人の死を思うときに、いつも頭に浮かぶのは、小津安二郎監督の映画、『東京物語』です。
この映画は私の授業のテキストにもしていますので、年に何度か見るのですが、いつ見ても考えさせられるものがあります。
小津監督の映画は、声高に何かを訴えかけたり、人々の興味を煽るようなものではないかも知れませんが、じんと心の中に染みてくるものがあります。
『東京物語』では、老夫婦のうちのおばあさんが亡くなります。
おばあさんが息を引き取った朝、集った子供たちが、おじいさんの姿が見えないことに気づき、義理の娘が外に探しに出かけます。
おじいさんは尾道水道が見えるところで、朝焼けの空を眺めていたようです。
空は、人のこころを引きつけるものがあります。
特にこころが沈んだときに。
義理の娘がおじいさんの姿を見つけて、横に並んだときのおじいさんの台詞、「今日も暑うなるぞ」が何とも言えません。
何気ない台詞が小津監督の映画の魅力で、前回見たときには何も気づかなかった一言が、今日は妙に心に響くなどといったことが度々あります。
小津監督の映画は、何度も繰り返し見ても何か新たな出会いがあり、見飽きないのです。
長く連れ添ってきたおばあさんがなくなって、何とも空しい気分なのですが、世の中は何も変わらず、今日も昨日同様、何事も無かったような顔をして朝がやってくる。
そんな監督の思いが、「今日も暑うなるぞ」という一言に込められているように思えます。
私も近親者の葬儀を済ませたばかりで、そんな心持ちのときに、どんな写真を撮るのかと、この三日間ほどに撮った写真を自分なりに興味を持って見てみました。
今日の写真は、若戸大橋の上に浮かぶ雲とJR鹿児島本線の車内で撮ったものです。
雲の写真は若松にある火葬場に向かう途中で、列車の光る窓は、葬儀も無事に済ませた帰りの電車です。
雲や光は常日頃から目にしているものですが、なぜかこの日はそんなものを見ていたようです。


