2010年4月アーカイブ

新入生に黒白フィルムの現像について教えています。
対象は沖縄からやって来た新入生と長崎からやってきた新入生の二人です。
たった二人ですので、まるで、寺子屋のようです。

新入生に対しては「写真表現法」と云う授業で写真のことを教える機会があるのですが、この科目は講義科目で、私が実習で直接教えることは今年からなくなりました。
写真は頭の中の知識だけではだめです。
実際に作業をしながら会得していくことも多くありますので、実習も大切です。
ですから、学生からフィルム現像を見学したたいと申し出があったときに、二つ返事で了承して寺子屋を開いている次第です。

沖縄からやってきた学生は、高校時代から積極的に写真をやってきたようで、輝かしい実績をもっています。
しかし、これまではデジタル一辺倒で、銀塩黒白フィルムの現像については未知の世界のようです。

私は福岡の高校生の写真部活動に縁をもっていますが、ここでもデジタル写真が主流になってしまい、銀塩黒白写真を手がける学校は数えるほどになっています。
銀塩黒白写真の技術力は急激に衰え、デジタル出力されたプリントと並んだときに、銀塩プリントは見劣りがします。
高文連の写真コンテストの入選作品をみても、デジタルプリントに比べ銀塩プリントの入選数も激減しています。

そんな状況下で黒白銀塩写真に興味を持ってくれる学生は貴重な存在ですから、こちらとしても大切に育てなければいけません。
前回はフィルム現像液の準備から教えました。
粉末の現像液を溶解するのに、「蒸留水」を用いてやっていますが、その話をしたときに沖縄からの学生は何を勘違いしたのか、「雨水で現像液をつくるのですか?」と聞き直してきました。

一応、否定して蒸留水について教えましたが、私の頭の中では「雨水で溶いた現像液で現像したら、良いネガができるかもしれないな・・・」と、妙なことを考えてしまいました。
都会の薄汚れた空気の中を落ちてきた雨水ではだめでしょうけれど、沖縄には自然のパワーがいっぱいあります。
その自然の恵みである「雨水」で現像液を作る・・・なんとロマンチックではありませんか?

長崎からの新入生、こちらの方が高校時代から黒白銀塩写真をやっており、そのときから私も知っていた学生です。
黒白写真を本格的に勉強するために私どもの大学を選んでくれたと嬉しいことを言ってくれています。
長崎にある〔活水高校〕の写真部は、いまでも教育的な見地から暗室作業を続けておられますので、長崎は黒白銀塩写真の伝統を守っている学校が多いのかも知れません。

今回は最初のフィルム現像ですから、私が全ての作業を一通りやって見せました。
フィルム現像は化学反応ですから、きちんとやれば失敗する心配はありませんので、いつでも同じようにきちんと繰り返すことの大切さを強調して教えました。

学生が準備してきたのは、先日の「長崎ハウステンボス」で撮ったものでした。
殆ど全ての学生がデジタルカメラで撮影するなか、フィルムカメラで撮るとは、筋金入りの銀塩黒白写真好きなのでしょう。
このような学生と、教員生活も終わりに近づいた今、巡り会えたのも何かの縁ですから大切に育てたいものです。

しかし、これからの写真を考えたときに、デジタル技術のことも無視することは出来ませんので、デジタルでの黒白出力プリントも教えるつもりです。
将来、私のように銀塩からデジタルの方向にポイントを切り替えたとしても、暗室で培った能力は必ずデジタルでも役に立つはずです。
また、これからの四年間を暗室で過ごしたならば、素晴らしい黒白写真の作れる学生に育ってくれることでしょう。

今日の写真はデジタルで撮ったカラー写真を黒白写真にしたものです。
最初はカラー写真で、それを単純に黒白にしたものが二枚目です。
この段階での黒白写真は、単純に色を抜いただけ。とても銀塩黒白写真の調子ではありません。
そんなときに、暗室経験が豊富であれば、デジタルデータであっても黒白銀塩写真のような調子に仕上げることができます。
決して、暗室経験は無駄にはならないはずです。

未使用 CP0819.004 福岡市東区 gr28

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この二日間、〔亀カメラ〕では「音」についての話が続きました。
そのときに使った写真は二日間とも黒白写真にしています。
これは意識的にそうしたのです。

少し古い話を持ち出しますが、カラー写真と黒白写真について、尊敬する大辻清司さんが『アサヒカメラ 1990年8月号』に次のような文章を載せています。
簡潔な文章の中に、カラー写真と黒白写真とについて的確に述べておられ、授業などでも大辻先生のこの文章をいまでも引用させてもらっています。

『両者の描く世界は質的に違うということである。
カラー写真の世界は外面的であり現実対応的であるのに対して、黒白写真が内面的であり観念世界対応という、違った世界を目指しているといった傾向がある、ということである。
 カラー写真の美しさは何よりも色の美しさにあるというならば、黒白写真の美しさは何よりもトーンの美しさにある。
 カラー写真は一段と情報量が豊富であるというならば、黒白写真は抑制された簡素な情報に特徴がある。
 カラー写真が現実再現に一層近づく傾向にあるというならば、黒白写真は生々しい現実から一段と遠ざかる表現にふさわしい。
 両者はそれぞれ独自の舞台を表現世界としているのである。選択の根拠はまさに表現意図にある。』

このことを「音」にあてはめて、勝手な解釈をするなら、饒舌なカラー写真、寡黙な黒白写真。
カラー写真がシンフォニーなら、黒白写真は室内楽が器楽曲とでも表現できるのではないでしょうか。

耳で聞く音ではなく、目で見る音・・・そんなおとなしい(音無しい)表現世界を望んでいるとするなら、当然、黒白写真の方が適していると考えた次第です。

テレビのコマーシャルで黒白の映像とカラーの映像を組み合わせたものなどを時々見かけますが、こうしたときに、私がいつも感じるのは、黒白映像になったときに透明感が増すと云うことです。
その、透明感が黒白写真の魅力だと考えています。

私自身は長く銀塩黒白写真をやってきましたが、デジタルカメラを使うようになってからはカラー写真の方が多くなりました。
『饒舌なカラー写真』ですから、はっきりと言って無口な私の好みではありません。
これは、写真だけでなく人間の好みにおいても同様です。

口が達者な人間より、無口な人間の方に誠意を感じてしまいます。
「男の喋りはみっともない」と祖母からよく聞かされて育ちましたから、私自身、口の重い人間になってしまいました。
饒舌で自己アピールの上手い人間が生き残る現代社会において、「男の喋りはみっともない」などと化石のような考えは似合わないのは重々承知しているのですが、これも私の性分ですから、残されたあと少しの時間も無口で過ごすしかありません。

繰り返しますが、カラー写真は私の好みではありません。
特に、デジタル色と言えば良いのでしょうか、ギラギラのカラー写真などまっぴらご免です。
でも、カラー写真も手がけるようになりました。
この矛盾をいかに解決するか。
そこで、私のカラー写真について考えたとき、饒舌なカラーであっても、穏やかさと落ち着きを忘れないように努めています。

私は「自分は無口な人間」だと、授業で話したとき、その授業の最後に行われた「授業評価アンケート」で、ある学生が次のようなことを書いてくれていました。

『先生は無口だと言われましたが、いつも、きっちり90分授業で喋っています。本当は話し好きみたいですよ』と。
う〜ん。
でも、やっぱり、話は苦手です。授業はお仕事ですから無理しています。
落語家の志ん生さんのように、高座にあがって落語を放り出して寝てしまっても許されるほど大物でもないし、愛嬌のある人間でもありませんので、毎回、しっかりと講座・・・私の場合は講座ですかね・・・を勤めさせて頂いています。

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昨日の〔亀カメラ〕は記憶と音の話でした。
写真には当然、音は録音されません。
しかし、音を感じる写真、静けさを感じる写真、音を感じない写真など、具体的な音は録音されていなくても、音にまつわるい印象の違いはいろいろあるものです。
植田正治さんの写真から音が溢れ出ることはありません。
かと言って、静けさを売りものにしている写真とも違うと思います。
極めてコントロールされた音が見える写真。
暗闇でサイレント映画を見ているような世界が特徴だと云えます。

私自身も自分の写真を作るときに、騒音、雑音の少ない絵作りを意識してやってきたつもりです。
できれば植田正治さんの写真のように、音が見える写真が作れる人間でありたいと願っています。

『音のない記憶』は日本カメラ社から昭和49年に出た、植田正治さんの写真集ですが、パソコンのキーボードに向かい、「otononaikioku」と入力して変換キーを押すと「音の無い記憶」と変換されました。
「無い」とひらがなで「ない」にしているあたりが植田正治さんらしいと思います。
先ほども言いましたように、私自身も騒音、雑音の少ない絵作りを意識してきましたので、自分の写真展のタイトルを考えるときに「静」とか「沈黙」云うことに拘って考えてきましたが、浮かんだタイトルはどれもこれも気に入らずに、他の切り口から見たタイトルをつけていました。
そんなときに植田さんは「静か」を「音の無い」と表現し、「記憶」と結びつけたのを見て、「これだ」と思ったものです。

〔亀カメラ〕は、パソコンに向かいなんとなく書き始め、あとは気の向くままに文字を連ねるかたちで書き上げたものが殆どです。
文章ができたあとで、文章の内容に合った写真を探し出し、貼付けて完成と云う次第です。
さて、今日の写真ですが、植田正治さんのヨーロッパで撮った写真をまとめた『音のない記憶』との関係性から、植田さんと一緒にスペインを旅したときのものから選び出すのが筋なのかも知れません。
しかし、植田正治さんと一緒にスペインを旅したときは、フィルムカメラでしたので、ネガを探し出し、スキャナーに掛け、デジタルデータ化しなければなりません。
残念ながら本日はその余裕がありませんでしたので、デジタルデータのなかから歩く人の写真を選んでみました。

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新幹線のホームを歩く人、駅のコンコースを歩く小学生。
私の普段の撮り方は、出来るだけ画面は整理するように心がけています。そのことが雑音や騒音を消す撮り方になっているのでしょう。
静かな写真でありながら、その写真からはその場の音が見えるような・・・そう、聞こえるのではなく「見える」、そんな写真になっていれば植田正治さんから何かを学び取れた証となるのですが・・・。

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いちばん好きな音

テレビ画面から「ひぐらし」の声を聞こえてきました。
ひぐらしの鳴き声は大好きです。
遠い昔、少年時代(皆さんと同じように、私にもそんな時代がありました)に隣近所のガキが一緒になって出かけた夏休みのキャンプ場での夕暮れのシーンが頭に蘇ってきます。

川沿い。両サイドに山。
極めて平凡な景色が蘇ってきます。
夏の光の輝きは消え、薄墨色の空気が漂いはじめる黄昏の光。
すべてが懐かしい記憶です。
そんな記憶をひぐらしの声はいつも呼び覚ましてくれます。

キャンプ場での記憶は良いものばかりではありません。
川の流れのなかに浸けて、冷やしておいた食料が消えてしまった事件も記憶の底に残っています。
ただ、それがどんな物だったかと云うところは消えてしまっています。
冷やして食べるものですからスイカだったかもしれませんが、どうもスイカではなさそうです。
当時は、キャンプと云えば缶詰でしたから、果物の缶詰だったのかもしれません。
盗まれたのか、流されたのかは定かではありませんが、当時は「盗まれた」と思い込んでいました。

テレビから聞こえて来るひぐらしの声を聞いていて、「一番好きな音」はひぐらしの鳴き声だけれど、それに続く好きな音は何だろうかと考えたとき、銭湯の桶の音が蘇ってきました。

まだ、日が高い時間帯の銭湯。
昼の光の射し込む浴場のなかに響く桶の音もなかなか良い物です。
自宅の狭い風呂場とは違った心地よい響きの音です。
子供時分、遊びの最後はみんなで銭湯に駆け込むことでした。
湯からでたら、コーヒー牛乳や乳酸飲料、ラムネなどをなけなしの小遣いをはたいて飲む。
この習慣が、大人になっての、仕事の後の一杯ととなったのでしょうか。

国道沿いを歩いているとき、どうした加減か突然車の往来が途絶え、それまで聞こえていた車のエンジンの音やタイヤの音などがスーッと消え、無音のエアーポケットに入り込んだようなときがあります。
耳のなかが真空状態になったような、あの瞬間も好きです。
聞こえる音だけではなく、音がスッと消えたその瞬間もなかなか良いものです。

バスに乗っていて、踏切待ちなどで、バスのエンジンが切られたときの車内の音も好きです。
踏切のカンカンと鳴る警報の音も、線路際に立って聞く音と、エンジンを切って無音になったバスの中で聞く警報の音とはあきらかに質的に違っています。
同様に、エンジンを切ったバスの車内で聞く雨の音もなかなか良いものです。
いままで、絶えず耳を刺激していたエンジンの音が消えた時のあの、ホッとした気分。そこに入り込んでくる踏切の警報の音や、バスの屋根に当たる雨粒の音は、ついつい聞き入ってしまいます。

植田正治さんの写真集に『音のない記憶』と云う本があります。
植田正治さんはタイトル上手な方でした。ご苦労もあったとご本人から聞いていますが、それにしても印象的なタイトルの作品が多くあります。

『音のない記憶』や『童暦』(わらべごよみ)、『小さな伝記』『風景の光景』『軌道回帰』、作品集のタイトルだけでも数え上げれば切りがありません。
そのなかでも、『音のない記憶』は私の一押しです。

最初に挙げたひぐらしの声や銭湯の浴場に響く桶の音などは、遠い記憶と結びついており、音から遠い記憶が呼び覚まされてくるのですが、植田さんがヨーロッパを旅したときの記憶の景色はサイレント映画のように音のない世界として写真に記録されました。
植田正治さんの写真の多くは、その「音のない写真」のように思います。

さて、ここまで書いて今日の写真を何にするか・・・
私の「音のない記憶」を呼び覚ましてくれる二枚の写真が見つかりました。
極めて私的な記憶で恐縮です。まあ、私の写真と書いているものがそうですから今更、謝ってもしかたないですけれどね。

CP1108.008 福岡県糟屋郡新宮町 er24a#

CP0621.057 大分別府 M8.2sn28a

最初の犬の写真ですが、私が子供の頃、我が家に〔ごん〕と云う名の犬が居ました。
どう云う経緯で我が家の来たのか記憶の糸が切れてしまっているようで、思い出せないのですが、私がどこかで子犬を拾ってきたのかも知れません。
その犬が、なんとも小汚い毛色の犬で、お世辞にも可愛くは見えなかった記憶が残っています。
この犬のことで、記憶に残っていることがもう一つ。
その犬に「ごん」と命名したのは父親でした。どう云う記憶の糸が結ばれたのかは分かりませんが、そのことははっきりと覚えています。
この犬の置物を見たときに、「ごん」を思い出してパチリ。

二枚目の写真は「牛乳石鹸」と「自転車」が記憶の呼び水です。
私が生まれ育った大阪の家の近くに「牛乳石鹸」の工場がありました。
私の記憶が間違っていないのか「牛乳石鹸」について調べてみたところ、本社は大阪市城東区今福になっており、私の生まれた家も大阪市城東区今福ですから間違いなないでしょう。
そんな記憶に刷り込まれた「牛乳石鹸」ですから、いまでも「牛乳石鹸」の製品を選んで買ってしまいます。
昼間の光の残る銭湯の浴場で桶の触れる音を聞きながら、牛乳石鹸で汗を流す・・・ななかな良いじゃありませんか。

「牛乳石鹸」と同様なのが「松下電器」です。いまのパナソニックですが、松下電器も少年時代の記憶と結びついた企業で、電気製品を買うときに、どうしても松下電器の製品を贔屓にしてしまいます。
私が最初に買ってもらった自転車は「松下電器」の製品でした。

松下電器に勤めていた叔父が買ってくれたもので、色は灰色(地味ですね)だった記憶があります。子供用ではなくて大人用の自転車でした。
今でこそ、自転車なんてものはそのあたりに打ち捨てられるように転がっていますが、昭和30年代の自転車は子供にとって宝物のようなもので、ビックプレゼントでした。

歳とともに昔を懐かしむようになっています。
記憶のなかに登場する人たちの多くは故人となっておられますが、あの世とやらで息災に暮らしておられることを今日もお祈りする次第です。


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長崎県佐世保にある「ハウステンボス」に出かけるのは職場の恒例行事となっています。
新入生を連れて行くのですが、学生たちは毎年新たに入って来た人たちですから面白いのかも知れませんが、私などはもう十数年毎年この時期に出かけていますので、はっきり言えば見飽きた場所です。

ハウステンボスの悩みは二度三度と繰り返し訪ねてくれる人が少ないことだそうですが、客を飽きさせるようでは、集客力が上がるまでにはまだまだ時間が掛かることでしょう。
私自身仕事だから毎年来るのですが、個人的には来ようと思いません。

ゆったりとした時間を園内で過ごせるでもなく、楽しませてくれる趣向とてない。
何を目指しているのかはっきりしません。
入場料や、宿泊施設の料金をもう少し妥当な値段にしてくれれば、園内に遊戯施設やアトラクションがなくても、数冊の本を携えて海辺でのんびりするのも良いかもしれません。

施設内は飲食物持ち込み禁止で、施設内のレストランなどを利用しなければならないのですが、これがまたすべて高くて不味いのです。
これまでに、一度も納得できるお店に出会ったことがありません。
テナント料が高いわりには客が入らない。
儲からないから質が下がる。

『数冊の本を携えて海辺でのんびりするのも良いかも』と書きましたが、食べ物がまずくてはそれも出来ません。

そんなことで、今日の写真はハウステンボスで料理人を撮った写真にしました。
どこのお店か知りませんが、和風割烹とイタリアンの店で働く人といったところでしょうか。
ここまで書いてふと思いついたことがあります。
そうだ、ホテルは高級ホテルだから、ホテル内のレストランに行けば世間なみのものは食べられる・・・でも、高そう。

最初の、和風割烹風の写真は待ち構えて撮ったものです。
T字路の横道の方から、こちらに向かって白衣の男性が歩いてくるのを発見して待ち構えました。
おそらく、こう動くだろうと予測して立ち位置を決めて、あとは素知らぬ顔で待つだけ。
そのときに、親子連れがうろちょろしていたので、はやく画面から消えてくれるように願っていました。

そんな私の願いも虚しく、その親子は画面のなかで立ち止まってしまいました。
そこに、件の和風割烹が、手に仕込んだものを持ってやってきました。
こうなったら、とにかくシャッターを切るしかありません。
前の親子との関係がうまく保てる位置に来た・・・シャッターを押そうとしたときに、今度は画面右手からバス。
一瞬、躊躇したために、シャッターを切るタイミングが少し遅れました。

全てが終わったときに、「失敗」と云う印象しか残りませんでした。
理想的には、調理人の位置がもう少し画面左で、足の形が前の二人と同じように開いている。それが私の計算だったのですが、バスの所為で計算が狂ってしまいました。
でも、まあ、そこそこだと思いましたので、載せてみました。

二枚目のイタリアンの方は、反対に追いかけて撮りました。
この男性がどこに行くのか、どのような行動をするのか全く分からないまま、後を追いかけて、最後の最後、姿がドアの向こうに消える手前で撮りました。

JC0424.045 長崎ハウステンボス M9sn35a#

未使用 CP0425-014 長崎ハウステンボス sn35


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何度目でしょうか?
長崎県のテーマパーク、「ハウステンボス」は。
初めて行ったときから、間違いなく十数年は経過しています。
その間に経営は傾き、経営を支えてくれる企業について、九州では何度もニュースに取りあげられてきました。

大型テーマパークも「昭和」の遺産と言えるのではないでしょうか。
通称「リゾート法」はある意味、悪名高き法律ですが、これも昭和の法律。
昭和も末の時期、経済の成長が止まることなど考えもせずに日本中が浮かれていたそんなバブルの時代に、「リゾート法」の後押しを受けて、リゾート開発がなされました。
ハウステンボスもそんな中の一つですが、リピーターが少ないことから経営的には苦戦を強いられているようです。

大学の新入生歓迎行事の一つとして、私の居る写真映像学科でも毎年、新入生と教員が一緒になってバスハイクを実施しています。
その、目的地がハウステンボスと云う次第です。
大学からハウステンボスまではバスで一時間半から二時間弱で到着。距離も費用も手頃と云うこともあって、途中一度だけ北九州に出かけましたが、それ以外は全てハウステンボスです。
毎年見ていると、その衰えぶりはよく分かります。
施設内に雑草が増えたり、施設の老朽化があっても手直しされずに放置されていたりです。


いま、日本中は〔坂本龍馬〕ブームのようです。
ハウステンボスは坂本龍馬ゆかりの長崎にあります。
当然、龍馬くんは居るはずと探してみると、大村湾を臨む地に佇んでいました。
この看板を使って、授業のテキスト写真を制作。

「被写界深度」と「視点」のための参考写真です。
ここに載せたのは絞りを開けて、被写界深度の一番浅いものです。
また「視点」では龍馬の首のあたりがポイントになります。
カメラを持って立つ位置次第では、龍馬の看板に、背景が重なることになります。
それを避けて、外海に抜ける空間に龍馬の首のあたりを持っきて撮影しました。

JC0424.003 長崎ハウステンボス M9sn35a#c

もう一枚の写真は、入場者の少なさを象徴している、アトラクション劇場での一枚です。
オランダで建造した帆船を日本まで自力航行で運んで来たときのドキュメント映画が、見る人も居ない暗闇で、エンドレスに流れていました。
観客が居ないことで、一見無意味な行為が、私に写真を撮らせたのですから皮肉なものです。
シャッターを切るうえで、ひとつ注意を払ったことは、スクリーンに映し出される映像です。
結局、大海原に浮かぶ帆船と、この丸い地球が映し出されたときの二回シャッターを押しました。

丸い地球の写真を選んだことで、坂本龍馬が夢見た世界は空虚な夢物語であった・・・なんて、くだらない理屈を言うつもりはありません。
見る人の居ないスクリーンを見たとき、こころが動いて写真に撮ったただけのことです。
感情とか想いとはそうして形になる・・・そうありたいと常々願っています。
白と黒の鍵盤をみたときに、ピアニストの指が自然に動き出すように、私の右手の人差し指が自然に動いた結果としての写真。
その写真が自分自身で好きであれば私も写真も幸せです。
おっと、間に入ってくれたカメラやレンズも喜んでくれることでしょう。


長崎ハウステンボス

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私自身が自分の写真を撮る道具にデジタルカメラばかりを使うようになっているのですが、大学の授業ではまだ黒白銀塩写真についても教えています。
ずいぶんと身勝手でいい加減なような気もしますが、幸か不幸か黒白銀塩写真の世界に新しい動きは少なくなった現在、「昔取った杵柄」でとでも言えばよいのでしょうか、私自身の体の中に仕舞い込んだ知識や技術で十分対応できるのです。

銀塩黒白の世界で新しい動きとして注意しておかなければならないことは、製造中止、販売中止になる商品についての情報収集くらいです。
先日も、実習で〔Neopan 400 PRESTO〕のブローニーフィルムを注文したところ、既に商品としてNeopan 400 PRESTOは無くて、結局、〔TRI-X〕を使って実習の授業を切り抜けました。

Neopan 400 PRESTOが製造中止になったというニュースは得ていたのですが、製造中止になっても、すぐに店先から商品が消えることはないと高を括っていたのですが、浅はかでした。
全国のNeopan 400 PRESTO愛用者が製造中止のニュースが流れると同時に一斉に買い漁ったのでしょう。
そう言えば、少し前にKODAKのカラー印画紙が製造中止になったときも、卒業生の何人かから、「KODAKのカラー印画紙をストックしたいのだけれど、手に入らないか?」との依頼があったのを思い出しました。

私も使っている〔LEICA〕と云うカメラは、製造中止になると急に中古市場の価格が上がり出すといった珍現象がよく起きましたが、黒白銀塩の世界もそんな動きになってきたのでしょうか。
経済は需要と供給のバランスですから、需要者がいるのに供給がストップしてしまうと、当然、価格は高騰します。

それにしても、富士は6×7のカメラを出したにもかかわらず、どうしてNeopan 400 PRESTOを製造中止にしてしまったのですかね。
6×7のカメラが出たときに、富士はまだフィルムを見捨ててはいないと思い込んだのですが、勘違いだったようです。
それとも、黒白ブローニーフィルムなNEOPAN 100 ACROSがあれば十分とでもおもっているのでしょうか?
企業もやはり経済の原則と無縁ではないということです。

今回、久しぶりにKodak TRI-Xを買って驚いたのですが、国産の富士のフィルムよりTRI-Xの方が価格が安かったのです。
私たちが学生の頃はTRI-Xを使いたいのだけれど高いから富士のフィルムで我慢しようと云うのが一般的でしたが、いつのまにかそれが逆転していたのですね。
いやー、勉強不足でした。
頭から、舶来品は国産品より高いものと思い込んでいました。
「昔取った杵柄」なんて左団扇を決め込んでいてはいけませんね。

JC04.17.073 福岡県田川市後藤寺 GXR 33m#

CG0105.033 福岡県田川市 R5924#

今日の写真も筑豊で撮ったものです。
商売をやっているのか、止めてしまったのか定かでないそんなお店を多く見かけました。地方都市の経済は大変な状況になっていることは、こうした町の姿をみるとよく分かります。
ちょっと寂しいけれど、そして、生活している人たちの大変さも伺い知ることができるのですが、レンズを向けたくなるのはこういった町です。
社会問題をあぶりだすなんて大仰なことは考えていません。
ただただ昭和が懐かしいの一言です。
そうか、TRI-Xは昭和の匂いのするフィルムかも知れません。

しかし、今日の写真は平成のデジタルで撮りました。
話のつじつまが合わなくて申し訳ありません。

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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

私が学生時代と云うと、昭和42年に大学に入学しましたので、今から40年以上前のことになります。
高校卒業まで過ごした大阪を離れ九州に来るときに、多くの級友から「都落ち」と言ってからかわれました。
当時、九州に向かう新幹線は無く大阪から博多まで、昼間の特急で9時間少々かかったと思います。

大学に入った一年目は大学寮で暮らしました。
寮のすぐ横を鹿児島本線が走っており、夜中に走る貨物列車の汽笛を聞くと、物寂しい気分に襲われたものです。
♪思えば遠くへ来たもんだ・・・の心境です。

福岡に住むようになって、時々出かけた北九州や筑豊の町々には、妙に懐かしいしさを感じました。
懐かしいと云うことは時代的には遡る感情で、戦後すぐに生まれた私の記憶の中の大阪に似たものを感じさせる町だったのでしょう。

いまも、北九州や筑豊の町々は、大阪時代の古い記憶と結びつくためか、相変わらず懐かしい町に変わりはありません。
先日も、そんな懐かしさを味わいたくなって田川後藤寺に出かけてきました。
「昭和」の記憶が貼り付いた町。
そんな町もどんどん少なくなっています。

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JC04.17.040 福岡県田川市後藤寺 M9 2428a#

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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

目の前にあるものや状況を写真に撮りたくなるのはどうしてでしょう?
初めて出会って、新鮮な刺激を受け一目惚れで撮る。
私の写真の先生、植田正治さんと一緒に歩いているときに、「おっ、イイじゃない」と言いながらカメラを構えている植田正治さんの姿を何度も見ました。
好みの被写体を目にしたときには、エアーポケットに落ちるように写真の世界にスッと入って、サッと抜け出してくる・・・そんなスタイルが植田正治さん撮影スタイルだったと思います。
お気に入りの被写体を目にして興奮していたと思うのですが、それを感じさせないある種の優雅さがありました。

歌人の上田三四二さんの文章【散歩道】のなかに、『・・・大気に溶け、眼に入るものをよろこびをもって受け入れながら無心に歩く、歌をつくろうとは思わない。・・・だが、そういう道の上で、ふと、歌が落ちて来る。むさぼらないが、落ちてくるものはありがくいただく。その言葉を唇にのぼせ、よさそうだと胸にしまい込む。』とあります。

なんとも優雅と言うか、欲を超越した物腰にただただ感動するばかりです。
上田三四二さんの文章はまだ続きます。
『家に帰って、途上の言葉を紙の上に延べてみる。日がたつにつれいいと思ったものも大方は色あせてくるが、篩う言葉の砂の中には金の交じっていることもままならず、二首、三首とまずまずの歌の獲れているときの満足感は格別だ。』

植田正治さんと上田三四二さん。
二人の「うえださん」のようにありたいものと願っているのですが、それがなかなか。
お気に入りの被写体に邂逅したときには、しつこく貪ってしまいます。
60歳を過ぎても、まだまだ修行が足りません。

先日、田川の後藤寺に出かけました。
石炭の時代には炭坑の町として栄えたところですが、今は錆びたシャッターと西日が似合う町になっています。

筑豊は炭坑労働者が多く暮らした町で、体力勝負の仕事に疲れた人たちのエネルギー補給に甘いものが必要だったようです。
直方市の「成金饅頭」、田川市の「黒ダイヤ」、飯塚市の「ひよこ」や「千鳥饅頭」などが筑豊生まれの代表的な甘いものです。

植田正治さんはお酒が呑めない人で、反対に甘いものには目がないようでした。
平凡社のコロナ・ブックス「作家のおやつ」にも植田正治さんが紹介されています。
大学に来られたとき買い求められたのでしょうか、福岡の菓子舗としては「石村萬盛堂」の「鶴乃子」と「鶏卵素麺」が好物の甘味として紹介されていました。
「鶏卵素麺」は冷やして食べるあの素麺ではなくて卵の黄身で作られたすごく甘いお菓子です。

大学に来られる時にはお土産として鳥取県東伯郡の「ふろしき饅頭」をよく頂きました。
「ふろしき饅頭」は好物だったのではと思うのですが、「作家のおやつ」の本には紹介されていません。
鳥取や島根で一緒に撮影しているときなど、あちらこちらで美味しいものをたくさん食べさせていただきました。

今日は植田正治さんを思い出して、田川後藤寺甘いもの写真です。
私も撮影の途中でエネルギー補給。
団子を二本頂きました。
団子を頬張ると、「うまいな〜」と言う植田正治さんの声が聞こえてきそうでした。
「うまいな〜」は私の写真ではなくて、もちろん団子のことです。

JC04.17.035 福岡県田川市後藤寺 GXR 33m#

JC04.17.026 福岡県田川市後藤寺 GXR 33m#

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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

「ゼミナール」「卒業制作・研究」と私の面白くもない授業の後は夕方から呑み会です。
会場は大学近くの町、香椎でした。
「香椎」は松本清張さんの小説『点と線』に出て来る町です。
私が学生時代には、小説に書かれているような町の様子をとどめていましたが、いまでは随分と変わりました。
JR香椎駅と西鉄電車の香椎駅を有しており、バスの便もあり、言わばターミナルとしての町ですが、今ひとつ発展しきれない状態が続いています。

学生にコンパ会場の場所を聞いても今いちはっきりしません。
その場所は私の記憶では焼き鳥屋さんのはずなのですが、幹事の学生が言う屋号は違っていました。
店に行ってみると、私の記憶の町では焼き鳥屋だったところは、居酒屋に変わっていました。
町は、日々変化するものなのだと云うことを痛感しました。

町に限らず、消えてしまったものは戻りません。
記憶にとどめられた町を懐かしむだけです。
そんなときに写真は記憶の呼び水になってくれますので、写真は撮っておくことです。
無くなってから、写真に撮っておけば良かったと考えても、後の祭りです。
気になるものには、どんどんレンズを向け、シャッターを押しましょう。
消えてしまったのでは、写真に撮れません。

コンパはゼミに入ってきた三年生を歓迎する、いわゆる「新歓コンパ」と云うやつでした。
歓迎される三年生は女子学生二名が欠席。
なんだか分かりませんが、クラスにとけ込もうとする意思みたいなものが感じられなくて、可愛がりようがありません。

三年生が勢揃いしないのと同じように、歓迎する四年生も全員勢揃いと云うわけにはいきませんでした。
気分の盛り下がる「新歓コンパ」でしたが、今時とはこんなものでしょう。
最近の学生は、昔の学生のように飲み食いを喜ばなくなりました。
お酒の席が嫌なのかどうかは知りませんが、将来、まともな社会生活が営めるのかどうか心配になってきます。

一人寂しくパソコン画面からの光に照らされながら、カチャ・カチャやっているのはお得意なのですが、生身の人間とのコミュニケーションを避ける若者が多くなっています。
人と眼を合わせることが出来ない学生とは、横並びに並んで話をしたこともあります。こんなことはやはり異常です。
こういった人たちのこころの平穏を取り戻すのに、写真が役立つと言う話を聞いたこともありますが、なかなか難しいところです。

最後に申し添えますが、新歓コンパはなかなか有意義であたっと思っています。
参加した全員が、和気あいあいとして、良いチームワークが築けたと思っています。
その輪の中に私も入れたようで、満足、満足です。

今日の写真は30年前に沖縄の沖縄市で撮ったものです。
すでに、このような状況は目にすることは出来ないと思いますが、私の記憶の中の沖縄市は今でもこの写真のような姿をとどめています。

未使用 沖縄県沖縄市|1980年

未使用 沖縄県沖縄市|1980年


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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

本年度二度目の卒業制作・研究の授業が午後からありました。
三年生の末ぐらいから卒業制作について考えてもらい、調査をし、出来るだけ早く制作に取りかかりなさいと指導をしていました。

その指示に従って、三人の学生が初回の授業のときに何枚かのプリントを見せてくれました。
不思議なもので、三年生の段階では箸にも棒にもかからない状態(ちょっと言い過ぎかな)だった学生たちが、四年生になったとたんに、そこそこの写真を見せてくれるようになりました。

気になるのは、写真を持って来なかった学生たちです。
念のためにもう一度、卒業制作のテーマ、様式、計画などを一週間かけて考えてきてもらいました。

先週、写真を見せてくれた学生たちは、さすがに、自分の中である程度のことがまとまっている様子でしたので、一先ず安心です。
問題は先週、写真を持って来なかった学生たちです。
提出してもらった計画書を見ても、やはり漠然としていて、しかも、まだ撮影に取りかかっていない様子。
考えの甘い人、とても難しいテーマを掲げる人などで、この先、手こずることは眼に見えています。
それでも、学生が考えたテーマですから、頭ごなしに否定はできません。
先ずは、イメージを写真にしてもらう必要があります。

こんな学生ほど、就職活動には熱心なようです。
就職難のご時世ですから、焦る気持ちもわかるのですが、卒業制作が合格しないと卒業ができなくて、せっかく決まった就職もお流れだと言うことが分かっていないようです。
それとも、卒業制作を甘く見ているのかも知れませんが、少し、考えを改めてもらう必要がありそうです。

そんな学生たちを見ると、昔の私でしたら大激怒ですが、そこはそれ還暦を迎えて人間ができたのか、「はいはい」と学生たちの言い訳を聞き流すようになりました。
こんなことで良いのでしょうか。
良いはずは無いのですが、良しとしなければならない今の大学の状態といったものがあります。

午前中はゼミナールの授業でした。
今日のテーマは「生まれつきもっているもの」です。
人間は精神の核のようなものを持って生まれでてくる。それは、DNAの中に刷り込まれた記憶のようなもので、写真家で教育者であった「大辻清司」さんは、それを「精神核」と定義しています。
人はその核に端を発し、諸経験、諸環境の影響を受けながら、それぞれ固有の方向に精神を伸ばす・・・と大辻清司さんは、ご自身の著書『写真ノート』のなかの「生まれつき持っているもの」の章で述べておられます。

諸経験、諸環境と言うことは、生まれた土地、育った環境、聞き慣れた言語、親の躾、学校の指導などなど膨大な要素があげられます。
そんななかでも、〔風土〕と〔言語〕の影響が、精神形成や物事の理解力に与える影響は大きいと私は考えます。

私は大阪で生まれ、18歳まで大阪で育ちました。
例えば大阪弁で作られた映画を見た場合、その映画の細かなニュアンスや真の意味といったものは、大阪弁を主言語として育たなかった人たちに比べ、私はよほど深く理解できるはずです。

『あほやな〜』といった言葉ひとつとでも、そのときのイントネーションや、その言葉の発せられた状況などから、大小はあるけれども、無数の意味の差があるのです。
特に大阪弁に限らず関西のことばは、含みのある言い回しをすることが多いので、一層、正確な理解が難しいようです。

フランスは自国の言葉を大切にし、外国からの言語の侵略に厳しい姿勢を見せるようですが、これは「フランス語がフランス人としてのアイデンティティーを育む」との考えからだと聞いたことがあります。
つまり、言語が精神に与える影響を重要視しているのです。

諸環境、諸経験の違いが個性を育みます。
自分という人間について考えるとき、風土や言語について考えてみてください。
諸環境、諸経験の違いによって培われた個性を素直に発揮すれば、ほかの誰のものでもない、あなた自身の表現世界ができるはずです。

私たち一人一人と全く同じ諸環境、諸経験を持った人間なんて居ません。
そんな諸環境、諸経験が固有の精神を育んでいるのですから、その精神の命ずるままに制作すれば、他の誰でもない、あなたたち一人一人の個性溢れる写真が出来るはずです・・・なんて、ちょっと小難しい話から今年のゼミナールは入りました。
4月18日の〔亀カメラ〕『写真を教えていて悩むこと』で「小難しい問題はしばらく棚上げにして・・・」と書きましたが、小難しいことを言ってしまいました。
おかげで、学生たちは退屈気味。

そこで、撮影の課題を提案しました。
テーマが「私の写真」です。
先ずは、あなたたち一人一人のここの中から命じられるままに、素直にレンズを向けて写真を撮ってみましょう。
小難しいことは考えずに、撮った写真の山の中から「私の写真」を見つけましよう。
頭はそのときに使いましょう。
と、小難しいことは抜きにして写真を撮ってみましょうと云うことです。

『言うは易く、行うは難し』なのは分かっています。
おっと、その前に若い諸君には『言うは易く、行うは難し』の意味が分かるでしょうか?
若い人たちと日々接していると、日本人同士、共通言語が不確かになりつつあると感じることが多いので、ちょっと不安です。

火山の噴火でヨーロッパの飛行機が飛ばなくて世界中大慌てです。
空港が閉鎖され、人やものが動かない。
グローバル、グローバルと言って、図体が大きくなり過ぎると案外、もろいものです。
と、云うことで今日の写真は空港での写真にしました。

JC0203.08 東京都大田区 羽田空港 sn35#

東京都大田区 羽田空港


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みかん猫67

関東の方では四月半ばのこの時期に雪が降って、「観測史上もっとも遅い雪」とマスコミを賑わせています。
北部九州は関東のように雪が降るほどではないのですが、やはり花は散ってしまいました後ですが花冷えです。

大学の方も新学期が始まり授業も二巡目に入りました。
毎年、担当する学科目の時間割が変わりますが、それは生活のリズムにも影響してきます。
昨年が、週なかばの水曜日が、「研修日」と称して授業の無い日でした。
月、火曜と授業をして、水曜日に息継ぎをして、木金曜の授業を乗り切るかたちで、一週間の生活リズムが出来ていました。

今年は、火曜日が研修日です。
そうなると、火曜日の後の水、木、金曜が長く感じられ、今のところちょっと息切れしているなと思っています。

今年は授業の時間割が変わっただけではなくて、新しく担当する科目も出来たのも息切れの原因かも知れません。
私は「写真映像学科映像メディアコース」と云うところに所属して写真を教えています。
写真を目指している学生は、もう一つの「写真表現コース」と云うところに行きます。
映像メディアコースはデジタル映像やCG、WEB設計など、私にはまったく理解出来ない世界を専門にしていますので、なんとなくいつも場違いな席に座らされているようで、尻の落ち着かない心地を味わっています。

学生も同様で、「なんで映像専門なのに写真の勉強をするんかいな?」と冷たい視線・・・ちょっとひがみ根性ですかね。
そんなこんなで、これまで映像メディアコースで行ってきた写真の授業を昨年、今年と年々減らしています。
干されているのではありませんよ。自らそのように提案しているのです。

授業時間が減っては、給料に影響するのではとご心配を頂いたかもしれませんが、「捨てる神あれば、拾う神あり」で、ちゃんとそのあたりは手を打ってあります。
今年から、デザイン学科の「写真実習」を担当しています。
年間を通して、週に四時間ですから、結構な時間数ですが、写真映像学科の学生とは一味違った学生たちで、わくわくしながら楽しく授業をやっています。

授業も始まったことですので、早く今年の生活リズムを作り上げようとしているのですが、今までのところ、毎日慌ただしいばかりです。
息抜きにいちばん効果的なのは、カメラを連れてふらふら歩くことです。

旅も良いですね。
ごく最近、写真仲間の後藤さんから、『お忙しい事は分かっていますがお時間があるときにどうぞこちらの方にお越し下さい。旧三島宿など撮影地が近くにありますのでご案内いたします。』と、有り難いメール頂きました。
また、私の〔亀カメラ〕を読んだ、卒業生の戸島くんからも『小倉へお越しの時に、撮影にご一緒させて頂けると、嬉しいのですが・・・』とお誘いを受けました。
私のような偏屈ものにあたたかい心遣いをいただき感謝感激です。
何時の日か、カメラを持って一緒に旧三島宿や小倉の町を歩きたいと思っています。

写真をやっていたからこそですね。
やはり、写真は良いものです。

未使用 CP0822.096 広島 se18a

JC04.17.077 福岡県 筑豊本線 GXR 33m#

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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

今日はちょっと微妙な話になります。
大学で写真を教えていて、いつも迷うことがあります。
それは、実習科目において、<技術>を教えるのか、<感覚>を育てるのかということです。
そんなものは両方大事だから云々という言葉が聞こえてくるのは分かっているのです。
その言葉は大学での全ての授業を見渡したときには当然のことだと私も思いますが、一つの授業科目のなかでどうするかと云う話なのです。

現在、大学の授業は半期制を採用していて、4月からの四ヶ月弱と9月からの四ヶ月弱の言わば半年にも満たない期間で授業をまとめなければなりません。
一つの授業が14回〜15回です。
この短い時間の中で、教えられることは自ずと限られてきます。

<技術>と<感覚>の両方を...なんてやっていると、あっという間に授業時間はなくなり、どっちつかずの授業になってしまいます。
一年間の長丁場で授業ができていたときには、間に入る夏休みなども、「課題」を与えることで活用できました。
学生の反応如何では、授業期間の途中で修正もできましたし、多少、寄り道もできましたが、半期の授業では、それは無理な話です。

<技術>を教えるのか、<感覚>を育てるのか。
これまでの私の経験からいって、そう簡単に結論が出せる問題ではないと分かっているのですが、いつも頭を悩ませてしまします。

私は、どちらかというと技術を教えたい派です。
何か、表現したくても、技術の問題で若い人が躓かないようにと考えるからです。
感性の育成は、個人的な領域に立ち入ることも多くて、共通の話題として複数の学生に教えることは難しいということもあります。

私自身のことを振り返ってみます。
大学三年生になるとき、所属する研究室を決めなければなりませんでした。
そのときに私が考えたことは、やはり、先ほどのことと同じなのですが、写真でなにかをするとき、どうしても技術の壁がある。
それを乗り越える技術力を身につけたい。

そして出した結論は<広告写真>の研究室でした。
広告写真では、表現技術を結集して一枚の写真を作り上げる。
アイデアを写真に仕上げていく技術的手腕が求められる世界です。
広告写真を勉強することで、しっかりとした技術力を見につけることができるだろうと考えたわけです。

卒業制作では、スタジオにこもり、頭の中に描いたアイデアを、どのようにすれば写真で表現できるか四苦八苦しなものです。

大学の先生たちの間で、この問題が話題になりました。
冒頭に書いたように、表現したいことを、きっちり、私の場合だと写真で表現できるように、カメラの選択、使い方、レンズで画像を作るときの諸問題のこと、フィルム現像やプリント処理などの暗室内でのことなど、技術的諸問題を、実習の授業の中できっちり教え込む。

しかし、ここで問題があります。
それは<前提>条件です。
学生個々が持つ発想や意思・意識を写真に置き換えて、記録・表現・伝達するために技術力ですから、学ぶ人たちが、写真が好きであるとか、明確な発想や意思・意識があるとした上で、<技術>の問題となるのです。
物事を考えるときには、どうしても周辺状況を前提として考えなければなりませんが、私が見ている現代の若者たちにはその明確な発想や意思・意識が無いばかりか、写真が好きであるとかどうかも不確かです。
つまり、技術に関する問題を教えても、それを生かす場を彼らはイメージできていないのです。

目標・目的の無い勉強ほど身がはいらないものはありません。
パソコン処理技術にデジタル映像、CGのように現代社会と結びついた領域であれば、就職に役立つかも知れないと、現実的な若者たちも少しは勉強にも身が入るかもしれませんが、既にピークを過ぎた<写真>では、若い諸君には絶望的に思えるようです。

だとすると、私が今、教えなければならないことは、もの作りの心を養うことと、眠った感受性を呼び覚ましてあげることからはじめなければなりません。
ですから、小難しい問題はしばらく棚上げにして、まるで幼稚園のお絵かきのようですが、先ずは、写真そのものを実習の授業を通して体感してもらうことから始めるのが現実的な選択だといまのところは思っています。

今日の〔亀カメラ〕は、このところの寒波と同様、こころが寒くなるような結末でしたので、少しでも気持ちが軽くなるように、桜の季節に撮った写真にしました。
これで、おそらく今年の桜に関した私の写真は終わりとなります。

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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

少し肌寒いのですが、久しぶりに朝日の中を大学まで歩きました。
家を出てすぐのところに小さな雑木林がありますが、そこから鶯の鳴き声が聞こえてきました。
鶯も晴天で気持が良いのか、なかなか上手にホーホケキョと自慢ののどを鳴らしていました。

いつもより家を出る時間が少し遅くなり、途中で大勢の小学生たちとすれ違いました。
真新しい黄色い帽子がブカブカで、集団登校の上級生に手を引かれて登校する一年生を見ていると、遥か昔、自分が小学校に入学したときのワクワク、ドキドキとした気分が蘇ってきました。
もう、半世紀以上前のことですが、毎年、春四月には新しい文房具や教科書を買ってもらい、嬉しかったことが思い出されます。

授業料や教科書が無償化の時代になっても、やはり嬉しいものなのでしょうか。
只で配られるものでは、やはり嬉しさ半分なのではないかと勝手に想像しています。
当然のこととして、親に対する感謝の気持ちなんて、そこには生まれてこないでしょうね。
こうして、感謝のこころを育めなかった子供たちは自分の老いた親を見捨てる大人になっていくような気がします。
他人のふんどしで相撲をとる・・・そんなことが平気な人間が増えるばかりです。

私はよく学生たちに「自分の大切な時間と、貴重なお金を使って物作りをしなさい」と話すのです。
当然のことですが、ここで言うお金については、その多寡を言っているのではありません。
湯水のごとくお金を注ぎ込める人は、別に止めはしませんが、学生には学生の「分際」と云うものがあります。
多くの場合は、それほど経済に余裕があるわけではないでしょう。
ただ、そんななかでも、始末を重ね、自分の物作りに積極的に投資しなさいと言っているのです。

昨今の学生の中には身銭を切らないで済むように、要領良く立ち回るのが居ます。その数は年々増えているように思えます。

カメラ貸してください。レンズ貸してください。フィルム下さい。カメラの電池下さい・・・。
「ください」「ください」です。
物作りにまわすお金はなくても、ゲームやまんが、携帯電話など自分の好きなものには惜しげもなく金を注ぎ込みます。

まことに残念なことですが、学生たちにとって、物作り(私の場合は写真ですが)が一番好きなことではないのだと想像できます。
好きであれば、寝食を忘れて、すべてをそこに注ぎ込んでも惜しいと思うことはない・・・「好き」とはそう云うもののはずです。
現代の学生の姿を見ていると、「これじゃ、まとものものは出来ないな」と思ってしまいます。

でも、そんな学生たちだけではないのです。
私の、ごく身近に集まってきてくれている学生たちの様子をみていると、こんな偏屈おやじの言うことを理解してくれているようです。

話が少し明るくなったところで本日も「桜色」の写真を用意しました。
福岡市美術館に展示していた写真を引き取りに出かけたときに、美術館の横の菖蒲池の水面にカラスが居るのを見ました。

水面にカラスが浮かんでいる・・・いや、立っているように見えたので不思議に思ってよく見てみると、菖蒲の株の木囲いに掴まっていたのです。
カラスがこんなところで何をしているのか続けて見ていると、なんと水面に浮かんだ桜の花びらを食べていました。

このカラスくん、桜の花びらが「好き」なのでしょうかね。
一心不乱に花びらを食べて、ちょっと遠くの花びらに嘴をのばしたとたんに、水の中に落ちてしまい、慌てて羽根を広げていました。
「ばかなカラス」
「好き」とはそう云うものです。

私はさくらの花びらより「桜餅」が大好きですけど。
そうそう、この季節には「はなびら餅」と云うのもありましたね。

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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

大学の授業も始まってから一週間を過ぎました。
授業も一巡して、学生たちとのご対面も無事終えたと云ったところです。
どちらにしても一ヶ月くらい経過してからでないと顔と名前が一致しはじめません。
人のこころを捉まえるのが上手な人は、相手の名前を一発で記憶し、名前で呼ぶことで人心掌握するそうですが、私は、どうも人の名前を覚えるのが苦手です。

たくさんの学生を相手にしているのですから、全員の名前を覚えるのは至難の業とも考えられますが、それにしても人の名前をなかなか覚えることができません。
確かに、積極的に名前を覚えようとはしていないようです。
昨年の授業評価で、ある学生が「名前を覚えてもらっていないよう・・・」と書いていましたが、半年経っても名前と顔がはっきりと結びつかない、影の薄い学生も居ます。

名前と顔は一致しないのですが、名前と筆跡についてはよく覚えているのです。
毎回、授業の度に手書きの「出席カード」を提出してもらい、それを見ながらパソコンに出席を入力するのですが、その作業を繰り返しているうちに、筆跡が違っていると分かるようになります。
見慣れる・・・慣れるとは凄いことです。

念のために言っておきますが、私の大学でもカードリーダーを使って出欠の集計が可能です。しかし、カードリーダーはカードさえ持っていれば他人に成りすませることができます。つまり、代理出席が簡単に出来てしまうのです。
そこで、未だに出席カードを使っていると云う次第です。
まあ、面倒なことも慣れると、それほど苦にはならないものです。

「慣れる」と云えば、この春に導入したデジタルカメラ、PENTAX K-7もようやく慣れてきました。
最近のカメラは機能が盛りだくさんですから、機械的な操作に慣れることが年寄りにはなかなか大変です。
それでも何とか、一通りの操作は飲み込めてきました。

機械操作に慣れると同時にクリアしなければならないのが、他のカメラ同様、私好みの色味や彩度、コントラストを探すことです。
いろいろと設定を変えては撮り、変えては撮りの試行錯誤の結果、ようやく私のメインカメラ、LEICA M9に似た設定を見つけることができました。

これで、ようやくPENTAX K-7も使いものになります。

とは言っても、先日、咄嗟の撮影で感度を上げて撮りたいと思っても、もたついてしまい、結局、暗い所をISO200で撮ってブレた写真を作ってしまいました。
まだまだですね。


熊本市|熊本城

桜前線はいま、どの辺りまで到達しているのかは知りませんが、北部九州はこのところ冬のような寒さが戻って、これからさくらの季節・・・といった感じです。
三月の下旬、さくらの頃に熊本城内で撮った、「お二人の花見」の写真がまだ残っていまいましたので、載せてみました。

若いカップルが携帯電話で記念写真を撮っているところを、横から失礼して撮らせてもらいました。(事前に了解は得ていませんけれどね)
携帯で撮影しているのを見つけて、咄嗟に撮影しました。やはりスナップ撮影には、使い慣れたLEICAが一番です。

このあと、「写真撮りましょうか?」と声をかけると、女性の方が凄く嬉しそうに「お願いします」と満面の笑顔で、携帯電話を渡されました。
慣れない携帯電話カメラを渡され、ピースする二人を、愛想良く声をかけながら撮りました。
でも、私は携帯電話カメラに慣れていないから、結構ブレるのです。
ブレていたらごめんなさい。

熊本市熊本城


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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

JC0402.001 福岡市東区 M9|B28ZM#

「寒の戻り」と言うのでしょうか・・・このところ寒い日が続いています。
さくらは散ってしまったのですが、「花冷え」と言ってよいのでしょうか?
冬物はとうにクリーニングに出して、仕舞い込まれています。
この寒さがいつまで続くのか分からないので、引っ張り出して、一二回着ただけで、再びクリーニングと云うのも、なんとなく勿体ないような気がします。
「寒の戻り」を予想して、ちょっと厚手のズボン一本と、ジャケット二着をクリーニングに出さないでおいたのが幸いして、なんとか寒さを耐え忍んでおります。

JC0316.028 福岡市東区 K7+21_3.2#

寒さと日照時間が少ない影響で野菜の値段も昨年に比べ2倍くらいに跳ね上がっているとテレビのニュースで言っていました。
春の陽気を味わうことなく、さくらの花も散ってしまったようで、不完全燃焼な春と云ったところでしょうか。

私のさくらの花のストックもそろそろ底を突いてきました。
あと何日かすれば、「さくら」や「お花見」といった写真も終わり、初夏の写真をご披露することが出来る・・・・・・のでしょうかね。この寒さで。

昨日の高文連の審査の話を続けさせてもらいます。
審査会場に足を踏み入れたときに、いつもと雰囲気が違っているので、一瞬、戸惑いました。
高文連のそれぞれのセクションで「専門委員」と呼ばれる先生方が居られて、審査のお手伝いもして頂いています。
その「専門委員」の先生方が四月一日で交替され、顔ぶれが変わっていたのです。

公立高校の先生たちは春に移動もありますので、誰々先生が、どこそこの高校に移動になったなどと云う話も聞こえてきます。
高校の写真部の活動は、顧問の先生の頑張りに左右されるところが大です。
指導者の熱意が如実に反映されます。

せっかく一人前に育てた写真部員たちと分かれて、新しい学校に赴任するのは、心残りなことも多いでしょうが、あらたな赴任先の学校が、再び旋風を巻き起こでるように頑張って頂きたいものです。

昨日、九州大会への参加候補作品30点を選びました。
その30点が全紙に引き伸ばされ、連休明けに二次審査を行い、沖縄での大会に参加する10作品を選ぶことになります。

今日あたり、一次審査を通過した30作品の出品高校に連絡が届いていることでしょう。
その知らせを聞いてガッツポーズをしている学生たちの姿が頭に浮かびます。
でも、まだ喜ぶのは早いですよ。
二次審査という関門が待ち構えていますから。
顧問の先生の移動などもあり、伝統校、新鋭校、復活した古豪など入り乱れて面白い戦いになりそうです。
連休明けが楽しみです。
その頃には、初夏の気候になっていることでしょう。

熊本市熊本城内

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みかん猫67

写真の審査に出かけてきました。
高校の文化部が集まっている組織、「高文連」の写真部の審査です。
今日の審査は「九州大会」の福岡県予選といったもので、今年の九州大会は沖縄で開催されます。

沖縄効果でしょうか、正確な数は忘れましたが応募総数は2000点を超えていました。
この予選でベスト10位に入ると、6月に沖縄で開催される九州大会に作品が出品されるだけでなく、高校生本人と顧問の先生も沖縄に行くことになります。
高校生の皆さん、沖縄に行ってみたいのでしょうね、いつも以上に力が入っているようでした。

高文連の活動とはもう随分長い付き合いになります。
その間に、高校生の写真は変わったような変わらないような・・・
今回の審査に出品されたほとんど全部と言って良いくらいデジタル写真が多くなりました。
そしてカラーです。

私が審査を引き受けた当時はフィルムと印画紙を使う、いわゆる銀塩写真でした。そして黒白。
今でも、銀塩写真で黒白と云う伝統的なスタイルを続けている学校もありますが、それは五本の指で余るほどの数でしかありません。
顧問の先生が黒白銀塩写真をこよなく愛しておられる高校なのでしょう。

暗室での作業はなかなか面倒なことも多いのですが、それでも教育効果を考えたときには、敢えて黒白銀塩写真なのでしょう。
現代の若者たちにとって、カラーの世界を黒白に置き換えるのは容易なことではないようです。その上に印画紙と薬品を使っての微妙な調子コントロールが難しいときていますので、黒白銀塩写真には「頑張ったで賞」と云うハンディキャップをあげたいところなのですが、それにも限度があります。

頑張っても、なかなか報われない黒白銀塩写真ではありますが頑張って続けて欲しいものです。

高校生の撮る写真は、内容的にはそれほど変わっていないように思われます。
いつの世も若い眼は元気で愉快なものです。

高校生の撮る写真のなかで、気になる被写体があります。
それは、自分の足元を撮る人たちが毎回数人は居ることです。
それって、何故でしょうね。

2000点を超える中での4〜5点ですから、僅かな数かも知れませんが、毎年、必ず数人は居ます。
「何故、自分の足を撮るのだろう・・・」と不思議でなりません。
若者独特の思い入れみたいなものがあるのでしょうか。
いちど、聞いてみたいのですが、その願いはまだ叶えられていません。

CG0225.002 福岡県久留米市 R5924#

私は自分の足元を撮ることはありません。
いやいや、若い頃には撮っていました。
しかし、写真として撮っていたのではありません。メモとして撮っていました。
レンズ交換をしたときに、最初に自分の足元を撮っていたのです。

カメラを構えた眼の高さから足先までの距離は変わりません。
もっと足が長ければ・・・と願いはあるのですが、その日によって長くなったり、短くなったりするものではありません。
そんな足を基準として写真に撮っておけば、何ミリのレンズに付け替えて撮ったのかが、写った写真の距離感とか、足の大きさで分かるという仕組みです。
広角レンズで撮れば足が長く写りますし、靴は小さく写っています。

しかし、今では撮影中にレンズ交換をしなくなりましたので、こういった足の撮影はやらなくて済むようになりました。

未使用 CP0621-072 福岡市東区 sn28a-

足は撮らないけど、足元に視線を落とすことはよくあります。
元気ハツラツのじいさんではありませんので、しょんぼりと視線を足元に落としたとき、
そこに転がっている被写体と気が合うこともあるのです。

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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

恋の花咲くこともある

新しい年度の授業も始まり、今日は私の三年生と四年生の授業、「ゼミナール」と「卒業制作・研究」の本年度最初の授業でした。
学生たちは三年生になるとゼミナールを決めて、それを自分の専門としするのです。
もちろん私のゼミナールは「写真」をする研究室です。
これは昔も今も変わっていません。ただ、今はフィルムカメラや暗室を使っての黒白写真だけではなくてはなくて、デジタルカメラを使ってカラー写真もやる研究室に変わりました。
これも時代の流れです。
還暦を前にした頃に、フィルムカメラからデジタルカメラに持ち替えての付け焼き刃と言えば付け焼き刃な授業をやっています。

できるだけメッキが剥げないように、自分自身の写真もきっぱりとフィルムからデジタルに変えて撮るようにしました。
「先生がまさか、デジタルの変わるとは思ってもいませんでした」今でもよく言われますが、私自身驚いております。

長く銀塩白黒写真を専門としてきましたが、デジタルカメラで撮って、プリントアウトと云う写真も、やってみるとなかなか楽しいもので、一気にデジタルの道にのめり込んでしまいました。
今では、案外デジタルの方が私の性分に合っていたのではないかと思うほど、毎日、楽しくやっております。

ただ、デジタルカメラは寿命が短く、カメラに愛着が湧いてくることもないまま次から次へと機種変更に追われるのは、経済的に苦しいものがあります。
本日、Photoshop CS5の発売日が決まりましたが、カメラだけではなく、パソコンやソフトの変化も激しくなかなか大変です。

それと、もう一つの問題は、学生たちがデジタルを簡単便利と云う側面だけで捉えて、デジタル写真に走る傾向が強いように見えます。
私はまだまだ銀塩から学ぶべきことがたくさんあると思っています。特に学生の間は、面倒だけど伝統的な銀塩写真の川を渡る苦労を体験し、銀塩写真の素晴らしさも実体験として味わっておいて欲しいのです。

そこで、今年の「ゼミナール」の授業はすべて銀塩黒白写真で行なうと、本日の授業で宣言しました。
学生の多くはデジタルカメラは持っていても、フィルムカメラを持たないのですが、幸い、フィルムカメラは中古だと格安で手に入る時代ですので学生の経済負担もそれほどではありません。
現在のAPS-Cサイズデジタル一眼カメラのボディキャップ代わりに着いているようなズームレンズ(失礼)はフィルムカメラと共用できないことが問題ではあるのですが・・・

本日の午後は四年生の「卒業制作・研究」の授業でした。
先週の土曜日にゼミの女子学生が母親と「退学願い」を出したいと挨拶にやってきました。
「卒業まで頑張れ」と引き止めようと身構えたところが、退学理由が「結婚」と聞いて、止む終えず了承。
春ですね。おめでたいこともいろいろあるようで。
さくらの木の下では『恋の花咲くこともある』と云うことで、今日の〔亀カメラ〕の挿入写真は「お二人さまの花見・なれそめ編」としてみました。

JC0322.090 熊本市熊本城 B28ZM#

JC04.03.039 福岡県田川郡添田町 添田公園 M9 B28ZM#

二枚とも、二人に気を使ってあまり近づかなかったために、小さな写真ではちょっと分かり辛いかもしれません。
是非、拡大画面で楽しんでください。

※添付写真をクリックして、次に開いたページの写真の上、中央やや左に ALL SIZE と云うところをクリックすると Large サイズに変わります。もっと大きくしたければ Original をクリックしてください。

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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

北九州の小倉にちょっと気になる町があるので、日曜日を利用して撮影に出かけようかと計画していましたが、今日は生憎の空模様でした。それに、ちょっとした所用も出来たので撮影は中止。
終日、家で猫の「餌くれ〜」「腹減った〜」の声に振り回されながら過ごしました。
一日家の中で過ごしましたので、結果として骨休めが出来て良かったのかも知れません。何と言っても歳ですから、適当なところでリセットして、無理の積み重ねは避けなければいけません。

私はごろ寝用の細身の羽毛布団を持っています。
休みの日や夕食後は、床の上にこの布団を敷いて、ごろ寝をしながらテレビを見たりしています。
晩酌をした後に、この布団に寝転がるといつのまにか居眠り。これが私の充電時間となっているようです。
目が覚めるころには、晩酌の酔いも醒めているといったところです。

今日は猫の召使い役以外にはこれといった仕事もなく、この布団に寝転がり本を読んでは居眠りをして、腹が減っては冷蔵庫や菓子がはいっていそうなところを漁る一日で、明日へ向けて十分充電ができました。

福岡のさくらは既に峠を越してしまいました。
この春は昨年に比べ印象に残るさくらの写真が多かったような気がします。
春先にPENTAX K-7とRICOH GRXを購入。
年の初めには、品薄で入手困難と言われているLEICA M9が思いがけず手に入りました。
私のカメラシステムがすっかり入れ替わった記念すべき2010年です。

新しいカメラを持つと写真を撮りたい。出来れば足を延ばして写真を撮りに行きたいと思うのが人情と云うものです。
吉津くんの写真展を拝見するために熊本に出かけた日に、熊本城でさくらを撮って、添田公園でも撮りました。
身の回りからちょっと足を延ばして撮ったさくらの写真でチェックの入っているものがまだもう少し残っています。
さくらは季節感の強い被写体ですから、この時期を逃すと来年まで出番がなさそうなので今日もさくらの花の写真ですが、お許しください。

ブルーシートもお酒もお弁当も・・・そんなものとは無縁のお花見の写真にしてみました。
老人にとって(私もそうですが)は、来年もまたさくらの花を見ることが出来るかどうか分かりません。
これは命あるものすべてにおいて命の不確かさは共通のことなのですが、年を取るとともにそんな思いが強くなってきます。

福岡県田川市伊田松原

季節の花にかぎらず、マスコミなんかで「何年後をめどに・・・」「完成は○○年後・・・」なんて聞いたり読んだりするたびに、「それまで生きてるかいな?」と思うことが多くなりました。
今のところは五年後くらいまではなんとかなると漠然と思っているのですが、そのうちに、来年のことも鬼が笑うだけでなく、私自身考えの及ばない先のこととなるのでしょう。

次の写真は年寄りではなくて若者です。
熊本城のなかで道を挟んで向こう側に居た青年が、立ち止まってさくらを見上げていました。
ひとり黄昏の光の中でさくらの花を愛でるこの青年の心中は分かりませんが、なんとなく気になってレンズを向けました。
ちょっと間が空き過ぎていたので、撮るときには写真にならないと思いながらシャッターを押したのですが、撮った写真をパソコン画面で見ているうちに、これはこれで良いのではないかと思い、皆さんに見てもらうことにしました。

熊本市熊本城内

こころ優しい若者に未来を・・・老人に安らぎをといったところでしょうか。


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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

授業の始まる前から続いていた猛烈に忙しい日々も無事に切り抜け、なんとか週末まで生き延びることができました。(ちょっと大袈裟ちゃうんかいな)
私の勤める大学は原則、土曜日に授業はありませんので、本日は骨休めといきたいところですが、前に紹介した私のゼミの四年生、現像ムラの村長さんのHくんが暗室に入りたいと言うので、のこのこと大学までやってきました。
このところの疲れと、『春眠暁を覚えず』の季節ですから今日は布団の中でうつらうつらしていたいところなのですが、老体にむち打って、床から抜け出しました。

このところ続いていた寒さも退いて、穏やかな花曇りの空の下、あっちフラフラ、こっちフラフラ歩いきながら、そして少しばかり写真も撮れて・・・やはり週末は気晴れて良いものです。
今朝は海を見てきました。
春の海風は優しくて良いですよ。玄界灘を渡って吹いて来る風も随分と穏やかになりました。
海の向こうの朝鮮半島も春を迎えているはずです。

そんな海の眺めを楽しんだり、寄り道をしているうちに、思いのほか時間が経過していて、学生を待たせてしまいました。
このところ7000歩くらいしかカウントが上がっていなかった万歩計の数字も今朝は一万歩をクリアしていて、久しぶりに名目通り「万歩計」らしい働きが出来たと喜んでいることでしょう。

大学に着いて、暗室と器材の貸し出しが終わったら、そのまま撮影に出るつもりでしたが、このところ授業の準備やらでばたばたしていたために、研究室の中が目に余るほど雑然となっていたので、片付けをしているうちに昼になってしまいました。

昼ご飯を食べて、授業の出席を入力したり、ちょっと気になることを調べていたりしているうちに、夕方になっていました。

「しているうちに」「しているうちに」と言っているうちに日が暮れて、今日も一日終わってしまいました。
「普段」とか「日常」とはこんなものです。

そこで、本日の〔亀カメラ〕は・・・
大学までの道すがらで撮った写真でも良いのですが、私を足止めした雑然とした研究室に引っ掛けて、田川伊田松原の「炭住」で撮った写真を使うことにします。
住宅は人が住まなくなると、荒れ果ててしまいます。
荒れ果てた炭住では、人に代わって猫が住んでいました。昨日は犬、今日は猫の写真です。

JC04.03.063 福岡県田川市松原 K7|35 2.8M#

田川に出かけたのは先週の土曜日でしたから、結構、ながく引っ張ってきたものです。
そろそろ田川での写真も幕引きにしないと、「また田川かよ・・・」とため息をつかれてしまうでしょう。
でも、チェックの入っている写真がもう少し残っているのです。
たった一日の撮影でよくもまあこんなに引っ張れるものだと、我ながら感心してしまいます。

松原地区の旧炭住は家の中に入れないようになっていましたが、一軒だけ玄関が開いているところがありました。
上がり込んでみると窓際に一枚の切り抜き写真が残されていました。
意識的にでしょうか、写真が斜めに貼られていることが気になり撮影しました。
写真の上の天井に近い所に日焼けしていない箇所があります。
神棚でもあったのでしょうか。
この部屋の中の「時」は止まってしまったのですが、窓ガラスの外には2010年4月の午後の光が揺れています。

JC04.03.064 福岡県田川市松原 M9 B28ZM#

今日も、古い写真を一枚見てもらいます。
1976年、鞍手郡宮田町の炭住の室内を撮ったものです。
壁には橋幸夫さんと吉永小百合さんの小さなブロマイド写真が貼られています。
やはり、その上には神棚があったような棚が残っています。
炭坑での生活は命がけですから神のすがる気持ちは強いのでしょうか。
出かける前に神棚に手を合わせている伊吹重蔵(伊吹信介の父親)の後ろ姿が彷彿としてきます。

FG02301鞍手郡宮田町貝島炭坑住宅#

おっと、壁の落書きをみると、この家に住んでいたのは伊吹さんではなくて前田さんだったようですね。
一枚の写真も、隅々まできっちり見てみると、いろいろなことが分かり、それを手がかりに思いを巡らすことができます。

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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

福岡から筑豊に鉄道を利用して行く方法に、吉塚(博多)回りと北九州回りの二つの方法があります。
要するに一旦南下するか北上するかの違いですが、私の住む福岡市東区辺りからだと、吉塚回りで行くのが一般的です。

しかし、〔添田公園〕に向かうのにインターネットの鉄道路線サイトで検索してみると、私が出かけようと考えていた時間帯には北九州回りの方が接続が良いのか、所要時間が短く出てきました。
念のために、他にサイトでも調べてみましたがやはり同様の結果だったので、鹿児島本線で西小倉まで行き、そこで日田彦山線に乗り換え、田川後藤寺で再び日田行きに乗り換え・・・と云うルートを採用しました。

筑豊地区の鉄道は複雑で福岡から添田に着くまでに、平均四回くらいの乗り換えが必要ですが、このルートだと二回の乗り換えで済みますし、所要時間も二時間八分と多く乗り換えるルートより一時間ほど時間短縮になるます。
もっとも自家用車を持っていれば、思い立ったときに自由に出発・行動できるのでしょうが、私には車を維持できるような財力もありませんし、公共交通機関さまさまです。

当日は、人身事故の影響で乗っていた電車が駅で長時間立ち往生しました。スケジュールどおりには運びませんでしたが、おかげでお気に入りの写真も撮れましたし、これはこれで良しとするところです。

思いがけないことで、思ってもいなかった写真が撮れる・・・なんとなく前回、前々回の〔亀カメラ〕と話が繋がって一安心です。

最初の乗換駅で、高校の先生で旧知の野田先生に偶然お会いし、電車の中でお話をしているときに「田川の松原地区にはまだ、旧炭住が残っていますよ・・・」という情報を頂きました。
くどいようですが、このあたりも、北九州ルートを採用して、偶然、野田先生にお会いして、そして〔松原地区〕の情報を頂いて・・・なんとも不思議な巡り合わせです。

昔、NHKのテレビ番組で写真家の篠山紀信さんが、武田花さんの撮影現場にでかけるというのがありましたが、そのなかで『写真は一期一会なんだから・・・』と篠山さんが言うシーンがありましたが、不思議な縁が一枚の写真のなかにも封じ込められているのです。

そのときの野田先生の話では、〔松原地区〕は映画のロケにも使われるとのことでした。
頂いた情報は大切にしなければなりません。
添田公園での花見が終わった後、その〔松原地区〕に向かいました。

私が学生時代には、写真学生にとって筑豊詣ではブームのようなところがありましたので、ドキュメント写真が苦手な私もご多分に洩れず出かけていました。
〔炭住〕とは筑豊が石炭産業で元気だった頃、炭坑で働く人や家族のために立てた社宅のことで、炭坑が無くなった今では殆ど残っていません。
下の写真は、1976年に田川市磯光で私が撮った炭住の写真ですが、すでに、この時期には廃屋となっているものも多くありました。

FG002 (16)田川市礒光 炭住#


さて、2010年の炭住は、すでに住む人は居ませんでしたが春の明るい光に溢れていました。
五木寛之さんの『青春の門 筑豊編』に描かれた伊吹信介や牧織江などの子供の姿は見えず、映画のロケに使われたと思える「渡辺商店」が不自然な姿を見せ、道路の真ん中に大きな犬が寝そべるだけの静かな空間でした。

JC04.03.059 福岡県田川市松原 M9 B28ZM#

JC04.03.070 福岡県田川市松原 K7|35 2.8M#


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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

突然、面白くなる世界

グロッキーです。
我ながら随分体力が落ちたものだと痛感しています。
いよいよ大学の授業が始まりました。その前日はいろいろな会議が入り、一日に五つの会議を梯子しました。
そして、授業初日は9時から14時半まで授業で、14時50分から18時半まで会議でした。
なんで、こんなに皆さん会議が好きなんでしょうかね・・・なんて言ったら叱られますかね。

そんなわけで、グロッキーなのです。
明日も授業がいっぱいです。今年の時間割は週の後が半大忙しになっているようで、ちょっと滅入ります。

そんな愚痴はさておいて、写真の話をしましよう。
写真の話になると元気になる・・・若いときには体調不良であっても、暗室でプリントに集中しているうちに元気になってしまうなんてことがよくありました。
頭痛、腹痛くらいなら一発に治りました。

昨日の話の続きです。
昨日は、筑豊の添田公園で、偶然が写真を面白くしてくれたと云う話でした。
自分がイメージしていたシーンとは違っていたけれど、仕方なくエイヤーで撮ったら、思いもしていなかったものが写っていて・・・ということでした。

今日もそのような話です。
添田公園で撮影が一段落しての帰りのこと。車で走っていたら犬を発見しました。
民家の玄関に頭を突っ込んでいる姿が気になって、車から降りて犬を撮影。

JC04.03.044 福岡県田川郡添田町 K7|35 2.8M#

顔を家の中に突っ込んでいる犬の耳を見てみると、後ろの気配が気になるようです。
見知らぬ親父が、不振な行動をしているのが気になったのか、家の中からもうい一匹犬が顔を出しました。
特に面白い状況でもなかったのですが、せっかく顔を見せてくれたので、二匹一緒に義理シャッター。

JC04.03.045 福岡県田川郡添田町 K7|35 2.8M#

そうすると、そのシャッターに反応したのか、後ろの犬が前の犬の背中に前足を乗せて、背伸びしたのです。
これは、予想外の・・・ちょっと前に流行った言葉を使うなら想定外の行動です。

JC04.03.046 福岡県田川郡添田町 K7|35 2.8M#

お義理で切ったシャッターの後、気持ちが離れてしまっていたら、この咄嗟のシーンは撮り逃がしていたかも知れません。
随分、以前の〔亀カメラに〕「残心」と云うことを書きましたが、まさにそのことです。
「残心」とは、武術において、一つの動作を終えたあとでも気を緩めることなく緊張を持続することで、次に予想される反撃などに対応できるようにする心構えのことを言います。

写真も、シャッターを押した後も何がおきるか分かりませんので、「残心」を心がけたいものです。
そうして、こう云う思いがけない写真が手に入ると、疲れも吹き飛ぶと云うものです。

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みかん猫67

前回のHくんの展覧会の話は、ああいった内容を予定して書き始めた訳ではありませんでした。『Hくんの展覧会に行ってきました』と書き始めた後は、自然の流れにまかせて一気に書きました。
これはいつものことで、書いているうちに話がどんどん形になっていったのが〔亀カメラ〕です。
書き散らかしていますので、誤字脱字、支離滅裂で意味不明といったことが多いのは自分でも分かっているのですが、「またか」「おやおや」と苦笑でもしてどうかお許しください。
前回の〔亀カメラ〕は決してHくんをバッシングするものではなくて、彼の成長ぶりを皆さんにご披露したかっただけです。
口は悪いけど、心根は案外優しいつもりです。
そうだよねHくん・・・・・・返事が聞こえない。

JC04.05.007 福岡博多区 K7+35 2.8M#

Hくんの写真展を見終えて帰ろうとしたとき、卒業制作のテーマについて相談を受けました。
話を聞いてみると、レンジファインダーのカメラで人物スナップをして卒業制作にしたいとのことでした。

その話を聞いての私の印象は「おいおい、またかいな・・・」といったものでした。
なんと尻の落ち着かない若者だろうか。
今回の展覧会で、ブローニーフィルムでの制作に多くの課題が見つかって、その克服を考えるのかと思えば、また、違うカメラで作品を作ると言い出したのには、ちょっとビックリです。

しかも、使い慣れたレンジファインダーカメラがあると云うのではなくて、新しくカメラの調達から始めると言い出しました。
本人はMinolta CLEの購入を考えているようでした。
確かに、Minolta CLEは私も長く愛用したカメラで、記憶に残る名機だと思いますが、いまさらと云った気もしました。

「カメラの件は、また後日」と言ってその場を立ち去りましたが、レンジファインダーカメラで私が薦められるのはやはりLeicaで、若い人にも抵抗無く使えて、価格もこなれているLeica M6が良いと思うのですが、「安物買いの銭失い」のHくんには向かないかもしれません。

じゃあ、何を彼に推薦すべきか、あれこれ考えた結果、これも私の好きだったカメラ、Kinica HEXARなら彼に似合うだろうと思い至りました。
Kinica HEXARも良いカメラで、これまでにも多くの学生に推薦してきたカメラです。
レンズ交換をしたければHEXAR RFと云う選択肢もありますが、やはり35mm単焦点レンズが着いて、スナップに最適なKinica HEXARの方が最適だと考えます。

「巻き上げレバーを使ってフィルムを巻き上げたい」なんて言い出すとちょっと困りますが、そのときは清水の舞台から飛び降りるつもりでM6を買ってもらいましょう。

それにしても、フィルム現像も満足に出来ない「現像村の村長さん」が、暗室作業においてより一層神経を使う小型カメラにチャレンジするかと思うと、ちょっとゾッとしますが、今回も奇跡の成長ぶりを期待するしかなさそうです。

Hくんが何を思って人物スナップをやりたいと言い出したか定かではありませんが、たしかにスナップ写真は面白い方法です。
しかし、奥が深いですよ。
写真のなかに偶然を呼び込むことができたときには、思わずニャッとしてしまいます。

福岡県田川郡の添田公園に撮影に出かけたときの写真は、この〔亀カメラ〕でも見て頂いてきましたが、今日の写真もさくらの添田公園で撮ったスナップから選んでみました。

年寄りにはちょっときつくなるようなだらだら坂道を上り詰めた眺望の良いところで数人の人がさくらの写真を撮ろうとしていました。
とっさに私は、その人たちが全員カメラを構えたところを撮ろうとイメージしたのですが、そこは写真の宿命で、目の前の状況は自分が思うようにことは運ばなければイメージした通りの写真は撮れません。
むしろ思い通りにいかないなかで、最善を求めるところに写真の醍醐味があるのかも知れません。

JC04.03.033 福岡県田川郡添田町 添田公園 K7|35 2.8M#

このときも写真の宿命を甘受して、イメージ通りになることを諦めたところで撮ったのが上の写真です。

しかし、その後に、目の前の人たちが動いて、私のイメージしたシーンに近づいてきたのです。これはラッキーなことです。
もうちょっと、もうちょっと・・・と完璧なシーンになるのをファインダーの中で確認しながらシャッターを押す瞬間を待っていたのですが、折悪しく乳母車を押した若いお母さんが私のカメラの中に入ってきてしまいました。

え〜い、仕方ない。こうなったら、ど真ん中に乳母車を入れてしまえと、開き直ってシャッターを押したのが下の写真です。

福岡県田川郡添田町 添田公園

私としては、イメージ通りの絵が撮れなかったので、やぶれかぶれでしたが、その写真を自宅に戻りパソコン画面で確認してみると・・・
スナップ写真の醍醐味、偶然の女神が微笑んでくれていました。

乳母車の中の子供が私の方を見つめているではありませんか。
こんなことがあるから、スナップは楽しいのですよ。

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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

四月から私のゼミの四年生になったHくんの展覧会に行ってきました。
展覧会をすると聞いたときには、「あかんあかん。お前の実力で個展なんて・・・」と即答しました。
はっきり言って、それくらい未完成。彼の写真で、まともものはこれまで見たことがありません。
何を、血迷って・・・と云うのが正直な印象でした。

しかし、話を聞いてみると引き返せないほど状況は切迫している様子。
展覧会場は押さえて、案内状も準備万端。
それじゃあ、体裁だけは整えさせてやろうと、不本意ではありましたが、お手伝いを了承。

先ずは、本人が選んで、小さなサイズに引き伸したプリントを見せてもらいました。
ブローニー判で撮った海辺の景色で展覧会をしたいと希望しているようなのですが、本人のプリントを見たときの私の反応は、「あかんあかん。やっぱり、お前の実力で個展なんて・・・」と、だめ押しの「やっぱり」が入るほど、。まさに暗澹たる気持ちでした。

写真がつまらない。
プリントの調子が全然なっていない。
何一つ良いところが見当たりません。
「これで、エエと思てるんか。どうするつもりやねん」
「展覧会をなめとんのか」などなど、私は激怒。

正直、まともな個展に仕上げる自信は、そのときの私にはありませんでした。
でも、引き受けたからにはやらなければなりません。
そこで、密着焼きとネガを見せてもらうことにしたのですが、ここでも怒り爆発。

ブローニー判の密着焼きが30本くらいだったでしょうか。
それも、現像ムラのオンパレード。
「あんたは現像村の村長さんか・・・」

これだけの撮影枚数で、しかも、まともなネガが極めて少ないのに、個展を開こうなんて、まあなんと大胆なこと。
でも、引き受けたからにはやらなければなりません。

ただし、俺の言うことには絶対服従。
朝は8時半までには大学に来て暗室の準備をし、9時から作業開始、夕方の5時まで暗室に缶詰状態。
私は預かったネガの中からプリントで来そうなネガを選んで指示を与え、一枚一枚仕上げさせていきました。

個展までの日数を逆算しながら、おだてたり、ハッパをかけたり。
しかし、まあ偉いもので、プリントの腕は日に日に上達していきました。
Hくんが潜在能力を持っていたのか、教える先生が良かったのか(私のことですよ)・・・なんとか、予定の枚数のプリントが揃いました。

一番最初に見せてもらった、Hくんが選んだ写真を頭に入れていたとはいえ、私が選んだ写真を、私の指示で調子を整えたのですから、出来上がったとは云え、Hくんにとっては不本意な内容であったのかも知れませんが、まあ、これなら・・・片目を瞑って見れば、見られないこともないかと、プリント作業を終結。

そんな、苦労の末の展覧会に出かけてきた次第です。
今日が最終日。
額に収められて、ギャラリーの壁に並んだ写真は、偉いもんでそれなりに立派に見えるものです。

まあ、私にぼろくそに言われながらも頑張ったHくんの努力の賜物でしょうね。
それにしても、若い人が成長するののなんと速いことか。
歳とともに飲み込みの悪くなった吾が身と頭のことを考えると、若い人が羨ましいかぎりです。
歳をとって良いことはこころの襞が深くなり、感受性が豊かになったことくらいでしょうか。(涙もろくもなりましたが)

と云うことで、今日の私の写真もさくらの写真をを一休みして、海の写真から選んでみました。

山口県玖珂郡

広島県大崎上島

二枚とも昨年の夏に、広島の写真仲間の髙田トシアキくんの案内で撮影して回った日のものです。
髙田くんも広島で若い人たちに写真の指導をしているのですが、彼は私と違って温厚な人柄ですから、穏やかに接しながら生徒さんの力を伸ばしてやっていることでしょう。


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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

さくらの花やお花見で賑わう公園なら福岡市内にもあるので、筑豊までのこのこ出しゃばって行く必要は無いのかもしれませんが、私をそこまで引っ張り出したのは一枚の写真興味を持ったからです。
その写真とは、インターネットのホームページで見た、Kさんが添田公園で撮った看板の写真です。

演歌歌手と思われる女性のポスターが貼られた看板で、おそらくさくらの季節の催しものに、演歌歌手が来るのでしょう。
Kさんの写真からは誰が来るのかは判別できませんません。
いや、分からない方は私好みです。
写真は信憑性が高いと思い込まれている宿命みたいなものを持っていますが、私はそこのところを崩して写真はいかに曖昧かと知ったうえで、その曖昧さを楽しみたいと日頃から思っています。

「こうである」と云うのではなく「こうとも見える。ああとも思える」そんな曖昧な写真も楽しいのではないでしょうか。
「朝日を撮った写真は誰もが朝日だと分かるように撮らなければいけない」なんてことはクソクラエです。
私は朝日に見える。私は夕日だと見た。それで良いじゃないですか。

誰が見ても同じ結論に結びつくことが大切な写真もあれば、「私にはこう見えるけど、あなたの見方は違う」と云った写真もあって良い。
日本の写真界はながくジャーナリズムが主体でやってきました。
ジャーナリズムの世界は、曖昧であってはいけません。
写真は文章の信憑性を裏打ちするものとして、ある一つの見方しか許されなかったのです。
文章側から言うならば、写真は曖昧なものだから、文章の力を借りて特定の意味しか読み解けないようにしているのです。

さて、件の看板。添田公園で看板の前に立ってみると、写っているのは、やはり演歌歌手の〔伍代夏子〕さんでした。
♪「カトキッチャン  カトキッチャン 食べて美味しい カトキチの冷凍讃岐うどん」♪の伍代夏子さんです。

添田公園への撮影にはLEICA M9にBiogon 28mm F2.8 ZMとPENTAX K-7にDA35mm F2.8 Macroを着けて連れて行きました。
看板をその二台のカメラで撮りましたが、焦点距離の違いから距離感が違っています。

当然ですが、ポスターが大きく写っている方が焦点距離の長いPENTAXです。
APS-Cサイズの35mmですから、フルサイズに換算すると53mmくらいになるでしょうか。
53mmは35ミリ判フルサイズの標準レンズの範疇に入ります。
53mmと28mm。標準レンズと広角レンズです。
画面右側にある提灯の大きさを同じくらいにしていますが、提灯から看板までの距離感、その奥の距離感が焦点距離の違いの影響で違って写っています。

JC04.03.027 福岡県田川郡添田町 添田公園 K7|35 2.8M#

JC04.03.031 福岡県田川郡添田町 添田公園 M9 B28ZM#

焦点距離一つでも、写真から受ける印象は違ってしまうのですから、やはり写真は曖昧なものですよ。
曖昧さをぬぐい去るために、ジャーナリズムやノンフィクションの写真家の皆さんは、ズームレンズなんかに頼っていないで、ブレッソンのように標準レンズを使い続けるのも一つの見識かも知れません。

と云うことで、下の写真は添田公園で標準レンズを使って撮ったものです。
この距離感と視角が人間の視線に近いことから〔標準レンズ〕と呼ばれています。
釈迦に説法でしたね。

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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

さくらの季節の写真を撮りに、筑豊の〔添田公園〕に出かけたまでは良かったのですが、人身事故の影響で電車がストップしてしまったところまでは〔亀カメラ〕に書きました。
その後のことが気にかかっておられるでしょうから、今日はその後の顛末について書いてみます。

私の乗っていた電車は目的地の〔添田駅〕の手前の〔田川後藤寺〕が終点です。
電車が予定通りに走っていれば、田川後藤寺駅で一分後の接続電車に乗れるのように、JRも気を使ってくれているのですが、何せ、電車が前に進まないのですから、それもかなり長時間止まっているのですから接続電車は諦めなければならないと覚悟を決めていたのですが、車内アナウンスで「接続はありません」と念押しをされてしまいました。

西小倉駅で偶然出会った、地元の野田先生に聞いてみると、田川後藤寺駅から添田公園までは結構距離があり、タクシーを利用すると高額になるとのこと。
なんとか電車が動き出したのですが、添田公園は諦めて、終点の田川後藤寺の町を撮影すると云う手もあると考えていたら、『捨てる神あれば、拾う神あり』ですね。

当地に住む卒業生が車で迎えに来てくれると連絡が入りました。
全国各地の卒業生には常々、お世話になりっぱなしです。
こんなことなら、彼等、彼女等が学生のときに、もっと優しくしておいてやればと、都合の良い反省をしております。
『もっと優しくしておいて・・・』と書いていて、思い出したことがあります。

私の大好きな小津安二郎監督の『東京物語』の終わりのシーンで、連れ合いを無くした男(笠 智衆)の台詞です。
「こんなことなら、生きとるうちの、もっと優しゅうしといてやれば良かったと思いますわい」
人間とはこんなものです。後で気づくのですよね。
『後悔先に立たず』です。
写真もそうです。確たることは分からなくても、こころが少しでも動いたのであれば、撮っておくことです。
撮った理由は後でゆっくり考えれば良いのです。
撮らないて後悔するより、「なんで、こんなもん、撮ったんかいな・・・」と考え込む方が良い。
たとえ、そのときに撮った理由が分からなくても、10年後くらいに、腑に落ちる結論と出会えることもありますから、気長に待ちましょう。
決して、「これいらない」と短気に消去しないように。
撮るには撮るだけの理由があったはずですから。

電車が動きだし、人身事故が発生した〔採銅所駅〕を通過するときに、駅のさくらが見事でした。
明るい光の中、さくらの写真を撮るためでしょう、カメラを手にした人がたくさん居ました。

〔香春駅〕で電車から車に乗り換えて、先ずは逆戻りして〔採銅所駅〕に行ってみました。
人身事故の現場を見ようなんて悪趣味ではありません。明るい光とさくらと菜の花とローカル線のホーム・・・といった、ありきたりですが小手調べに撮ってみるかといった心境です。

福岡県田川郡香春町|日田彦山線 採銅所駅

しかし、採銅所駅に着いてみると、車窓から見た明るい春の光は消えて、肌寒い風が吹いていました。
事前にイメージしていたものと開きがあり、写真はあまり撮れませんでした。
こんなときに車は助かります。
「はい、次に行こう」とフットワークの軽いこと。

福岡県田川郡添田町 添田公園

次に向かった先は、本日の目的地、〔添田公園〕です。
添田公園は花見客でごった返していると云うほどでもなく、そこそこの賑わいのなか、長閑に散歩を楽しめました。


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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

四月に入り、大学の方も新学期の行事で慌ただしくなってきました。
入学式、新入生ガイダンス、オリエンテーションとそれなりに忙しいのは忙しいのですが
、私たち教員が一番本腰を入れなければならない授業が始まるまでは、まだ少しは自由な気分で居れます。

授業の方は4月8日の木曜日から始まります。今のうちに写真を撮りに出かけておこうと、春の嵐が収まった翌朝、風に舞い、雨で貼り付いたさくらの花びらを写真に撮りに出かけることを計画しました。
福岡市内にもさくらの名所と言われるところはありますが、卒業生のホームページで見た田川郡添田町の〔添田公園〕を撮影場所に決めました。

私は車を持ちませんので、公共交通機関を利用して出かけるしか方法は無いのですが、筑豊地区は公共交通の便が悪くてなかなか大変です。

少し前は時刻表の小さな数字を老眼鏡を頼りに見て、時刻や乗り換えなどを調べて計画を立てたものですが、今は、インターネットで出発駅と到着駅、それに希望の時間帯や経由地などを入力すれば瞬時に時間、料金、乗り換え駅などが分かる便利な時代です。

私の家の最寄り駅から、添田公園のあるJR日田彦山線添田駅までは大きく分けて二つのルートが表示されます。
一つは北九州の方向から向かうもので、もう一つは博多駅の方向に下ってから筑豊に入るものです。
時間は2時間半〜3時間少々。
乗り換えは3〜4回。
なかなか面倒です。

提示された乗り換え案内のなかから北九州周りで、乗り換え2回。所要時間2時間47分。
添田到着が10時30分と云うルートで行くことに決めていたのですが、一旦職場に出て、ちょっとした打ち合わせをしているうちに、予定の時間が過ぎてしまいまっていました。

ならば、列車送らせて・・・と、再びインターネットで調べてみて仰天。
9時を過ぎると、急に列車の連絡が悪くなり、所要時間が3時間40分〜4時間20分くらいと、小旅行並みの時間がかかってしまうことが判明。
仕方なく、添田行きは一日延期となりました。

翌日、再チャレンジ。
前日の失敗があるので、職場に出ないで添田に直行です。
最初の乗り換え駅、〔西小倉〕には定刻到着。
鹿児島本線から日田彦山線への乗り換えホームで列車を待っていると、奇遇にも、このところご無沙汰している、高校の先生と再会。

高校の写真部活動を通じて知り合い、仕事以外にも多少おつきあいを頂いている野田先生が、階段を下りて同じホームにやって来たのです。
例えば、広い東京で卒業生と偶然出会ったりとかするたびに、不思議を感じずには居られません。
二人の人間の時間がある場所でクロスする偶然。
これって何なのでしょうかね。
「縁」と云うものでしょうか。

ここで、この日の出来事を無理やり写真に結びつけると、私たちが被写体と出会うのもやはり「縁」なのでしょうか。
だとしたら、「縁」で結ばれた糸に気づけるかどうかが大事です。
自分の内に潜んでいるものと、外の世界、目の前のものとの「縁」に気づけるように、いつも自分の内面を見つめ、感受性のアンテナを拡げておく必要があるでしょう。

野田先生と列車の中で談笑しているところで、アクシデント発生です。
〔採銅所〕と云う駅で人身事故が発生し、運転の再開については分からない・・・と云った内容のアナウンスとともに、列車は〔石原町駅〕で止まったまま動かなくなってしまいました。

そのときに、野田先生が言ったことばが、「二日連続で添田公園に嫌われましたね」です。
でも、転んでもただでは起きない関西人ですから、列車が止まっている〔石原町駅〕で写真を撮りましたよ。
ここで、電車が止まってしまったこと、ホームに降りられたこと、同じ電車に眼帯をしたおじさんが乗っていたこと。
「縁」ですよ。

福岡県北九州市小倉南区|日田彦山線 石原町駅

福岡県北九州市小倉南区|日田彦山線 石原町駅


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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

フィルムカメラで黒白写真を撮っていた時代には、一コマ一コマの対して結構力が入っていたように思います。
つまり、自分の写真を作るためにシャッターを押す。真剣で無駄なシャッターはできるだけ切らない。
大袈裟に言えばそんな感じでした。つまり、写真は印画紙にプリントして「作品でこざいます」といった使い方が私の場合主でした。

しかし、カメラがデジタルに変わり、プリントをして美術館やギャラリーの壁に並べるだけではなく、インターネット上で公開したり、ブログの挿絵としても写真を使うようになった現在、私の撮る写真も少しバリエーションが増えました。

前回の〔亀カメラ〕は熊本の江津湖にある偽物(?)の人形のことを話題にし、その現場報告写真という内容の写真を二枚見て頂きました。
これらの写真は、私の中では「状況説明写真」と言えます。つまり、「作品でございます」といった写真とは違うということです。

そこで、今日はあわよくば、「作品でございます」と言える写真となることを意識して撮った写真を見てもらうことにしました。
あくまで、あわよくば・・・ですよ。

前回の写真と今日の写真とでは何が違っているのか。
それは、今日の写真は私好みの写真になるように撮って、仕上げているということです。
料理で言うなら、私の大好きな素材を、好みの味付けに仕上げたと云うことでしょうか。

人の話す声には、それぞれ固有の特徴があるように、写真もそうあることが自然だと考えています。
自然体で話すときの声のトーンが、その人の声として伝わるように、写真も無理をして声が高くなったり裏返ったりしないようにすれば、自ずとその人の写真世界が形作られるはず。
そうした写真が出来たときに、「作品でございます」となる訳です。
それが私の写真だと考えています。

しかし、世間一般には、肩に力を入れて、精一杯頑張って、人が驚いたり、感嘆したりする・・・そういった写真が「作品でございます」と言えるものだと思われているようです。

「私は上手いでしょ」と声高に歌う歌手の歌や、自分流に崩し過ぎた歌より、その人の素直な表現力で歌う歌手の歌の方が私の心に届くことが多いことから、私の写真もそうありたいと願っています。

下の二枚の写真が今日の私の写真です。
そう、あわよくば、「作品でございます」と言えるような写真にならないかな・・・と考えながら、私流に「間」や「アングル」「調子」などを考えながら仕上げた写真です。

二枚の写真のキーワードは「赤い江津湖」。
何やらサスペンスドラマのようですが、江津湖に女性の死体などが浮いていた・・・なんて刺激的なドラマはありません。

ウルトラマンの衣装とベンチの赤。
雨で少し墨が入ったような空気のなかでも、赤い色は存在感を発揮していました。
「雨」「湿った空気」「肌寒さ」「かすんだ景色」「沈んだ色」「目立つ赤」・・・そういったものが私の五感を刺激して、その刺激に素直に反応して撮れた写真です。


熊本市|江津湖

熊本市|江津湖

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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

エエカゲン江津湖

新年度の朝は雨です。
その上、風もあり波乱含みの幕開けです。
昨夜の天気予報では荒れ模様の予報を出していましたので、風雨が強いくて衣服が濡れるようだったら、大学には出ないで自宅で仕事をしようと考えていました。

インターネットに繋がっているパソコンがあれば、大概の仕事はどこででも出来ますので、そんな横着なことを考えたのですが、今朝になって自宅では出来ない仕事を思い出してしまったのです。

新聞に載せる文章を依頼されていたのですが、そのゲラ刷りがFAXで送られて来て、校正をしなければならなかったのです。
我が家にはFAXなんて文明の利器はありません。
インターネットを利用して、文章や写真・映像などもやりとりする時代ですから、ファックスなんてと思って、自宅には取り付けていないのですが、今でもファックスの必要な社会もあるのですね。

一日、家でごろごろするつもりでしたから、昨夜は夜更かししてあまり寝ていません。
仕事を思い出したときは、頭の中が半分霧雨状態でしたが、睡眠時間3時間半で起床です。

幸い、思っている程の悪天候ではなくて助かりました。
それどころか、家を出るときには傘が必要ない状態で、帰りも傘無しで帰って来れました。
雨雲の到着が遅れたのか、夜になって強く雨戸を叩くように降っています。
今日は雨に濡れなくて幸いでした。

雨と云えば、先日、熊本に行ったときも雨に付きまとわれました・・・と云うことで今日の写真は雨の江津湖で撮ったものから選びました。
熊本市|江津湖

熊本市|江津湖

3月31日の〔亀カメラ〕「お化け屋敷じゃありません」のところで使った、ちょっと妙な女性の人形も江津湖で撮ったものです。
少し前に中国のテーマパークでは、ディズニーなどのキャラクターを勝手にコピーしていることが話題になったことがありますが、熊本の江津湖もその点では負けていませんでした。

いまお話をした女性の人形は実は『白雪姫と七人の小人』のコピーですし、他にもウルトラマン、ピカチュー、キティ、ゴレンジャーなどのコピーがボートの舳先などに備え付けられて並んでいました。
それらのコピーが、不出来で、歪んでいるところが滑稽で、これはこれで愛嬌です。
『白雪姫と七人の小人』もスペースの関係か小人が6人しか居ないと云ういい加減さ・・・完璧でないエエカゲンさが可笑し味を誘います。
被写体もエエカゲンなら、撮る方もエエカゲン気楽な気持ちでシャッターを押しました。


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JC0209.052 広島市南区出島 b35zm#

年度末です。
今日限りで退職をされる何人かの先生の挨拶を受けました。
人を見送ることは心底苦手です。
退職前になると身辺の整理をしなければなりませんが、そんな姿を見るのもどことなく辛いものがあります。
そう遠からず私にも退職の時期がやってきます。
その日に向けて、無駄なものは持たない、必要のなくなったものは整理して・・・などと考えていますが、これがまたなかなか思うようには捗りません。

職場を去る日だけではなく、この世を去る日も遠からずやってくることを考えると、「無駄なものは持たない、必要のなくなったものは整理して」としなければならないのですが未だにあれが欲しい、これが欲しいと物欲の亡者となっています。

あれが欲しい、これが欲しいの代表格は私の場合、カメラやレンズでしょうか。
銀塩写真からデジタル写真に鞍替えするときに、銀塩カメラを整理して、写真器材も随分と身軽になりました。
銀塩写真のカメラやレンズは「買い足し」の場合が多く、必然的に所有器材が膨らんだのですが、デジタルの場合は、どんどん進化を遂げていきますので、古いものを持っていてもおそらく出番がありません。
そこで二束三文で下取りに出し、「買い替え」することが多く、器材的には絞り込まれた状態が続いています。

少し前の〔亀カメラ〕で『春カメラ』と称して、新しいカメラが欲しいと騒いでいましたが、熊本に旅行する直前に RICOH GXR に33mm Macroを付けた状態で手に入れ、テストを兼ねて熊本に連れていきました。
もちろん、老眼の身にはファインダーは必要ですから、ファインダーも付けていますよ。
人はこれを「衝動買い」と言うのでしょうね。
老い先短いことを考えて、いろいろと吟味をしながら、石橋を叩いて尚かつ渡らないと言うくらい慎重を期さなければならないのですが、「馬鹿は死ななきゃ治らない」ようです。

カメラやレンズはこれからも増え、荷が軽くなることはないかもしれませんが、仕事の方は年度変わりで役職を降りましたので、精神的に重荷だったものものを片付けることができ、肩の荷がずいぶんと軽くなりました。

とにかく、私の2009年度は終わりました。
肩の荷も軽くなったし、2010年度は、デジタルカメラを持って、写真三昧といきますか。
エッ、デジタルカメラじゃなくて「ジジタルカメラ」なんて言われないように、背中を伸ばして、心持ち歩幅を広げて歩きましょう。

と云うことで、今日の写真は元気に走って、歩いている・・・古ぼけた看板です。
二枚ともRICOH GXR に33mm Macroで撮ったものです。

JC0323.099 熊本市新町 R33_2.5M#
佐賀県唐津市 | RICOH GXR + Ricoh 33mm F2.5 Macro

JC0323.112 熊本市島崎 R33_2.5M#
佐賀県唐津市 | RICOH GXR + Ricoh 33mm F2.5 Macro

二枚目の写真は子供の後ろから黒い影が忍び寄っているような絵柄ですが、キャッチフレーズが無くて意味不明。
想像するに、「寄り道しないで早く家に帰りなさい」と云うことでしょうか。
人生は寄り道が楽しいのですがね。
あのカメラ、このカメラと寄り道ばっかりしてきましたね。私は。

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