天王寺 悲田院町

天王寺駅に降り立ったなら、公園口か北口を出て、谷町筋を横切り、茶臼山から天王寺動物園、通天閣へと向かうと大阪らしいものと出会えます。
時間が許せば、通天閣から南下して〈ジャンジャン横町〉を抜け、山王、太子、天下茶屋へと足を運ぶと、一層、大阪度は高まります。
この道順で歩くと、天王寺区、浪速区、西成区を股にかけて歩いたことになります。

私の前をリュックを背負い、ペンタックスのデジタル一眼レフのカメラをたすき掛けにした若い女性が歩いていました。
写真学生でしょうか。
私の予想したとおり、彼女は谷町筋の横断歩道を横切って茶臼山の方に消えていきました。

私は天王寺に来たら先ずは〈お参り〉ですから、まっすぐ北に向かいました。
お参りを済ませたところで、昼飯。
安食堂で支払いをしていると、女主人が「お参りですか?」と聞いてきました。
この、「お参りですか・・・」は、天王寺でよく聞くことばです。

「ええ、今日は親父の祥月命日ですねん」
「そら、ようお参りで」
などと言葉を交わし、支払いを済ませて店を出ようとする背中に、「またお参り・・」と言葉が追いかけてきます。
私は振り返って、「また寄せてもらうワ」

さて、次はいよいよ茶臼山から天王寺動物園、通天閣へと向かう・・・のではなく、再び天王寺駅の方に戻ります。
通天閣を目指す前に立ち寄るところがあるのです。
天王寺駅の北口を出てすぐ、茶臼山に背を向けるかたちで路地のような細い道を入り込んだあたりです。
「悲田院町」
どことなく寂しげな町名ですが、由緒をたどると聖徳太子にまで遡ります。

聖徳太子は四天王寺に「四箇院」という制度と施設を設置します。
仏法修行と教育の場である〈敬田院〉、 薬草園や薬局を運営し病人に薬を施す〈施薬院〉、病院の〈療病院〉、そして〈悲田院〉は、身寄りのない人や高齢者など、社会的弱者を収容するところだったようです。
その〈悲田院〉の悲田院町です。


110309.083 大阪市天王寺区 M9 Sn28a#
大阪市天王寺区悲田院町 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

110309.076 大阪市天王寺区 M9 Sn28a#
大阪市天王寺区悲田院町 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.


悲田院町は戦後間もない頃から、昭和30年(1955)の火事までは、菓子や玩具の問屋が並び賑わったようですが、いまではその面影はありません。
薄暗いなかに、当時を偲ばせる一軒のお店を見つけました。
看板には〈玩菓問屋〉とあります。

〈玩菓〉?
不勉強なので〈スーパー大辞林〉で調べてみました。
それによると、「菓子のおまけに点けられる玩具。また、そのようにして販売される菓子のこと。」だそうです。
念のために言っておきますが、〈スーパー大辞林〉といっても、〈大辞林〉というスーパーマーケットで調べたということではありません。
電子辞書ですので、お間違いのないように。

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みかん猫67


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