2010年8月アーカイブ

2010/08/31

8月31日。
いよいよ今日で一般的に小中高の学校では夏休みが終わります。
新学期を前にして、夏休みの宿題に追われていた子供の頃を思い出しました。
「夏休みのとも」と云うワークブックを与えられ、それを一日一頁こなしていけば、夏休みの最終日にはすべての頁に回答が書き込まれる・・・はずなのですが、遊び盛りの悪ガキが隣近所にたくさん居ましたので、そんなに計画通りにことは運びません。

隣近所の悪ガキたちの家は、ほとんどが商売をしていましたので、夏休みは家族そろって海外旅行なんておしゃれなことは出来ません。
当時(昭和30年頃)の下町の親たちは生きる糧を得るために、休みなく働いていましたので、子供と一緒に・・・なんてことは出来ません。
野球をしたり、キャンプに出かけたり、子供同士で夏休みを満喫したものです。

「夏休みのとも」は、いよいよ夏休みも終わりとなった日に、それぞれがやったところを持ち寄って書き写して空白を埋めたものです。
今の私も、いよいよぎりぎりにならないと腰が上がらないのですが、そんな性分はこの子供時代の夏休みの経験からきているのでしょうか。

JC0831.001 福岡市東区 NEX5sn28#

JC0806.020 熊本県人吉市 M9et28a#

今朝、いつも通る、我が家の近くの切り通しの上に秋の空を見ました。
Sony NEX-5にSummaron 28mm F5.6を装着したものを取り出してカシャリ。
まだまだ試し撮りの段階ですから、何でも撮ります。
アドビの「Camera Raw 6.2」が公開され、これで、Sony NEXで撮影したRAWデータも使い慣れたPhotoshopでRAW現像が出来るようになりました。

卒業生の深澤くんが、研究室を訪ねて来てくれました。
持参のカメラはSIGMA DPS1sでした。
深沢君がSIGMA DPS1sを購入するときに、Sony NEXも候補になっていたようですが、シャッター音がうるさくて却下にしたそうです。
これを聞いたら、ソニーの技術陣は悲しむでしょうね。
ソニーの話では、シャッター音に拘ったと言っていましたから。

確かにSony NEXのシャッター音は少々うるさいと私も思います。
でも、嫌な音ではないので、私の場合はなんとか耐えられます。
私の場合はボディが小さすぎて、下手に握ると、コマンドダイヤルに触れてしまって液晶画面上に用もないメッセージが表れることが多く、これには困っています。
ボディが小さいのは分かっていたはずなのですが・・・

それと、もう一点。
私はE16mm F2.8のレンズを着けて手に入れたのですが、そのレンズがいまいちのような気がします。
まあ、コンパクトなレンズですから、ある程度のことは大目に見てやらなければならないのでしょうが・・・

【今日の写真について】
二枚目の水玉模様の帽子の写真は宮崎からの帰りに立ち寄った熊本県人吉市で撮ったものです。
この日も暑くて、車のフロントガラスに映った雲が「真夏」を表していると思います。
この雲に比べると、今日撮った雲はなんと軽やかで秋風に乗って流れているように見えました。


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みかん猫67

2010/08/30

昨日の夕方に降った雨のおかげか、昨夜は涼しい夜になりました。
枕元のガラス戸を開け放ち、いつものように体を投げ出して寝ていると肌寒いくらいでした。
薄い肌布団を掛けていても、寒さで目が覚め、枕元のガラス戸を締めても寝苦しくなく、久しぶりに快適な夜でした。

今朝の朝刊で小説家の三浦哲郎さんが亡くなられたことを知りました。
私の本箱にも三浦哲郎さんの本が数冊並んでいます。
久しぶりに本箱から二冊の本を抜き出して読んでみました。
私の大好きな三浦哲郎さんの短編集です。

私は根気の無い性分だからか、長大な文章よりも、短編ものが好きです。
三浦哲郎さんのさらりとした文章表現は、氏の苦渋に満ちた人生を考えると複雑な気持ちになりますが、波乱な人生を歩んでこられたからこそ、なし得る表現世界ではないかと常々考えています・・・上手く言えませんが。

新潮社から出ている「短編集モザイク I みちづれ」と、「短編集モザイク II ふなうた」におさめられた短編の題名は、ほとんどやわらかな「ひらがな」で書かれています。
ひらがなのもつ穏やかさが、文章の優しさを伝えています。
こんなところにも、三浦さんの気持ちが現れています。

短編集を開いてみると、中に栞代わりに挟んでいた紙片が目に止まりました。
私は、本の間に箸袋や、お菓子の説明書きなどいろんな紙片を挟んで栞代わりにしています。

三浦哲郎さんの本の間から出て来た紙片には「ホテル南海なんば」と書かれていました。
「そうだ、この本は心斎橋の本屋で買ったものだ・・・」と云うことを思い出しました。
「短編集モザイク I みちづれ」は1991年2月に発行された本ですが、私の持っているのは1993年4月の第10刷ですから、二年ほどで結構版を重ねていることになります。

「短編集モザイク II ふなうた」は1994年12月に初版が出ていて、私の持っているのは、その初版のものでした。
と云うことは、1994年の12月か、1995年の上半期くらいの時期に大阪に行ったことが想像できます。
1994年末か、1995年のはじめに大阪へ・・・
たしかこの頃の2月27日に祖母が亡くなっていますので、おそらく祖母の葬式で大阪に行っているはずです。

古い手帳を引っ張り出して調べてみたところ、やはり祖母が亡くなった翌日の2月28日から3月2日まで大阪に行っていました。
手帳をの記述によると、祖母の亡くなった2月27日は、大学の卒業制作展の最終日で、研究室のコンパで酒を飲んで浮かれていたようです。

私の祖母は明治34年生まれで、93歳で亡くなりました。
気の強い明治女でした。
私はそんな祖母に育てられましたので、今日の私の性分には祖母譲りのところがたくさんあることでしょう。
そんな祖母の亡くなった日に、楽しく酒を飲んでいたのかと思おうと、ちょっと苦いものが腹の中から湧き上がってきます。

【今日の写真】
二枚とも大阪で撮ったものの中から選びました。
三浦哲郎さんの文章のように、穏やかな日常の一齣にしてみました。

CB0304.016 大阪市天王寺区東上町 M8sx35a#
大阪市天王寺区 | LEICA M8 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL

CF0305.053 大阪市浪速区恵美須東 M8et21#
大阪市浪速区恵比寿東 | LEICA M8 + ELMARIT-M 21mm F2.8 ASPHERICAL

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みかん猫67

2010/08/29

先日手に入れたデジタルかカメラ、Sony NEX-5ですが事前にいろいろ調べたときに、多くの雑誌記事などで「操作が複雑」と書かれていたことが気になっていたのですが、実際使ってみると、それほど戸惑うこともなく、結構、気に入って毎日、機嫌良く持ち歩いています。

ただ、鞄の中にSony NEX-5一台を放り込んで出かける勇気はいまのところなく、LEICA M型デジタルカメラと二台持ち歩いています。
撮影に出かけるときはカメラ二台にそれぞれに取り付けられたレンズ二本、交換レンズなどは準備しないで出かけるのが常ですが、普段歩きのときはカメラ一台で身軽になるように心がけています。

最近は、LEICA M型デジタルカメラとSony NEX-5の二台が鞄の中に入っていますので、鞄が少々窮屈になっています。
ただ、NEX-5の方は小さくて軽いので助かっていたのですが、今日はちょっと重くなりました。

昨日届いたNEX用のマウントアダプターを介して古いライカのレンズ、Summaron 28mm F5.6を取り付けた結果、カメラの重量はだいぶ重くなりました。

マウントアダプターはフォクとレンダーのものを購入。
マイクロフォーサーズのカメラを手にいれたときもそうでしたが、ライカのレンズやいろいろなメーカーのレンズを使って「遊べる」と云うことが重要なことです。

今回のNEX-5はフィルムに相当する撮像素子のサイズが、マイクロフォーサーズよりも大きいAPS-Cサイズですから、焦点距離の面でも、画質の面でも一層、楽しめるのではないかと密かに期待をしているところです。

そこで、記念すべき一枚目のシャッターです。
日曜日の午前中、近くのパン屋までのんびりと散歩気分で歩いている途中に、倉庫の屋根の上に鳩がいるのを発見して撮影。
Summaron 28mm F5.6は逆光に弱いレンズですので、まずは逆光条件でどのような写りを見せてくれるかのテストです。
露出は普段通り-0.3の絞り優先。
露出不足になると思いましたが、案外、普通に写りました。
デジタルらしくない、穏やかな調子の写真になったと思います。

JC0829.001 福岡県糟屋郡 NEXsa28_5.6#

JC0829.003 福岡県糟屋郡 NEXsa28_5.6#

二枚目は、大きくきれいな雲。
草の緑と、空の青。それに白い雲。
周辺光量が適度に落ちて、なかなか良い感じです。
カメラを構えると、トンボがレンズの前に集まってきました。
暑い暑いと言っていますが、もうすぐ本格的な秋になるのでしょう。

Sony NEX-5とSummaron 28mm F5.6の組み合わせで、最新のデジタル対応のレンズには見られない描写を楽しめそうです。

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みかん猫67

2010/08/28

私は高校を出るまで大阪で育ちました。
その後40年以上にわたり現在の福岡で過ごしてきましたが、根の部分は大阪人気質です。
大阪人は、実利的で、損得勘定がものごとの判断基準の中心にある・・・これが一般的なイメージではないでしょうか。
細かなことを言っても、「そんなん、どっちでもええやんか」「この方が得やで」とくる。
でも、大阪人のそのような言い草は物事の本質を言い当てていることも多いような気がします。

世間体を考えたり、ルールや規則などを持ち出すと、「あんた、堅苦しいわ」「そんなこと言うとったら、なんもでけへん」とくる。
ある意味、きわめて自分勝手な人たちであるとも言えます。

CB0308.002 大阪市浪速区戎本町 M8et21#

CG1001.017 大阪市福島区 R5924#

しかし、多様な人間が集まる都会ですから、そんなに一括りで言い表すこともできませんし、一人の人間の中にも多様な側面はあります。
己の主義を貫き、損得勘定を度返しして、弱者に力添えをして自らも破れた楠木正成や真田幸村などを崇拝するなど「判官贔屓」的性格も、大阪人は強く持っているようです。
いずれにしても大阪人に限らず、人間とは分からないものです。

私自身は、ステレオタイプ的大阪人らしからぬ性格が前面に出ているようで、わりと保守的で杓子定規な人間です。
精神論や、粋と言ったことが好きで、遵法の精神も強く持っている方です。
大阪のおばちゃん連中から、「そんなん、どっちでもええやんか」「あんた、堅苦しいわ」と言われこと請け合いです。

福岡市東区6


こんな人間と付き合っている研究室の学生たちはさぞかし堅苦しいことでしょう。
他の研究室の学生たちは自由で、勝手気ままにできるのに、なんで自分等だけが・・・と思っていることでしょう。

8月いっぱいは大学施設は夏休みで、土曜日は校舎の鍵も閉まっているので、施設に入ることができません。
そんな状況のなか、学生がやってきました。
どのようにして校舎の中に入ってきたか聞いてみると、鍵を開けた人がいたので、一緒に入ってきたと言います。
休みの日に大学の施設を使うときには、手続きが必要なのですが、その手続きが出来るだけの時間的余裕がなかったので、その学生には引き取って貰いました。
ちょっと意地悪だったかも知れませんが、「悪法も法」です。法を曲げて解釈することは良くないので施設の使用を断りました。
そのあたりのことが分かってくれるかどうかどうかは不確かですが、分からず屋の爺さんで構いません。
世の中、要領よく立ち回る輩が多過ぎますから、場合によっては「要領」の扉を開いてくれない頑固な門番が居ることを知ってくれれば良いのです。

今朝、家の周りを掃除していてこんなことを考えました。
私の祖母は明治生まれで、仏教を深く信じて居たようですが、その祖母がよく「行」と言葉を口にしていました。
家の周りを奇麗に掃除することが、「行」なのかどうかは分かりませんが、箒を動かしながら、何となく気になって、少し仏教用語の「行」について調べてみました。

「行」は梵語の訳で四つくらいの意味があるようですが、難しくて正直、一朝一夕には理解できません。
「行」は実践であり、行為・行動であり、繰り返すことで身につけることを「修行」と云うようなことが書いてありました。
「修行」は仏教の悟りに向かう行為で、世俗的世界の「修業」とは異なるようです。

「繰り返すことで身につける」
お寺の坊さんにとっては境内の掃除も修行の一環でしょう。
悟りを目指す高尚な坊さんと同じような坊主頭ですが、無心で箒を動かしているうちに、何か掴めているような気がしないではありません。

掃除は行なり・・・ですかね。

暗室が道場と呼べるかどうかは分かりませんが、仮に道場と仮定するなら、掃き清める「行」は大切なことだと思います。
昨日、どぶ鼠の巣のような暗室を片付けながら、便利さ、快適さばかりを追い求めていると、こんな体たらくになってしまうのか・・・と思いました。

道具を揃え、気持ちを整えた上で、制作に打ち込む。
使い終わったら、片付け、掃除し、また「無」に戻す。
この「行」の精神を伝えなかったのは、私の落ち度かも知れません。

最後に、「行」には「歩くこと」と云う意味もあることも知りました。
カメラ片手に歩く・・・これも行なりですね。

【今日の写真について】
上の二枚の写真はいずれも大阪で撮ったものです。
「貼紙厳禁」ではなくて、『貼紙有料』・・・大阪人らしいユーモア。
「貼紙現金」でも良かったかも・・・

自動販売機の飲み物も値段で勝負。
大阪らしいです。
その周りになぜかサンドバック。
それに唐突に置かれた植木鉢。
このばらばら感も、大阪らしい。

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みかん猫67

2010/08/27

一昨夜は少々寝不足気味でしたので、昨夜は少し早めに床に就きました。
幸い昨日は学生たちと久々に一日暗室作業を楽しみましたので、その疲れもあってかぐっすりと眠ることができました。
私が写真を作る行程も黒白フィルムを使って撮影し、暗室で印画紙に焼き付けていた方法から、デジタルカメラを使って撮影し、あとは終日、椅子に座りパソコン画面を眺めて過ごすようになりました。
全身を動かして作る銀塩写真に比べ、椅子に座ったまま作業を続けるデジタル写真は運動量が少ないのは目に見えています。

夏太りのお腹が凹まないのも、その所為でしょう。
再びスリムな体になるために、フィルムを使って撮り、暗室で立ったり座ったり歩いたりの運動をして作る写真の世界に戻ろうとは思いませんが、運動の後の疲労感みたいなものはデジタルでも欲しいものです。

神経と目を酷使しするデジタル写真で、心地よい肉体疲労を得られるのは、撮影行為くらいでしょうか。
暗室で動きまわらない分も考えれば、たくさん歩いてたくさん撮るしかなさそうです。
でも、夏は暑い。
さて、どうしたものか・・・夏は敢えて「夏太り」を受け入れるしかないのでしょうか。

歳をとると無理を重ねることは出来ないと、昨夜は早くから寝たので、今朝は午前3時過ぎに目覚めました。
午前3時過ぎに起きたのでは睡眠時間はいつもと同じくらいですから、早く寝た意味が無いのかも知れませんが、眠りが深かったためか、すっきりと自然な目覚めでした。

私が目覚めたことに気がついた猫が早速、枕元にやってきました。
朝の挨拶代わりに尻尾で私の頭を撫でて、枕元の開いた硝子戸のところに座り込んで外を眺め始めました。

そんな猫の姿を見て、私も猫の真似をしてみようとふと思いました。
猫の真似と言っても、猫と並んでちょこんと座って暗い外を眺める・・・それは滑稽なので止めにして、私は床の上に寝転んだまま、暗い夜空を眺めることにしました。
猫の目は暗い中でも見えるのでしょうが、私たち人間の退化した目は、夜の闇の中では役立たずです。
せいぜい、暗い夜空の星を見るくらいです。

猫は暗いうちに目覚めたからと、枕元のスタンドを灯し本を読むことはしません。
暗闇の中に座り、じっと暗闇のなかを凝視しているだけです。
何かを考えているようなその横顔をときどき眺めながら、私は、じっと 空が明るくなるのを待つだけです。

なんだか哲学めいた話になってしましましたが、所詮、私は俗人ですから暗い空をみているだけでは退屈だったのか、再び眠りに落ちてしまいました。
猫が私のお腹に上に乗ってきたので、再び目覚めたときには、夜がしらじらと明け始めていました。

JC0517.001 福岡市東区5 K7da40_2.8#

昨日、一緒にフィルム現像をした二人の学生が、今日は密着焼をつくりにやって来ました。
暗室は私のゼミ生用の暗室を使うことにして、中に入ってびっくり。
ゼミの暗室の管理は普段、学生に任せているので、久しぶりに暗室に入ってびっくりです。
まるで鼠の巣です。
荷物は散らかりっ放し。
古い薬品が変色した状態で放置されていたので、捨てようかと貯蔵びんの中身をバケツに移すと、なかはヘドロ状態。
作業台の上はホコリまみれ。
他のところから持ってきた道具類は元に戻さずに、そのあたりに放りっ放し。
とにかく、二人の一年生に手伝ってもらって、暗室を最低限、使える状態に戻しました。


CB0901.049 Sunset Beach Oahu Hawaii M8et24a#

当然、私はゼミ生に向かって吠えました。
「黒白写真なんか、止めてしまえ」

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みかん猫67


夏は暑さの影響で食欲が減退して、冷たくてあっさりとしたものしか喉を通らない・・・などと云う離しを耳にしますが、私は夏場でもそれほど食欲が落ちることはありません。
でも、今年の夏はいつも以上の暑さの影響か、歳の所為か、ちょっと食欲が落ちているかなと感じる日が二日ばかりありました。
その、食欲が落ちているかなと感じるのも朝だけで、昼と夜はいつも通りがつがつと食べています。
職場の健康診断の問診票に「人よりも食べるのが速いと思いますか?」と云う設問があります。
食べるのが速いと、脳に満腹指令が届いたときには、もう食べ過ぎ状態になり、肥満につながるので、食事はゆっくりと、よく噛んで食べる方が良いのは分かっているのですが、旨いものはどうしても箸が忙しなく動いてしまいます。
私は健康の基準を「食欲」だと考えていますので、がつがつ食べて、「あ〜、旨かった」とくれば、今日も元気だと実感できて安心なのです。

CB0905.075 Honolulu Oahu Lx3#

今月の初めに宮崎から熊本を回る旅をしましたが、旅先では毎晩ビールを呑んで、食べて・・・ベルトの穴が一つ横に移動してしまいました。
もう、八月も終わろうとしていますが、旅で膨らんだ腹はいまだに元に戻ってくれていません。
このまま食欲の秋に突入したら・・・
夏痩せしなければ。

今日、一年生の田邉さんが研究室を訪ねて来てくれました。
夏休みを利用して島根県立美術館で開催されている奈良原一高さんの写真展を見に行った報告にきてくれたのです。
旅立つ前に、せっかく松江まで行くのなら植田正治写真美術館にも立ち寄るように勧めておいたのですが、頑張って植田正治先生の展覧会にも足を運んでくれたようです。

田邉さんが言うには、植田正治先生の優しい写真にふれて、涙が溢れ出たそうです。
泣いている彼女を見て、同じ会場に居たほかの観覧者たちは怪訝な顔をしていたそうです。
そりゃそうだよね。
写真を見て泣いている・・・そんな人間はそう居るものではないですからね。
帰りに、受付に預けた荷物を受け取りに行ったら、受付の人が怪訝な顔をして「大丈夫でしか?」と聞いてきたそうです。
田邉:「?」
受付:「目が・・・」
鏡で自分の顔を見てみると、マスカラが流れて、目の下が真っ黒になっていたそうです。

二つの展覧会を見て感じた、奈良原一高さんの写真と、植田正治先生の写真の性格の違いみたいなものを語ってくれましたが、まだ、写真を初めて間がない学生が、的確にお二人の写真の本質を掴んでいるのには驚きました。

田邉さんの話を聞きながら・・・「いいぞ、いいぞ、その調子でもっと写真が好きになれ」と思いました。

下の写真は、植田正治先生が陶器の破片に裸婦を描いたものです。
ずいぶん以前に、ご本人から頂いたもので、今でも研究室に置いています。

未使用 CP0523-003 研究室 K+EFs17-55_2.8


田邉さんは残念ながら宍道湖の美しい夕日を見ることが出来なかったようです。
下の夕日の写真はオアフ島の北、ワイメアビーチから眺めた夕日です。
単身、ハワイで暮らしているときに、何度も美しい夕日を見ましたが、一人で夕日を眺めていると、ふっと寂しさに襲われ、センチメンタルな気分になります。

CB0901.080 Waimea Oahu Hawaii M8.2sx35a#

号泣したことを笑顔で語ってくれた、田邉さんの「山陰センチメンタルな旅」は、きっと彼女の中にある「種」の殻を破るきっかけになったことでしょう。

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みかん猫67

この8月の初めに宮崎から熊本をまわる旅をしました。
宮崎で三泊。
宿はこのところ定宿にしている宮崎県庁近くです。

もちろん、私が定宿にしているくらいですから、高級なところではありません。
ごく普通の宿ですが、散歩するのに適していて、その場所柄が気に入っています。
橘通の外れになりますが、近くに大淀川も流れています。
橘通を横切るとよく撮影に出かける、ちょっと怪しげで面白い場所にも近くて気に入っています。

部屋もきれいで、インタネットネットも自由に使え、これといって問題はありません。
部屋には小さな冷蔵庫とテレビが備え付けてあります。
最近、どこの宿でもテレビは液晶の薄型で横長の画面のものが一般的です。

ところが、この液晶横長画面に、どうしても馴染めないのです。
我が家は未だにブラウン管のテレビです。
古いのかと言うと、それほど古くはありません。
買い替えるときには既に、液晶画面のものが主流になっていましたが、敢えてブラウン管のものを買いました。

当時、横長の画面で見る映像は不自然に横に引っ張られているような歪みがあってどうもいけませんでした。
液晶横長画面のテレビは、画面も平板なら、そこに映し出される映像も実に薄っぺらで、ツルッとマネキンの肌のような人間が映し出されると、「あんたはサイボーグか?」と言いたくなるくらい、どうしても違和感の方が先に立ちます。
人間の皮膚がもつ細かな凹凸が省略されてしまった諧調の乏しいカチンカチンの画面は、仮想世界そのもので、「どうせテレビで放送されるものなんて、作りものばかりだから、それでイイのだ・・・」などと毒づいてしまします。

おかげで、宮崎ではテレビのお世話にならないで、ゆっくり本を読んだり、考えごとをすることができ、浮き世からはなれた、「旅らしい旅」を堪能することが出来ました。

最近、「地上デジタル放送」への切り替えを促進させるために、テレビ放送の中でも、うるさいくらい「地デジ対応はおすみですか?」と繰り返されます。
夜のテレビ番組が、どこのチャンネルを回しても、芸なし芸人が一盛りいくら状態で、自分たちだけがたのしんでいるような幼稚な番組ばかりなので、昼間に再放送された番組や、深夜の映画を録画して見ることが多くなりました。
特に昼間の再放送番組などでは、画面の上と下に「地デジ」云々お知らせみたいなものがテロップで番組冒頭部分に流れます。
「大きなお世話だ・・・」などと、これまた一人毒づいています。
だいたい「地デジ」と言う言葉が気に入らない。
「切れ痔の準備・・・」「俺は切れ痔じゃないぞ」。
「なんで、地上デジタル放送とちゃんと言わないんだ」。
テレビに向かってぶつぶつ言うようになるのも老化現象の一つらしいのですが、一言も二言も文句を言いたくなるようなテレビ番組ばかりです。

当然、我が家は地上デジタル放送にはまだ対応していません。
今使っているブラウン管型のテレビを生かして地デジ化をしようかと考えてはいるのですがまだ、結論を出すには至っていません。


CB0906.285 Waianae LX3#

CB0906.288 Waianae LX3#

デジタルカメラでは設定で画面の縦横の比率を変えられるものが一般的です。
今日の写真は少し横長の画面で撮影したものです。
私は保守的な人間で、3:2の比率の画面が好きですので、これらの写真は横長の画面で撮りたくて撮ったのではなくて、間違えて横長にしてしまった・・・なってしまったものです。
つまり、失敗作ですが、今日の話題を考えて引っ張りだしてきました。

ハワイのオアフ島の西側にあるワイアナエと云う町のドライブインと、そこで買った弁当を持って海岸のベンチで食べたときのものです。

CB0906.310 Waianae LX-3#

上の写真は「L&L」と同じワイアナエの町にあった「ひさご」と云うドライブインです。
以前はこの店を贔屓にしていたのですが、残念ながら廃業してしまったようです。

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みかん猫67

決まり文句のようですが、毎日「暑い」ですね。
そろそろ暑さが和らいでも良い頃だとは思うのですが、今年の夏はなかなか頑固で、おいそれと酷暑軍団は退却してくれそうもありません。

この暑さに心が萎えてしまうのか、この夏はあまり撮影が捗っていません。
もっとも「捗る」というのは、ある目標みたいなものがあって、それに対して仕事が進むことを言うのでしょうから、私のように、目標が「何もない」人間が、こころ悩ますことでは無いのですけど・・・
でも、やはり写真が撮れた方が気分が良いのは確かです。

今日は日曜日ですから、のんびりとカメラ片手に歩いてみるのも良いのですが、この暑さですから、なかなかその気にもなりません。
午前中、家の周りを歩きましたが、残念ながら一回もシャッターを押さずじまいで、散々でした。
午後は、家でごろごろとしているうちに、気がつけば一日が終わってしまっていました。

CB0727.008 福岡市東区7 8.2et28a#

夏の暑い日、冬の寒い日などの撮影で、ときどき避難所代わりに利用するのが、本屋とレコード店です。
出来れば古本屋とか中古の音楽CDを扱っているお店の方が楽しいですね。
古本、中古CDなどのお店を徘徊していると、思わぬ掘り出し物に出くわすことがあるのですが、それよりも、思っても居なかった本や音楽CDの方から、話しかけてくることがあります。
同じように並んでいるたくさんの本や、音楽CDなのに、なぜかその中の一冊、一枚と気持ちが通うことがあるのです。
これが、古本や中古音楽CDを扱うお店での楽しみの一つなのです。

先日も撮影の合間に「BOOKOFF」に立寄ました。
「BOOKOFF」は本もCDもありますので、撮影の合間に一息入れたいときなどには打って付けです。
でも、「BOOKOFF」では古本よりも、音楽CDの棚の前に立っている時間の方が多いです。
古本の場合は、どうしても専門店の「古本屋」の魅力には敵いません。
これは、扱っている本がどうのこうのと言うのではなくて、「古本屋」には独特の魅力があると云うことです。
本の神様が宿っているような、あの独特の空気が好きです。
その、本の神様が「おまえさんの読む本はこれだよ」と指し示してくれる、そんな啓示のようなものを古本屋では感じるのです。

先日立ち寄った「BOOKOFF」では三枚のCDを買いました。
撮影の途中などで立ち寄るときには、ひとつの約束事みたいなものを決めています。
それは、出来るだけ厳選すること。
一冊の本、または一枚のCDになるまで絞り込む・・・厳選するのです。
これは、たくさん買い物をしてしまうと、荷物になり、撮影する気持ちが萎えてしまうことを防ぐためです。

その約束事を破って、先日は三枚もCDを買ってしましました。
1. Keith Jarrett 「Standards,Vol.1」
2. Sonny Rollins 「DAYS OF JAZZ」
3. KEALI'I REICHEL 「SCENT OF THE ISLANDs,SCENT OFMEMORIES」

どれも、是非欲しいと日頃から探していたものではありません。
ただ、ある日、ある店で出会った・・・と云うだけです。
これは、町を歩いていたりして、被写体と出くわすのと同じようなものです。

店のなかで棚に並んだ音楽CDを物色しながら、最後まで私の手に握られていたものは、上の三枚の他にモーツアルトのものが二枚、計五枚の音楽CDからモーツアルトの二枚が除外されました。
モーツアルトが私の手から再び棚に戻された理由は、すでに他の演奏者のものを持っていたからです。

クラッシックやジャズは同じ曲でも演奏者が違ったり、同じ演奏者でも時代が違ったりすると曲の印象は変わります。
だから、他の演奏のものを持っているからと言ってはいけないのですが、今日は一枚に厳選することが出来なかったので、モーツアルトさんには悪いのですが、また、この次に・・・

写真の場合も、同じネガから、作者自らが引伸ばしたものです、日時が変わると写真の調子も変わります。
「ネガは楽譜、プリントはその演奏」と言った、写真家、アンセル・アダムスの言葉はあまりにも有名ですが。
これは銀塩写真に限ったことではありません。
デジタル写真においても、「これで良し」と思う調子が、極端なことを言うと日々変わってもおかしくはありません。
ですから、デジタルデータからの写真であっても、写真を出すときにはできるだけRAWデータから、その日の調子に仕上げたものを作るようにしています。


JC0805.035 宮崎県西都市 M9et28a#

今日は午後から、先日手に入れた三枚の音楽CDを聞いて過ごしました。
Keith Jarrettは私の大好きなジャズのピアノ奏者です。
「Standards,Vol.2」は持っていたのですが、Vol.1と偶然出会えたのは幸いでした。
もし、一枚に厳選するルールを適応するなら、これが選ばれたと思います。

Sonny Rollins 「DAYS OF JAZZ」は、ジャケットに惹かれました。
音楽の場合、内容が分からなくても、ジャケットで買ってしまうことも結構あります。
ジャケットの良いものは内容も良い・・・と経験で分かっていますので。

KEALI'I REICHELはハワイの歌手です。
美しくて端正な歌い方で、取り立てて好きと言えるほどの歌手ではありませんが、この暑さの影響か、ハワイ音楽のCDを手放すことができませんでした。


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みかん猫67

甲子園と秋風

CF0821.015 福岡市中央区 C175528#

高校野球が決勝戦を迎えました。
今年は沖縄の興南高校が春夏連覇で幕を閉じました。
これで高校球児たちの夏が終わりましたが、すでの春の大会に向けて新チームの正選手の座を目指しての練習が始まっていることでしょう。

私個人は昔から高校野球をあまり見る方ではありません。
彼らのひたむきな姿を、小さなテレビの箱のなかに見ると、どこか白けた気分にさせられるのです。
私の父親は高校野球が好きだったかも知れません。
「高校野球は準決勝がいちばん面白い」と言って、甲子園球場に引っ張って行かれたこともあります。
その当時は野球観戦(テレビ観戦も含めて)は、重要な娯楽だったと思います。

大学生時代、故郷の大阪に戻り、機械の組み立て工場で春、夏の休み期間を利用して長期のアルバイトをしていました。
昼休みになると、工場のなかには高校野球のラジオ放送が流れていました。(ひょっとしたら、組み立て仕事中も放送は流れていたのかも知れません)
同じ工場で働いていた人たちが、ちょっとした掛け金を持ち寄り、野球の結果をもとに賭け事をしていたようです。
それもあって、皆さん高校野球の試合結果には興味があったようです。
私は学生の臨時工でしたから、賭け事に誘われることもなく、高校野球への関心もないまま、今に至ったようです。
この夏の甲子園も、全くテレビ観戦をしませんでしたし、試合結果が気になったこともありません。

スポーツの試合は闘争心のぶつかり合いですが、歳とともに、その闘争心も衰えているようで、野球に限らずテレビのスポーツ番組を見ることも少なくなりました。

高校野球の決勝戦テレビ中継の視聴率に関する記事を見つけました。
関東地区はNHK総合で15.9%、テレビ朝日が4.2%。合わせて20.1%。
名古屋地区はNHK総合で15.9%、メ〜テレが4.1%。合わせて20%。
関西地区はNHK総合で8.2%、朝日放送が11.6%。合わせて19.8%。
北部九州地区はNHK総合で19.1%、九州朝日放送が4.5%。合わせて23.6%。
札幌地区はNHK総合で14.1%、北海道テレビが4.0%。合わせて18.1%。
20%前後の視聴率と云うものが、高いのか低いのかは分かりませんが、沖縄と神奈川の決勝戦とは無関係と思える北部九州の視聴率が一番高かったのには驚きです。
工場の多い環境ですから、働く工員のために工場内で放送を流しっ放しだったのでしょうかね。

それと、もう一つ関西地区だけが民放の視聴率の方がNHKを上回っているのを興味深く思いました。
お行儀の良いNHKよりも、関西人の心理を十分に分かった番組の組み立てができる民放に人気が集まっているようです。
関西は独特ですからね。

最近、高校の文化部の全国レベルの大会のことを「○○甲子園」と呼ぶことがあるようです。
近年、この「○○甲子園」が地方・地域の浮揚策として、雨後のタケノコのようにあちらこちらに出現しています。
有名なところでは高知県の『まんが甲子園』、愛媛県の『俳句甲子園』『書道パフォーマンス甲子園』などがあります。
写真にも『写真甲子園』と云うのがあります。
正式名称は『全国高等学校写真選手権大会』ですが、一般的には『写真甲子園』の方が通りが良いようです。

地区予選を通過した高校写真部が北海道に集まり三人一組の団体で制作に取り組み、優勝、準優勝などを決めるようです。
二度ほど『写真甲子園』をテレビ番組にしたものを見ましたが、慌ただしく走り回って必死の形相で写真を撮っている姿や、パフォーマンスのようなプレゼンテーションをの場面を見たときに・・・まるで、意図されたドラマやね。テレビ的には絵になって面白いのかもしれないけれど、高校生たちは「ご苦労なこっちゃ」と思ってしまいました。

何か違う・・・
野球の甲子園大会を見たときに白けた気分になりますが、写真甲子園の番組をみたときには滑稽で、空しいく、苦いものが腹の中から湧いてくるような感じを受けました。
高校生たちは踊らされていると云う気持ちでいっぱいになりました。

やはりテレビの番組で『俳句甲子園』と云うのを見ました。
頑張って最後まで見ましたが、これはもう見るに耐えないものでした。
こころを傷つける俳句なんて、俳句じゃない。
言葉遊びで表面だけを取り繕ったような俳句と、攻撃的なパフォーマンスは、繰り返しになりますが見るに耐えませんでした。

「○○甲子園」と言われるものすべてがそうではないと思いますが、チームを組んで、対戦相手と闘争するような「○○甲子園」。
闘争心を煽られているような高校生たちの姿を見て、「何か違う・・・」としか言いようがありません。
少なくと私の中にある「何か」とは・・・

先日、書道甲子園の優秀校が不正行為をしてまで、良い結果を欲したことがマスコミを通じて話題になりました。
優勝だ準優勝がと順位を競うからこんなことになる。
数字やランキングに血眼になっている現代社会の嫌らしさが、高校生の文化活動の場をも歪めているようで心配です。

CG0821.002  福岡市東区 R5924#

こころに秋風が吹いてきました。
夏の高校野球が終わり、また季節の歯車が秋に向かって動いたようです。

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みかん猫67

暑い日が続いています。
この夏は猛暑で寝苦しい夜が続いています。
暑くて寝苦しくても、閉め切った室内をエアコンの冷気で満たして眠るようなことはしていません。
開け放ったガラス戸、網戸一枚。
そこから入り込む気まぐれな風を楽しみながら眠っています。

なんて書いたら、風流なのかも知れませんが、単純にクーラーの無い部屋に寝ているだけです。
寝苦しいこともありますが、これが永遠に続くわけでもありませんから、暑い夏を楽しむ気持ちでいます。
夏バテとは縁遠い体を親から貰ったことに感謝をしていますが、60数年、生きて来た間に、暑さに対する免疫が衰えたようで、今年の暑さは例年になく応えます。
食欲の衰えを感じますし、体調も不安定です。
まあ、あまり無理をせずに、年相応の暮らしで、猛暑の夏を乗り切りたいと思っています。

昨夜、枕元の網戸越しに虫の声を聞きました。
網戸の向こうは小さな庭で、夏草が茂っています。
その中から秋の鈴音が聞こえてきました。
これまでのも、秋の虫は鳴いていたのかもしれませんが、虫の音を意識したのは昨夜が始めてでした。
夜中に目覚めたときも、虫の音は聞こえており、その声を聞いた居るうちの再び心地よい眠りに誘われ、朝の目覚も、虫と鳥の声に呼び覚まされ、心地良い朝を迎えました。
これも、クーラーが無い部屋で寝起きしていることの恩恵です。
自然界、そして私の心の中にも少しずつ秋が忍び寄ってきているようです。
もうひと頑張りすれば、「食欲の秋」です。

JC0820.004 福岡市東区 M9sn35#


今日は、久しぶりに写真を撮ることを目的に歩きました。
猛暑ですから、無理の無いように短い時間でしたが気分転換ができました。
カメラはLEICA M9にお気に入りのSUMMICRON-M 35mm F2・・・7枚玉と云われる球面レンズです。
それと、Sony NEX-5。
これにはE16mm F2.8・・・ボディの蓋のようなレンズで、35ミリ判に換算すると、24mmになります。

若い頃には24mmと35mm、それに85mmレンズで写真を撮っていました。
自分の給料でLeica M4を手に入れる前のことです。
ボディはNikon F、F2、F3でした。
ですから、今日の24mmと35mm使い慣れた焦点距離でなかなか良い組み合わせです。

ところが、最近、あまりの広角レンズは使い辛くなったように感じています。
いま、使いこなせる焦点距離は、せいぜい28mmくらいまででしょうか。
いまの私は28mm、35mm、50mm・・・この三本が私の目です。

今日、歩いたのは福岡市中央区今泉周辺です。
細い道を歩いていて『満月荘』の看板を見つけました。
趣のある建物に、こころに響く名前・・・そのようなアパートに出会うと写真に撮ります。
特段、テーマとしている訳ではありませんが、撮っているのですから、少しずつ写真は増えているはずです。

JC0820.008 福岡市東区 N5e16#

最初の鳥の写真はLEICA M9にSUMMICRON-M 35mm F2、『満月荘』の写真は、SUMMICRON-M 35mmとSony E16mmの両方で撮りましたが、ここではE16mmで撮った方を使いました。

『満月荘』・・・もう少ししたら秋です。


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みかん猫67

今日は前期科目の採点報告の締め切り日でした。
私が担当する科目で前期完結科目は9科目あります。
大学院やゼミナールのように数人規模の授業なら、学生一人一人の普段の様子も十分把握していますので採点もそれほど時間は要しませんが、講義科目では80人くらいのクラスだと、学生の名前と顔が結びつかないことが殆どですから、こういった授業の採点はなかなか大変です。

いずれんしても、採点は苦手です。
苦手なことや嫌なことは先送りにして、いよいよ尻に火がつかないと取りかからない性分ですから、今日は朝から大わらわでした。
頑張ってみましたが、今日中に9科目、すべての採点を終えることは出来ませんでした。
現在、大学は半期半期で授業を行っている関係で、9月卒業と云うこともあります。
四年生が受講している科目は出来るだけ速やかに採点結果を報告しないと、卒業判定に支障があるのは分かっているのですが、それでも、まあ、今週中に採点が終われば・・・と高を括っています。

採点で一番気を使うのはバランスです。
学生個々の採点結果がバランスを欠いたときには、不公平感も生まれるでしょう。
いずれんしても学生諸君が納得できる採点結果を出すことは、これでなかなか大変で、神経を使います。

その割には、最近の学生たちは自分の採点結果に無頓着なことが多くなってきました。
細かな採点結果(点数)よりも、単位が取れたかどうか・・・それだけが関心事のようです。

本日最初に採点に取りかかったのは「ゼミナール」の授業です。
この科目は、私の研究室に所属して、来年度、写真作品を卒業研究として制作する学生たちのクラスです。
学生個人個人の普段の写真への取り組みなども概ね分かっていますし、期末試験も行いましたので、採点結果を出すことはそれほど手間取ることはありません。
先ずは、簡単に結果が出せる科目から採点をして、その勢いでとんとんとんと採点を終えてしまおうとの魂胆もありました。

しかし、これがまたなかなか・・・
私個人が持っている「ゼミナールの学生とは、これくらい写真をやって欲しい」と云う希望的物指しで今年のゼミ生を採点してみると、残念ながら、全員不合格判定です。
とにかく、写真を撮らないのですから、お話になりません。
下手でも良いから写真を撮るのが楽しくて、毎週毎週、授業のたびに写真を持って来る学生が一人二人と居てくれる・・・これって高望みなのでしょうか。
ゼミナールの授業も全員不合格とする分けにも行かず、現実的な妥協点を見つけて提出しましたが、後期の授業はなんとしても引き締めてかからないとと、自分自身でも反省しきりです。


JC0804.062 宮崎県都農町 M8.2sn35a#

さて、今日もSony NEX-5絡みの話を続けます。
7月12日の「亀カメラ」に猫の写真を載せていますが、この写真には私の影も写り込んでいます。
影を仔細に見てみると、どうやらカメラを片手で持って写しているようです。
まあ、顔から離したところでカメラを構え、液晶画面を見ながら咄嗟の撮影ですから、ある意味、ファインダーレスのこの手のカメラの扱いが板についてきたと言えなくもありません。
あまり、良いこととは思いませんが。

今月、はじめに宮崎〜熊本を巡る旅をしてきましたが、宮崎の西都市で、鯉の養殖をしている家を発見。
軒の部分の鯉の絵看板が掲げられているのを写真に撮りました。
撮影場所は一段低いところで、前方の高いところには雑草が茂っていました。
鯉の絵看板を少しでも大きく画面に取り入れたいと可能な限り近づきましたが、あまり近づくと雑草の影に絵看板は隠れてしまいます。

そこで、両手を高く掲げ、目見当でフレーミングをして撮ったのですが、とにかく当てずっぽうですから、なかなか思い通りに行くものではありません。
こんなときに、Sony NEX-5のように液晶画面が動かせるカメラがあれば重宝します。
このときの経験がSony NEX-5購入動機の一つになっているのかも知れません。

JC0805.061 宮崎県西都市 M8.2sn35a#

JC0805.063 宮崎県西都市 M8.2sn35a#

JC0805.064 宮崎県西都市 M8.2sn35a#

カメラが変わると写真も変わります。
新しいカメラは刺激を与えてくれます。
植田正治先生のことばです。
『丸尾せんせ、スランプのときにはカメラを変えると良いですぞ。刺激になりますぞ。』
私は、いい加減な写真人ですから、スランプなんてものとは無縁ですが、新しいカメラから刺激を貰って、この暑くて写真を撮るどころではない季節を乗り切れればと願っています。

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みかん猫67

教師としての幸せ

学生一人一人に「学籍番号」と云う固有の番号が割り振られています。
私の勤める大学では、入学年度の下二桁の数字を頭に、学部を表すアルファベット記号を続け、その後に学生一人一人の番号を割り振って行きます。
芸術学部写真学科の場合「AP」が記号となっています。

1982年に大学に入学してきた卒業生たちは82AP□□□となります。
その「82AP」の卒業生たちの写真展「第7回 82AP展」にお誘いを受けて、ハワイの写真11点を出品しましたが、その写真展も本日、無事、終わりました。
昨夜、一足早く展覧会の打ち上げが博多駅交通センターの上の居酒屋で行われ、私も参加してきました。
食い物はお世辞にも美味しいとは言えませんでしたが、懐かしい連中とのひと時は、時間を忘れてしまい、少々呑み過ぎたかも知れません。

福岡市博多区|82AP展打上げ

その吞み会の席で、展覧会に出品する作品の質や、意気込みについて話題になりました。
人に見てもらうことを考えたとき、作り手側の誠意として、本人の熱意がこもった質の高い作品を出すべきだとの発言がありました。
打ち上げの場で、このような発言があると云うことは、いい加減で作品として低レベルのものがあったと云うことでしょう。

私も意見を求められたので、次のような内容で話をさせて貰いました。
写真学科を卒業後、写真を撮ると云うことから離れてしまった人も居ますし、写真と全く違った世界で生活してる卒業生も少なくありません。
そのような人たちも巻き込んで、二年に一度の同窓会としての性格が「82AP展」にあるのなら、一人でも多くの人が参加してくれることが望ましいと思います。
そうなると、あまり敷居が高くなっては、参加し難くなり、参加者の偏りや減少は目に見えています。

かといって、多くの人たちが見てくれる場に自分たちの作品としての写真を並べるからには、作り手側の真摯な姿勢というものは守らなければならないのは勿論です。

皆さん、働くなかでの写真作り・・・特に、写真と全く関係のない環境に身を置いている卒業生にとっては、なかなか大変なことだと思います。
次回の運営委員も決まりました。
とにかく、今回の問題提起を各自肝に銘じて、二年後の展覧会を成功させようと云う気持ちを持って、次の「第8回 82AP展」に臨むことが大切だと考えます。

一夜明けて本日は搬出でした。
搬入もその手際の良さで二時間ほどで終わってしまいましたが、今日の搬出はもっと素早く、あっと言う間に終わってしまいました。
私の研究室の卒業生、久富くんが車で私と写真を大学まで運んでくれました。

久富くんはコマーシャル系の写真家として生計をたてています。
この不景気な時代に、プロの写真家として食べていくのはなかなか大変だと思いますが、自分の歩幅で仕事と生活を律儀にこなしていることが、車の中での話から伝わってきました。
決して派手ではありませんが、穏やかな生き様は、久富くんと同級生で、やはり私の研究室の卒業生の中川くんにも言えます。
俺が俺が・・・ではなく、調和を保ちながら暮らす、仕事する・・・そのことの素晴らしさみたいなものを知っている二人の卒業生を得たことは、私の自慢でもあります。


CB0902.009 Kailua Lx3#

CB0905.069 Lx3#

今日の三枚の写真で、私が「第7回 82AP展」に出品した11点すべて登場したことになります。
コンパクトデジタルカメラのピンホール写真モードで撮ったこれらの写真は、本来の私の写真の方法論ではありません。
つまり、お遊びの写真と言っても良いかも知れません・・・いや、決して本人はそのような気持ちではありません。
ピンホール写真の持つ味に興味を抱いて、それをデジタルカメラでやってみたくなったと云う、制作にあたっての動機は明確にもっていました。

いずれにしても、遊びは楽しいことです。
その楽しい写真を出させてくれた「82AP展」と云う写真展の柔らかで多様性を認める展覧会に感謝しています。

CB0906.054 Chinatoun Honolulu Lx3#

と云うことで、今日の三枚は最後まで残ってしまった三枚と云うことで、てんでばらばらの三枚になってしまいました。
「82AP展」も、ある意味「てんでばらばら」なのが魅力ではないかと密かに思っています。
出来れば、この雰囲気を壊すことなく、展覧会を見に来てくれたひとのこころをくすぐったり、鷲掴みにしたり、揺らしたり、安らかにしたりする展覧会になることを臨んでいます。


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みかん猫67

2010年8月2日の「亀カメラ」【饅頭、痕跡、のんびり】で家の前の掃き掃除をしながら考えたことについて書きました。
今朝も、日課にしている家の前の掃き掃除をしながら『痕跡』のことについて考えました。
生け垣からの枯れ葉や落ちた花びらなどを箒で寄せ集め、塵とりに納めてしまえば、それまで道路に散らばっていたものは跡形も無くなくなって見えなくなってしまいます。
しかし、そこには掃除をしたと云う跡形(痕跡)を見てとることができます。
何も無いのに「痕跡」が見えるなんてちょっと奇妙な話です。

その続きを今日、ふと考えたのです。
「しかし、この痕跡は誰にでも見えると云うものではない」
道行く人たちのうちの何人かが奇麗に掃除されているな・・・と感じる。
しかし、そこに掃除をしていた私の姿が見ている訳ではない。
ただ、ごみの無い道路が見えているだけ。

そこから先は感受性により喚起された想像力により感じ取るだけ。
それが出来る人にしか見る・・・正確には感じることが出来る世界、それが「見える痕跡」なのだろう。

8月2日の「亀カメラ」は次のように話が進んでいました。
『「痕跡」は、私だけが美味しいと思うものかもしれませんので、皆さんのお口に合わないかも知れませんので、無理強いはしませんよ。』
つまり、8月2日の段階でも、この問題は普遍的なものではないことを感じ取っていたようです。

写真には見えているもしか写りません。
感受性により喚起された想像力により感じ取るものが写真に写るはずはありません。
ただ、視覚的に写らなくても、やはりそこには何かが写ると考えます。
それは「雰囲気」として写真から伝わるものです。

「見えないものを見る」能力・・・そういったものは動物の本能として我々人間にも備わっていたはずなのですが、どうも、最近、「見えるものしか見えない」輩が増えているように思えてなりません。

いや、「見えるものしか見えない」を通り越して、「見せられるものしか見えい」・・・そんな連中が浮かれはしゃぎ回る世の中になっているのは残念なことです。


CB0903.022 Waipahu Oahu Hawaii Lx3#

CB0904.026 Waipahu Oahu Lx3#

昨日も家の前を掃除していると、背中の方から話し声が聞こえてきました。
犬の散歩をしている人が、犬に話しかけているのかと聞き流していたら、その声がだんだん大きくなり、「おいちゃん」と聞こえました。
「おいちゃん」?
俺か?
と振り返ると、若い女性が私に向かって「おいちゃん」と話しかけています。
手には新聞紙にくるんだ切り花を持っていました。
花売り娘???

いやいや、よく見ると、ご近所の娘さんでした。
この娘さんは子供の頃から私のことを「おいちゃん」と呼んでいました。
ずいぶん久しぶりに会ったのと、すっかり娘さんになていたので、すぐには分かりませんでした。

後ろ姿を見送っていて、手に持った切り花から、お墓参りか、祖父母の家にでもでかけるんだろうと想像しました。
これも、感受性により喚起された想像力により、私は彼女の後ろ姿から感じ取ったことです。
昨日は13日でお盆の入りですからね。

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みかん猫67

三泊四日の旅もいよいよ今日が最終日です。
二日目は雨に見舞われましたが、南国の気まぐれ通り雨のようなもので、ぱっと降って、さっと逃げるといった雨で、丁度、こちらが休憩中であったり、移動の車の中に居るときに降ってくれ、撮影が足止めされずにすみました。

しかし、昨日は雨雲が通り過ぎるまで雨宿りを強いられることもありました。
衣類がぐっしょりと濡れるほどのことはありませんでしたが、さすがに靴の中は湿っぽくなっていまい、今朝の段階でも、履きたくないよいった状態でした。

皮肉なもので旅が終わる今日から、宮崎地方は晴天が続くようで、朝日が宿の部屋の中まで差し込んでいましたので、湿った靴を朝日にあててみましたが、これくらいでは埒があきません。

そんなときに、部屋に備え付けの「ヘヤードライヤー」が目に留りました。
ちょぼちょぼ頭の私ですから、髪の毛を洗っても、タオルでばさばさっと拭けば、一丁上がりです。
「ヘヤードライヤー」なんてものは、無用の頭をしていますから、普段はまったく存在すら気にしていなかったのですが、今朝、「ヘヤードライヤー」と目が合った瞬間、漫画の一齣のように頭の中に電球がピカッと灯りました。
「ヘヤードライヤー」の活躍で、今日も、軽快な足ごしらえで、旅の最後を締めくくることができました。

初期の予定では、今日の夕方の高速バスで宮崎から福岡まで戻る予定でしたが、連日私に付き合ってくれた、種子田くんから、撮影しながら熊本まで行ってくれるとの提案がありましたので、急遽、予定を変更して、車で熊本に向かいました。
仕事のやりくりをして、私に付き合ってくれる卒業生たちには、いつも迷惑をかけっ放しです。

高速バスの切符を解約するためにバスセンターまで出かけましたが、まだ、窓口が開いていませんでしたので、駅前付近をぶらぶらして撮った写真が・・・なぜか赤い突っ掛け。
これが、宮崎での最後の写真です。

JC0806.010 宮崎市 M9et28a#


熊本市内では、やはり卒業生の吉津くんが待ってくれていましす。
午前中は仕事で、午後からなら大丈夫と云うことで、時間調整もかねて「人吉」に立ち寄りました。
人吉での最初の写真が下の写真です。
経営しているのか、したいないのか分からない喫茶店が気になって、前に立っていると、このおじさんが戻ってきました。
最初は、通りすがりの人かと思っていたら、店の前で自転車を停めたので、こちらを見た瞬間にシャッターを押しました。

JC0806.011 熊本県人吉市 M8.2sn35a#

古ぼけた店の佇まいだけではなかなか「撮る」踏ん切りがつかなかったところに、お誂えむきの場面展開。
こんな僥倖がたまにあるから面白いですね。

家や店舗の写真を撮ろうとしていると、そこの住人と思える人が戻ってきたり、中から人が出てきたりすることがたまにあります。
この場合も、ちょうどそんな感じでした。
向こうは不審に思うでしょうし、こちらはばつが悪くて、ちぐはぐな瞬間です。

真夏の、地方の町の感じが出ていて、お気に入りの一枚を得ることができました。


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みかん猫67
JBC720

三日の日に高速バスに揺られて遠路はるばる宮崎まできて、一仕事終えて、午後から西都市に出かけました。
三日の日の「亀カメラ」は宮崎までのバスの旅のことで終始してしまいましたので、西都市のことには全く触れずに終わってしまいました。

三日の西都市では、写真はそこそこ撮れていました。
撮った写真データをMacのCover Flowで、ぱらぱらめくりながら眺めて、これはと思う写真のRAW DATAを現像する・・・これが私のごく普通の写真選びのスタイルです。
RAW現像した齣は10齣でした。
15時過ぎから16時過ぎまでの一時間少々で10齣は上出来です。
誰もが納得するような極め付きの一枚と云うものはありませんが、これはどんな場合でも、私の写真の特徴のようなものですから、致し方ありません。
でも一枚一枚の写真には地方都市の夏が写っていて、私自身がまんざらではありません。

それに味をしめて・・・と云う訳ではありませんが、本日、再び西都市に向かいました。
宮崎到着以来、断続的にスコールのような雨に見舞われましたが、幸いにも撮影中に足止めをくらうような事態は免れてきました。
私はどちらかと云うと「晴れ男」ですから、当然と云えば当然のことです。
しかし、その「晴れ男」の神通力も今日の空には通じませんでした。
一日、空と見上げながらの撮影が続きました。

三日の日は晴れた午後、そして今日は雨または曇りの午前と条件はまったく違っていました。
空模様が変われば、光も変わりますし、こちらの気分も違います。
当然、見えてくるものも違ってきます。
同じ道を通り、同じものを目にしていても、足を止めて「写真を撮ろう」とするものが違ってくるはずです。
毎日同じようだけど、毎日、違っている・・・そんな目の前の世界の「うつろい」に気づける感受性が大事なのです。
それや、写真を撮る、撮らないといったことだけではなくて、人生そのものに影響してくると、還暦を過ぎた爺は思うのです。

相反する二日分の写真を見比べてみたところ、同じ被写体を二日とも撮っていたのは一齣だけでした。
地方都市では、あたりまえの眺めになってしまった錆びたシャッター。
そこに貼られた旅役者のポスター。
これだけは3日も今日も撮りました。

それには理由があります。
3日の夜に、撮影の釣果を見ていて、反省することがありました。
その反省をもとに本日も撮ってみました。
ですから、今日の空模様が私に見せてくれたものに、私のこころが素直に反応して「撮ろう」と思ったものではないのかも知れません。


宮崎県西都市

宮崎県西都市

宮崎県西都市

本日は写真を三枚載せます。
最初の写真は3日に撮ったこの手の写真のなかで最も良いと思ったものです。
二枚目の写真もやはり3日に撮ったものですが、これとよく似た撮り方をした三枚目の写真が今日撮った写真です。

つまり、上の二枚が晴れた午後、そして三枚目の写真は小雨の降る午前と云う次第です。
撮影に使ったレンズは上の二枚は35mm、三枚目の写真は28mmと違っています。

同じような撮り方をした二枚の写真のどちらが良いかと考えたとき、現在の気持ちとしては雨の日の午前中に撮った三枚目の写真が好きです。
晴れた日の写真は、画面上部を占める「影」が強すぎて目障りです。

晴れた日の写真としては、やはり一枚目の距離を保った撮り方をしている一枚目の写真が良いと思います。
一枚目の写真と、三枚目の写真とでは、全く異質で、どちらが良いかは決めかねます。


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みかん猫67
JBC720

雨の宮崎

【 諦めて 帰れと言わんばかりの降り 】

宮崎県

雨が窓ガラスを打つ音で目覚めた。
宿の部屋は見晴らしの良い12階。
窓の外はまだ暗く、雨粒が勢いよく吹き付ける。
起き出すには早いのでもう一眠り。

旅先で雨に降られるのは辛い。
本日は撮影しながら宮崎県を北上し延岡まで。
道中、何度も激しい雨に襲われた。
降ったと思ったら晴れて・・

なんとも南方的な空模様に振り回された一日。


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みかん猫67
JBC720

真夜中のカーボーイ

若い人の写真を拝見するために宮崎までやって来ました。
今日から三泊四日の予定です。
一般交通機関を利用して福岡から宮崎へは航空機、JR、そして高速バスの三つの方法が考えられます。
航空機は福岡空港を飛び立って上昇し、水平飛行に移ったかと思ったときには下降をはじめていると思えるほどあっと云う間です。
時間的には40分ほど福岡と宮崎は同じ九州内で近いと感じます。

それに対してJRの方は・・・
一般的には博多〜別府〜宮崎と日豊本線を利用するのですが、これだと5時間半近くかかります。
もう一つは博多〜鹿児島〜宮崎と回る方法ですが、こちらは九州新幹線を利用すれば4時間40〜50分くらいと少々時間の短縮になりますが、いずれにしても宮崎は遠い、不便といった印象が残ります。

最後はバスです。
バスで福岡〜宮崎は4時間少々かかりますから、JRより、ほんの少し時間短縮になりますが、交通混雑の影響を受けてだいたい遅れますから、良くてJRと同等といったところでしょうか。
JRの車両に比べ、バスの中は窮屈な印象がありますが、何と行っても運賃が安い。

それぞれの運賃を調べてみると、JRの場合、別府l経由で9960円、鹿児島経由だと12970円。
バスは6000円で。やはりJRの半額近い運賃でした。
航空機は・・・と調べてみると、これがなかなか分からない。
航空会社のホームページの運賃のところを開いてみると、73%割引、71%割引、48%割引、39%割引、36%割引などと、いろいろあって訳が分かりません。
定価を知るために、当日搭乗の予約を入れてみて、はじめて21900円と云う数字を確認することができました。

やはり、片道運賃の定価で比較すると航空機が最高値でした。
それが、往復17800円から売られているのは、先ほどのこんがらがるような割引制度を適用した結果なのでしょう。

私は、このような割引制度を止めて、一律に定価を下げられないのかと常々思っているのです。
「早く予約をするとたくさん割り引きますよ・・・」などと言われても、そんなに先のことなど分かりませんよ。
とくに、私などは先の先の行動を決めるのが嫌いな人間には、とうていご利益賜ることのない割引です。
割引競争よりも、定価を下げる競争を是非してもらいたいものです。

今回、私は高速バスを選びました。
JRを利用して宮崎まで行った経験はありませんが、以前は航空機を利用していました。
利用する運賃割引制度は往復割引くらいのものです。
それが、二年くらい前から高速バスを利用するようになりました。
もちろん、運賃が安いと云うことがあります。
ただ、それだけではなくて、バスの座席から見る景色が好きなのです。

これは、高速バスに限ったことではありませんが、市内バスでも、バスの座席に座ったときの視点の高さが気に入っているのです。
普段見慣れた視点より高い位置からの眺め・・・しかも移動する視点です。
これが、なんとも見飽きないのです。
もちろん、写真も撮ります。
汚れた窓ガラス越しでも、それはそれで良いものです。

Jc0803.004 熊本県人吉球磨川 M8.2sn35a#
[球磨川]
Jc0803.017 宮崎市 M8.2sn35a#
[宮崎市内]

高速バスの旅と云えば、ジョン・シュレンジャー監督、ダステン・ホフマンとジョン・ボイト出演の「真夜中のカーボーイ」です。
私の好きな映画です。
暗いニューヨークから、あこがれのマイアミへ向かい長距離バス。
車内に溢れるフロリダの明るい光の中でダステン・ホフマン扮するラッツオが死んでいく、あのラストシーンが何とも言えません。

今日はよい天気。フロリダのように光溢れる宮崎へ、バスの旅。
気分は、「真夜中のカーボーイ」です・・・かね。
バスの旅だから「カーボーイ」・・・じゃ、ないのですよ。
本当は「カウボーイ」、「真夜中のカウボーイ」が、なぜか「カーボーイ」・・・ま、ええか。


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みかん猫67
JBC720

昨日の「亀カメラ」は饅頭の話を書くつもりではありませんでした。
のんびりとした日曜日の様子を書こうと、取りかかったのですが、床屋での居眠りの話から、書き手の想いを逸脱して饅頭店の方向に走ってしまいました。
もともと、甘党ですから、その話になると・・・

それに、博多は日本で初めて饅頭が作られた所だそうですから。
時代は鎌倉。
聖一国師が中国での修行を終えて帰国した時に上陸した所が博多だったそうです。
その博多で「承天寺」を開山。
「承天寺」?
そうです、昨日の「亀カメラ」で紹介した饅頭が「承天饅頭」。
お店が「承天庵」。
「承天寺」は今も博多の町に残っています。

実は、お店の名前などは出さないつもりでした。
私にとって美味しいと感じるものが、人様には口に合わないことも多々あります。
味覚は人それぞれですから、食べ物を紹介すると云うことは難しいと常々思っています。
その逆もあります。
人から美味しいと紹介された店や、食べものでも、それほどでもない・・・なんてことは何度も経験していることです。
でも、私の場合は戦後のどさくさ生まれですから、口に入る物ならなんでも大丈夫と云う、口卑しさがありますから、「これは頂けない・・・」なんてことはほとんどありませんけど。

聖一国師は饅頭のほかにも、うどん、そば、そうめん、羊羹などの製法も中国から日本に持ち帰ったそうです。
聖一国師は食い道楽の勉強熱心だったようです。
私の場合は食い道楽、甘い物好きなところは偉い禅僧と同じですが、勉強の方が・・・これが凡人と言うものでしょうね。

昨日書く予定だった、「のんびりとした日曜日の様子」です。
朝は、いつもよりほんの少し遅く起きました。
遅く・・・と言っても、朝ご飯と昼ご飯を一緒にしたような時間ではなくて、きちんと朝ご飯が食べられる6時くらいでした。
目覚めるのはいつもどおりでしたが、起き出すのが遅くなったのは、読み始めた本が面白くて、なかなか起き上がれなかったと言った理由です。

それまで読んでいた、若い女性作家の本が、私にはまったく面白くなくて、何度も途中で投げ出そうとしたのですが、それが出来ずにとうとう最後まで読み通すと言う、聖一国師も経験したことのないような難行苦行でしたから、そこを抜けきったところで、新たに読み始めた本の面白いこと。

不味いものを食べた後のものは、何でも美味しく感じるものなのです。今回の小説の場合は、その上、自分の好みの範疇のものを選んで読み始めたものですから、なかなか一段落つけられませんでした。

朝の仕事は、家の前の掃き掃除です。
生け垣にしている「アベリア」白い小さな花や、これまた、小さな葉っぱが散らばっているのを、掃き集めて奇麗にすると気持ちの良いものです。
箒を動かしながら、こんなことを考えました。
「痕跡」
掃き掃除をすると、ゴミがなくなり奇麗になります。
家の前は、なにもなくなるのですが、でも、「掃除をした・・・」と云う痕跡が残っているのです。
何も無いのに「痕跡」が見えるなんてちょっと奇妙。

私はよく「痕跡」に躓いて、写真に撮るようです。
つまり、「痕跡」は私の好物の一つで、目の前に出されると、ついつい手が伸びてしまいます。
「痕跡」には「時間」が重なります。それが、面白みを増します。
「写真」と「時間」の関係は宿命みたいなものです。
「痕跡」は、私だけが美味しいと思うものかもしれませんので、皆さんのお口に合わないかも知れませんので、無理強いはしませんよ。
写真の好みも人それぞれですから。

JC0725.021 福岡市東区7 M9sn35#

CB0727.001 福岡市東区7 8.2et28a#

掃き掃除の次は、日陰をつくるためにガラス戸の前に植えたゴーヤの手入れです。
ゴーヤはネットに蔓を絡ませて、日覆いの役目をしてくれているのですが、葉が茂り、実が成りだすと、重みでネットがずり下がってきました。
それを補強したのですが、ゴータの葉から青臭い匂いが漂ってきて、ちょっと気分爽快になりました。

日曜にした仕事はそれだけ。
午後は、また読書と居眠り。
のんびりとした日曜日でした。


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博多の饅頭

床屋の椅子に座ると、どうして眠ってしまうのですかね。
これは私に限ったことではないようです。
床屋でほかの客の様子をうかがってみると、大半の人は居眠りをしています。
揺れる頭を相手に、髪を切るのも大変だと感心します。

昨日も、予定どうり床屋の椅子で一眠りをして、ぴかぴかに光ったおでこを摩りながら床屋を後にしました。
嫌なことを忘れることは到底できませんが、でも気分は軽くなりました。

床屋から、バス停に向かう道沿いに和菓子屋と洋菓子屋があります。
だいたい、このどちらかの店に立ち寄り、食後の甘味を買って帰るのですが、今日は、和菓子屋の方に立ち寄りました。
涼しそうな和菓子の名前を書いた紙が、店のガラス戸に貼られたのに気を引かれて、ついふらふらと店の中に・・・

この店に初めて入ったときも、暖簾にあたった光が奇麗だったので、覗いてみたのが最初です。
暖簾は白地に、お多福豆を墨色で簡単に描いたものです。
今日は葛まんじゅうと、この店でいつも買う「承天饅頭」を購入。
お店の名前を言ってしまいましょうか・・・
「承天庵」です。
本店は博多区対馬小路にありますが、私は中央区大手門の方のお店を利用します。
小さな店ですが、応対してくれる店員の女性が、実に良いのです。
若くて美人と言うのではありません。
そのような店ならどこにでもあるでしょうが、承天庵大手門店のおばちゃん(失礼)は、実に嫌みのない応対なのです。

美味しくて有名な和菓子屋さんは他にもたくさんあります。
そんな店は、有名だから、あちらのデパートの地下、こちらの商店街のなかなどと町中にあふれています。
「承天庵」の場合、対馬小路と大手門の二店舗だけ。
それも、あまり便利と言えないところにあります。そんな店に、お客を二度三度と足を運ばせるには、味だけでは、大量に生産販売する有名和菓子店に太刀打ちできないでしょう。
味と人と店の品格を重んじる・・・そんな、お店が好きです。

話をむりやり写真に結びつけるのですが、写真も「味と人と品格」を大切にしたものが好きです。
刺激的な味、珍しい味それも良いかもしれませんが、基本の味をしっかりと出している写真に魅力を感じます。

作り手側の人となりが伺い知れ、その人となりが納得できる写真・・・有名な写真家や話題の写真を作る人には案外と、そんな、人や写真は少ないかも知れませんが、写真世界の片隅に、すばらしい人となりの方がたくさん居ると信じています。

品格は内面から滲みでてくるもの。
写真も、作り手の「内面」が滲みでてくる・・・そう、これでもかと溢れ出るほどでは駄目。
密やかに滲み出る。
それを味わえる味覚、感覚、意識の持ち主にしか分からない・・・そんな密やかな写真であっても良いのではないでしょうか。
声高に俺が俺がと叫ぶのは下品で粋じゃないですよね。

これは、あくまで私の勝手な気持ちです。

60過ぎた親父が、うれしそうに菓子袋を下げて・・・さて、この後は、ぶらぶら歩きながら天神方面へ。
歩いていると、運が良ければ写真の一二枚も撮れるかも知れません。
途中、赤坂で写真機店を素見し、最後は天神で書店に立ち寄って・・・と、定型の行動があったのですが、懇意にしていた写真機店も店をたたみ、どこにどんな本があるのか分かっていた大型書店も天神から博多駅の方に移転のために閉店してしまいました。

穏やかに「味と人と品格」を守ることは、この時代難しいことなのかも知れません。
「承天庵」のようなお店が、無くならないように、そして穏やかな写真をもっともっと拝見する機会が増えれば良いと願っています。


CF0906.028 韓国釜山海雲台 sx35a#

CP0903.024 韓国 蔚山 et21a#

私は甘党ですから、旅先などでも気になるものを見つけたら買って食べてみます。
韓国は「餅菓子」が豊富です。
最初の写真は釜山の郊外、海雲台の市場の中の餅菓子屋です。
学校から戻った女の子が、背負った鞄も下ろす暇なく、お客さんと応対を始めました。
これを見たときに、子供が家業を手伝うことを抵抗なくできるこの国はなかなか良いな・・・と憶いました。

二枚目の写真は同じく韓国の蔚山市で撮ったものです。
私は、きな粉餅とごま餅を買って帰り、宿で試食。
このような時には、日本の味を期待しては駄目です。
味は、その国の文化そのものなのですから。
同じ、餡餅でも、日本のそれとは違って当然。
韓国の餡餅は日本の物に比べると、穏やかな味です。


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