2010年11月アーカイブ

食堂目当てに久留米へ

このところ気忙しくしていて、あまり写真が撮れていません。
と言うことは、歩いていないとも言えます。
衣替えで引っ張り出してきたズボンのウエストが少々窮屈なのは、やはり運動不足の所為でしょう。
そこで、授業のない土曜日や火曜日には、出来るだけ外歩きをしようと決めたので、今日は久留米に行ってきました。


JC1130.038 福岡県久留米市 EP1 14-42#

久留米は撮影のためによく出かけましたが、私のお気に入りの〈六ツ門〉地区に再開発の手が入ってからは足が向かなくなりました。
久留米の〈六ツ門〉と、鹿児島の〈名山町〉とは似た雰囲気の場所で、私のお気に入りでした。
この夏に鹿児島に出かけたときにも〈名山町〉に行ってみましたが、こちらは久留米の六ツ門とは違って、昔のままでした。

再開発で面白味のなくなった久留米に何故出かけたかというと、「食堂」です。
目当ての食堂があり、久留米に行ったらそこに行ってみようと決めていたので、今日の目的地を久留米にした次第です。

久留米はラーメンで有名です。
これまでも、久留米に出かけたときには〈広瀬食堂〉というところで昼飯を食べることが慣しでした。
ラーメンセットを注文すると、ラーメンと焼き飯が出てきます。
それも、半チャーハンなんてけちなものではありませんよ。
ちゃんと、普通もりの焼き飯がラーメンと一緒に出てきます。
まさに労働者の食堂。
写真を撮り歩くのも立派な重労働ですからね。


JC1130.009 福岡県久留米市 GH2 G20|1.7a#

今日のお目当ての食堂は〈広瀬食堂〉ではなくて、〈松尾食堂〉です。
ラーメンではなくて大衆食堂の王道、〈丼〉が自慢の食堂です。
店の二階の窓ガラスには、私が好んで写真に撮る粘着テープで罰点がされていました。
店の内部の写真は明日に回しますが、粘着テープで罰点を見ると、店の雰囲気は分かって頂けるのではないでしょうか。

お昼までには少々時間がありましたので、店の周りをぶらぶらと歩いて、時間稼ぎと、腹減らし。
この町でも、やはり猫が私たちを出迎えてくれました。

JC1130.016 福岡県久留米市 GH2 G20|1.7a#


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みかん猫67

きっと熟睡できていないから止めなさいと言われ続けていることがあります。
明かりが灯ったところでも、ラジオなどの音が聞こえていても私は眠れるのです。
どちらかというと、真っ暗な部屋よりも、豆電球一つでも灯っている方が良いし、ラジオなどの音が、低い音で聞こえている方が眠れるように経験上思っています。

それが、どうもいけないらしいです。
お医者さんが話していたことらしいのですが、閉じた瞼を通して光を感じたり、耳から音が流れ込んできたりすると、それらの刺激を受け続けて脳が休まらないそうなのです。
故に熟睡できていないということらしいのです。
理屈は分かるような気がします。

でも、私はちょっと違っているようです。
歳ですから、夜中に目が覚めることもあります。
そんなときに、暗い中で悶々としているよりか、思い切って電気を点けてみると、不思議と再び眠れるのです。

枕元には電気スタンドとラジオを置いています。
寝るときには、枕元の電気スタンドを灯し、ラジオを聴くときもあり、そのまま眠ってしまうことも度々です。
煌煌と電気スタンドを点け、ラジオを鳴らし、よく寝られるね・・・と呆れられているのですが、全く平気です。

東京都品川区戸越

CF1102(102)L2128葛飾区立石.ランプ影〓#


先日、試みに天井の豆電球を灯さないで、ラジオも点けないで寝ようとしたことがあるのですが、真っ暗だとなんだか妙にソワソワして眠れませんでした。
暗闇の中で眼をこらしていると、何かが見えるような気がしてあまり、気分の良いものではありませんでした。

夜中に目が覚めたときには枕元の電気スタンドを点けて本を読んだり、ラジオを聞いたりします。
深夜放送で昭和43年のヒット曲の特集をやっていました。
昭和43年といえば、私が大学1〜2年の頃です。
まだ10代の頃に聞いた懐かしい歌でしたが、不思議と次から次へと歌詞が浮かんできました。

真夜中に声に出して歌う訳にもいかないので、腹の中で口ずさみながら、若い頃の記憶とは、脳裏に深く刻まれるものだということを実感しました。


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みかん猫67

日曜日。
これまでは、日曜日でも仕事があれば職場に出てきましたが、最近、思うところがあって、休めるときにはできるだけ休暇をとるようにしました。
毎日毎日仕事に追われっ放しで、少々、疲れてきているのかも知れません。
休んでも仕事は残っていますので、職場に出なかった翌日は一層気ぜわしくなることは分かっていても、のんびりする時間を体と心が欲しているようです。

運動がてら近場を歩いてみることにしました。
散歩ですから、カメラは一台きりにして、身軽にして出歩きたいのですが、どうしても普段の撮影スタイルのように、カメラ二台に何やかやと詰め込まれた鞄という出で立ちで散歩に出てしまいます。

ところが、今日は迷った挙げ句、勇気を出してカメラを一台にしてみました。
休めるときには、休む・・・といったことから、写真についてもちょっと肩の力を抜いて見る日があっても良いのではと考えた次第です。

誰を連れて出るか、ちょっと迷った結果、LEICA M8.2にしました。
LEICAはコンパクトですが、ずっしりとした重さがありますので、レンズは軽さ優先で、SUMMARIT-M 50mm F2.5。
いつもの散歩レンズより、少し焦点距離の長いレンズにしたのは、散歩の途中で出会えるかもしれない、ある被写体を想定してのことです。

いつもなら、カメラバックも持ってでるのですが、今日はカメラバックも持たずに、カメラ一台をたすき掛けにして、身軽で家を出ました。
これが裏目に。
普段と違ったことをするもんじゃないですね。

歩き始めて四枚ほど撮ったところで、突然、カメラが動かなくなりました。
電池切れ。
家を出るときに電池の残量を確認したのですが、そのときには、確かに70%くらいは残っていました。
私の見間違いだったようです。

今日はカメラバックを持って出ていませんので、予備の電池はありません。
電池切れのデジタルカメラは石ころみたいなものです。
道ばたにぽいと捨ててしまいたいのですが、それも出来ません。
斜め掛けにしたカメラは、歩くたびに私のお腹や腰を軽く叩いて「馬鹿だね」と言っているようでした。

JC1023.022 福岡市西区西ノ浦 EP1mzd17#

JC1023.021 福岡市西区西ノ浦 EP1mzd17#

適当に休まないと息切れする歳になったようです。
そろそろゲートボールが似合う歳ですかね。
ゲートボール場のスコアボードには、葬祭場の広告がありましたので、愉快な気持ちで撮りました。

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みかん猫67

先日、映像作品を作る授業の課題で、二年生の学生が私のドキュメントを撮りたいと言ってきました。
なんで私なのか?
私ほど面白くない教師は居ないと普段から思っていますので、私の映画など撮っても良いものは出来ないと思いましたが、学生の希望ですから、これも仕事のうちと考え、引き受けました。

実は、昨年も同じ要請を受けていたのですが、昨年は企画発表の段階で棄却されてようなので、今年も昨年同様企画倒れで終わるものと高をくくっていました。
提出された企画のうちから、学生たちが投票で興味のあるものを選び、実際の制作に入るということなので、学生から煙たがられている私などのドキュメントが採用されるはずがありません。

私を取り上げた学生グループも、採用されなさそうな案を提案しておいて、面倒な制作から逃れようと考えていたのかも知れません。
それが、後日、「企画案が通りました。」と学生が報告に来たときには、驚きました。

「なんでや・・・」
学生の投票で決まるのですから。
唯一、思い当たる理由は「恐いもの見たさ」ではないかということです。

その、最初の撮影が本日でした。
朝の9時からインタビュー開始。
研究室にカメラが回り始めました。
学生の一人が私にぶつけてくる質問に答える形式です。

質問はずいぶん長時間に及びましたが、その間、カメラは回りっぱなしで、アップも引きもありません。
「こんなんで、大丈夫かいな・・・」

それでも、なんとか大学内での撮影は終了。
その後、JRで博多駅に出て、私が撮影している姿の撮影。

博多駅から美野島方面に歩きながら撮影したり、美野島商店街でコロッケやパンを買っているところなどを撮影してもらいました。

JC1127.007 福岡市博多区 M9 et28#

締めは天神の〈屋根裏 貘〉で昼食とインタビュー。
〈屋根裏 貘〉は食事の出来る空間と、小さな展示室のある飲食店で、これまでも、ここのギャラリーで写真を発表させて貰ってきました。
言わば、私の写真が産声をあげてきた空間です。

オーナー夫妻には、これまでも大変お世話になっていますが、今日も、ビデオカメラの前に座って貰い、二人で馬鹿な話や、思い出話をしました。
昔のことを語ると、私も歳をとったと実感させられました。

今日の写真は、私が撮影しているシーンを撮られながら、撮った写真です。
通い慣れた道ですから、どこにどんなものがあるかは、ある程度分かっているのですが、最初の写真は偶然見つけたものです。
画面右上に太陽がありましたので、そこを利用してみました。

二枚目の写真は、少し前に〈亀カメラ〉に載せた写真と同じ場所ですが、今日は少し光が当たっていました。
状況が分かるように、ちょっと引き気味で撮っています。

JC1127.004 福岡市博多区 M9 et28#

JC1127.010 福岡市博多区 M9 et28#

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みかん猫67

11月も残り少なくなってきました。
日暮れもどんどん早くなり、帰宅時間にはすっかり夜になってしまっていますので、帰り道で写真を撮る楽しみもありません。

福岡は玄界灘に面していて、日本海型気候です。
冬になると海峡を渡って来る冷たい風が強く吹きます。
朝から、どんよりとした光で、日中もぱっとしなくて、気分的に写真どころではありません。

暗室を使って写真を楽しんでいた時代には、冬場はもっぱら撮影よりも暗室作業をすることが多かったように思います。
フィルム時代の暗室作業は、現像液や定着液などの処理液の準備から作業後の後片付けまで、何かと手間ひまが掛かったために、集中できる時間が必要でした。

デジタル写真になってからは、日頃の、ちょっとした空き時間を見つけては暗室作業のようなことが出来るようになりましたので、ことさら冬場にプリントを集中して作る必要もなくなりました。

プリントする写真もなし、撮影に出るにも光が悪いし・・・
ただぼんやりと、パソコンの画面を、しょぼしょぼした眼で眺めているだけの冬がやってきます。

帰りに、かかり付けの医院に寄って、月に一度の薬を貰いました。
寒いのと、医院が閉まる18時に間に合わせるためもあって、帰りはタクシーを奮発しました。

医院の受付のところに、コレステロールに関する小冊子が置いてあったので、一冊頂きました。
薬の準備ができるまでの間に、パラぱらっと眼を通してみると、〈おでん〉が結構、コレステロール値を上げる具材が多いこと書かれていました。
意外です。
我が家の食卓にも「おでん」は出ますが、牛すじ、卵、厚揚げ、こんにゃくなどなど、腹一杯食べなす。

〈おでん〉は私の生まれた大阪では〈関東煮〉といいます。
「かんとうだき」ではなくて「かんとだき」と「う」の音は発音するような、しないような・・・
私が生まれ育った家の筋向かいに、冬になると〈関東煮〉を商う店がありました。
子供の頃からおやつ代わりに食べていたなじみ深い食べ物です。

小冊子によると、牛すじや卵など、私の好物のものが要注意と書かれていました。
おやおや、どうして私の好物・・・

くすりを下げて自宅に戻ると、今夜は「おでん」でした。
タイミングが悪すぎです。
これは、本当の話ですよ。

宮崎県西都市
宮崎県西都市 | LEICA M8.2 + SUMMICRON-M 35mm F2 ASPH.

CF0328.050 韓国大邱 et21#
韓国大邱市 | LEICA M8 + ELMARIT-M 21mm F2.8

韓国にも〈おでん〉があります。
上の写真の男性二人はその〈おでん〉を食べているところです。
長い串に具材が刺してあり、それをタレに浸けて食べます。
右側の男性が丁度、タレに浸けていることろです。

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みかん猫67

LEICA M9とPanasonic GH2

昨日の〈亀カメラ〉に、二枚の銀杏の木の写真を載せました。
一方はフルサイズのデジタルカメラLEICA M9で、もう一方はマイクロフォーサーズのPanasonic GH2で撮ったものです。
フルサイズとマイクロフォーサーズ。
力の差があることは分かっているものを同じ土俵にあげるのは可哀想なのですが、二枚の写真を調整していて、その立体感の違いみたいなものに驚かされました。

Panasonic GH2を使ってみて、マイクロフォーサーズもずいぶんと進歩したものだと感心していたのですが・・・
私の写真はそれほど大画面にプリントすることもありませんし、Webで見て頂く写真も多くなりましたので、数値的判断ではマイクロフォーサーズで十分だと考えています。
しかし、偶然のことではありますが、こうして二枚の写真を比較することになると、その違いを見せつけられ、こころ穏やかではありません。

日本人は車でもカメラでも、必要以上の性能を欲する傾向があります。
その性癖が魅力的な日本製品を生み出して、世界に冠たる工業製品大国になったのだと思います。
私も典型的な日本人なのでしょうか、ついつい、必要もないところまでの性能を追い求めてしまいます。

LEICA M9とPanasonic GH2。
本体価格差でいうと7〜8倍程度あるのでしょうか。
その価格差に見合っただけの性能差があるのだろうか。
また、先ほども言いましたように、良いものは良いのは分かっているのですが、自分の写真にとって、どこまでの性能が必要なのか。また、どの程度の性能で良いのか。
そのあたりの判断ですね。

昨日の〈亀カメラ〉に掲載した二枚の銀杏の写真は、カメラ本体も違えばレンズも違います。
先日、某社のデジタルカメラを手放しましたが、その理由はレンズが駄目だからでした。

Panasonic GH2の名誉挽回の機会として、今度は、Panasonic GH2にマウントアダプターを使って、普段、私が気に入って使っている他社のレンズで撮ってみようかと思っています。
しかし、そうなるとピント合わせが手合わせになりますので、眼が老いてきている私にですから・・・
結局は己自身の性能が一番劣化していることの気づかされることになるのかも知れません。


JC1123.009 福岡県糟屋郡新宮町 GH2 g20#

JC1123.023 福岡市東区 GH2 g20#

今日の写真も昨日の散歩中に見つけた車と、散歩から戻ったときに窓際で居眠りをしている我が家の20歳の老猫の姿です。
いずれの写真もPanasonic GH2に20mmレンズで撮ったものです。
なかなかよく写っているので、文句は無いのですが・・・


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みかん猫67

レンズ二本で散歩

昨日の〈勤労感謝の日〉に、家の近くの山裾を散歩しました。
坂道を汗を拭き拭き上る、いわゆる山登りは苦手ですから、あくまで山裾歩きに徹しています。

散歩は何の目的もなく・・・、多少効用を期待するなら、気晴らしのためにぶらぶら歩くことですですから、重い荷物は御法度です。
でも、私は写真を撮るのも好きですから、散歩と写真、一石二鳥を狙ってのぶらぶら歩きです。

写真を撮るにはカメラを携えなければなりません。
カメラを持って行くにしても、あまり嵩張らないようなものを一台ぶら下げていくのが散歩写真の王道なのかも知れません。
そのときに連れて出たカメラで撮れないようなものは、潔くあきらめて撮らない・・・なんて、ことは出来ないまでも、渋々、「仕方ないか」と諦める。
それがなかなか難しいのですけど。

撮影が主目的で歩くときには、どんな出会いがあっても写真に撮れるように、カメラ二台それぞれに焦点距離の違うレンズを付けて持ち歩くのが常です。
例えば24mmと35mmとか、28mmと50mmのように、広角系レンズと標準系レンズの組み合わせが一般的で、撮影場所や、目的に応じて組み合わせが変わります。

昨日は散歩にもかかわらず、少々、欲をかいてカメラ二台を連れて出ました。
レンズは28mmと40mm(フルサイズ換算)の二本。
広角と標準です。

JC1123.006 福岡県糟屋郡新宮町 M9 et28#

JC1123.004 福岡県糟屋郡新宮町 GH2 G20#

上の写真がELMARIT-M 28mmで、下がLUMMIX G 20mm F1.7 ASPH.(換算40mm)で撮った銀杏の木です。
この二本のレンズでなんとかなると思っていたのですが、世の中それほど甘くはないですね。

近づこうにも近づけない。
そんな被写体に出会えました。
川の中の石の上に踞っている猫です。

今日のレンズで焦点距離の長いのは40mmですから、それで撮ろうとしたのですが、ご覧のような結果です。

JC1123.017 福岡市東区 GH2 g20#

二本のレンズの内の一本はズームレンズを・・・なんて、馬鹿なことをちょっと考えてしまいました。

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みかん猫67

穏やかの休日

このところなんだか妙に気ぜわしい日が続いていますが、今日は〈勤労感謝の日〉で休日です。
この〈勤労感謝の日〉、以前から「なんか変だな・・・」と思い続けています。

へそ曲がり人間の私は、「働けることへの感謝の気持ちを込めて一日の勤めを成し遂げる・・・」、そんな日が〈勤労感謝の日〉ではないかと考えるのですが如何でしょうか。
そんな日に休むとは、些か筋違いのような気持ちを持ち続けております。

「そんなへ理屈を言わないで、休めるのだから良いじゃないですか」ということばの聞こえてきますが、もともと休むことが嫌いな人間ですから、そんな意見には基本的に同調できない貧乏性なのです。

では、真面目に働き続ける人間なのかというと、これまた少々違うのです。
無精で面倒くさがりですから、簡単に言ってしまえば、「一年、365日同じように過ごす」ことが一番なのです。

ですから、お正月も、お盆も、祝日も祭日も必要ないのです。
それらのものたちは、生活のリズムを狂わせるだけでありがた迷惑でしかありません。
負担にならないだけの、適当な量の仕事を、日々、淡々とこなす。
・・・
いや、やはり〈仕事〉じゃだめですね。
精神的負担があるから。
〈日課〉、これですね。

でも、仕事をしないと「おまんまの食い上げ」で、干物になってしまいますから、そこはそれ楽な仕事で高収入・・・なんて、現代の若者のようなことを口走ってしまいました。

現実は楽な仕事はありませんね。
毎日、忙しく働き続けていますので、今日の〈勤労感謝の日〉に感謝しながら、ゆっくり骨休めをさせて貰いました。


家の近くの山裾をのんびりと散歩してきました。
相棒はLEICA M9にELMARIT-M 28mm F2.8とPanasonic GH2に20mm F1.7の杖二本です。
本日最初の一押しは、農家の敷地内に干された洗濯物です。
実に、気持ちのよい散歩日和が写せたような気がしています。

JC1123.001 福岡県糟屋郡新宮町 GH2 G20#

JC1123.022 福岡市東区 GH2 g20#

お昼に食べるパンを買って、自宅に戻ると、我が家の猫、〈もも〉が、空を眺めていましたので、ガラス越しに撮影。
そうだ、猫のように暮らすこと・・・これが一番かもしれないと、カメラを覗きながら思いました。


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みかん猫67

パチリ・・・

私のゼミで卒業制作をしているWくんの作品タイトルは『錆びれた町』です。
「寂れた・・・」ではなくて「錆れた・・・」と当て字を使っています。

彼は写真が好きで私のゼミに入ってきた訳ではありません。
写真が好きでなくても、続けているうちに、興味がわいてきたり、それなりに技術も向上するものなのですが、どうも写真に身が入らない様子。
一時は大学を中途退学する気配さえありました。

写真の面白さも分からないまま、いよいよ卒業制作です。
最初は、壁の落書きを撮っていました。
切り口もしっかり定まらないまま、落書きを見つければパチリ・・・といった調子の写真を、こちらが要求するとパラパラと見せてくれる程度で、なかなか、突っ走るきっかけが掴めないまま、夏休み直前までの四ヶ月ほどを過ごしました。

卒業制作は夏休みが勝負です。
授業もありませんから、撮影に集中できます。
そこで、私から自分の生まれ育った町を撮ってはどうかと指示を出しました。

Wくんは旧炭坑町の〈筑豊〉で生まれ育ちました。
筑豊の町も土門拳さんの『筑豊のこどもたち』の時代とはすっかり様変わりしてしまいました。
いろいろと開発の試みはなされたのでしょうが、時代の波に乗り切れないまま、衰退の一途をたどっているように見えます。

卒業制作では自分の故郷の今の姿を、カメラを通してしっかり見てもらおうと考えての提案でした。

〈錆びれた町〉は最初、ワープロの変換ミスだたっと思います。
「錆びれ」は「寂れ」だよ・・・と指摘すると、Wくんも間違いに気付いた様子でしたが、その次のプレゼンテーションのときにも、タイトルは「錆びれた町」になっていました。

私が「錆びれ・・・」でいくの? と聞いてみると、「はい」と返事が返ってきました。
自分自身で何かを掴みかけてきた現れです。
最初の間違いを指摘したときから、私自身も「錆びれ・・・」でも良いか・・・と思っていましたので、そのまま「錆びれた町」が正式タイトルにまりました。

そんなWくんの写真から刺激を受けて、今日の私の写真も錆色の町で撮った写真を選んでみました。
撮影場所はWくんと同じ筑豊の町、田川と飯塚です。
撮影したのは2006年。
まだ、本格的にデジタルカメラを使う前で、試しにRICOH GR Digitalを持ち歩いて、適当に撮っていた時代のものです。
錆びた(古ぼけた)町ではなくて、文字通り錆びたものを見つけてはパチリ・・・と撮ったものです。

CG0923.003 福岡県飯塚市 R5924#

CG0105.006 福岡県田川市伊田 R5924#

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みかん猫67

猫の白い髯

酒屋のプレハブ小屋が取り壊されました。
小さな空き地が出現。
その中央に獣の骨。
小屋の床下で絶命したのでしょう。
よく見ると猫のようです。

カメラでその骨を撮影。
写真を撮る人間の嫌な性癖です。
気になるものは何でも写真に撮ろうとする。

ファインダーを覗くいていると、細かなことがはっきりとしてきます。
これもカメラを握る人間の習性です。
肉眼のときよりも、ファインダーの中の方がものがよく見えます。

まだ、一部に皮膚組織が残っていました。
髯も残っていることに気付きました。
それは、白い髯でした。

一旦、家に戻り、水と塩をもって再び猫の遺骨のところへ。
レンズを向けたお詫びに、こころばかりの回向をさせてもらいました。

さて、その写真は・・・
皆さんにはお見せできません。
骨が「発表してもいいよ」と言ってくれなかったので。
つまり、亡くなった猫が喜びそうな写りではなかったのです。
だから。

そこで、今日は「見返り猫」の写真にしました。
そして、もう一枚は「見返り小学生」。
写真選びに窮していたら、こんな結びつきを思いつきました。
これは白骨となった猫が、回向のお礼にアイデアを出してくれたのかも知れません。

CP0823.109 広島県上蒲刈島 M8 sn28a#

JC1102.016 福岡市東区 EP1mzd17_1


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みかん猫67

昨日、〈亀カメラ〉の話題が元のドアのところに戻ってしまいました。
話の発端は二年の歳月を経て、同じドアの前に立って写真を撮ったことでした。
話が元に戻ったことでもありますので、今度はもう少し間隔を長くして、三年三ヶ月の歳月の隔たりがある写真を見てもらうことにします。

場所は私の故郷の大阪です。
西成区萩之茶屋。
はるき悦巳さんの人情漫画、『じゃりン子チエ』の舞台です。
もっとも大阪らしい場所と言えます。

最初の写真は黒白写真です。
私がまだフィルムカメラで写真を撮っていた2004年12月撮影のものです。
もう一枚のカラー写真は2008年3月に、デジタルカメラで撮ったものです。
両者の間には三年三ヶ月の隔たりがあります。

しかし、あまり状況は変わっていません。
ドアに貼られた貼り紙は全く同じもののようです。
赤い車止めも健在です。
自販機の上の建物のひび割れた部分も欠けずに残っています。
自販機の下、左横の薄暗いところには相変わらず黒い石が置かれています。
画面左端の窓に掛けられた、「すだれ」も同じもののようです。

前回の二年で様変わりしたドアと違って、こちらは変化なし。
変わっているのは、自動販売機横のごみ箱くらいのものです。
三年以上経っても変わらない世界・・・
さすが古里ですね。
安心しますね。

しかし、私の写真の撮り方も変わっていませんね。
これって、進歩していない証なのでしょうか。
それとも・・・

自動販売機の中身は多少変化しているようです。
黒白写真の、自動販売機中段、右端に一つだけ、申し訳程度に置かれていた「しるこ」がカラー写真の自動販売機からは消えてしまっています。
なんか、ちょっと寂しい気持ちになるのは、どうしてでしょうか。

黒白写真に登場している猫、このあたりの猫社会のボスになって、元気にしてくれていると良いのですが・・・

CA11930 大阪市西成区萩之茶屋#

CB0308.037 大阪市西成区萩之茶屋 M8 ET21


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みかん猫67

話が逆戻り

ドアは人などが出入りするところです。
入り口、出口です。
ドアは家の顔みたいなものです。
そんなドアにも表情があるように思えます。

ドアはそれぞれ違った風貌をしています。
人生経験を積み重ねた人間の風貌が写真になりやすいように、ドアも同様です。
人の顔も日焼けをしたり、皺が出来たり、老人斑が出来るように、ドアも風雪に晒され、太陽の光に曝され、それなりにくたびれてきます。
そんなドアを見つけたらレンズを向けてしまいます。

普段、何気なく撮ってきた写真の山の中に、同じようなドアを見つけました。
少し前の、棟割りアパートや、「文化住宅」と呼ばれた家でよく見かけたやつです。
ドアの上の方に明かり取りのガラスがはめ込まれているところが共通しているかと思ったのですが、よく見ると一枚は明かり取りではなくて通気のためのものでした。

このドアはずいぶんと前に北九州の小倉の町で撮ったものです。
このところ小倉はちょっとご無沙汰なので、このドアがその後どうなっているかは分かりません。
あまり人通りのない、じめじめとした路地のドン詰まりにあった白いドアで、花のシールが貼られているのが印象的でした。
ドアの前の裸電球も不思議なものを醸し出しています。

そのドアの上の方には板が渡され、釘止めされていますし、外付けされた鍵も壊れているようなのです。
それらのものの様子から、この家は空き家になって相当の時間が経過しているものと思われます。

CS1224.031 北九州市小倉北区 GRD#

JC0322.106 熊本市新町 B28ZM#

二枚目の写真は熊本です。
やはりこれも空き家なのでしょうか?
ドア横の牛乳の箱、椿の木などを見ても、かっての生活の痕跡といった様子です。
このドア、よく見ると硝子の下の方が割れているようで、粘着テープで補修しているようです。

おやおや、また、粘着テープに話が逆戻りです。

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みかん猫67

二年の歳月を隔てて、同じドアの前に立って写真を撮ったことから、「ドア」と「粘着テープ」の話が始まりました。
昨日は「ドア」の写真を載せましたが、そのドアには「売り地」「売り家・貸家」の貼り紙がされていました。
そこで、また「貼り紙」というキーワードが出てきたことになります。
でも、今日のところは「粘着テープ」の話しを終えてしまいましょう。

とは、言っても、「粘着テープ」にまつわる話しなど持ち合わせていません。
粘着テープは個人的にはあまり好きではありません。
なんだか間に合わせ感があって嫌です。
その上、何だか汚らしくて・・・
絆創膏っぽいベージュのあの色も頂けません。
個人的には、粘着テープのお世話になるのは小包を梱包するときくらいです。


CP0823.081 広島県上蒲刈島 sn28a#
広島県上蒲刈島 | LEICA M8.2 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH. 


今日の一枚目の写真は窓ガラスの割れを補修するのに、粘着テープを使っているものです。
広島の上蒲刈島で見かけました。
私が子供の頃には、窓ガラスのひび割れや障子の破れは半紙や和紙を貼って補修をしたものです。
桜の花びら型に切られたものなどが貼られていると、そこに暮らす人のこころみたいなものが感じられて魅力的でした。

それが、粘着テープで補修されたこの写真の場合は、まるでフランケンシュタインの額の傷のようです。
中央部分の補修はやけに丁寧にされていますが、左右の補修は、ただ粘着テープをべったりと貼っただけの大胆さ。
この違いをみなさんは何と見ますか?

例えば、同じ日に補修をしたとするなら、丁寧な補修に疲れて、その後はさっと済ませてしまったのでしょうか。
それぞれ違った日に補修をしたと仮定したなら、最初はフランケンシュタイン風で、その後にべったり補修。
最初の補修のときには、この家で人々の生活が営まれていたけれど、その後、新しい家を建てて、ここは空き家になってしまった。
空き家で物置、倉庫代わりに使っている家だから、簡単な補修で間に合わせた。

この家が空き家と考えたのは、撮影の段階でそれを知っていたからではありません。
この家に表札が掛かっていたかどうかは確認していません。
砂埃がこびりついた窓ガラスからの発想です。
一枚の写真も、いろいろなことを連想しながら楽しめるものです。


CS1224.099 北九州市小倉北区 GRD#
北九州市小倉北区 | RICOH GR Digital + 5.9mm F2.4 


二枚目は、よく見かける粘着テープの使用例です。
ずいぶん以前に撮った写真です。
本格的にデジタルカメラを使って写真を撮り始める前の、準備運動時代に撮ったもので、カメラも私が自分で買った最初のデジタルカメラ、〈Ricoh GR Digital〉でした。
ハイライト部分の調子が飛んでしまう、いわゆる「白とび」とRAWデータの書き込みの遅さに悩まされたカメラです。
その当時、私にとってデジタルカメラは粘着テープのように、間に合わせ感の強いカメラでした。

それから5年。
デジタルカメラやプリンターなど、デジタル写真の環境は格段に進化しました。
そして、私は・・・
進化はしていないけれど、フィルムカメラ一辺倒からデジタルカメラに「変化」しました。


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みかん猫67

昨日の〈亀カメラ〉の写真は粘着テープの貼られたドアを撮ったものでした。
私は普段の撮影において、何を、どのように撮ろうか・・・などということをあまり考えずに、ぼんやりと、気楽に撮影をしています。

そうして撮った写真の山をほじくり返してみると、同じような石ころが結構あることに気づかされます。
難しいことは分かりませんが、無意識の中の意識みたいなものが働いているのでしょうか。
同じような石ころに躓いてばかりいるようです。

昨日の写真を分解してみると、〈ドア〉と〈粘着テープ〉に分かれます。
この二つに注意して、これまで撮った写真の山を掘ってみると、ありますね、ドアを撮った写真、粘着テープが写り込んだ写真が。
それも、結構、たくさん。
意識していないけれど、意識している。

では、なぜドアや粘着テープなのでしょうか?
そんなことは私にも分かりません。
何せ、意識していないのですから。

ただ、言えるのは、奇麗なドアを撮った写真はほとんどありません。
私が撮るドアは売り物件の貼り紙が似合うものばかりです。
つまり、古ぼけた町のなかに潜り込むのが好きだから、そんな町のあちらこちらに点在しているのが、古ぼけたものたちということでしょうか。

ふるぼけたものは、戦後、わりと間もない頃に生まれた私の、幼い心に刻まれた風景だと思います。
路地、古い家、庶民の暮らし・・・
そういったものが凝縮している場所。
「原点回帰」の一添景として、古ぼけたドアや粘着テープなのかも知れません。


CB0305.107 大阪市東成区玉津3丁目 M8 et21#

CB0811.051 東京都中央区日本橋蠣殻町 M8.2 et21a#

そこで、本日は「売り物件」の貼り紙のあるのドア(入り口)です。
最初の写真は大阪の東成区玉津。
次の写真は東京の中央区日本橋。

日本を代表する二つの大都会の片隅にも、こんな景色が点在しています。
大阪も東京も私のルーツを遡ると、無縁の土地ではありません。
決して眺めて心躍る景色ではありませんが、どこか懐かしさを感じるのはその所為でしょうか。

それにしても二枚とも地面まで届かない斜光が似合う景色です。

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みかん猫67

先日、学生と一緒に博多駅から天神まで歩きました。
他の県から福岡にやってきている学生たちに、博多の下町を紹介しながらの撮影散歩です。
途中に博多区美野島の商店街に立ち寄るコースは、私がよく学生を連れて歩くお得意の道です。

通い慣れた道ですから、何処に何があるかは十分に分かっています。
このコースを歩くと、いつも同じようなものばかり撮ってしまいますが、同じ被写体であっても、その時々で光が違っていたり、細部に変化があったりと変化を見つけることができます。

今日の二枚の写真は2008年12月に撮ったものと、そして今年11月に撮ったものです。
同じドアですが、ひび割れがひどくなったのでしょうか、粘着テープが一面に貼られていました。

反面、浮き上がっているトタンの浪板を止めていた粘着テープは剥がれて、痕跡だけが残っています。
トタンの錆も少し進んだように見えます。
周りにはマンションのような建物も増えました。

歳をとると時間が気になります。
若いときには時間なんてものを意識することは殆どなかったのですが・・・。
今日という日は明日も続くと思って・・・いや、そんなことすら思っていませんでした。
ただただ、意識しないまま時間だけが流れたいました。
そして、この歳になってしまいました。

この、粘着テープとトタンの浪板に刻まれた二年の歳月。
私にとって、二年前・・・は貴重な時間です。
歳とともに時間というものが特別な意味をもつようになります。
残された時間・・
過ごしてきた時間・・・

「残された時間」なんて、神のみぞ知るで、誰にも分かりませんし、約束されて時間など誰にもありません。
ただ、時は静かに、誰に対しても平等に刻まれていきます。
青色の塗料が色褪せたトタン浪板の錆が進むように、私の顔や手にも皺やしみが増えていきます。
己の身と周りの世界の日々の変化を楽しみながら、これからも愉快に写真が撮れれば幸せです。


CB1210.038 福岡市博多区 M8.2et28a

JC1113.003 福岡市博多区 GH2 g20a

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みかん猫67

昨日の〈亀カメラ〉はPanasonic G1にとっていささか不名誉な内容になってしまいました。
なぜあのような写りになってしまったのか、私にも分かりません。
確かにレンズフードは付いていなかったと思いますが、レンズコーティングの進歩した今日において、いくらレンズフードを付けていなくても、あのような写りになるレンズは珍しいのではないでしょうか。

私は普段、レンズフードを殆ど使いません。
せいぜい、ガラスを抜いたフィルター枠や、ステップアップリングをレンズの先に付けるくらいで済ませています。
レンズフードの効果は認めてはいるのですが、レンズフードを付けると、やたらレンズが自己主張を始めるので嫌なのです。
それでも、あのレンズのような霧のかかったような写真になった経験はありません。

でも、だからPanasonicは悪いと言うつもりはありません。
それが証拠に、私は最近、Panasonic GH2を買って、ご機嫌で使っています。
私のゼミの四年生のKさんは、Panasonic G1にズームレンズを付けて卒業制作を作っていますが、何の問題もありません。
宮崎での場合、何か余程の悪条件が重なって、あのような写りになってしまったのでしょう。

さて、本日はゼミナールの授業でしたが、授業の後、学生を誘って昼飯を食べに行きました。
何故か、鶏の唐揚げが食べたくなったのです。
芸術学部の校舎から遠く、坂を上らないといけない1号館にある学生食堂の唐揚げがなかなかいけるのです。
値段も安価で旨いのですから上等です。
高くて旨いは普通、安くて旨いは上等が大阪人のモットーです。

芸術学部の校舎を出て、坂道に差しかかる手前まで来たときに、急に気持ちが変わりました。
1号館の学生食堂に行くのを止めにして、工学部の校舎の中にある食堂、「クラブハウス」に行ってみたくなりました。
別に坂道が嫌だったということではありません。
「クラブハウス」が私を呼んだ・・・としか考えられません。

突然の気変わりは私の得意技ですから、学生もおとなしく着いて来てくれました。
クラブハウス到着。
さて、本日の「スペシャルランチ」は・・・

なんと、「唐揚げ定食」。
しかも、私の大好物のコロッケ付きです。

そうか、これが私を呼んだのか。

町を歩いているときも、このように被写体から呼び止められるようになりたいものです。
今のところ、私を呼び止めるのは猫と犬くらいのものでしょうか。

犬の写真はPanasonic GH2に14mmレンズで撮ったものです。
よく写っているでしょ。

JC1102.033 北九州市戸畑区 GH2 g14a#

JC04.03.077 福岡県田川市松原 K7da352.8M#


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みかん猫67

重いということ

久しぶりに外出することのない日曜日でした。
終日、デジタルデータの整理と、現像を楽しんでいました。
現像と言ってもRAWデータの現像ですから、暗室に入った訳ではありません。
だいいち我が家には暗室はありません。

いまの家に立て替えるときに、暗室をどうするか悩んだのですが、結局、自宅に暗室は作りませんでした。
デジタル社会になり、暗室不要の時代が近々やってくる・・・そんなことを考えて暗室を作らなかったのではありません。

そのような先見の明は私にはありません。
どちらかというと、保守的な人間ですから、時代を先取りするなんてことは出来ません。
自宅に暗室を作らなかった理由は、ただただ面倒だっただけのことです。

デジタル作業の合間に音楽でも聴こうと、久しぶりにステレオのスイッチを入れてみました。
久しぶり・・・というのは、このところ音楽を聴いていなかったということではありません。
ヘッドフォンステレオであったり、パソコンに繋いだ簡単なスピーカーであったりと音楽を聴くスタイルが手軽になってしまい、本格的に大きなスピーカーで音楽を聴くのが久しぶりだということです。

我が家のステレオはもう何十年も使っているものです。
アンプは本格的にメインアンプとプリアンプに分かれています。
スプーカーもでんと居座っていると言えるくらい大きくて重い代物です。
レコードを回すターンテーブルやスピーカー、アンプ・・・そういったものは重い方が良い音が出ると言われていた時代のものです。
いまどき、こんなステレオ装置は流行らないでしょう。

いざ、スイッチを入れてみると、左のスピーカーから音が出ませんでしたので、ついでにいちど結線をはずし、大掃除をし、再び組み立てました。
そのときに、チューナーとテープデッキはもう要らないと考え、取り外してしまいました。
これまでにも、レコードプレーヤーとDATテープデッキを外して処分しまっていましたので、残ったのはCDプレーヤーとメインとプリのアンプ、それに〈iPod〉がぶら下がっているといったいい加減なステレオになってしまいました。

奇麗に掃除をしてやると、左のスピーカーも息を吹き返してくれました。
大きくて厄介なステレオですが、鳴らしてみると、やはり音の違いは歴然としています。音に深みがあるというのでしょうか。

最近、マイクロフォーサーズなど手軽なカメラで写真を撮ることが多くなってきましたが、カメラもやはりそれなりのものを使って写真を撮ると、それなりに写るのでしょうね。


JC0805.010|宮崎県西都市 PG1.0#

今日の写真は宮崎に撮影に行ったときに、卒業生のTくんの案内で佐土原町に出かけたときに撮ったパンダの写真で。
池の真ん中の島(?)の草むらにパンダが潜んでおり、それを撮ろうとしたのですが、私の持っていた35mmレンズではパンダが遠過ぎて、ちょうど良いところまで引き寄せることが出来ませんでした。

そこで、Tくんのマイクロフォーサーズカメラ〈Panasonic G1〉を借りて撮ったのが上の写真です。
なんだか霧がかかったようで、どうもいけません。
パソコンでなんとか調整をしてみたのが下の写真です。
う〜ん。

JC0805.010|宮崎県西都市 PG1m#

ちなみに、最後の写真が私の〈LEICA M8.2〉に〈SUMMICRON-M 35mm ASPH.〉で撮ってみたたものです。

JC0805.007 宮崎県佐土原町 M8.2sn35a#


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みかん猫67

〈Panasonic GH2〉を手に入れたのは、とくに理由はなくて「直感」でだと昨日、書きましたが、実をいうと理由が無い訳でもないのです。
直接の動機としては使えるレンズが出たことです。
昨今のカメラメーカーは各社ともズームレンズに力をいれていて、単焦点レンズの開発は遅れ気味です。

これも、経営戦略上必要なことなのでしょうが、ズームレンズを使いこなすことが下手で、大きなレンズが苦手な私などにとっては、使える単焦点レンズが無いということになります。
マイクロフォーサーズの単焦点レンズはOLYMPUSの17mm、Panasonicの20mm、45mmマクロ、8mmフィッシュアイくらいで、いささか物足りない状態でした。

そこに、Panasonic LUMIX G 14mm F2.5 ASPH.が加わったことで、ようやくこころが動いたのです。
〈Panasonic GH2〉は14mmレンズを着けて手に入れました。
発売当初はズームレンズとセットでしか売られていませんでしたので、しかたなくその状態で購入。
そして、その場でズームレンズを下取りに出し、14mmレンズを手に入れました。

もう一つの理由は、ライカ離れをしたいという気持ちです。
ライカ社は変わってしまいまいした。
商売気が強くなって、なんだか嫌な企業になってしまった気がします。

そんなことを感じて以来、ライカに代わるカメラを探し続けているいるのですが、結局はライカを凌ぐカメラに出会えなくて、再びライカに戻るということを繰り返しています。
カメラは単に写真を撮る道具に過ぎないのかも知れませんが、カメラの設計・製造に携わる人たちや、私たち写真を撮る人間の・・・大袈裟にいえば思想のようなものが、カメラに反映されるものだと思っています。
そんな思いをがっぷり四つで共有できるメーカーがライカだったのです。

そんなライカも日本のカメラメーカーと同じように、経済至上主義に走り始めています。
これじゃ、へそ曲がりな私等は、愛想尽かしもしたくなるというものです。


JC1113.002 福岡市博多区 GH2 g20a

JC1113.007 福岡市博多区 GH2 g20a

今日は、私が購入のお世話をした学生のNikon F3の調子が悪くなったので、一緒に修理に持って行きました。
大学から博多駅までJRで出かけ、そこから徒歩で住吉・美野島・渡辺通・天神と写真を撮りながら散歩。

カメラは二台。
いつも通り、撮影に出るときのスタイルです。
でも、28mmレンズを着けたLEICA M9は終始、鞄の中でした。
手にもって歩いたのは〈Panasonic GH2〉。
今日のレンズはLUMIX G 20mm F1.7 ASPH.
いつもの私にはちょっと長めの焦点距離です。
いつもの写真とは距離感が少し違って、物に寄っています。

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みかん猫67

Panasonic GH2を買った話しは昨日の〈亀カメラ〉に書きました。
こんなことをやっているから、「カメラは何台くらい持っているのですか?」とよく聞かれます。

私も月給取りですし、庭に金のなる木が植わっているわけでもありませんので、自ずと限度というものがあります。
その限度いっぱいをぎりぎりやりくりしながら、気になるカメラを手に入れているのです。
その、やりくりの一つに「下取り」というのがあります。
ですから、使わなくなったカメラ、興味のなくなったカメラまで手元に残っていることはありませんので、それほどの台数を抱え込んでいる訳ではありません。

「下取り」は決して率の良い方法ではありませんが、これも致し方ありません。
カメラも飼い殺しになるよりは、次の活躍の場が得られるので喜んでくれるでしょう。

「カメラをよく買いますね」と言われたときには、「これも仕事ですから・・・」と言うことにしています。
立場上、よく学生たちからカメラについてに相談を受けます。
「カメラを買いたいのですが、お薦めのカメラは?」などと聞かれたときに、出来るだけ自身で使ってもた上で、良いと判断したものを薦めてあげたいのです。

とは言っても新製品を片っ端から買って使ってみるなんてことは出来ません。
ある程度はいろんな情報を頼りに絞り込みをして、最後の最後まで気になるカメラとして残ったものが現れたときに、財布の底を叩いてみるのです。

それが、今回の場合は〈Panasonic GH2〉という次第です。

Panasonicのカメラは以前に〈G1〉を使った経験がありますが、このときには「こんなものか・・・悪くはないけど・・・」といった程度の印象でした。
そのときの印象が平凡だったので、その後の〈GH1〉は触手が動きませんでした。

そして今度の〈GH2〉です。
購入の決め手は・・・
特に思い当たりません。
このカメラに関しては〈直感〉です。

まだまだ見極めが出来るほど使い込んではいませんが、今のところは普通に使う分にはよく写るカメラです。
私には少々こってり過ぎるくらい、色の乗りも十分です。
ただ、ちょっと過酷な条件での撮影では、粘り越しの弱さみたいなものを感じます。
このあたりが、撮像素子の小ささからくるものかどうかは分かりませんが、マイクロフォーサーズ共通の弱みですから、おそらくそうでしょう。

粘り越しが弱いといっても、私の期待が大きすぎるのかも知れません。
考えてみれば、35ミリフィルムだってそうでしたから、これくらい写れば上々なのでしょう。
値段も安いし、期待し過ぎるのは酷というものかも知れません。

JC1101.022 福岡市東区 GH2 g14|2.5a#

JC1103.039 福岡県遠賀郡 GH2 g14a#


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みかん猫67

黒白フィルムと印画紙で写真を作っていたときの話です。
私の好きな写真は、先鋭で、諧調が豊か。
質感描写もしっかりと出来、細かな粒子で作られた写真です。
フィルムの場合、こういった写真を得るには、画面サイズの大きなカメラを使うのが最も効果的でした。

しかし、私が写真に撮るものが、些細なものばかりで、そういったものは自分の足で歩いて見つけなければなりません。
歩き回るのですから、大きくて思い機材は、体力と気力を喪失させるばかりですから、あまり良い選択とは言えません。

時には静物、あるときはスナップと、私の撮影スタイルも変わります。
小型軽量で尚かつ、あらゆる状況においても高画質な写真を得ることが出来る機材として、最終的に辿り着いたのが〈M型ライカ〉という次第です。

しかし、ライカは小型カメラで小さな35ミリフィルムを使います。
小さなフィルムから高画質な写真を得るために、レンズやフィルム選び、撮影段階の露出のかけ方、フィルムの現像液や方法、引伸機と引伸しレンズ、印画紙と印画紙現像液などなど、ありとあらゆる項目をひとつひとつ確かめながら、自分に合った方法論を組み立ててきました。

このことは、私自身がデジタルカメラで写真を撮るようになった今でも、私自身の写真制作の基礎にもなってくれています。
デジタル写真を本格的に始めて、それほどの経験を積んでいる訳ではありませんが、まがりなりにも自分の方法論を掴めたことは、銀塩写真の下地があったからにほかならないと信じています。
もちろん、大学の授業の中でも黒白写真の専門として経験に裏打ちされた知識と技術を学生たちに伝えることも出来ます。

でも、いくら頑張っても、ネガサイズの違いからくるハンディキャップは、完全に覆すことはできません。
特に諧調再現や質感描写においては難しいものがあります。
小型フィルムから高画質の写真を得るためには、根を詰める作業の連続ですが、フィルムを大きくするだけで、鼻歌混じりにやっていても、そこそこ良い調子の写真ができるようになります。

デジタル写真の場合は銀塩写真に比べ、人の手で工夫できる余地が少ないように感じています。
デジタルカメラやパソコンの性能、ソフトの進化に頼る部分が大きいのです。
と、言うことは、カメラの撮像素子サイズの違いは銀塩写真以上に影響が大きいのかも知れません。

でも、マイクロフォーサーズのような小さな撮像素子でも、私が扱う写真くらい難なくこなしてくれます。
それは分かっていても、やはり、大きな撮像素子を持ったカメラが欲しい・・・

そんなことを考えながら、マイクロフォーサーズの、〈Panasoic HG2〉を買ってしまいまいました。
矛盾ですね。
いやいや、困ったもんだ。
果たして、小は大を兼ねてくれるものやら。

JC1108.036 福岡市東区 GH2g14|2.5#

JC1108.011 福岡市東区 GH2g14|2.5#

今日の写真の鍵は「子供」と「小便器」の〈小〉ですよ。
先日、ゼミの学生二人と散歩したときに撮ったものです。
もちろん、カメラはPanasonic GH2です。
こんな気楽な散歩には、やはり小さくて軽いカメラが最適です。


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みかん猫67

小さな空き地を眺めていました。
とりたてて何があるという空き地ではありません。
言ってしまえば、何もない空き地です。
何が気になるのか自分でも分かりませんが、ぼんやりと眺めていられる景色でした。

とりたてて写真に撮るものもない・・・そんなものを写真に撮りたくなる、悪い癖が私にはあります。
へそ曲がりだから、「どうせ、あんたらには分からないでしょうけどね・・・」と、写真で皆さんに喧嘩を売っているのかも知れません。
「これは凄いでしょ」とか「奇麗でしょ」とか、何か、見るべきも、分かりやすい要素のようなものを写真に盛り込んであげないと、安心できなくて、分からない写真、くだらない写真と片付けてしまう人たちへの挑戦・・・そんなに、格好よくもないし、能動的でもないのですが・・・です。

でも、それじゃ作り手として、あまりに身勝手なような気もしないではありませんので、せめて、「写真画像」としての魅力を盛り込めればと考える次第です。

つまり〈写真力〉で見せるということ・・・写真そのものでありたいということだけです。

写真を構成する「先鋭」「諧調」「質感」、それに「色彩」といった要素をどう取り扱うかは写真作家それぞれの考えるところですし、一人の写真作家のなかでも、変化や振幅がありますので答えは一つではありません。

私の好む写真画像は、先ほど述べた諸要素を正の方向に引き出したものです。
つまり、シャープで、グラデーションやテクスチュアがきちんと再現され、カラーも抑制の利いたものです。

11月6日の〈亀カメラ〉でも触れましたが、こういった写真を得るには、銀塩カメラの場合はフィルム、デジタルカメラの場合は撮像素子のサイズが大きい方が有利です。
また、レンズ性能や、カメラ自体の精度なども要求されますので、大きなガラス玉が必要でしょうし、カメラ自体もでっぷりと肥満したものになります。

冒頭に話しました「何もない空き地」を眺めていて、これを写真にするためにも、やはり大きな撮像素子のカメラが欲しいな・・・などと考えてしましました。
いけない、いけない。

JC1023.010 福岡市西区西ノ浦 NEXe16#

JC0918.001 福岡県田川市 M8.2st35#

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みかん猫67

審査してきました

今日は高文連の写真の審査をしてきました。
全国大会に出場する10作品を決める、福岡県大会の一次審査です。
ずいぶんと長く高文連の審査をさせて頂いていますが、聞くところによると、本年度はこれまでにない量の作品が集まったそうです。

確かな数字は忘れましたが3000点を超えていたと思います。
それを三人の審査員で、朝の10時から、昼食をはさんで16時前までかけて180点くらいまで絞り込むのが一次審査です。

デジタル出力で簡単にカラー写真がプリントできる時代です。
出品作品が増えているのも、その影響があると思われます。
昔の応募作品のほとんどは黒白写真で、高校生たちが狭苦しい暗室の中で頑張ってプリントしたものでしたが、今では殆どがデジタル出力で、しかもカラー写真です。
黒白写真(デジタル出力した黒白写真も含む)と、カラー写真との比率は、とうとう1:10になってしまいました。

どういった状況であれ、若い人の写真を拝見するのは楽しいものです。
仕事柄、写真のことを小難しく考えがちな私の頭と心を揉みほぐしてくれるのが若い人たちの写真です。
若く、自由な写真を見せてもらって、私の方が「これで良いのだ」と、勇気づけられることもあります。

審査員は三人で、それぞれ得意とする分野は分かれています。
私は型にはまったコンテスト写真ではなく、作者の本音の心の動きが感じられる写真、写真を楽しんでいることが伝わってくる写真・・・そういった作品を選ぶように心がけています。
ですから、私が選ぶ写真は、ちょっと風変わりだと思います。
コンテストの入選作品としては少々、ひ弱でも、そういった写真を応援してやりたいのです。

二次審査は全紙サイズに引き伸された写真で行います。
一次審査で私が目星を付けた写真が、どのような感じに仕上がってくるのかが楽しみです。
また、、一次審査の小さなサイズでは気付くことが出来なかった魅力に、写真が大きくなることで気付けて、新たに素晴らしい写真に出会えることがあれば、これもまた嬉しいものです。


JC1108.051 福岡市東区 GH2g14|2.5#

JC1108.066 福岡市東区 M9sn35#

今日の写真は昨日の続きです。
後ろ姿です。
後ろ姿を撮っているときに、突然、前を歩いていた人がレンズを方を振り向くことがあります。

そんなときは、迷わずシャッターを押すのです。

適当に後ろからプレッシャーをかけて、振り向かせるという方法も、私は時折使います。

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みかん猫67

月曜日は、私のゼミナールに所属している学生たちへの授業日です。
午前中は三年生の「ゼミナール」の授業。
午後は四年生の「卒業制作」の授業です。

学生たちが自ら進んで写真を撮る、プリントをする・・・そんな時代には、あれこれと教えることもありましたが、なんと言っても今の学生たちには、写真を撮ってもらうことが第一です。

他の授業が忙しくて、写真どころではない事情も分からないではないのですが、なんとなく釈然としないものがこころの底に残るのも事実です。

撮影や、暗室に入る時間がない。
ならば、授業で・・・ということで、ゼミナールの授業は、面白くもない私の講義をできるだけ控えて、制作のために時間を使ってもらうことにしています。

本日も、授業時間に撮影をする学生は、私と一緒の歩きませんか?・・と提案をしてありましたので、希望するTくんとSさんの二名と一緒に大学を出ました。
歩く道順等はすべて学生任せで、私はその後ろを歩いてきました。

剣豪は刀を構える姿を見ただけで、相手がどの程度の剣の使い手なのかが分かるようですが、写真も同様です。
カメラの使い方、身のこなし、そして歩く姿などを観察すると、どの程度のものかが分かります。

さて、今日の二人。
正直言って、まだまだ「ひよこ」です。
前を歩く二人の後ろ姿を見ていると、身の回りに目配りができていないことがありありと分かります。
つまり、隙だらけ。
被写体になりそうなものの前も、気にも留めないで通り過ぎて行きます。

確かに、レンズを向けるものは人それぞれですから、私が面白いと感じたものの前に学生たちが立ち止まらなかったからといって、それを駄目だと言うつもりはありません。
被写体からの〈気〉を感じ取ろうとする、気迫が感じられないのです。

私は大した写真を撮る人間でもありませんので、学生たちに対して、神様のような影響力を持っていないのは十分承知しているのですが、穏やかな日差しの中を一緒に歩き、私が立ち止まる姿を見て、何かしらでも受け取ってくれたなら嬉しいのですが・・・

まだまだ目配りができない学生たちですから、私の姿など眼中になかったかも知れませんね。


JC1108.012 福岡市東区 M9sn35#

さて、今日の写真。
上の写真は〈香椎宮〉に向かう途中で出会った園児たちです。
画面中央の男の子の体のくねりが気になって選んでみました。
昨日の〈亀カメラ〉に、七五三詣りの帰りと思われる家族連れの後ろ姿の写真を見てもらいましたが、今日の写真の後ろ姿です。

後ろ姿は写真として弱いと言われがちです。
確かに、そう言われて当然なところもありますが、後ろ姿でないと見せられない世界も当然あります。

そんなときに、心がけるのは〈体の形〉です。
顔の表情に代えて、体の形で伝えるのです。

下の写真は、相撲の稽古場を覗き込む人たちを後ろから撮ったものです。
一番左の人物の手の表情、三番目、五番目の人物の覗き込む動作・・・こういった形を見極めながらシャッターを押すタイミングを見計らいます。

JC1108.023 福岡市東区 GH2g14|2.5#


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みかん猫67

今日は立冬でした。
よく言われる言い回しですが、「暦の上では冬」ということです。
立春の前日までが冬ということになりますが、長い冬の始まりです。
冬は嫌ですね。
何が嫌かというと、寒い。
冬だから寒くて当然なのですが・・・寒いのは嫌。
「冬来たりなば、春と遠いからじ」と、暖かくなる春を、いまから待つ心境です。

かと言って春もあまり好きではありません。
「三寒四温」「菜種梅雨」など気候が不安定だし、なんと言っても新学期で大学も忙しくなるから。
やはり、暑い夏が一番です。


JC1107.001 福岡市東区 GH2g14#

北九州まで出かける用事があり、JRの駅まで歩いていると、黄色くなった桜の葉が落ちていました。
アスファルトで固められた道と、ブロックの石垣・・・・すべて、無彩色の冷たい色をしているなかで、落ち葉の色が、電球の灯りのようなほの暖かさを感じさせてくれます。
目に映る景色からも冷たい風を感じます。

しかす、今日の日中は暑かった。
朝夕は暦どおりに寒く感じたのですが、昼間に日の光の中を歩いていると上着を脱ぎたくなるくらいでした。

スーツ姿で北九州市の戸畑まで出かけました。
用事が終わった後、少し歩いて写真でも撮るか・・・と、意気込んでカメラを二台持参したのですが、暑さで写真を撮る気も失せるほどでした。
暑い夏が一番などと言っておきながら、いい加減なものです。

七五三詣りの帰りなのでしょうか、親子連れが前を歩いていました。
お父さんとお母さんの間の女の子の、白いブラウスが目にも爽やかでしたので、失礼して撮影。
歩きながらの撮影で、最初のカットはお父さんの頭が切れていて失敗。
続いてもう一枚。
こんどはなんとか収まりましたが、背景なども考えると最初にシャッターを押した所の方が良かったような気がします。

戸畑の町中で、「丸尾先生」と呼びかけられました。
教師生活もながくなりますので、あちらこちらで懐かしい顔に出会うのですが、戸畑で・・・誰や?
と見ると、車から、卒業生のS君が顔を覗かせていました。
車の助手席では奥さんが手にソフトクリームを持って微笑んでいました。

白いブラウス、ソフトクリーム・・・そんなものが似合う今日の暑さでした。

JC1107.010 北九州市戸畑区 M9sn35#


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みかん猫67

マイクロフォーサーズ

一般的に写真は〈カメラ〉が無いと写せません。
つまり、写真を撮りたければいつでも、何処でもカメラ同伴でないといけないということです。
いつも持ち歩くのですから、大きかったり、重かったりでは身体的、精神的に負担が大き過ぎます。

いつでも持ち歩けるカメラとなると、婦女子の細腕や、私のような年寄りの筋張った腕には小さくて使い勝手の良いカメラがお似合いです。

フランスの写真家、アンリ・カルティエ・ブレッソンとライカカメラの関係は有名な話しですから、ライカ使いの名人としてブレッソンの名前を知っている人も多いと思います。
ライカは手のひらに収まる小さなカメラで、尚かつ高性能ということで、ブレッソンはライカを使い続けたようです。

写真を撮る人間は目立たないことが大事と考えたのでしょうか。

昨今では、プロもアマチュアも大きなボディに、どでかいズームレンズをこれ見よがしに着けて、大仰に振り回すことで喜んでいる輩が多いようです。

私などもフィルムを使う、銀塩写真を長くやってきましたので、考え方の底流には必ず銀塩写真的なものが流れています。
その一つが、フィルムのサイズです。

精緻で諧調が豊かな写真を好みますので、どうしてもフィルムサイズの大きなカメラが良いと考えています。
デジタルカメラにおいても、基本的にはこの考えは間違っていないと思います。

デジタルカメラの撮像素子の規格に〈フォーサーズ〉や、〈マイクロフォーサーズ〉というサイズがあります。
13.5mm×18mmですから、35ミリフィルムの一齣の1/4くらいの大きさしかありません。

APS-Cサイズといわれる、マイクロフォーサーズより大きな撮像素子を、マイクロフォーサーズ並みのコンパクトなボディに組み込んだ、Ricohの〈GXR〉や、Sigmaの〈DP1〉などが出たときに、「これで、で、フォーサーズも終わったな」と思ったものです。

ところが、今でもマイクロフォーサーズは元気に生き延びております。
小さいのによく写るから。
デジタルカメラにおいては、銀塩フィルムの場合よりも、小さな撮像素子サイズでも良く写ると考えるのは私くらいのものでしょうか・・・

JC1023.003 福岡市西区西ノ浦 EP1mzd17#

JC1023.012 福岡市西区西ノ浦 EP1mzd17#


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みかん猫67

女子カメラ

授業を終えて教室から研究室に戻る途中で、顔見知りの女子学生Tさんを見かけました。
校舎と校舎をつなぐ渡り廊下にはソファーとテーブルが置かれていて、学生たちの寛ぎの場になっていますが、Tさんはそこで休んでいました。

彼女は一年生ですが、私の撮影に同行したこともあるほど熱心な学生です。
ソファーの前のテーブルには、真新しいデジタル一眼レフ、〈Canon 7D〉が置かれていました。
レンズは巨大なズームレンズが着いていて、なかなか立派です。

「お、カメラ買ったんだ」と話しかけると、「すべてを注ぎ込んで買いました。」と嬉しそうに話してくれました。
昨今では、なんとか支出を押さえようと、カメラ等も借り物で済まそうとする学生も居ますし、材料や薬品、出力関係の消耗品等々も私たちから引き出そうとする学生が多いなか、学生が己の写真のために奮発してカメラやレンズを手に入れる姿をみると嬉しくなります。

小さな白いテーブルに置かれた〈Canon 7D〉は実に立派に見えます。

でも、実は私は、この存在感を押し出してくるようなカメラは苦手なのです。
カメラは出来るだけ小型で目立たないのが私の理想です。
かわいい女子学生が厳ついカメラを振り回しているのは見るに耐えません。

ぐいっと腕を曲げると、力こぶができる・・・そんな腕力自慢が一眼デジタルにズームレンズなんて化け物を使うのです。
女子は細腕が可愛いのですよ。
小さなマイクロフォーサーズカメラや、せいぜい小粋なライカMデジタルなんかに、つぶらな瞳の単焦点レンズなどを着けて、スマートに使ってくれると極上の女性写真家に見えるのですが・・・もちろん、これは私の勝手な意見です。

JC1102.036 北九州市戸畑区 EP1mzd17#

JC1023.024 福岡市西区西ノ浦 EP1mzd17#

そこで、今日はマイクロフォーサーズカメラ、〈OLYMPUS E-P1〉で撮った写真です。
このカメラ、何が気に入っているかというと・・・シャッター音です。
コトンと落ちるようなその音が、何とも心地良いのです。
シャッター音は個人々で好みの分かれるところですが、EP1の音はなかなかのものです。

これまでで一番私が好んだシャッター音は、フィルムカメラの〈Leica M5〉ですが、E-P1のシャッター音もM5とは違う音質ですが、写真を楽しく撮らせてくれる・・・そんな音です。

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みかん猫67

人の死を思うときに、いつも頭に浮かぶのは、小津安二郎監督の映画、『東京物語』です。
この映画は私の授業のテキストにもしていますので、年に何度か見るのですが、いつ見ても考えさせられるものがあります。

小津監督の映画は、声高に何かを訴えかけたり、人々の興味を煽るようなものではないかも知れませんが、じんと心の中に染みてくるものがあります。

『東京物語』では、老夫婦のうちのおばあさんが亡くなります。
おばあさんが息を引き取った朝、集った子供たちが、おじいさんの姿が見えないことに気づき、義理の娘が外に探しに出かけます。

おじいさんは尾道水道が見えるところで、朝焼けの空を眺めていたようです。
空は、人のこころを引きつけるものがあります。
特にこころが沈んだときに。

義理の娘がおじいさんの姿を見つけて、横に並んだときのおじいさんの台詞、「今日も暑うなるぞ」が何とも言えません。
何気ない台詞が小津監督の映画の魅力で、前回見たときには何も気づかなかった一言が、今日は妙に心に響くなどといったことが度々あります。
小津監督の映画は、何度も繰り返し見ても何か新たな出会いがあり、見飽きないのです。

長く連れ添ってきたおばあさんがなくなって、何とも空しい気分なのですが、世の中は何も変わらず、今日も昨日同様、何事も無かったような顔をして朝がやってくる。
そんな監督の思いが、「今日も暑うなるぞ」という一言に込められているように思えます。


JC1103.024 北九州市戸畑区 M9sn35

JC1103.034 北九州市八幡西区 GH2g14|2.5a#

私も近親者の葬儀を済ませたばかりで、そんな心持ちのときに、どんな写真を撮るのかと、この三日間ほどに撮った写真を自分なりに興味を持って見てみました。

今日の写真は、若戸大橋の上に浮かぶ雲とJR鹿児島本線の車内で撮ったものです。
雲の写真は若松にある火葬場に向かう途中で、列車の光る窓は、葬儀も無事に済ませた帰りの電車です。

雲や光は常日頃から目にしているものですが、なぜかこの日はそんなものを見ていたようです。

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みかん猫67

お医者さんが一人亡くなりました。
お医者は病気の専門家ですから、たとえ自分自身の病であっても、その症状から病気の診断を下すことが出来るようです。

本日、お葬式があったお医者さんも、自分の病名と、それが大変な病であることと、寿命がどれくらい残されているかを自ら診断し、その予想は外れることなく他界されました。
お医者というのも、なかなか因果な仕事だとつくづく思いました。

火葬場に向かう車の中で、ちょっとくだらないことを考えてしまいました。
これから荼毘に付されたお医者さんは、亡くなって日も浅く、まだ、天国に辿り着いてはいないと思いますが、極楽を見た瞬間に、これまで自分が行ってきた、治療という行為に疑問をもつのではないかと考えたのです。

よく、あの世のことを〈天国〉とか〈極楽〉などと言い、苦痛のないすばらしい世界だと聴いています。
だとするならば、苦しみ多いこの世から、はやく極楽浄土へ旅立つ方が良いのではないでしょうか。
病を患って苦しんでいる人たちも同様です。

お医者さんは病を治してくれます。
病が治ると、すばらしい極楽浄土には行けなくなり、また娑婆での苦労が続くことになります。

天国に辿り着いたお医者さんは、人の良いお医者さんでしたので、「自分はなんて罪なことをしてきた」と考え込んでしまわなければ良いのですが。
天国は極楽ですから、あらゆる悩みや苦痛から解放され、お医者さんも悩むことのないように願っています。
または、あの世、天国、極楽浄土などがなくて、死んでしまえば終わりというのも悪くはありません。

人が亡くなるというのは悲しいものです。
そんなときに、人は何を撮るのでしょうか。
これまでも、多くの写真がそのような状況下で撮った、印象深い写真を発表してくれています。

JC1101.024 北九州市戸畑区 EP1mzd17#

JC1101.026 北九州市戸畑区 EP1mzd17#

さて、私の場合は・・・
亡くなった知らせを受けて駆けつけた夜の葬儀社の中で見た、ハンガーとその影。
帰りの、駅にホームから見た夜の線路。
そこには、人の死を思わせるものは何も写っていませんが、この日の私の気分は写っていると思い選んでみました。


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みかん猫67

写真と料理

福岡市の繁華街、天神からの帰り。
郵便局前のバス停に向かう途中の横断歩道を歩いていて、気になる雲を見つけました。
バス停に着いてその雲を写真に撮ろうと、カメラを取り出しました。

日が傾き始まる時間帯です。
雲の横に〈海老フライ〉とコック姿の男性の看板がありました。
カメラは〈OLYMPUS E-P1〉。
レンズは最初にセット販売で着いていた14~42mmのズームレンス。
これは、私が持っている唯一のズームレンズです。

バス停からレンズを空に向けて・・・
単焦点レンズだと、そのレンズの画角に合わせて、潔く撮るしかシャッターを押すしかありませんが、ズームレンズだと、上手く画面をまとめようと、ついつい無精してズーミングで処理をしてしまいます。

これが、なんとも後味が悪いのです。
あのフレーミングで良かったのかどうか・・・、もっと上手く上手く画面をまとめられなかったのか・・・と、後悔に似た感情を引きずってしまうのです。

〈海老フライ〉の看板を見ていて、今日も料理の話しを続けることにしました。

JC1029.036 福岡市中央区 EP1mzd14-42#

食べるのは得意ですが、料理を作るのは大の苦手です。
ササ〜ッと簡単に料理を作る人は凄いと思います。
自分では全く料理が出来ませんから、出された食べ物は何でも美味しく頂きます。
食べ残すのが出来ない性分ですから、たらふく頂きます。

私の食べっぷりを見た人からは、「なんでも美味しそうに食べますね」とか、「美味しそうな音をたてて食べますね」などとお褒めの言葉を頂きます。
いや、褒めているのではなくて呆れられているのかも知れません。

常々、写真と料理は似ていると考えています。
私はからっきし料理というものが駄目ですから、料理の奥深いところが全く分かっていません。
そんな人間が偉そうなことを言うのもおこがましいのは分かっているのですが・・・

料理の場合、素材があって、それを見たところで、最終的な料理がイメージでき、それに近付けるべく調理をしていきます。

写真の場合も、素材にあたる被写体があり、それを見つけた段階で、どのような写真に仕上がるかが判断できます。
そして、調理にに相当する、いろいろな技法を駆使して、被写体を見たときにイメージした写真に仕上げていくのです。

どうです。似ていませんか。
だとするならば、料理の上手な人は写真も上手と考えるのです。
写真の上手い人は料理も上手とも言えます。

料理の出来ない(下手な)私ですから・・・
写真もいまいち・・・
う〜ん。そういうことか。


JC0323.062 熊本市古城町 R33_2.5M#

〈ライスカレー〉は私の好物の一つです。
上の写真は熊本に出かけたときに、卒業生の白木くんが連れて行ってくれた〈八木カレー〉で撮ったものです。
ハワイで単身生活をしていたとき、よく、カレーを作り冷凍保存をしていました。

やはり、冷凍保存をしておいた〈ごはん〉と一緒に電子レンズで解凍して一丁上がりで、重宝しました。
でも、料理下手な私が作るカレーですから、とても人様に食べて頂けるような代物ではありません。
ただただ、己の空腹を満たすだけ。
私の写真も、そんなものですが、料理と違って、写真はやっていて楽しいのです。


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みかん猫67

〈亀カメラ〉で、人生の終焉が近いとかなんとか、年寄りっぽいことばかり書いていますので、それを読まされている皆さんは、さぞかし気分の滅入ることだと思います。
正直な話し、書いている本人はそれほど深刻に考えている訳ではありません。
まだまだ若い奴らには負けないと頑張って写真をやる元気もありますし、「芸術の秋」「読書の秋」などよりも「食欲の秋」を喜んで、ばりばり食べています。

食べることは元気の源と信じて疑わない生き方が、まだまだ当分出来ると高を括っているところもあります。
食欲の秋になり、腹が減ってしかたがありません。
お酒を飲まなくなって、少しは痩身になれるかと思っていたのですが、最近、またちょっとお腹が出て来たようにも思います。

いずれにしても、美味しく食事が頂けるということは、元気だということと考え、喜んでいる次第です。

食べることが大好きな私ですが、料理はからっきし駄目です。
食べたいときが、美味しいとき・・・
お腹が減ったと思ってから、料理を始めるなんて、私には到底出来ません。
だから、料理はしまい・・・なんて、理屈をこね回しています。

理屈なんかこねないで、メリケン粉でもこねて、好物だと言う、お好み焼きでも焼いてみろ・・・と自分のなかの腹の虫を叱りとばしたいところですが、そんなことをしても、腹の虫は収まりません。

ならば、おとなしく、夕食の準備が出来上がる時刻に家に戻る。
それくらいが、私のしている食事に対しての努力くらいのものです。

そんな私でも、単身赴任をしている時には、経済のことも考えて、料理の真似事をしたことがあります。
台所の流し台と調理台のところを、蟹のように、右に左に横歩きしていて、この動きは、暗室の流しの前で現像・停止・定着・水洗・・・と左から右に横移動しているときと同じだと気づきました。

台所で、暗室時込みの華麗な身のこなしをしても、美味しいごはんはできません。
やはり、私には料理のセンスは無いようです。
なんでも美味しく頂く能力は人並み以上にあるのですが。

そうそう、美味しいお店を見つけるのも上手かも知れません。
おいしい被写体を見つけるのが上手いかどうかは、はなはだ疑問ですが。

JC0805.088 宮崎県都城市 M8.2sn35a#

JC0918.010 福岡県直方市 M8.2st35#

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