阪田三吉の大阪

ジャンジャン横町は串カツ屋、安い飲み屋、寿司屋などが並んでいますが、そんな中に囲碁・将棋の会所があります。
この時代に囲碁・将棋に熱中する人が居て、会所が商売として成り立っていくものなのか、いささか疑問におもうのですが・・・


大阪市天王寺区
大阪市浪花区 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

大きなガラス窓から、中の様子が見て取れるようになっているので、ちょっと覗いてみると、広い室内はほぼ満席といった状態です。
さすがに若者の姿は見えませんでしたが、なかなか賑わっており、外から中の対局を眺めている人たちもいます。
きっと、窓ガラスの近くで対局をしている人たちは、他人に見られるのを楽しむ腕自慢たちなのでしょう。

このよな大規模な囲碁・将棋の会所が、満員の盛況で居られるのは大阪ならではでしょうか。
大阪は、王将、阪田三吉を生んだ土地です。
『吹けば飛ぶような 将棋の駒に
  懸けた命を 笑わば笑え
  生まれ浪花の 八百八橋
  月も知ってる おいらの意気地』の王将です。(作詞 西條八十 作曲 船村徹)

こんな歌もあります。
『坂田三吉 端歩もついた
 銀が泣いてる 勝負師気質
  夫婦(めおと)なりやこそ 世話かけまする
   おれも泣いてる 胸のう』 
 (〈大阪ぐらし〉 作詞:石浜恒夫    作曲: 大野正雄)

〈王将〉は村田英雄さん、〈大阪ぐらし〉はフランク永井さんが唄っていました。
私も大阪育ちですから、この二曲はカラオケでも唄えますが、将棋だけはからっきし駄目です。
だいたい、いらちで、そそっかしい大阪人が、先の先まで読まないといけない将棋なんてものに向いているとは、どうしても思えないのですが・・・

40年前に、ジャンジャン横町で撮った、囲碁・将棋の会所の写真を引っ張りだしてきました。
オートフォーカス、バリアングル液晶モニターなんて便利なカメラは当時、存在しませんでしたので、目測でピントを合わせ、カメラを頭上高く持ち上げて、フレーミングも山勘で撮った記憶があります。

阪田三吉が後手に回り、不利になると分かっていながら、定石はずれの「端歩」を突いたのは、負けたときの言い訳のため・・・なんて説もあります。
私も、ブレてボケている写真を載せた言い訳として、オートフォーカス、バリアングル液晶モニターなんて便利なカメラは当時、無かった・・・、今のように大きな換気扇もなかった室内は煙草の煙がもうもうとたちこめていたので・・・とお伝えしておきます。

720816.009026 大阪市浪速区#

720816.008027 大阪市浪速区#
大阪市浪花区

名誉挽回のために、同じときに撮った別の写真も見て頂きます。
こちらはちゃんとピントが合っています。
ここは囲碁・将棋の会所ではなく、〈ビンゴーゲーム〉です。
これは、もうジャンジャン横町から姿を消してしまいました。

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みかん猫67

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