かけの良い、細身の靴など足に合わない。

私は歩いて写真を撮る。
本腰を入れて撮影に出かけたときなどは、何時間も歩くことになる。
大学の就職開拓で大阪に出かけたときに、予定した仕事が終わった後も居残り、撮影のために大阪の町を歩き回ったことがある。
スーツに革靴。

七時間ほど歩き回った次の日には左足の親指の付け根が腫れ上がり、激しい痛みに見舞われた。
膨れ上がった指先と、痛みのために靴を履くのも大変。
それでも、その日一日、カメラを持って大阪の町を足を引きずりながら歩き回った。

まさに、写真人の鑑だね。

福岡に戻り医師の診察を受けると、〔痛風〕と診断が下った。
以来、痛風との付き合いは今でも続いている。

痛風と言うと、人は異口同音に「美味しいものの食べ過ぎ」と言う。
確かに、『食いだおれの町』大阪で、しかも、古里であるから懐かしい味を堪能したことは事実だけれど、どうもそればかりでは無いようである。

窮屈な靴の中でもがき苦しんだ我が足の逆襲ではなかろうか。

CS02816大阪市西成区萩之茶屋

やはり靴は大事である。
撮影の前の腹ごしらえ同様、足ごしらえも重要である。
普段歩きの靴にも多少思い入れがある。

私の足は日本人らしい足。ちょっと不格好な足であるが、なぜかフランスのあるメーカーの靴が合う。
そのメーカーの靴とは20年以上の付き合いになる。
その所為か、西洋かぶれでますます・・・
いや、これは歳の仕業。

なんと言っても、60年以上酷使している足ですから労ってやらなければいけません。
今日も、そんな足が喜ぶ靴を買いました。
そう、定番のフランスの靴です。

さて、この靴を履いて、どこの町を歩きましょうか。
フランスに里帰りさせてやりたいけれど、フランスはあまりにも遠し。


今日の猫は鉄道線路のある土手から現れました。
おそらく、朝の用足しからの帰りでしょうか。
尻尾は極めて正常。

CB0318 (09)×

これで、尾曲がり猫が6匹、普通の尾の猫が13匹となりました。

梅の実

本日も昨日同様もシャツ一枚でも大丈夫な陽気でした。
しかし、まだ半袖で出かける勇気はありません。
変化を避ける性格ですから、暑くなったり寒くなったりのこの時期には「半袖はまだまだ・・・」なんてことになってしまします。
我慢の足りない人間ですから、暑がりの寒がり。
ぐずぐずしないで、はやく暑くなってくれると諦めもつくというものなのですがね。

私が通る道ばたに小さな梅林があります。
林と言ってよいものかどうか迷うほどの小さなものですが、花の季節には可愛い花を見せてくれます。
早朝に梅の木の横を通るとかすかな香りも楽しめます。
そんな、ゆったりとした気分を味わっているときに、横を車が騒音をたて、排気ガスをまき散らしながら通り過ぎると、一気に興ざめです。
すかな花の香は車の排気ガスに蹴散らされてしまします。


福岡市東区

梅の木の下にポロポロと実が落ちていました。
このところ〔亀カメラ〕に載せる写真は黒白写真中心にしていますので、この梅の実の写真も黒白写真にしてみましたが、なんとなくしっくりときません。

色づいて枝から落ちた梅の実・・・といったことが、黒白の画面からは見えてこないのです。
黒白写真では青い実が落ちているのか、色づいた実が落ちているのか判然としません。

そこで、色のある写真も作ってみました。
もともと撮影は〔RAWデータ〕で撮っていますので、カラーであっても、黒白であっても、そこは思いのままです。

CP0611-004 福岡市東区 dp2c


今日の猫は三毛猫の尾曲がりです。
朝、大学に向かって歩いているときに見かけている猫です。
この置き去りにされている小さな冷蔵庫の上に座っています。
ある日、近くのパチンコやさんで働くおばさんが餌やっているのを目撃しました。
おばさんが、パチンコ屋の開店準備で店の周りに幟をたてて回っている、その周りをひっついて回っているのがこの三毛でした。
おばさんの仕事が一段落したら餌がもらえるので、いつもこの冷蔵庫の上でおばさんの現れるのを待っているようです。

CB0318 (21)×

これで、尾曲がり猫が6匹、普通の尾の猫が12匹となりました。

猫の景色

CB C4 01 009 福岡市東区 M8 ET21A#
福岡市東区 / LEICA M8 + ELMARIT-M 21mm F2.8 ASPH.

本日の猫は久しぶりに一癖ある尻尾の持ち主です。
これで、尾曲がり猫が5匹、普通の尾の猫が12匹となりました。
これは余談ですが、猫の背後のブロック塀の上部が黒くなっているのを見逃さないでくださいよ。
これで、少し雨が降ったのだということが分かります。
側面が濡れていないところを見ると風がなくて雨粒が天から真直ぐに落ちてきたのでしょうか。
それとも画面の奥から手前の不に向けて風がふいていたのかどちらかでしょう。
恐らく後者の方だと私は思うのですが・・・

さて、その根拠は???
推理してみてください。


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みかん猫67


枕元の本

先日の〔亀カメラ〕で、面白くない本をようやく読み切ったといったことを書きました。
私の枕元には読みかけの本や、新たに手に入れた本や雑誌が積み上げられています。
そんな山の中には、面白くなくてなかなか手が伸びなくて、いつまでも山の中に埋もれている本もあります。
そういった本の一冊を長い時間がかかりましたが、ようやく読み終えたといった内容でした。

CP0524-021 福岡県糟屋郡新宮町 vnc35c


面白くない本はなかなか読もうという気がおこらなくて、読み終えるまでに時間がかかってしまうのですが、面白い本でも、読み終えるまで長い時間がかかるものがあります。
正確には、長い時間をかけて読む・・・と言った方が正しいのかもしれません。
面白過ぎて、一気に読み終えてしまうのが惜しいような気持ちになるのです。
そういった特別な感情を抱く本にはそれほど多くな巡り会えないのですが稀にあるのです。

現在、私の枕元に一冊あります。
好物の美味しいものを、少しずつ楽しみながら食べるように、毎日、布団に寝転がり、先ずはその本を手に取り、少し読みます。
そして、次の本に移るといった状態です。


CP0524-012 福岡県糟屋郡新宮町 vnc35

ゆっくりと読んでいても、残りの頁は日々薄くなって行きます。
ますます、読み切るのが惜しい気持ちになります。
この本を読み終える前に、次の面白い本が見つかると良いのですが、世の中、そうはうまく運ぶはずもありません。

どんどん読み進めそうな本を次に見つけるためにも、面白い本がないといった空虚な時間が必要なのかもしれません。
ほんの少し渇きを覚えることも大切なのかも知れません。


CF1003L2828A (28)×

今日の黒猫は日暮れの極めて光り弱いなかでの撮影でした。
黒猫の毛が黒くつぶれてしまわないようにシャッタースピードを遅くして、露出を少し多目にかけました。
手ぶれ、被写体ぶれは覚悟の上です。
なんとか、上手くぶれてくれればと願いつつシャッターを静かに押しました。
撮影データを確認すると1/6秒。
やはり、ぶれていました。
でも、私の中では嫌なぶれ方ではありませんので。ここに引っ張り出してみました。

尻尾は羽毛ブラシのように膨らんでいますが、変形しているようには見えます。
これで、尾曲がり猫が4匹、普通の尾の猫が12匹となりました。

梅雨入り

マスコミ報道では例年よりも遅いそうですが、本日、九州が梅雨入りしました。
遅れても、きっちりとやってくる梅雨。
天気予報は今日も雨。
これから七月の中頃くらいまでは梅雨空を睨む日々が続きます。

CF0516EX2414L (12)×


福岡のダムの貯水率が下がり続けているのですから、水の消費が増える夏を前にしたこの時期に雨が降るのは自然のリズムなのかもしれません。
田植えの頃の雨は秋の実りを約束する雨ですから、やはり田植えの時期の雨は自然の恵みなのでしょう。
雨に濡れるのは好きではありませんが、「止まない雨はない」のですから、雨を楽しみながら季節が変わるのを待つことにします。


CF0516EX2414L (30)×

1978年(昭和53年)に福岡市は大渇水に見舞われたことがあります。
今日でしたら、写真教育の現場もデジタル主流ですから、渇水で給水制限をされて困るのは暗室作業の実習授業くらいで、それほど大きな打撃は受けません。
しかし、大渇水当時の写真はフィルムと印画紙、それに暗室に水が必要な時代で、大学の授業においても、大量に水を使う写真の授業はたちまち干上がってしまいました。
インスタントフィルムを多用しての、撮影実習でなんとか切り抜けた記憶があります。

あれから既に30年以上経過しています。
福岡が大渇水に見舞われた頃は、私は30歳くらいだったことになります。
まだまだ元気盛りでしたが、それから三十年経って、私の体のため池が渇きかけてきたようです。
今年の梅雨が空梅雨にならないように雨乞いでもしますかね。


CF1003L2828A (23)×

今日の猫写真は、猫には少々気の毒なところを撮った写真です。
大学からの帰り道で白猫を見つけました。
遠目にも、何やら妙な格好をしています。
うんちです。
建物の間の抜け道の真ん中で力んでいました。

先ずは、この状況を目撃したところから一枚。
欲を出して近づくと、いくら猫でもこういったところを写真に撮られたくはないでしょうから、逃げ出す可能性があります。

続いて、数歩近づいて撮ったのが上の写真です。
猫は力むと尻尾の先が微妙に震えたり、先を曲げたりします。

この白猫、尻尾の先が曲がっているように見えますが、これは力んでいるからで、普通にしていれば奇麗な尻尾です。
これで、尾曲がり猫が4匹、普通の尾の猫が11匹となりました。

プリンター

本日、新しいプリンターが届きました。
現在、私が使っているプリンターはCanonのPIXUS Pro 9500ですが、最近、このPIXUS Proが新型に変わりました。
新型になったことでこれまで以上に性能は良くなっているのかも知れませんが、今度は思い切ってEPSON PX-5600に変えました。

プリンターの選択のポイントは黒白出力の奇麗さです。
フィルムカメラからデジタルカメラに変わって、カラー写真に転身してはみたものの、どこかで黒白写真を捨てきれていない自分というものを常々感じていましたので、「いつかは黒白・・・」ということで黒白写真がしっかり出力できる力のあるプリンターと云うことになります。

CanonのPIXUS Pro 9500に不満を持っていた訳ではありませんので、新しくプリンターを買い替えるときには新型のII型を・・・というのが順等なのかも知れませんが、思い切ってEPSON PX-5600に鞍替えしてしまいました。
理由は単純。
ただ、使ってみたかったということだけです。

私がデジタルカメラで本格的に写真を撮りだしたのは2007年の1月です。
今から二年半くらい前ということになります。
きっかけは、私にも使えるデジタルカメラ、LEICA M8が市場に現れたことです。

私が初めて買ったデジタルカメラはRICOH GR Digitalでした。
残っている撮影データを調べてみると、2005年の12月23日に撮ったものがいちばん古いものでした。
もちろん、被写体は我が家の猫でした。

CS1223 R5924 (13)


それ以前の2004年8月にCanon 20Dで撮った写真のデータが残っていますので、おそらくこのあたりからデジタルカメラが気になっていたのだと想像できます。
Canon 20Dはカメラ店からの借り物でしたが、結局、購入には至らなかったようです。
おそらく、デジタルカメラの便利さは認めながらも、一眼デジタルカメラが手に馴染まなかったのだと思います。


CF0120-009 福岡市東区 et28a

LEICA M8を手に入れて最初の撮影は1月20日で、黒白で撮影しています。
カメラがデジタルカメラに変わっても、黒白写真を続けるつもりだったのでしょう。
M8での最初の撮影はjpegだけで撮っています。
同じ被写体をカラーでも撮っているものもありましたが、こちらはRICOH DR Digitalで撮っています。

それが一週間少々経過した1月29日以降はM8でもカラー設定で撮るようになっています。
カラーで撮って、パソコンで黒白写真に変換する方法に変えたのですが、ちょうどこの頃は、当時のプリンターで黒白プリントを出力することの難しさを実感していた頃でもありました。
印画紙に焼き付けた黒白写真のような黒がどうしても出ないのです。

このあたりも、この後、黒白写真からカラー写真に変わっていった要因の一つなのかもしれません。
デジタルで黒白出力はまだ当分無理だと考えたのでしょう。

CF0130L3520A (5)

その後、デジタル技術は日々進歩を遂げ、今では黒白写真でも、プリンターで奇麗に出力できるようになりました。
デジタルで黒白写真ができるようになったところで、そろそろ『軌道回帰』ですかね。
※『軌道回帰』は私の好きな写真家、植田正治さんの作品集のタイトルです。


CGCA23R5924 (1)

今日の猫は我が家の近くの公園から飛び出して来た猫です。
突然の出会いですから、私も訳が分からないままシャッターを押しました。
デジタルカメラは電気製品ですから、撮影の準備としてパワースイッチを入れる必要があります。
でも、そんなことをしていては、写真を取り逃がしてしまいます。
ですから、カメラを持ち歩くときにはいつも電源を入れておきます。

でも、電源を入れっぱなしですから、肝心のときにはバッテリー切れ・・・なんて経験も頻繁です。
慌てて予備のバッテリーと交換するのですが、写真の神様は短気ですから待ってくれてはいません。

猫の尻尾は立派なものですから、これで、尾曲がり猫が四匹、普通の尾の猫が十匹となりました。


雨に降られた

このところ、すっきりしない空模様が続いています。
気温も上がらず肌寒ささえ感じます。
霧のような雨が時折降って来るといった空模様でしたが、なんとかバス停くらいまでは大丈夫だろうと傘を持たずに家を出ました。

CP0114 (005) M8et28a×


我が家からバスに乗るには二つのバス停が選択できます。
家から歩いて二分くらいのところにあるバス停の方はバスの便数が少ないので、今日は、歩いて10分くらいのところにある、遠いけれどバスの便数が多いバス停に向かいました。
それが運命の別れ道。

この歳になるまでには、人生の分かれ道と思える選択の場を何度か経験してきました。
その時々に、選んだ道とは違う方を選んでいたら私の人生は、今どのようになっていたのか・・・などと想像してみるのも無邪気で面白いことです。

人生なんて大げさなことではありませんが、今朝の私は選択を誤りました。
一つは傘を持たずに家を出たこと。
もう一つは、遠いバス停に向かったことです。
おかげで、途中から雨に降られました。
雨脚が強くなった時、引き返えすには遠くまで来すぎています。
あとは濡れながら前に進むか、雨宿りするか。

雨宿りをして、少し雨脚が弱くなったのを見計らって、前に進み、また雨宿りしといったことを繰り返し、ようやくバス停に到着。
その時には私が乗ろうとしていたバスは通過してしまっています。

しかし、悪いことばかりではありません。
雨宿りをしながら、ぼんやりと雨粒が大きくなったり、小さくなったりの繰り返しを見ているのも楽しいものでした。

CP0512-044 岡山市奉還町 se18a×


いよいよ今日で高校生対象の写真技術講習会も最後です。
講習会の最後に、今日の講習会で作った作品の審査と講評をしました。
今日の講習内容は、暗室での銀塩写真制作とデジタル出力の二本立てでしたので、印画紙に引き伸したた写真と出力用紙にプリントした写真とが同じテーブルに並べられていました。

それらを見た第一印象は「暗室組の出来が悪い・・・」といったものでした。
プリンターで出力された写真の方が格段に見栄えが良いのです。
既に高校の写真部の活動において、暗室処理は過去のものになりつつあるのでしょうか?

本日は最終日ということもあってか、講習会への参加者が多く、私の研究室の学生諸君もデジタル出力の指導をお手伝い。
素晴らしい黒白暗室処理で鳴らした丸研ですが、デジタル出力を高校生に教えるのですから世の中も変わったものです。

私の研究室の学生諸君もデジタル出力をする学生が多くなってきましたが、来年の技術講習会では、デジタルではなく本格的な黒白暗室処理をゼミの学生たちと一緒になって高校生諸君に教えられると良いのですが・・・。


CB1111 (038)et24a×

今日の猫は北九州の小倉で出会った猫です。
夕方の町の片隅に踞っていました。
私が「写真撮るぞ・・・」と言うと、薄目を開けて、この後、かすかに笑ってくれました。
尻尾は普通。
これで尾曲がり猫が四匹、普通の尾の猫が九匹となりました。

ごみ箱に入れる

このところ土日も大学に出ています。
高校生対象の写真技術講習会もいよいよ明日で終わりですから、次週の週末は久しぶりにゆっくり出来そうです。
もう一頑張りです。
などと偉そうなことを言っていますが、技術講習会における私の出番は最初と最後の方だけですから、拘束時間が長い割にはそれほど大した仕事をしているわけではありません。
空いた時間は自分の仕事をこなしています。


CB0307 (030)

今日は、学生たちが使っているゼミ室のパソコンの調整と掃除をしました。
ゼミ室には学生が自由に使っているパソコンが三台設置してありますが、自分勝手にいろんなフリーソフトをパソコン内にダウンロードしてくれるものだから、しばらく放っておくと訳が分からなくなります。

また、学生の中には自分のデータをパソコン内に残したままにしている者もいます。
そういったものは、問答無用で〔ごみばこ〕へポンです。
そう言えば、この〔ごみ箱〕と言う表現が以前から気になっています。

不要になったファイルやホルダーを削除したいときには「ごみ箱に入れる」をクリックして作業を行います。
写真データを削除しようとするときも同様です。
神経質な言い方かもしれませんが、写真プリントをポンとごみ箱に捨てることが出来なかった私にとっては、この「ごみ箱に入れる」という言い方が嫌なのです。

CF1104-074 東京都墨田区東向島 et28a


話をまた、パソコンの掃除に戻します。

お次は、キーボードとマウスの清掃。
白いキーボードなど、よくもまあ、こんなに汚いキーボードを平気で使えるものだと感心するくらい汚れています。
結局、白いキーボードを奇麗にするのを諦めて、黒いキーボードに付け替えました。

黒いのだと、多少の汚れは目立ちません。
まあ、自分で使うのは願い下げですけどね。
そのうち、マイ・キーボード、マイ・マウスなんてものを準備する学生が現れるかも知れません。


福岡市東区

今日の福岡猫は自宅近くで出会った猫です。
この猫、向かって左の耳の先が掛けていますが、尻尾は奇麗なものでした。
これで尾曲がり猫が四匹、普通の尾の猫が八匹となりました。
どうやら、長崎とは逆の数字になってきました。

歩いて食べて・・・

写真を撮るという目的もあって、わりと歩きます。
カメラ片手に、これまでもずいぶんと歩いてきましたから、歩くことが苦になるということもありません。
時間が許せば歩きます。

大阪で七時間ほど歩き回って写真を撮ったその夜に〔痛風〕の激痛に襲われました。
夜中に足の親指に付け根のあたりに妙な痒さのようなものを感じたのですが、朝になってみると、ベットから降りて床に足を着けるときにも痛みが走るようになっていました。
まあ、長時間歩いて足を酷使しただけではなくて、食いだおれの町で、連日、好物のものをたらふく食べて呑んだのもいけませんでした。
痛風の発作が出た夜に食べたものは、蓬萊のぶたまんやシューマイ、それにビール。
今でも蓬萊のぶたまんを見ると、痛風の痛みを思い出します。

歩いて写真を撮る。これが私の方法論です。
長時間歩きますので疲れます。
できるだけ、疲れないようにと、機材は嵩張らない、重くないことが重要です。
疲れてしまうと、撮ろうかと思うようなものに出会っても「ま、エエか・・・」とやり過ごしてしまわないとも限りません。

そして、辿り着いたカメラが〔M型ライカ〕でした。
ライカは決して軽いカメラではありませんが、嵩張らないのが良いです。
目立ちませんし、一眼レフカメラのような威圧感もおそらく少ないと思います。

現在は、M型ライカのデジタル仕様の〔M8〕を使っています。
自分の写真の様式を変えなくても良い、M8が出たことで、私の写真はフィルムからデジタルに変わりました。

これまで、デジタル写真への移行も視野に入れて小型のデジタルカメラで試みに写真を撮ってきましたが、どうしても踏み出しきれないものがありました。
その最大の原因は私が使えるデジタルカメラが見当たらないことでした。
フィルムカメラをそのままデジタル化した〈一眼デジタル〉では、いまの私には大きくて重すぎます。
M8が発売されたときには、「ようやく使えるデジタルカメラが出た」と思ったものです。

とは言っても、本来、カメラ好きですから、一眼デジタルであっても新しいデジタルカメラが発売になると気になるものです。
私がお世話になっているカメラ屋さんのご行為で、ときどき気になるデジタル一眼レフのカメラを使わせて貰うのですが、その性能の凄さに驚かされるものの、「私の使うカメラではないな・・・」と結論づけるのが常です。

いま一番気になるのがフルサイズのデジタルカメラです。
つまり、35ミリフィルムの画面サイズと同じ撮像素子を持ったデジタルカメラです。
私が普段作っているような写真では、フルサイズの撮像素子の必要性は無いことは十分承知しています。
しかし、フルサイズであれば、これまでの35ミリフィルムカメラで培ったレンズ感覚をそのまま生かして写真が撮れることに惹かれるのです。

Nikon D3やCanon 5DIIといった、比較的手頃なフルサイズデジタルカメラを使ってみましたが、やはり、いまの私が使うカメラではなかったようです。
なんと言うのでしょか、大仰過ぎるのです。
カルティエ・ブレッソンを気取る訳ではありませんが、カメラはあまり出しゃばらない方が良いのです。

CP0601-049 福岡市中央区 se18
福岡市中央区 | LEICA M8.2 + SUPER ELMAR-M 18mm F3.4 ASPH.


さて、尾曲がり猫ですが、今日の猫は久留米で出会った猫です。
久留米の町も私がよく通う町です。最近では再開発でどんどんれまで写真に撮っていた路地などが無くなっていきますが、広瀬食堂で食べるラーメンセットに惹かれて出かけて行きます。
広瀬食堂のラーメンセットはラーメンと焼き飯がセットになっているのですが、ラーメンと焼き飯、それぞれがちゃんと一人前出てきますので、都合、二人前食べた感じになります。
歩いて、食って、痛風を恐れながらも、また久留米にでかけたくなりました。

CB0517.103福岡県久留米市 8sx35a#
福岡県久留米市 | LEICA M8 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL 

そうそう、肝心の猫の尻尾ですが、長く一見まともそうに見えますが、先が断ち切れていますので、尾曲がり猫に分類します。
これで尾曲がり猫が四匹、普通の尾の猫が七匹となりました。


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みかん猫67

小さな作品集

学生たちの写真展に出かけたとき、小さな作品集をいただきました。
展覧会場の中は、出品者のそれぞれが展示方法に工夫を凝らして、なかなか活気のある会場構成になっていました。
しかし、一つ一つの写真とじっくりと向き合ってその内容を読み解くことを楽しみとしている私にとっては、ちょっと面倒な展示方法のものが多かったように思いました。
天井近くに張られたり、床の上に並べられたり、空間につり下げられてゆらゆら揺れる写真であったりと、なかなか手強いものが多く、見終わった後、記憶に残る写真が少なかったように思えます。

冊子

頂いた小冊子は作品集と呼ぶには、ささやかなものでしたが、この冊子で見る写真の方が私には随分と面白く見えました。
展示会場は一種のお祭り騒ぎであって、写真そのものは作品集で見てくれ・・・といった想いが、この小さな作品集に込められていたかどうかは定かではありませんが、作品集を作ってくれたことで、個々の作品居をじっくりと眺めることができました。

作品集などにおいて頁をめくるという行為は楽しいものです。
それは単に指先で紙をめくるということにとどまらず、次への期待を膨らませる行為でもあると思います。
だから、作品集の頁を繰るのが楽しいのです。

展覧会においては、一般的に作品はほぼ同じ高さに横一列に並べられていることがおおように思います。
一つの作品に向き合い、次の作品に移るとき、体を横に動かします。
この、横に一歩か二歩かの移動が、作品集における頁を繰る動作と共通しているように思っています。

頁をめくる。体を横にずらす・・・これらの単純な行為の繰り返すことで、次の作品に移るということは、なんだか大切な行為のように思えます。

ところが、天井近くから縦に作品が何枚も張られていたりした場合、同じ位置に立って、上から下へと目で作品を追うようにいて見ることになります。
そこには頁をめくる行為がありません。
天井近くに張られた写真との距離は遠く、目の高さに張られた写真との距離は近くなります。
この、距離の変化も私にとってはあまり嬉しくないことです。
作品を前にして複雑な動きを強いられたり、自分の目をズームレンズのように動かさなければならない

一見、平凡で退屈そうに見える展示方法ですが、壁面に横一列に並べられた展覧会場の方が、作品一点一点にきっちりと向き合えて私は好きです。
何の衒いもなく、作品としての未熟さもさらけ出すことになるかもしれないこのような方法論で写真を見せてくれた人たちも少なからず居ましたので、その人たちの作品はじっくりと拝見させて頂きました。

何はともあれ、展示と作品集、このそれぞれ特徴の違った見せ方を併用したことは、学生諸君は大変だったかも知れませんが、この写真展を記憶に残るものにしてくれたことは確かです。

CP0601.027 福岡市中央区 DP2#
福岡市中央区地行 | SIGMA DP-2 + 24.2mm F2.8

CP0601.034 福岡市中央区 se18#
福岡市中央区 | LEICA M8.2 + SUPER ELMAR 18mm F3.8 ASPH.


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みかん猫67

長崎からのお客さん

今日の猫は尾曲がり猫ではありません。
これで、博多尾曲がり猫が三匹、普通の尾の猫が六匹とい云うことになりました。

CF1209L2128 (4)


今日は元祖尾曲がり猫の地、長崎か高校生が大学を訪ねてきてくれました。
名前はTさん。
JR九産大前駅まで迎えにいくと、そこには可愛い女子高生が立っていました。
大変、写真が好きな様子で、それも銀塩黒白写真をやりたいとのことです。
私自身はすっかりデジタル写真の方にシフトしてしまいましたので、銀塩写真をやりたいと云う人をみると目映いかぎりです。

でも、銀塩黒白写真のノウハウはしっかりと私の身に付いていますし、現在、私がやっているデジタル写真においても、その屋台骨は銀塩写真で培ったものですから、こういった学生さんに伝えるものはいっぱいあります。

銀塩写真が不自由なく出来るのもあと僅かな期間かも知れません。
若い人が、銀塩写真で自分の写真の基礎を築けるのも、今のうちです。


CP0601-023 福岡市中央区 se18

銀塩写真からスタートした私たちの仲間の多くは、「写真の基礎を学ぶには銀塩写真だ」とか「銀塩写真をしっかりとやっていない、今の若い写真家は、どうも写真が下手くそでいかん」などと言いますが、私にはそのあたりがどうなのかは断言できません。

既に、写真はデジタルの方に比重は移ってしまっています。
ならば、基礎の段階からデジタルで問題はないのではないかと考えるのです。
むしろ、写真の入り口のところで躓く銀塩写真よりも、スムーズに写真の入り口を入ることが出来るデジタルの方が初歩の段階では良いとも言えます。
撮って、結果を見て、反省して取り直す。
この繰り返しが比較的簡単にできるのもデジタルの魅力です。

デジタルで問題があるとすれば、「後で手直しが出来る」という安易な気持ちで写真を撮ることではないでしょうか?
銀塩写真の場合、撮影一つとっても、フィルム現像が上がるまで結果は分からない。
もし、失敗していたら大変なことにならないとも限りません。

だから、銀塩写真の場合は念には念を入れて取り組む。

その気持ちをデジタル写真に置いても植え付けてやることが大事なのであって、銀塩がどうのデジタルがどうのということではないと私には思えるのです。

もちろん、銀塩をやりたいという人に対して「今さら、フィルムや印画紙、暗室と言っている時代じゃありません」なんてことは言いません。
それはそれで得るところがあるはずですから。


CP0601-017 福岡市中央区 DP2

今日の写真は黒白写真ですが、銀塩写真ではなくてデジタルカメラで撮ったものです。
RAWデータで撮影し、現像の段階で室白にしたものです。
こういった作業のときに、銀塩で養った感覚は大きな助けになります。

午後から、Tさんと一緒に昨日と同じ展覧会場に足を運びました。
さすがは写真好きです。
じっくりと写真を楽しんだようです。

本と写真展

今日の猫は昨日、塀の上に居るところを撮ったものです。
尻尾は、普通の尻尾ですから、これで博多尾曲がり猫が三匹、普通の尾の猫が五匹となりました。
奥に居る猫の方は昨日、カウントしていますから本日の数には入りません。

CP0601-002 福岡市中央区 DP2


少し前に、各種書評欄で好評だった本を買いました。
私は比較的書物を買う方かもしれません。
大学の先生だから当然でしょう・・・と言われるかもしれませんが、ここで言っている書物には専門書の類いは含んでおりません。

しかし、最近では専門書を買うことが少なくなりました。
以前は写真集なども資料的な意味があるものは買っていましたが、今では、よほど気に入ったものしか手元に置いておかないようにしていますので、自然と専門書に支出する金額が減っていったのでしょう。

私の枕元にはたくさんの本が積まれています。
そのときそのときの気分で手にする本は変わるのです。
何冊もの本を回し読みをすることもあります。

さて、書評で好評だった本はタイトルに惹かれて手に入れたのですが、その本が私には少々、退屈な内容でした。
いくら枕元に置かれていても、面白くない本には手が伸びませんので、なかなか読み切ることが出来ません。
それでも、あるところからは面白くなるのかと多少の期待もあって、放り出さずに少しずつ頑張って読んでいました。
その、面白くない本をついに読み切りました。
読後感はやはり「面白くなかったな」というものでした。

ちょうど私が大学に入学した年に生まれた人ですから、42歳くらいでしょうか。
ストーリー展開はたしかに独特のものがありましたが、かといって全く新たな手法と云うほどでもありません。
なんだか、見かけ倒しといった感じを受けました。

小説の本筋である文章の方が、私の気持を引きずり込んでくれなかったのです。
それでも、さすがに小説家です。
短いフレーズの中に輝くものもがあったので、最後まで私を引っ張ってくれたのかもしれません。


CP0602-003 福岡市東区 dp2

今日は、若い人たちの写真展を観に出かけました。
会場のなかは所狭しと写真が散りばめてある印象でした。
方法論や様式が先行しているといった印象は、若い人の写真展において良くあることですが、自由な息吹といったものは伝わってきてきました。

先ずは自分が楽しむことから、もの作りは始めた方が長続きします。
この調子でどんどん楽しんでいけば、やがて個性というものが発芽することは確かです。
問題は、この後もどこまで写真と向き合えるかといことに尽きると思います。


CP0602-004 福岡市東区 dp2

今日の文章の書き出しが面白くない本についてでしたから、この写真展もつまらなかったということでは決してありません。
作者の年代も、立場も違うのですから。
単純に今日の出来事を二つ並べただけです。
くれぐれも深読みしないようにお願いします。

下手やね〜

六月に入りました。
梅雨はもうすぐやって来るのでしょうが、今日は良いお天気でした。
そんなお天気を利用して、研究室の四年生たちと撮影に出かけました。

CP0601-046 福岡市中央区 se18 ×


ゼミ所属の四年生は六名居ますが、卒業制作の授業を受けているのは四名です。
何とも小回りのきく人数ですから、突然「撮影にでも行くか・・・」と提案してもすぐに話はまとまります。
「今日はカメラを持って来ていません」なんて学生は居ないはずですが、本日は一人居ました。
まあ、仕方ないので今日のところは私の6×9のカメラを貸しました。
四年生は四人ともフィルムカメラで黒白写真で作品を制作しています。

技術、センスともにまだまだですが、それぞれ着実に上達しています。
真面目な連中ですから、12月の締め切りまでにはなんとか卒業制作の作品は仕上がることでしょう。

今日の目的地は中央区の〔地行〕と〔六本松〕。
地行、六本松辺りが面白いという情報は、高校の写真部の顧問をされているK先生から頂いたものです。
私の好みを十分承知のK先生のことですから、間違いはないものと楽しみに出かけました。

六本松の方は私もこれまで何度か歩いていますので、先ずは地行の方に出かけました。
地図で大まかな場所は教えてもらっていたのですが、周りは真新しいマンションばかりで、この辺りにとても私が好みそうな路地裏があるとはとても思えません。
それでも根気よく歩いていると、それらしき場所に迷い込みました。


CP0601-021 福岡市中央区 se18 ×

まさに迷い込んだといった状況です。
偶然曲がった小さな辻を進んでいくと、その空間はありました。
まさに、取り残された空間と言った感じです。

路地裏の目印は〔アロエ〕です。
その次は〔猫〕。
白毛の子猫を撮ったのですが、さすがDP2。
白とびもなく見事に毛並みを再現しています。

CP0601-009 福岡市中央区 DP2


猫の写真を撮っていたら、小学生くらいの女の子が現れました。
どうやら、私が撮っているのは彼女が飼っている猫のようでした。


CP0601-011 福岡市中央区 DP2

ブロック塀の上に居る猫を撮るように言われたのですが、使い慣れないカメラSIGMA DP2でもたもたしていると、「下手くそやな、あっちから撮った方がエエ」などと激がとびます。
私は猫の背中と路地を撮りたかったのですが、どいも彼女は猫の顔が写っていないといけないらしい様子。

挙げ句の果てには「ちょっとカメラ貸してみ」と、私のDP2を取り上げて自ら撮影。
最後にはさっさと自転車に乗って買い物に出かけて行きました。

一人残された私は、彼女の教えどおり塀の上の猫に声をかけながら、じっくりと真正面から撮りました。

CP0601-013 福岡市中央区 DP2


今日の写真には猫が三匹登場していますが、三匹とも尻尾は奇麗なものでしたので、これで博多尾曲がり猫が三匹、普通の猫が四匹となりました。

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