2009年10月アーカイブ

宮崎たそがれて地鶏

昨日から宮崎に来ています。
宮崎市美術展の写真の審査と云う仕事を抱えての来訪です。
同じ九州内ですが、福岡から宮崎にやってくるのは少々骨が折れます。

私は車を持ちませんので、移動の手段は公共交通機関を利用するしかないのですが、長距離の移動となれば列車か飛行機となります。
飛行機は費用がかかります。
旅費・宿泊は別途先方に負担を掛ける身ですから、宮崎市民の税金を私ごときの為に無駄遣いさせる訳にも行きません。

福岡から宮崎へ鉄道を利用すると6時間前後かかってしまいます。
飛行機はお金がかかる、鉄道は時間がかかる。
残るは・・・高速バス。

そんな訳で高速バスに乗ってやってきました。
バスは満席になると窮屈ですが、幸い乗客は数人。
横の座席も宮崎に着くまで空席のままでしたので、のんびりと窓の外の景色や、車内で放送されている映画を眺めながらやってきました。
これで、鉄道より速くて安いのですから、まあ文句はありません。

宮崎到着後は宮崎県庁近くにある、昨年と同じ宿に荷物を降ろし、カメラを持って市内を散策。
ハンカチを忘れたのに気づき、橘通りにある和装の店で日本タオルを購入。
季節を考え、月に兎の絵柄のものを選んでレジに持って行くと、レジのおばさんに「高いけど良いですか?」と念を押されました。
それほどむさ苦しい格好をしていた訳ではないのですが、日本タオル一枚の値段も分からない男に見えたのでしょうかね・・・
宮崎は暑いくらいの陽気で、このタオルは役に立ちました。

CP1030.074 宮崎 se18a-#

CP1030.084 宮崎 st35-#

夕方、橘通りの上空を多くの鳥が飛んでいました。
カメラを構えて撮影をしようとしていると、後ろから「良い写真が撮れますか?」と声がかかりました。
振り返ると、宮崎在住の卒業生、種子田くんがそこに立って居ました。
もちろん、夜は種子田くんと再会を祝して宮崎名物地鶏で乾杯。

CP1030.094 宮崎 se18a#

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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

自由です

撮影することに行き詰まった学生が居ると、「何でも自由に撮れば良いんだよ・・・」などとよく話します。
この「自由」が曲者。
そんなことは当たり前のこととして十分分かっているのですが、それを実行するのが大変なのです。
実行出来れば「写真が撮れない・・・」などと悩むこともないのですから。

昨日の〔亀カメラ〕で、『自由なのもまた良いのでは・・・』と簡単に書いた私も、黒白写真からカラー写真へ、そしてまた黒白写真に戻ったりとふらふらしているのですが、黒白が適している写真は黒白で、カラーで見てもらった方が良い写真はカラーでと、もっと自由に考えられないものかと思うの次第です。
「黒白」or「カラー」と二者択一の堅苦しさをかなぐり捨てられないものかと思うのですが、腹の中の〔杓子定規虫〕を説得し、自由を謳歌するにはもう少し時間がかかるのかもしれません。

下の写真は、下関の路地で見つけた洗濯物です。
ピンクの衣服は目につきやすいのです。
早速、撮影して、このところ続けている黒白写真にしてみたのですが、どうも自分のイメージしていた写真にはなりません。
そこで、RAWデータからカラー写真で調整して、なんとか思っていた写真になりました。

このような経験をあと少し繰り返すことで、『黒白が適している写真は黒白で、カラーで見てもらった方が良い写真はカラーで』と〔自由〕になれそうな気がしています。
デジタルはカラーでも黒白でも自由自在ですから。

CP1025 山口県下関市 er24#

CP1025.060 山口県下関市 ER24#

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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

色彩

デジタルカメラを握るまでの40数年、黒白写真を中心に写真をやってきました。
その間、黒白写真に不自由を感じたことはありませんし、カラー写真をやってみようとしたこともありません。

黒白写真を続けてこれたのも、黒白写真が好きだと云うことと、写真をすることが楽しかったからでしょう。
撮影から、フィルム現像、引伸し、などなど写真の作業がいろいろありますが、そのどれもがすべて楽しく、深い世界でした。

デジタルカメラで写真を撮るようになった当初も黒白写真で撮っていました。
何の迷いも無く「黒白写真設定」で撮っていましたが、デジタルの場合、カラー写真であっても、フィルムでの黒白写真のときのように自分の関われる仕事がたくさんあって、一から十まで自分で楽しめることに気づいたときからカラー写真を始めたのです。

デジタル写真も三年を経過しました。
気がつけば再び黒白写真に逆戻りです。
デジタル写真の良いところはカラーでも黒白でも自由自在です。

なんてことを言うと、自分の中の杓子定規虫が動きだし、「写真は撮る前から最終イメージを決めて撮らなければ・・・」とぶつぶつ言い出しそうですが、〔自由〕なのもまた良いのではないでしょうか。

CP0823.153 広島県大崎下島 sn28a

CP0823.154 広島 sn28a-

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みかん猫67

秋・・・

今日は担当する授業はありません。
仕事は早く片付けて・・・と云う考えから、一時間目の9時から授業を入れていることが多いので、授業のある日(水曜・土曜以外)の朝はいつも気ぜわしいのです。
その上、当日の授業の進め方や教材選びみたいなものは授業直前まで考え抜きますので、いつもバタバタと授業に突入しています。
なんて言い方をすると、授業熱心な理想的な教師のように聞こえるでしょうが、実際のところは、単に無精なだけです。

今日は会議も無く、久しぶりにのんびりとした気分で大学に向かいました。
あまり寒くはなかったのですが、朝もやが出て、初冬の気分を楽しみながら歩いたのですが、朝もやだと思っていたのは、夜のTVニュースでは公害物質だとか・・・
いやいや、なんとも興醒めです。
文明は文化を破壊し、そのうえ風情までも台無しにしてくれたようです。

CP1028.011 福岡県糟屋郡新宮町 st35#


しかし、山裾の道をゆっくりと歩いているときに秋の色を見つけました。
秋の色は銀杏の黄色、柿のオレンジ、そして枯れ葉の色の茶色。
秋の色は深く温かく、こころ優しい気がします。
やがてやって来る冷たい冬に元気で立ち向かえるように神様の配慮でしょうか。

CP1028.033 福岡県糟屋郡新宮町 st35#


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みかん猫67

撮ろうと決めて・・・

被写体を見つけて、写真に撮ろうと決めた瞬間に、体が前後左右に動きます。
つまり、撮影位置を決める動作が始まるのです。
私はズームレンズが苦手です。
便利なことは十分に承知しているのですが、ズームレンズだと撮影するタイミングを失してしまうことが多いように思います。
ファインダーを覗くと同時に、〔ズーミング〕と云う作業をして構図を決めようとしてしまうからでしょう。

私は〔単焦点レンズ〕と呼ばれる、焦点距離が限定されたレンズを主に使っています。
ズームレンズのように、例えば24mm〜85mmと云った範囲なら、ズイーミングと云う動作一つで自由に焦点距離が変えられるといった便利なものではなく、24mmレンズなら24mmと云った特定の焦点距離だけでしか使うことができない、ある意味不自由さがあるレンズが単焦点レンズです。

便利なズームレンズを使わない理由は単純です。
大きいから・・・です。
カメラもレンズも控えめが一番です。
大袈裟なのはいけません。

使い慣れた単焦点レンズの場合、どの距離から撮れば、私好みの画面に切り取れるかは体が覚えてくれています。
それで、カメラを構える前、写真を撮ろうと決めた瞬間に体が前後左右に動くのです。

今日の写真は韓国の釜山の町を歩いているときに「撮ろう」と決めたものです。
狭い路地での撮影でしたから、21mmのレンズで、ほとんど歩きながら撮ったようなものです。

CP0903.154 韓国釜山 et21a#


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みかん猫67

写真に撮る動機

携帯電話がこれほど普及してからどれくらいになるのでしょう。
今日のように小型軽量化する以前の携帯電話は、「携帯」するには少々大き過ぎるもので、もっぱらビジネス用で、私も入学試験の地方会場に出張の折に、緊急連絡用として重い携帯電話を持たされた経験があります。
それが、今では、老人・子供に至まで、生活のための道具として携帯電話は欠くべからざるものになっています。

いま、町中で携帯電話を使っている人を見かけても珍しいとも何とも思わなくなりました。
何とも思わないものは写真に撮る動機につながりません。
でも、携帯電話を使っている人をわりと多く被写体にして写真を撮っています。
携帯電話を使っている人は、時折、妙な動きを見せてくれるものですから。

私は、わりと早い時期に携帯電話を手にしていました。
最初の頃は、公衆の面前で携帯電話を使うことに気を使いましたし、歩きながら電話で話をするが出来ずに立ち止まって隅っこに寄り話していたものです。
慣れというのは恐ろしいもので、今では歩きながらでも話せるようになりました。

今日、JR博多駅の構内を歩いていて、ふと目に止まったシーンがあります。
階段を降りたところで携帯電話を使っている男性。
片隅に体を押し付けるようにして話していました。
私が写真に撮る携帯電話を使っている人は、こういった状況が多いのです。

CP1026.001 福岡市博多区 st35#


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みかん猫67

審査結果

審査員を努めた下関市美術展のオープニングに呼ばれましたので、21日に引き続き、再び下関に出かけてきました。
どのような審査であっても、審査結果について「これで良かったのか?」と審査後に考えてしまいます。
きちんと展示されたなかで、審査結果が正しいものであったかどうか確認することと、審査を受けた方々からの質問を受けたり、審査結果に対するご意見を伺ったりするためにも、出来る限り表彰式などには足を運ぶようにしています。

審査で一等賞を決めるときにいつも思い悩むことは、世間一般的にみて良い写真を選ぶか、私が良いと思う写真を選ぶかといったことです。
どうも、写真に対する私の好みは一風変わっているものですから、毎回、審査のたびに考え込んでしまいます。

そのあたりの判断は、コンテストの性格や、その場の風向きなどなど種々の要素をみてやるのですが、基本的には「私が審査員をしている意味」みたいなことを優先させています。

本日、表彰式に参加して、ちょっとガッカリしたことがあります。
受賞されたみなさんが、あまり嬉しそうではない・・・と云うことを感じたのです。
審査した人間としては、受賞したみなさんが喜んでくれたいる姿を拝見することで、審査結果に対して安心できると云うものなのですが、そういった面では今日はちょっと心残りでした。
下関の皆さんは奥ゆかしいのでしょうか。

CP1021.007 山口県下関 er24#
[[JR下関駅近く]]

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みかん猫67

天狗

調子に乗って天狗になっている奴は鼻持ちならないものがあります。
そういう御仁が私の周りに居るということではありません。
ただ、今日の〔亀カメラ〕に載せる写真を探していたときに「天狗堂」という写真と「カラス」の写真を見ていて思いついただけのことです。

「天狗堂」だから「天狗」が話題になるのは理解できるが、「カラス」は何じゃいな?
と思われた方も居ることでしょう。
「天狗」と「カラス(烏)」が一緒になって「烏天狗」という言葉が頭に浮かんだ次第です。

「天狗」について詳しくはありませんが、顔が赤くて鼻が高い。
背中に翼があり、手には団扇を持って空中を飛ぶことができる。
山伏姿で足には一本歯の高下駄を履いているといったところが天狗に対する私の漠然としたイメージです。

しかし、烏天狗についてはカラスの嘴を持つ天狗と云うことくらいしか想像がつかないので、ちょっと調べてみました。
天狗の世界はなかなか奥が深いのに驚かされました。
天狗には大天狗と小天狗があり、大天狗は神通力も強く、位が高い天狗のようです。

一方、烏天狗は小天狗とも呼ばれ、烏のような嘴をもった顔、黒い羽毛に覆われた体が特徴のようです。
大天狗は高い鼻が特徴で、小天狗は烏の嘴のようにも見える尖った鼻が特徴のようです。
もともと天狗とは烏天狗のことだったようで、大天狗は烏天狗よりも後で考え出されたそうです。
そういえば、京都の鞍馬山で牛若丸に剣術を教えたのは烏天狗だったことを思い出しました。

写真に撮った「天狗堂」は店の名前の「堂」の字も剥がれ落ち、シャッターも下ろされているところをみると既に廃業している様子です。
いったい何を商っていたのでしょうか?

写真をよく見てみると「天」の字の上にも何か文字らしいものが見えます。
どうやら平仮名の「の」の字のようです。
とすると「○○の天狗堂」と書かれているのかも知れません。
撮影するときに確認しておくべきでした。
剥がれ落ちた「堂」の字だけに気を奪われ過ぎていました。
気になります。機会を見つけて確認に行かなかればなりません。

一方のカラスの方は、海岸線にあるドライブインのゴミ捨て場にぶら下げられていたものです。
おそらく生ゴミを求めてカラスが来るのを防ぐ目的て吊るされているのでしょうが、カラス天狗の神通力にも似た能力のあるカラスをこんな子供だましみたいなもので撃退できるものでしょうか。
それにしてもこのカラス、愉快な姿形をしています。

CP1021.019 山口県下関 er24#

CP1021.060 山口県下関 er24#


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みかん猫67

仕事のためにやってきた町。
天気は上々。
予定の時間までは少し間があるので、嗅覚を頼りに駅前(正確には駅裏だろうか)を歩いてみた。
もちろん写真が撮れれば・・・と淡い期待を抱きながら。

ふらふらと歩いていたら、興味のある一画に迷い込みました。
ここでも私を迎えてくれたのは一匹の猫でした。
乗用車のトランクルームの上できっちりと正座をして、浮浪者(私)を見つめていました。

首輪をしていますので飼い猫なのでしょう。
よく見ると我が家の老猫「まま」に似ています。
親しみを感じたので、話しかけながら近づいて行くと、大儀そうに動き出し、「町の案内でもしてやるか・・・」と動き出しました。

猫や犬に限らず、旅先で出会う動物はこころを和ませてくれます。
私の写真は傑作主義ではありませんので、軟らかなこころで自分を取り巻く世界を眺めることが大切です。
一匹の猫が、今日の私のこころを柔らかくしてくれましたので、一枚くらい、小旅行のお土産になるような写真が撮れるかもしれないと、期待しながら猫の後に着いて町の奥へと足を踏み入れました。

CP1021.012 山口県下関 er24#

CP1021.014 山口県下関 er24#


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みかん猫67

海沿いの道

海沿いの道をタクシーに乗って走っていました。
はれた日の海は格別気持ちの良いものです。
少し開けた窓から車内に吹き込んで来る風も、この季節にしては心地良いものでした。

海岸沿いを体操着を着た高校生たちが、長い列を作って、私とは逆の方向に向かって黙々と歩いていました。
鍛錬遠足と云うやつでしょうか。

高校生たちに刺激をされた訳ではないのですが、帰り道は私も歩いてみました。
麗らか・・・でも、どこまで歩いても海・海・海です。

時折立ち止まり、日傘をさして磯遊びに興じる人、廃業したドライブインなどへ、勝手気ままにレンズを向けては、また、歩き出す。

朝、見かけた高校生たちが、再び、私とは逆の方向に歩いてきました。
帰りは自由なのか、少人数のグループでぱらぱらやってきます。
みんな、楽しそうに話しながらやってきます。
元気な若い人たちを見るのは好きです。
こちらまで元気が湧いてきます。
随分と長い時間、高校生たちとすれ違いながら、私もゴールに定めた船着き場を目指し歩きました。

写真が撮れた・・・とは言えませんが、実に気持ちの良い午後の散歩でした。

CP1021.048 山口県下関 er24#

CP1021.055 山口県下関 er24#

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みかん猫67

「撮る」と 「取る」

下関市美術展の審査で下関美術館へ出かけてきました。
出かけるのは好きです。
仕事を抱えて出かけるにしても、ふらりと足を延ばすにしても、どこに行くにしてもカメラは鞄の中に入っています。
隙あらば写真を撮る。

何にしてもせっかく出かけて来たのですから、写真を撮って帰らない手はありません。
このあたりが関西人ですね。
「元を取って帰る」精神です。

しかし、これは関西人だけのことではなさそうです。
ずいぶん昔のテレビ番組でしたが、写真家の荒木経惟さんと詩人の吉増剛造さんが東京の下町を歩くものがありました。
そのなかで、江戸っ子の荒木経惟さんが「せっかく来たんだから写真撮って帰るぞ」といったようなことを言っていました。

もっとも、関西人の私は『元を取って帰るぞ』。
江戸っ子の荒木経惟さんは『写真撮って帰るぞ』。
「写真」と「元」、「撮って帰る」と「取って帰る」。
江戸っ子の言い方ん方がずいぶんと粋ですよね。

下関美術館からの帰りは、天気も良かったので、ふらふらと〔唐戸〕まで歩いて戻り、そこから関門渡船で門司に渡りました。
途中、「鯨館」がありましたので、寄り道をしてみました。

以前は、この下に水族館があったのですが、今では大きな病院になっていて、「鯨館」も建物だけは残っていましたが、中には入れませんでした。

CP1021.077 山口県下関 er24#

CP1021.037 山口県下関 er24#


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みかん猫67

ガキの写真

昨日の〔亀カメラ〕では、『写真に対して素直でありたい』とか『純粋でありたい』とかガキのようなことを書きました。
若い頃には東京で展覧会をしたがったり、コンテストなどに応募をして、自分の写真を認めてもらいたいなどの欲のようなものが確かにありました。

しかし、この歳になってそんな気持ちもすっかり失せてしまい、ただただ写真を撮って楽しめるようになりました。

幸い、今の時代、インターネットなどで写真を見てもらうことができます。
インターネット上で細々と日々写真を公開する。
そして、そんな写真を見て頂いている人たちが居る。
それで、十分楽しく、たまに仲間たちと写真展などを開けると、これが極上の写真日和です。

私がインターネット上で公開している写真を見てくれている中の多くは、卒業生諸君だと思います。
それを考えると、教師をしていて良かったとつくづく思います。
私は写真家と云うよりも、写真のことを教える先生の方が適していたようです。

私は植田正治さんから写真について多くのことを学びました。
その植田正治さんはいつも『私はアマチュア・・・』と言っていました。
日本を代表する写真家が「アマチュア」とは認め難いところではありますが、アマチュアの精神を持って写真をされていたことは確かです。

つまり、写真をこころから楽しむことです。

『写真に対して素直でありたい』、『純粋でありたい』などとガキのようなことを言うのではなく、ただ一言、『私はアマチュア』と言い切る植田正治さんは素敵です。
しかし、私等が『私はアマチュア』と言ってみたところで、「そら、そうでしょ」と、妙に納得されてしまうのは目に見えていますので、写真の先生らしく、多少、勿体ぶって『写真に対して素直でありたい』と今日も繰り返し言っておきます。

東京都大田区大森東


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みかん猫67

カレー

カレーは大好物の一つです。
家でもよく食べますし、外食のときにも、「困ったときのカレー」です。
家ではごはんの上にカレーをかける、ごくオーソドックスはカレーライスですが、外食のときはついついカレーの上にこってり系のものを乗せてしまいます。

定番はカツかハンバーグ。
先ほど私は『カレーの上に乗せる』と書きましたが、ここがポイントです。
カレーライスの上にハンバーグかカツ(その両方でも一向に構いませんが)を乗せるのです。

ごはんの上にハンバーグやカツを乗せて、カレーのルーをかけてはいけません。
ごはんの上にハンバーグやカツを乗せた上からルーをかけると、カツやハンバーグにルーがかかってしまい、白いご飯の部分が多くなり、ご飯とカレールーのバランスが崩れてしまうし、カツやハンバーグそのものの味がカレーの味で変わってしまうのです。
これではいけません。

特にカツの場合はカツの上からカレールーをかけると、衣がルーの水分でころもが柔らかくなってしまい、最悪です。
私がよく昼ごはんを食べに行くお店はカレーやハンバーグが美味しいので、よくカレーを注文するのですが、店主に頼んで、私の流儀でカレーラースの上にハンバーグやチキンカツをのせてもらっています。

それにしても、カレー、ハンバーグ、カツ・・・
なんとも子供じみた食べ物のオンパレードです。

写真の上でも私なりに拘っていることはあります。
精神的には純粋でありたいと願っています。
私に対して素直でありたいとでも言えば良いのでしょうか。
そう、子供のように。
これで、カレーと話がつながったという趣向です。

CF0307.022 大阪市西成区潮路 et21#

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みかん猫67

よくあること

本日は日曜日。
だけど、大学の行事があって出勤。
このところ休みなく働いているような気がしています。
私が大学に勤め始めた頃からみると、先生も関わらなければならない行事が増えて、ずいぶんと忙しくなっています。

大学を卒業してそのまま大学に居座ってしまいましたので、外の世界のことは分からないので偉そうなことは言えませんが、先生も忙しくなっていることは確かです。

昼休み、学生たちと昼飯を食べに行きました。
年齢を考えて、あまり脂っ濃いものは食べない方が良いのですが、若い学生たちと一緒だとついつい自分の年齢を忘れてしまい揚げものに手が出てしまいます。

今日の昼は〔カツカレー〕。
せめてカレーだけにしておけば良いものを油の匂いに負けて・・・
カツにしようかハンバーグにしようか・・・
結局、本日はカツを乗せてしまいました。

夜、自宅の食卓に出てきたものは・・・カレー。
よくあることです。
もちろん、家ではカツやハンバーグは乗せません。

大阪市西成区橘

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みかん猫67

ガラスの模様

大学までの道のりの途中に気になるドアがあります。
これまでに何度、そのドアにレンズを向けたことか。
その経験から、写真にならないのは十分解っているのですが、今日もまた写真を撮ってしまいました。

CP1017.003 福岡市東区 sx35a


撮っても写真にならないから一枚だけ。
これって何なのですかね?
犬がいつもと同じ電信柱のところでおしっこをする・・・それと同じ行為なのでそうか。
この、ドアに限らず、お決まりの所で、いつものように写真を撮ってしまうものはいくつもあります。
そういった多くは、過去に「写真になった」経験をもつ被写体なのですが、このドアは写真になりそうな気配もありません。

厳密に言えば興味の対象はドアに填められたガラス(正確にはプラスチック)です。
色が気になっているのか、渦巻きのような模様が気になっているのか・・・
それともガラスでないプラスチックという素材が気になっているのか私にも判然としません。

試みに写真を黒白とカラーで見比べてみました。
今日の気分では黒白写真の方が良いように思えます。
と、言うことは〔色〕に惹かれているのではなさそうです。

そういえば、このドアを撮るときの立ち位置は、ぐるぐる渦巻きの模様がはっきりと見えるところをいつも探して、そこから撮っていることを思い出しました。
光の反射で模様が目立つ所と、コントラストが無くなり模様がはっきり写らない所とが出てきます。
その位置は季節や空模様によって違っているようですが、少しでも模様が際立つところを探して撮ってきました。

それにしても、模様が面白い訳でもないのに、何でこのドアが気になるのでしょうか。
分かりません。

ガラスの模様で、一枚の写真を思い出しました。
今年の8月に広島在住の卒業生、Tくんと撮影に出かけた下蒲刈島で撮った洗濯機の写真です。
このときは洗濯機を撮ったのですが、どこから撮るかと云う立ち位置を決めるときに、洗濯機の後ろの窓ガラスの模様が際立つ所から撮ったと記憶しています。

CP0823.047 広島県下蒲刈島 se18a-


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みかん猫67

最近、沖縄にはご無沙汰しています。
6〜7年くらい前に航空会社のマイルが貯まったのを利用して沖縄に出かけましたが、それも随分と久しぶりの沖縄でした。

昨日の〔亀カメラ〕に掲載した写真を撮った1980年頃は毎年、夏になると学生たちと一緒に沖縄に出かけていました。
撮影目的の研修旅行です。
沖縄、長崎、山陰と恒例行事のように毎年、学生と旅をしていました。

そんな折々の写真をこうして見てみると、いろいろと懐かしいことが思い出されます。
1980年に一緒に沖縄に行った学生たちも、今では50歳くらい。
それぞれの社会のなかで中心的存在になって頑張っている年齢です。

その沖縄旅行もバブルの頃にハワイ旅行に変わりましたが、不景気になった今では学生と一緒に旅行することも無くなってしまいました。
近頃の学生たちは少しでもお金のかかることを提案すると、即座に「お金がありません」と言う答えが返ってきます。
こちらが歳をとって、学生たちとの年齢格差が大きくなったこともあるのでしょうが、共通の思いでといったものが持てなくなっているのが、少し残念です。

今日の写真も昨日の写真と同じときに撮った写真の中から選んでみました。
〔島袋琉映館〕
もうこの映画館は存在していないと思ったのですが、念のためにインターネットで検索してみると、私が写真に撮ったこの建物のまま存在しているかどうかは分かりませんが、なんと〔沖縄県沖縄市山里1丁目2−1〕に、存在しているではありませんか。

しかし、喜びもつかの間、違う書き込みを見てみるとどうやら2007年8月に閉館になったようです。
島袋琉映館は1959年にオープンした映画館のようで、私が写真に撮ったのは開館から20年くらい経過したときのようです。
この時でさえ、やっているのかどうか怪しい雰囲気をかもしていたのですが、それから四半世紀営業を続けていたとは知りませんでした。
閉館直前のカラー写真が載っていましたが、まさしく私が撮ったこの〔島袋琉映館〕でした。

沖縄県沖縄市(コザ)


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みかん猫67

沖縄市 1980年 FIRE

これまで随分とフィルムで写真を撮ってきました。
そのほとんどは黒白フィルムで撮ったものです。
撮るだけとって、ネガの状態までは出来上がっているのですが、プリントとして日の目を見ていない写真が山ほどあります。

何の自慢にもなりませんが、撮ったことすら忘れてしまっている写真もたくさんあることでしょう。

そういったネガを、暇ができたらスキャナーで読み込んで、デジタルデータ化しようと、思っているのですが、やはり無精者の性格は直しようがなくて、未だに計画は遅々として捗っていません。

無精なくせに、きちっとしたがるといった矛盾を抱えたひねくれ者なので、古いものから順序よくスキャニングをしたいという気持ちが強いのですが、それをやると益々手付かずの状態が続きそうなので、ここは無精者の性格の方を優先して、思いつくままやってみることにしました。

今日のネガは、思いつくまま、手当たり次第と云うことではなくて、2009年10月5日の〔亀カメラ〕(http://mokuu.cc/2009/10/post-370.html)で、営業を止めてしまった「海岸食堂」のことを話題にしましたが、そのときに思い出した景色があり、そのネガを引っ張り出してみました。

2.8

場所は沖縄市。
撮影したのが1980年7月。
約30年くらい前の写真です。
現在の〔パークアベニュー通り〕の突き当たりにあった建物で、この向こうに〔嘉手納空軍基地〕があります。

この写真を撮ったときには、既に解体が始まっていましたので、今の沖縄市で、この景色を見ることは出来ません。
Googleの地図で、この場所を見てみると〔コリンザ〕と云う商業施設になっているようです。
それにしても、随分と変わりました。

ピクチャ 1


昔が良かったかどうかは分かりませんが、少なくとも今のこの場所では写真を撮ろうという気持ちにはならないはずです。

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みかん猫67


頑固オヤジの烙印

いやー、最近のテレビはどうしてこんなに面白くないのでしょうかね?
思わず見入ってしまうような見応えのある番組には、ほとんど出会えません。
NHKくらいは、さすが無理やり国民から金を巻き上げて番組を作っているだけあって、それなりのものを提供してくれていましたが、今では頼みのNHKさまも民放の二番煎じを平気でやっていますから、テレビ番組は官民合わせて、もう、救いようがありません。

今のテレビ番組が面白くないから、昼間放送されている再放送番組を録画しておいて、夜、酒を呑みながら見るようになってしまいました。
しかし、再放送のサスペンスドラマも、演出がいい加減なものが多いので、ほろ酔い機嫌で愚痴や嫌みを言いながら見ています。
作り込みが雑で、必然性が無視されていて、目を覆いたくなるもがいっぱいです。

「芸の無い芸人」が一盛りいくら状態で出てばか騒ぎをしています。
そんな芸無し芸人たちが勝手気ままにはしゃいだりしている番組なんか、我が家の猫が愛想笑いをしてくれるほどくだらない。
猫に気を使わせるようになったらおしまいですよ・・・
と、思うのは私だけなのでしょう。
くだらない番組は、これでもか、これでもかと生まれています。

CF0125.098 福岡市東区 sn35a#


以前、『一億、総白痴化』ということが言われました。
大宅壮一氏が1957年に週刊誌に書いたもので、それから50年が過ぎているのですから、白痴化も完成の域に達してしまったようです。

※テレビに至っては、紙芝居同様、否、紙芝居以下の白痴番組が毎日ずらりと列んでいる。ラジオ、テレビという最も進歩したマスコミ機関によって、『一億総白痴化』運動が展開されていると言って好い。(「週刊東京」1957年2月2日号)


大宅壮一氏の場合、映像文化と活字文化との攻防といった側面もあったようですが、この勝負は『活字離れ』と言うことが言われることからも、映像文化が勝利したようです。

映像文化は勝利の美酒に酔いしれて、この体たらく。
大宅壮一氏の言った『一億、総白痴化』は見事的中していたと言えます。

映像の送り手を育てている私などは〔一億、脱白痴化〕の種を撒ける人を育てるべく、若い人たちを刺激し続けているつもりなのですが、どうも世の中〔テキトー〕が横行していて、頑固オヤジの烙印を押されています。


東京都葛飾区立石

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みかん猫67

運動不足な体育の日

CP1013.001 福岡市東区 st50-2.5#


本日は〔体育の日〕で、この国に暮らす人たちにとっては「休日」です。
しかし、私の勤める大学では、平常通りの授業日です。
「なんでやねん」

半期の授業で14回、通年の授業では半期の倍の28回の授業回数が必要なので、調整の着かない場合には休日でも授業をする羽目になっています。
私たち教員だけではなく、学生にとっても迷惑千万な話です。
「調子狂っちゃうよね」

今日は〔体育の日〕ですから、普段の運動不足を解消するためにも体を動かさなければならないのでしょうが、本日は授業が四回、時間としては6時間授業で、教室に缶詰状態でした。

朝から授業がある場合、授業の準備やらでどうしてもバタバタしてしまいますので、早目に大学に着くように、歩きではなくバスに乗って大学までやってきます。

通常だと一日一万歩以上の歩行距離なのですが、本日は行き帰りともにバスに乗りましたので、万歩計の数字は3500歩と通常の三分の一程度しかありません。
歩くことだけが、私の唯一の運動なので、皮肉なことに〔体育の日〕に、いつもより運動不足です。

まあ、休日はダラ〜ッとして、家の中でごろごろしていることも多いので、3500歩でも良い方なのかも知れませんが・・・

本日は冒頭に載せた端の写真を一枚撮ったきりです。
やはり、歩かないと写真は撮れません。


CP0902.105 韓国蔚山 sx35a#

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みかん猫67

古い地図

北九州市戸畑区


北九州の戸畑の町を歩いていて、昭和初期の戸畑の町の地図を描いた看板を見つけましたので、メモとして一枚、コンパクトデジタルカメラで撮っておきました。
家に戻って、現在の地図と比べて楽しむのです。

昭和は1926年から始まりますので、初期とは太平洋戦争前の1940年くらいまでと勝手に決めました。
地図の上で、渡船場はすでにありますが、1958年着工、1962年完成の〔若戸大橋〕はまだ描かれていません。

地図の上で一番動く可能性の少ないのが神社です。
神社の位置を核にして、現在の地図と照合するのです。
昭和初期の地図に描かれていた〔照養寺〕は今の地図にもあります。隣の〔東光寺〕は宗旨替えをしたのか〔東光禅寺〕と名前が変わっていますが現存しています。
この二つのお寺から判断して、〔渡船場〕の位置は変わっていないと思われます。

鉄道の〔戸畑駅〕は今のJR戸畑駅よりもっと渡船場に近い所にあり、しかも終点となっており、デパート(百貨店)になっていたとは驚きです。

数日前に、この〔亀カメラ〕で話題にした〔海岸食堂〕はまだ営業をしていませんが、海岸食堂のあった辺りは昭和初期には空き地だったようです。

渡船場近くには〔魚市場〕もあったようですが、今ではその面影はどこにもありません。
戸畑市役所の隣には〔大原鯨店〕なるものもあったようです。

私たちが写真に撮っている今の戸畑も、時とともに変わっていくことでしょう。
無くなっていくものもたくさんあるでしょうし、当然のこととして、新しく生まれてものもあるでしょう。
私などは、手あかの付いたような町が好きですから、新しいものには興味がありません。

遅かれ早かれ消えてしまいそうなそんな町を彷徨いながら、今を楽しむ。
そんな楽しみを〔写真〕は与えてくれています。


CB1004.068 北九州市戸畑 HX35#


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みかん猫67

秋は足速

福岡でも冬になると福岡国際マラソンが行われます。
以前は私の勤める大学の横を通って〔海の中道〕という海岸線を走るコースで競われていましたので、目の前を走るマラソンランナーを何度か見たことがあります。

初めてマラソンランナーの走りを目の当たりに見たときにはその走りの、あまりの速さに驚かされたものです。
遠くに姿が見えたと思うと、あっと言う間に近づいて来るマラソンランナー。
テレビ画面などで見ているのと違い、沿道でほんの1〜2メートルくらい前を走るランナーは私などが全速力で走るのに近い・・・ひょっとしたらそれ以上のスピードで走り抜けていきましす。

悠長にカメラを扱っていたのでは、写真なんて撮れません。

秋はそんなマラソンランナーに似ています。
秋の気配を感じたり、夏のような陽気に逆戻りしたり・・・なかなか本格的な秋にならないと思っていたら、目の前を駆け抜けるランナーのように一気にやってきました。
一昨夜は寒くて夜中に目が覚めたので、昨晩は布団を厚くして寒さに備えて眠りました。

田んぼの刈り入れも終わり、秋の草の穂が朝日に輝く季節。
少し歩く速度を速めてみても、汗をかく心配はなくなりました。

でも、私の場合は速く歩くことばかりに集中している訳にもいきません。
何か、写真になるものはないかと、周りに目配り、気配りをしながら歩きます。
レンズを向けるものは些細なものばかりですから、気持ちはゆったり、足の運びは速くといった心構えで、秋の少し冷めた空気を吸い込みながら歩きます。

カメラはいつものLEICA M8。
レンズは使い慣れたELMARIT-M 24mm F2.8 ASPH.です。


福岡市東区10

福岡市東区10


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みかん猫67

CP0328-021 福岡県糟屋郡新宮町 er24-


秋です。
秋はスポーツのシーズンです。
でも、最近、運動と言う運動はしていません。
ゴルフをするわけでもなく、テニスも関心ないし。
体を動かすと言えば歩くことくらいです。

幸い、歩くことは苦になりません。
歩くと写真が撮れるし、写真が撮れれば楽しい。
楽しいから歩く。
車もバイクも無いから歩く。
当分、このライフスタイルは変わらないでしょう。

以前、大阪で撮影していたときに、一日7時間くらい歩き続けていたら、夜、寝る前に足の親指の付け根がかゆくなりました。
昼間の歩き疲れから、そのままぐっすり寝たのはよかったのですが、明くる朝、足が腫れて靴を履くのもやっと。
それでも、頑張って撮影をしていたら、とうとう痛風の激痛に襲われてしまいました。

運動(歩行)のし過ぎと、大阪ですから旨いものをたらふく食べたのとで、足が反乱をおこしてしまったようです。
以来、いまだに痛風の原因である尿酸値を下げる薬とのお付き合いが続いています。

昨日の〔亀カメラ〕でも書きましたが、食べることへの執着は人一倍ですから、薬なしでは、なかなか尿酸値は下がりません。
撮影をしながら歩くのには、興味ある被写体に出会うことの他に、もう一つの楽しみがあります。

それは、美味しいものと出会うことです。
昼飯の時分になると、どこか旨そうな店はないか・・・、夕方になると、今夜の打ち上げはどこでするか・・・など、食い気満々です。
昨日も言ったように、やっぱり、近い将来食いボケですかね?
でも、食欲は健康のバロメーターと考えていますので、食べないといけません。
たとえ、「食いぼけ」「メタボ」と言われても。
人間、食えなくなったらおしまいですよ。

10月10日は〔東京オリンピック〕が開催された日で、それを記念して〔体育の日〕と言っていました。
連休を増やすと云うことなのでしょうか、〔体育の日〕は10月10日に限らなくなりましたが、秋は運動をするのに良いシーズンです。

食べても運動をしてカロリーを上手く消費すれば良いのでしょうが、このところ仕事に追われて時間をかけて歩くこともままなりません。
土曜日くらい、カメラ片手に好きな散歩を存分に楽しみたいのですが、今日も仕事で、歩いている場合ではありません。
「食欲の秋」は実践しているのですが「運動の秋」の方は放ったらかしです。

歩いても、歩かなくても・・・・夜になったら食って呑んで。
そして、痛風の薬を飲んで。


CB0304 (122)
[大阪市生野区鶴橋にて]


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みかん猫67

馬も鹿も太る秋

ハワイ カウアイ島 カケハ


台風一過の秋晴れとはいかずに、急に肌寒くなりました。
〔天高く馬肥ゆる秋〕と云う訳には行かず、曇天の寒空であっても、秋になると腹が減り、食欲の秋を実感します。
腹は減っても、腹についた脂肪は一向に減りません。
「馬肥ゆる・・・」ではなくて「馬鹿肥ゆる秋」ですね。
「馬」だけではなくて「鹿」までくっ付いて太りやがる。
馬鹿は死ななきゃ痩せないってことかな。

「食欲の秋」なんてことをわざわざ断らなくても、食欲の春夏秋冬ですよ。私は。
この歳になってもまだ食い気です。
このぶんだと、近い将来は食いボケ?

今日は我が家の食卓に「栗ごはん」が上りました。
かみさんが近くの山で拾ってきた栗を炊き込んだようです。
私の家はそれほど田舎と云う訳ではないのですが、近くに海あり山ありです。
そういう意味では福岡は良いところです。

でも、冬になると玄界灘を渡って来る北風の悩まされます。
大学進学で、大阪から九州に来るときに、「南国九州。寒さに弱い私には打ってつけ・・・」なんて思っていました。
しかし、いざ最初の冬を迎えたときには、〔松田優作〕の台詞が口を突いて出ました。
「なんじゃこりゃ」

福岡は九州の北の端。
大陸からの冷たい風の影響を受ける日本海型気候。
大学受験で、もっと地理の勉強をしておけば良かったと、40年以上経ったいまでも悔やんでいます。


CF0822.115 関門海峡 C175528#


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みかん猫67

ノーローゼの犬

CB0809.104 東京都大田区蒲田 et21a


大学の行き帰りに歩いていると、犬を連れた人によく出会います。
散歩と云うやつです。
これは犬の散歩なのでしょうか?
それとも人間さまの散歩なのでしょうか?

大阪の私の実家には秋田犬やシェパードといった大型犬が居ましたので、犬を散歩に連れて出ていましたが、これはあくまで犬の散歩。
しかし、最近は日本国中高齢化で、老人の運動不足や足腰の衰えを防止するために人間様の散歩に犬が番犬としてお供をしていると言えないこともありません。

老人と、老犬がおぼつかない足取りでゆったりと歩いている姿を見ることもありますが、微笑ましい反面、「犬を飼うのも大変だ・・・」と思ってしまいます。

犬を連れて散歩をしている人の中には、携帯電話を利用していたり、ヘッドフォンステレオを聴きながらの人も居ます。
こういった光景を見ると、ちょっと複雑な気持ちになります。

散歩はコミュニケーションの機会でもあります。
愛犬と言葉を交わしながらとか、心を通わせ合いながらといったことが、散歩においても大事ではないのでしょうか?
義務で散歩なんて辛いばかりです。

最近、こんな話を聞きました。
飼い犬の調子がおかしくなって動物病院に連れていったところ、そこで下された診断は、ノイローゼ。
つまり、犬が寂しがっているということだったようです。
どうやら、コミュウニケーションやスキンシップの不足が原因だったようです。
普段の生活の中や散歩の途中で犬に話しかけたりすることで、ノイローゼ犬は元のように元気を取り戻したそうです。

現在の我が家は猫と暮らしています。
猫の散歩も皆無とは言いませんが、多くの場合、猫は散歩に連れて出ることはありませんが、猫も犬同様、寂しがります。

犬は寂しくても耐えるようですが、猫は寂しくなると、必死にコミュンビケーションを要求してきます。
今も、パソコンの前を行ったり来たり。
長い尻尾を私の首に巻く着けながら右に左に動いています。

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みかん猫67

朝風呂

昨日は一日6時間、実習の授業でした。
その疲れからか、晩酌の呑み過ぎからか、ビデオに録画したサスペンスドラマを見ながら、ついウトウトとしてしまっていました。
こんなことはよくあることなのですが、昨日は妙に眠気が激しくて、たまりかねて、いつもより早く寝室に入ってしまいました。

おかげで、今朝は三時前に目覚めてしまい、それから枕元の本を読みながら朝を迎えました。
日頃の睡眠不足を解消しようと早く床に就いたのに、早く目覚めたのでは「なんのこっちゃ・・・」と言った気分でしたが、気分は妙に爽快でした。
やはり昔から言われているように「早寝早起き」は大事な習慣なのかも知れません。

一層、シャキッと体も頭も目覚めさせるために早朝から朝風呂と洒落込んでみました。
浴室の電気を点けないで、青白い朝の光のなかで湯気に包まれるのもなかなか乙なものです。
朝の冷気体に触れたので、窓の外を眺めてみると、まだ明けきらない朝の光の中で白いジンジャーが輝いていました。
満足満足
「早起きは三文の得」です。

おかげで朝食もおいしく頂けました。(これは今日に限ったことではないのですが・・・)


CP0823.115 広島 sn28a

CP0725.050 福岡市博多区千代 er35#

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みかん猫67

ぶら下がった夏

マラソンが好きです。
いえいえ、走るのではなくて、テレビで選手が走っているのを見るのが好きなのです。
でも、見終わった後に、いつも多少の後悔があります。

マラソンをスタートからゴールまでテレビで見ると、二時間半ほどの時間がかかります。
見終わった後に、無駄な時間を二時間半も浪費してしまったような気持ちに襲われます。
人が走るのを見続けて、どうってこともないのですが、ついつい見てしまいまいす。
マラソンだけではなくて駅伝もけっこう好きです。

自分自身の人生レースもいよいよ市街地から競技場に入ろうかというところに差し掛かっているので、無駄にする時間は無いはずなのですが、気がつけば、やっぱり見てしまっているのです。

私の家から勤める大学まで歩くと小一時間ほどかかります。
大学に近づいたところでJRの踏切を渡ることになるのですが、朝は列車の往来が多く、踏切の遮断機が下りていることが多いのです。

踏切のすぐ横が〔JR九産大前駅〕で、線路の上に改札口があります。
階段を上り、改札口の前を横切り、再び階段を下りることで踏切で立ち往生することなく線路を越えることができます。

小一時間のレース(歩き)の最後に、線路を越える駅舎に入るのですが、これがマラソンゲートのようなイメージです。
マラソンゲートの下り階段を下りているときに、天井の明かり取りのところに何かがぶら下がっているのが見えました。

トンボです。
クモの巣にでも引っ掛かっていたのでしょうか。
今では、クモの巣も形を失い、一筋のクモの糸にトンボがぶら下がったかたちになっています。

「夏も終わってしまった・・・」
もうすぐ、マラソンや駅伝のシーズンがやってきます。

福岡市東区8

熊本県葦北郡

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みかん猫67

「海岸食堂」

「海岸食堂」。
海岸にあるから海岸食堂。
ストレートな良い名前だと思いませんか?

私の目は背中に付いているようで、いつも後ろばかりをみているような気がします。
と言っても人生後ろ向きではありません。

写真に撮るものが過去のもの、古いもの、手垢の付いたものといったことです。
都心の華やかな場所より、その周辺の少し翳ったような場所に入り込みたがる性分のようです。

私が住んでいる福岡市に隣接する北九州市は重厚長大産業の衰退から、それらの残骸があちらこちらに見られます。
そういった所を歩いていると、懐かしくなるようなものに出会えます。
人生60年余生きて来ていますから、私の中に懐かしさを喚起する記憶はたくさんあります。

そういった、記憶を呼び覚ましてくれるような町を歩くのが好きです。

よく撮影に出かける北九州の町に〔戸畑〕があります。
戸畑区内だけではなくて、戸畑から渡船に乗って若松に渡ると云う手もありますので、学生を連れての撮影散歩に最適な町です。

「海岸食堂」はその戸畑から若松に渡る渡船場の近くにある食堂です。
正確には「渡船場の近くにあった」と言うべきでしょうか。
先月末に海岸食堂は営業を止めてしまいました。(別の場所で営業されるそうですが)

後ろを向けばそこに、そのものがあれば良いのですが、この海岸食堂のように姿を消してしまうと、写真に撮りたくても撮れません。

だから、写真な今撮っておかなければならないのですよ。
明日では間に合わないのです。

CB1004.032 北九州市戸畑区 hx35#

CF0530C2414L (43)

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みかん猫67

朝の洗顔のときに、指先に当たる水道の水が冷たく感じられました。
あんたの指先、そんなに繊細なんかいな・・・と悪口をたたく人も居られるでしょうが、感じたものは仕方が無い。

数年前なら、「おっ、水が冷たくなりはじめたな。そろそろ溜っている未現像フィルムを現像してしまわなければ・・・」などと気持ち的に慌てだすのですが、最近ではデジタル化してしまった私の写真人生ですから、気温や水温なんて関係ないと云えば関係ないのですが。

白黒銀塩写真のフィルム現像は20℃を基本にして現像処理をしていましたので、処理の最後に水道水を利用して行う、〔水洗〕の行程でも、できれば20℃を下回らない方が良いのです。
水温が下がると水洗効率が下がりますし、フィルムによっては乾燥後、フィルムがクルクル巻きになってしまって、密着焼きをとるときなどに非常に苦労することになります。

その点、デジタルは良いですな。
そんな苦労は微塵も無い。
撮影の段階でも、露出やぶれなどが瞬時に確認でき、「うまく撮れているだろうか?」といった不安から解放されて、ストレス知らず、苦労知らずです。
まあ、私のようなアマチュアのご気楽写真ですから、いずれにしてもストレスや苦労なんて端からありませんが。

デジタルに苦労があるとしたら、カメラや周辺機器の新製品がどんどん出て、それに合わせて財布の中からどんどんお金が飛び出して行く、そんな経済の苦労です。

苦労するところが違っているような気がする今日この頃です。

CF1004.001 福岡市東区 et28a#

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みかん猫67

本日は中秋の名月だそうです。
慌ただしい日常のなかではそういったこともつい忘れがちになります。
テレビでお月見の様子を中継していました。
場所はお寺の境内。
これはまあ妥当な所でしょう。
しかし、その後がなんとも興醒めです。
お寺の境内でオカリナやピアノの演奏を聞きながらのお月見と云う趣向のようでした。

人それぞれですから、どのような楽しみ方でお月見をしようととやかく言うつもりはありませんが、少なくとも楽器の演奏を聴きながらお月見をするなんて私の趣味ではありません。

虫の音を聞きなが、風を感じながら・・・静かに月を眺めるのが良いように私などは思うのです。
だいたい、中秋の名月だから月見をするといったこと自体が、へそ曲がりな私には気に入りません。
なんで他人の音頭で、踊らされなければいけないのか・・・なんて、ついついへそを曲げてしまいたくなります。
悪いクセですね。
もっと、素直にならなければと、思わないでもないのですが、この性格で60年以上生きて来たのですから今更。

偶然、空を見上げたときに、「良い月だな・・・」と感じたときに、ちょっと心を込めて月を眺める。
これこそ、理想の月見ではないでしょうか。
半月でも、三日月でも良いではないですか。月はそれぞれに美しい。

それを、お膳立てをして、楽器の演奏を聴かせて・・・大きなお世話さ。
押し殺したような、うちに秘めた、ささやかに・・・そういった美学は通用しない時代になったのでしょうか。
お祭り騒ぎはたくさんです。

お月さまではうさぎが餅つきをしているそうですから、今日の写真はうさぎです。
ハワイのKAILUAという、海の奇麗な町で出会ったうさぎです。
路地で何やらむしゃむしゃ食べていました。
人を恐れないところを見ると、どこかの家から逃げ出してきたのでしょうか?
こんなところで道草をくってないで、早く月に戻らないと、出番に遅れるよ。うさぎくん。
今夜は中秋の名月。
きみの晴れ舞台じゃないですか。

1997.01.30.061.10#


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みかん猫67

雨の公園

このところ梅雨のような空模様が続いています。
こう天気が悪いと写真もあまり撮れません。
学生に撮影の課題を出すと、その提出日に課題作品ではなく、「天気が悪くて写真が撮れませんでした」と云う話が帰ってくることが時々あります。
そんなときの私の答えは「雨の日には雨の日の写真が撮れる」といったものです。

天気が悪いから写真が撮れない・・・なんて学生みたいなことを言ってないで、雨の日に写真を撮ってみました。

ほぼ毎朝、公園の横の道を通ります。
晴れた日には老人たちがゲートボールに興じていたり、愛犬家たちが集まって談笑したりで、賑やかな公園なのですが、天気の悪い日には人影もなく寂しいものです。

小雨の降る寂しい公園にバトミントンの羽根が一つ転がっていました。
ビニールで出来た遊戯用の羽根で、楽しく遊んだ後に、誰かが忘れていったものでしょう。
小雨のなかに置き去りにされた羽根は、華やかなピンク色。その華やかさが逆に寂しさを増します。
その寂しさが気になって一枚撮りました。(一枚目の写真)

CP0929.004 福岡市東区 er24a#

2.5a#

後日、公園の横を通ったときに見ていると、羽根はまだ同じ場所に転がっていました。
天候は前回同様、良くありませんが、雨は止みました。
また一枚撮影(二枚目の写真)。
空模様は写真の写りに多いに関係してきます。

残念ながら雨の日は24mmレンズ、曇りの日は50mmレンズと撮影に使ったレンズは違っていますが、写真の雰囲気は明らかに違っています。

雨の中に置き忘れられたピンクのバトミントンの羽根。
その寂しさは最初の写真の方が現れているように思います。
写真は光に左右されます。
その、光を的確に読み解く感覚を身につけなければいけません。
ただ、シャッターを押せば移るというものではありません。
出来事や、物に反応するだけではなく、光にも反応する目とこころが必要と云うことでしょうか。


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みかん猫67

今日から10月です。
月は変わって、季節は秋と言っても、スッキリとした秋晴れにはほど遠く、一昨日、昨日と同じように憂鬱な空模様です。

どんよりとした空を見上げると、桜の落ち葉が蜘蛛の巣に引っかかっていました。
横には大小二匹の蜘蛛が居ます。
雌雄にしてはあまりにも大きさが違いますから母子でしょうか?
父親はすでに母親に食われてしまってお陀仏・・・なんてことを思いながらレンズを向けました。

ほんの少し風が吹いていて、蜘蛛の巣はかすかに揺れています。
ブレを少なくするために絞りは解放のF2.5。そうするとISO160でシャッタースピードは1/750秒になりました。
ISO感度を上げてシャッタースピードをもう少し早くすることも考えられますが、普段、使っているISO160に拘ってみました。

フィルムを長く使ってきました。その場合、撮影感度を途中で変えるには、感度の違ったフィルムの装填されたカメラに変えるか、今のカメラの入っているフィルムを抜き取って、新たなフィルムを入れるしか方法はないので、あまり撮影途中で感度を変える習慣はありません。
撮影に出かける日の空模様や、写真の出来を考えてその日使うフィルムを決めたものですが、デジタルカメラの場合、感度は簡単に変えられるし、黒白でもカラーでもボタン操作だけで簡単に変えられます。

しかし、身に染み付いた習慣で、感度ひとつとっても、よほどのことが無い限り変えることができません。
空が背景ですので、露出補正は+1に設定。

露出は決まった。さて次はフレーミング。
空を横切って電線が走っています。
この電線を入れるか入れないか・・・
最初は、入れて撮りましたが、撮っているうちに電線が邪魔に見えてきました。
しかし、電線が画面に入らない撮影位置を探すのが難しく、頑張ってみましたが、ほんの少し写り込んでしまっています。
このあたりの微妙なフレーミングについては、レンジファインダーカメラの弱点です。

2.5a#

2.5a#

こうして、写真を並べてみると、電線に気を取られた方の写真は、どうもフレーミングが窮屈に見えます。
一方の電線に構わず山と、桜の枝と蜘蛛を見ながらフレーミングした方は、適度なバランスで画面に取り込まれていて無理がなく、好ましい構図になっていると思います。

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みかん猫67

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