2011年4月アーカイブ

最近の若者ちのことばの変化は著しいものがあります。
私のような年寄りが、若者の会話を聞いていると、曖昧で、会話が上滑りをしているように感じられます。
本音が聞こえてこず、心に響かないのです。
会話が弾んでいても、語彙は貧弱で、尚かつ口先だけで喋っていて、口がこころに繋がっています。
聞く方も、そんなことは十分承知で、気を入れて聞いていない・・・そんなやりとりで満ちあふれています。
実に幼稚で空疎。

ずいぶん以前に主婦の会話で同じようなことを感じた記憶があります。
保育園のバスが園児を迎えに来ます。
子供を送迎バスに乗せて、見送ったあとのお母さんたちの町かどでの会話や、井戸端会議・・・いまでは、公園会議とでも言うのでしょうか・・・そういったものは、実に多弁なのですが、意味不明、内容希薄、実りなしの会話に終始していました。
よく、あんなにどうでもよいことを延々と賑やかに話せるものだと呆れていました。

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福岡市中央区 | CANON 5DII + EF 35mm F2


その現象が、今では熱く語るべき若者の会話にまで波及して来ているのです。
若者だけではありません。
お母さんたちの会話を聞いているうちに伝染したのか、小学生の女子児童の会話で、母親の口癖や愚痴みたいなことを喋っているのを聞いたこともあります。
まるで、大人の女性の会話のようでした。

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福岡県糟屋郡志免町 | Panasonic LUMIX GH2 + G14mm F2.5 ASPH.

真剣に喋っていない、気を入れて聞いていないといったことを続けているうちに、話す能力、聞きとる能力が著しく低下してきているようです。
話が正しく通じないのです。

含みのあることばが正しく理解できない。
言葉の裏を見抜くことが出来ない。
直截に喋って、上っ面だけを聞き、耳触りのよいところだけをつまみ上げる。
見えるもの、聞こえるものの表層だけしか受け取れない。
見えないものを見、聞こえないものを聞き分ける・・・それができない。

文章を読んでも、おそらく「行間を読む」ということが出来ないと思われます。
こういった時代、「以心伝心」なんてことはあり得なくあっているのでしょう。

「以心伝心」とは、仏法の奥義を、言葉や文字を借りず師の心から弟子の心に伝えることをいうそうですが、師の端くれの私の思いは、なかなか弟子である学生たちには伝わりません。
一から十まで(マイナスからプラスではないですよ・・・)言葉に出し、行為で指し示さないと理解して貰えません。
それだけではなく、ちょっと難しい話になるとテキストを配れだとか言ってきます。
師匠の姿を見て覚えろ。技術は盗め。
そんなことを言っても、この時代、通じないでしょうね。

しかし、現代の若者、馬鹿ではないとみえて、人の言葉の言葉尻をとらえるのは旨いのです。
また、権利意識が強く、批判精神だけは旺盛。
真意をくみとれない輩の、こういった理不尽な攻撃に耐えながら、今日も教壇に立つ教師生活。
そろそろ疲れを感じるようになってきました。


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みかん猫67

授業を終えたあとも、さっさと教室から引き上げるのではなく、学生が退室してしまうのを待ってから教室を出るようにしています。
これまでの教師経験から言えることなのですが、授業が終わってからも、教室に残っていると、こちらに近づいて来る学生が居るのです。

授業で疑問に思ったことを質問にきたり、ちょっとした問いかけをしてきたりする学生たちです。
残念ながらその数は多くはありませんが、ゼロでもありません。
また、二時間目が終わると昼休みになりますので、教室の気の合う仲間で昼飯をひろげる学生たちも居ます。
そんなときには、こちらから「今日の昼飯はなんじゃ・・・」とか「美味そうじゃん」「食べ過ぎるなよ」などと声をかけ、そこから他愛のない会話が始まることもあります。

今日の〈画像形成論〉の授業が終わったあとに、写真雑誌〈deja-vu〉を抱えた女子学生が一人、私の方に近づいてきました。
彼女の質問は「先生は、日本国内で写真を撮るときと、海外で写真を撮るときとでは、違いますか?」というものでした。

質問に対して答えを引き出そうとしたとき、言葉に詰まりました。
「違いますか?」って、何が違うのかと聞いて来ているのかが分からなかったのです。
こういうふうに、最近の若者たちとのやりとりで困ることが多くなってきています。
彼ら、官女らの会話から〈主語〉が抜け落ちていることが多いのです。

考えるに、これは、メールの影響ではないでしょうか。
比較的短い文言でやりとりされるメールですが、それが日常会話にも影響してきているように考えています。

さて、彼女の質問に答えてやらなければなりません。
違いがあるとすれば、撮影場所が外国だということ。
しかし、それ以外はすべて国内も、国外も同じです。

「同じですよ」とメールのように返事してしまえばそこで話は終わりです。
しかし、先生と学生の会話を楽しまなければいけませんので、細かく伝えるようにしました。

私は人でも風景でも何でも撮りますがこれは国内も国外も同じですね。
外国に行ったからといって、ことさら構えることもありません。
私の写真はドキュメントではありませんから、ハワイなら、ハワイ"を"撮るのではなく、ハワイ"で"私の感じたものを撮ったということです。
日本でも、外国でも同じような状況に心を動かし、おなじような瞬間にこころ踊らせて写真を撮っています。
ただ、旅先の場合は、普段の日常とは違って、見るもの聞くものが新鮮で、そのぶんシャッターを押したくなることは多くなると思います。
そんなときには、撮らされるのではなく、あくまで自分の気持ちで撮っているという自覚を持つようにしています。
などなど、多少、格好をつけているところもありますが、まあこんな話です。

彼女は、このゴールデンウイークに家族でハワイに行くそうです。
私のハワイの写真を、もっと見たかったと、嬉しい言葉を残して教室を去っていきました。

970718-537.004#
Waianae Oahu Hawaii

110309.031 大阪市天王寺区 M9 Sn28a#
大阪市天王寺区 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

国内でも、国外でも気になるものは一緒です。
歳をとると、オシッコが近くなって・・・
トイレに行ったついでにシャターを"押しっこ"
こんなくだらない洒落は授業では聞けませんぞ・・・


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みかん猫67

写真学生のアルバイト

学生時代のアルバイトの話を続けます。

写真学生でしたから、写真屋さんの仕事もしました。
当時、まだデジタルカメラは無く、黒白写真のプリントの需要も結構ありましたので、写真屋の暗室で、終日、何千枚ものプリントをしたこともあります。
児童現像機なんてものもありませんでしたので、すべて手焼き(せんべいではありまんが)です。
工事現場の写真など、面白くもない写真を何百枚も焼くのは苦痛でしたが、そのときの経験が、黒白写真の勘を養ってくれたと思っています。
その後、大学に残り、自分の写真を銀塩黒白写真で作るようになり、また、教育の場でも黒白写真を専門とするようにあたって、このときのことは大いに役立ったと思えます。
給料は安かったけれど、得るものは大きかったといえます。

最近の学生はドライな人が多く、給料のことを気にします。
これは当然のことと思いつつも、そういった学生に接すると、「そんなに高給を貰えるほどの腕があるのか・・・」と、腹の中で小さく呟いてしまいます。
それは、給料の多い少ないではなくて、その他に得られるもがあったという、私自身の経験からきていることなのでしょう。

しかし、この写真店のアルバイト料は格安で、大学のある東区から、店のある中央区天神までの交通費と昼飯代で、アルバイト代は消えてしまいます。
昼飯にちょっと贅沢なものを食べると、赤字でした。

薄給で働いたその写真館も廃業しており、跡地は〈音羽寿司〉という寿司屋になっています。
ときどき、その寿司屋の寿司を口に入れて当時を偲びつつ、財布の底を気にしないで寿司が食えるようになった今を喜んでいる次第です。

修学旅行等に着いて行く写真屋さんのお兄ちゃんもやりました。
失敗が許されない仕事ですから、神経を使う仕事なのですが、セーラー服の白線も眩しい、女子学生から、旅行先のおみやげものをプレゼントされたりして、結構楽しんでいました。
お土産物といっても、中学生がくれるものですから、大したものではありません。
爪切りであったり、栞であったりといった程度のものです。
そうそう、今ではすっかり見ることもなくなりましたが、観光地の〈ペナント〉などもありました。
若い人たちには〈ペナント〉と言っても分からないかもしれませんね。
土産物の〈ペナント〉は三角形の小さな旗で、そこに、観光地の名前やイラストが描かれたものです。

私がよく行ったのは〈宮崎県〉です。
修学旅行にはシーズンがあり、短期間に集中的に同じ所に出かけていると、バスガイドさんが、ここで何を話す、次はこんなことを言うと分かるようになり、ガイドの仕事もできるくらいでした。

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宮崎市 | LEICA M8.2 + Super ELMAR-M 18mm F3.4 ASPH.

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宮崎フェニックス自然動物園

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みかん猫67

学生時代のアルバイト

私が写真学生だったころは、昨今のように学生向けのアルバイトが社会に溢れている、そんな時代ではありませんでした。
それでも、欲しいカメラやレンズを手に入れるために、いろんなアルバイトをしました。
春、夏の大学が長期の休みのたびに行っていたのは、機械の組み立て工員の仕事でした。
これは、結構自分の性分にあっていました。
毎日の朝礼で、その日の仕事量が言い渡され、それを終業の17時まで、黙々と行うのです。

大学四年生になる春休みだったと思いますが、その会社の社長が私のところに現れ、「このまま就職しない?」と誘ってくれました。
その頃には、写真家になろうなんて気持ちも失せていましたので、即、就職内定。
でも、いまが、大学の教員。
人生、いろいろ転機があるものですが、それを話していると長くなるので、また別の機会にします。

パン屋の仕分けの仕事もやりました。
これは、各小売店から届いた注文伝票に応じて、パンを仕分けする仕事で、夜中にやります。
それを、明け方一斉に、トラックで小売店に配送するのです。
仕分けの仕事が終わった後は、そのトラックに便乗させてもらって、大学まで戻っていました。
朝の6時前に大学に着いて、授業が始まるまでの間に一眠りでした。

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Honolulu Oahu Hawaii | LEICA M8.2 + ELMARIT-M 24mm F2.8 ASPH.


鶏肉屋でも働きました。
大学近くの商店街にあった、鶏肉専門の店です。
朝一番に卸業者から届く、丸裸にされた鶏を解体していく仕事から始まり、開店すると店頭にも立ち、販売の仕事も手伝いました。

ある日、店主がこんなことを言ったのを記憶しています。
「お兄ちゃんは、奥さんたちに人気があって良いね・・・」と。
確かに、ショーケースの後ろに立つ、私の前にはおばちゃんやおばあちゃんが並びます。

こんな性格ですから、愛嬌があり、客あしらいが上手いということはないのです。
でも、私には、人が並ぶ理由が分かっていたのです。
気前が良いのです。

おばちゃんたちに言わせると「あのお兄ちゃん、いつも多めに計りに乗せてくれるで・・・」(なんで、こんなケチな話になると関西弁やねん。)ということです。
私としては、多少、多めに乗せても、自分の腹な少しも痛みませんから・・・

その切っ掛けは、ある、おばあちゃんとのやりとりにありました。
鶏のささ身は、一本単位で販売します。
ある日、それほど裕福そうでないおばあちゃんが、「ささ身を○○円分ください」と言ってきたのです。
そのときに提示された価格は、ささ身が一本買える額ではありませんでした。
ささ身は半分に切って売るわけにもいかず、私は、そしらぬ顔で、おばあちゃんにささ身を一本渡しました。

また、これくらいと見計らって計りに乗せた鶏肉を、多過ぎたからからといって、減らすのもあまり格好の良いことではありませんので、多少のことなら、ささっとそのまま包んでしまっていました。

こんな、いい加減なところが、おばちゃん、おばあちゃんの損得勘定に合っただけの話です。

CB0517.081福岡県久留米市 8sx35a#
福岡県久留米市 鳥類センター | LEICA M8 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL

上の写真は〈久留米鳥類センター〉の休憩所の片隅置かれていたものです。
いろんな鳥の名前が漢字で書かれていて、裏返すとその読みがなが書かれているといったものです。
〈鶏〉と言う字は見当たりませんが、〈阿呆鳥〉が、中央でやたら目につきます。
気にし過ぎですかね・・・

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みかん猫67

風呂あがりに洗面台の前に貼付けられた鏡に自分の上半身を映してみると、左肩が上がっています。
これは、写真が原因で生じた歪みです。

以前は、カメラを片方の肩にかけていました。
カメラを掛けていた方の肩が上がっています。
カメラが落ちないように、カメラの掛かった方の肩を常に上げる癖がついてしまい、そのうち骨格自体が歪んでしまったのでしょう。

その、曲がった骨を矯正しようという訳ではありませんが、若い女の子の真似をして、カメラを〈斜め掛け〉にするようになりました。

ストラップを2本買いました。
ストラップといっても、〈携帯ストラップ〉ではありませんよ。
カメラの吊り紐のことです。
『写真・映像用品年間』で探して注文。いわゆるカタログショッピングというやつです。
品物が届くまでいささか不安ではありますが、便利な時代になったものです。

私が写真を始めた頃、ストラップといえば革製で、幅が1センチ程度の細くて極めて簡素なものでした。
それが合成繊維のものに変り、肩に当たる部分の幅がほんの少し広くなり、すべり止めが縫い付けられたりするようになりました。

今日のストラップは幅がますます広くなり、その部分にメーカー名やカメラ名が刺繍やプリントででかでかと表示されています。
ストラップはいまではメーカーの格好の広告媒体となっているようです。

カメラメーカーがプロの写真家たちに限って提供している、いわゆる〈プロスト〉と云われるものもあります。
オリンピックやサッカー、野球などの取材に来ているカメラマンたちが派手なストラップを用いているのに気付かれたみなさんも多いと思います。
それはらはインターネット市場などで、アマチュア写真愛好家の間で万円単位の高値で売買されているようです。
いつの世も、プロ機材ご用達のものはアマチュアの憧れなのでしょう。

新聞社のカメラマンをしている卒業生から〈プロスト〉を貰ったことがあります。
私は、新聞社のカメラマンのように大きなレンズを担ぐこともありません。
M型ライカと呼ばれるコンパクトなカメラ本体に、レンズの方も28mmや35mmといった広角の単焦点レンズを付けて持ち歩いていますので、普通のもので十分事足りるのです。

ただ、斜め掛けにすると、これまで使っていたストラップでは長さが足りなくていささか窮屈なのです。
結局は撮影するときには、〈斜め掛け〉をはずさないといけません。

そこで、『写真・映像用品年間』で長目のストラップを探した次第です。
とりあえず、〈オリンパス〉のものと〈ペンタックス〉のものを注文・・・それが届きました。
オリンパスのものはずいぶんと長いので、斜め掛けのまま撮影ができます。
しかし、すべてうまく行くことはなかなかないものですね。
ストラップを長くしていると、普段歩いているときに、カメラが不安定でどうも納まりが悪くていけません。
かといって、ブラブラしないように短くすると、撮影するときに窮屈な思いをすることになります。

ペンタックスのものは、簡単に長さが調節できるタイプのものです。
必要に応じてバックルを緩めて簡単に長さを調節できるのですが、還暦を過ぎた爺には、デザインがちょっと幼な過ぎます。

いずれにしても、ストラップ、「帯に短し、襷に長し」といったところで、都合良くはいかないもです。

CB0906.037 Waikiki Beach M8.2sx35a#
WAikiki Beach | LEICA M8.2 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL

CB0810.139 Ginza Tokyo Japan
東京都中央区銀座 | LEICA M8.2 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL

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みかん猫67

四月から新学期が始まり、我が〈丸研〉も新たにゼミに参加する三年生、七人を迎え入れました。
四年生が五人、三年生が七人、計12名で、今年の丸研は活動していくことになります。
私自身も定年で大学を去るまでそれほど時間が残されていません。
来年四月に迎え入れる三年生が最後のゼミ生になる予定です。
悔いの残らないように、学生を育てたいものと思っています。

私は自分自身が写真が好きな人間ですから、写真を撮らない写真学生のことが、どうしても理解できないのです。
学生はどんどん写真を撮って、プリントを作って、図書館の書棚に並ぶ写真集を端から端まで見て回る・・・そんなことが当然のように考えているので、どうしても学生に対する当たりはきつくなります。
学生にとってはよい迷惑だと分かっているのですが、期待をすればするほど、鞭の数は多くなります。。

以前、ちょっと見込みのある女子学生にハッパをかけたところ、「私の写真はこれで良いのです・・・」と言われたことがあります。
つまり、それほど写真に入れ込んではいませんということです。
そう言われると二の句が次げません。

そのときのことが細い針となって、ひ弱な心臓に刺さっていますので、いつも、学生を指導するときに、その古傷が悪さをして、気弱になってしまいます。
適当なところで、こちらからの突っ込んだ指導は止めにして、学生からの要望があればということにしてきました。

それでも、毎年、一人二人の学生が頑張ってくれてきましたので、学生の成長を楽しみにできないといったことではありません。
さて、今年の学生はどうでしょうか?

「卒業制作・研究テーマ発表会」が開催されました。
四年生の学生が聴衆の前で、自分の卒業制作や研究のテーマや制作スケジュールなどを公表するのです。
この日の為に、春休み中から撮影しておくように四年生の学生たちに指示をしておいたのですが、案の定、私が望むだけの作業を大方の学生たちはこなしてくれていませんでした。

私が思う「頑張ってる」と、学生たちが言う「頑張った」とでは、相変わらず大きな隔たりがあるようです。
ただ、他の研究室の学生たちの発表は、「こうしようと思っています」とか「こうしたい」といった程度の発表で、大部分は、それが制作に向けての事前調査や、制作に関わる作業が何等なされていないものが圧倒的に多く、それからみると、私の学生たちは一応、制作にチャレンジして、手応えを感じるところまで出来ていましたので、まあ、「頑張った」方なのかも知れません。

ただ、その程度では・・・と、腹の中では思っています。

夜は、〈新歓コンパ〉を行いました。
残念ながら四年生は一人欠けましたが、新三年生は全員参加。
卒業生の西くんや来年、丸研に入ると言ってくれている冨永さんも飛び入り参加で、久しぶりに賑やかな〈新歓コンパ〉でした。
三年生全員参加・・・このあたりは、幸先の良いスタートです。
この調子で授業も、毎回、全員参加で願いたいものです。

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福岡市東区


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福岡県田川市後藤寺 | RICOH GXR + GR LENS A12 50mm F2.5 MACRO

新学期は桜のシーズンです。
写真は二枚とも造花の桜ですが、春の気配は受け取って貰えることでしょう。
カメラは二台とも、小型軽量のデジタルカメラ。
春は身もこころも軽くいきたいものです。
学生たちの指導も、軽くジャブ程度の刺激にとどめておきましょうかね。

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みかん猫67

海の人か、山の人か・・・
我が国には〈海幸彦〉〈山幸彦〉の伝説がありあす。
また、山側の村と、海側の村とが綱引きをし、海側が勝てば「大漁」、山側の村が勝てば「豊作」などと、どちらに転んでも良いといった、長閑な祭事があったりあします。
海と山は相反するものの象徴として引き合いにだされることが多いようです。

人々も、海の好きな人、山や緑が好きな人とが居るようです。
このような違いは、生まれつき持っている、遠い遠い記憶が影響しているのではないかと考えます。
以前、この〈亀カメラ〉で、北を目指す人と、南に向かう人とが居ると書きました。

この、北と南を印象で海と山に重ね合わせると、北が山で、南が海・・・あくまで印象です。
北の海を連想しただけで、身震いがします。
南の山を連想すると、虫や害虫に悩まされそうでちょっと鬱陶しい気がします。

私は南の好きな人間ですから、当然、海が好きかというと、そうでもないような気がします。
じゃあ、山か・・・と言われると、そうでもないようです。
じゃあ、何なの?

う〜ん、町かな。
山なら、山裾歩き。
海なら、海を見る程度なら、海も山もそれぞれ好きです。
何たるいい加減さ。

南の好きな私ですから、自分のDNAのなかには南の民の記憶が刷り込まれているとばかり思っていたのですが、これがそうでもないかもという経験をしました。
韓国に出かけたときに感じたことなのですが、どうみても自分の面相はこの国(韓国・朝鮮)のものだと感じたのです。
それと、韓国で口にしたものが、素直に自分の胃の腑に落ちて行くことからも、これまで、自分は南の民族だとばかり思ってきたことが揺らいでしまいました。

韓国・朝鮮は冬場は寒いと聞きますので、私のなかに、北の民族の痕跡も織り込まれているのではないかと感じた次第です。

北と南の融合。
海でも、山でもそれなりに。

つまり、雑種ということですね。
どこの馬の骨か分からない奴ということです。
その時々で、北の顔、南の顔が出てくるのでしょう。
北に行っても、南に行っても、どこででも写真が撮れる。
それは雑種のなせる技。雑草魂。
雑種、馬の骨、多いに結構じゃないですか。

そういえば、我が家の猫たちの〈保険証?〉には、「ミックス」と書かれています。
我が家は猫も、飼い主も「ミックス」です。

North Oahu
Oahu Hawaii

Haleakala
Maui Hawaii

上の写真は〈海〉。
下の写真は〈雲海〉。
いずれもハワイで撮ったものです。

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みかん猫67

新入生全員を連れて、長崎県佐世保市にあるテーマパーク、〈ハウステンボス〉に行きました。
私の籍を置く〈写真映像学科〉では、新入生のオリエンテーションの一環で、教員と学生、学生相互の親睦を目的に行っている行事です。

最近の若者の中には、人間関係が円滑に結べない人が居るようで、そういった学生が、大学のなかで孤立しないように、「友達いっぱい作りましょう・・・」といった趣旨で行っています。
私たち雑草世代からみると、おせっかいが過ぎるようにも思えるのですが、最近の若者の心理はデリケートで複雑なようです。

〈ハウステンボス〉は経営の苦しいテーマパークの一つですが、報道によると、企業努力で黒字経営になったそうです。
どういう努力なのか・・・
昨年までの赤字経営時代と比べ、園内が賑やかになっています。
園内で働く人たちが積極的に売り込んでくるようになっていました。

ハウステンボスはちょっと寂れて、静かな雰囲気だったのを好んでいた私などにとっては、どこにでもあるテーマパーク同様、落ち着き場所のないものに変わってしまい、経営努力もほどほどにして欲しいななどと勝手なことを考えてしまいます。

ハウステンボス行きはハイキングなので、身軽にして出かけました。
カメラが二台なのはいつも通りですが、できるだけ小型のカメラにしました。
Fuji X100とPanasonic GH2です。

Fuji X100は固定の23mm F2レンズ(フルサイズ換算で35mm)、Panasonic GH2にはPanasonic G 14mm F2.5(フルサイズ換算で28mm)の、2丁拳銃です。
いまどき、西部劇も流行りませんので〈2丁拳銃〉なんてことばも、耳にしなくなりました。

半日遊んで、撮影枚数は99枚。
そんななかから、こんな写真を選んでみました。

110423.063 長崎県佐世保市 X100 23 2#

110423.036 長崎県佐世保市 X100 23 2#
長崎県佐世保市 ハウステンボス / Fuji FINEPIX X100 + 23mm F2 ASPH. / データは二枚共通

撮った写真を眺めていて、「みんな幸せなんだ・・・」と、感じました。
いえいえ、私が不幸だなんてことではありません。
64年になろうとする人生、私も幸せな瞬間をいっぱい味わってきました。
これまで撮って来た写真のなかに、私自身の仕合せな日々がたくさん埋まっているのが私には見えるのです。

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みかん猫67

080906.272 Waianae Oahu Hawaii M8.2sx35a#
Waianaw Oahu Hawaii | LEICA M8.2 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL

良い写真を撮りたいと思っています。
若い頃の〈良い写真〉とは、人に良い写真と評価されることを意識していたと思います。
しかし、歳とともに、人のことは置いといて、自分自身が、良い写真が撮れたと思える写真が撮れることを切に望むようになっています。

この歳になると、今更、人が私の写真について、どうこう言おうと、私の人生に影響ない・・・と、腹が据わってしまうのでしょう。
その結果、写真をこころから楽しめるようになっています。
声高に叫ぶ、功名心の見え隠れする写真を拝見していてもは疲れるだけです。
あなたの、つぶやきのような写真が見たい。


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みかん猫67

ハワイの怖そうな犬

オアフ島に来た、ほとんどの旅行者が宿泊するワイキキ付近から、島の西海岸までは少し距離があります。
それは、地理的な距離もそうですが、精神的にも遠い土地です。

レンタカーを借りて、自由きままに島の中を縦横に走るのも良いのですが、ローカルバスを乗り降りして見て回るのもなかなか良いものです。
のんびりと窓の外を眺めていて、「良さそう・・・」と、こころが動いたところで下車。
ローカルな場所でも、30分か1時間、のんびりとした時間を楽しめば、次のバスが来ます。

それに乗って、また次の場所を探す。
バスの窓からの眺めは、乗用車のそれとは違って、見晴らしが利きます。
また、ハンドルを操作することもありませんから、神経はすべて窓の外に向けることができるというものです。

さて、オアフ島の西側に行くには、ワイキキからだと、先ずはアラモアナのバスセンターに行くのが一番分かり易いでしょう。
アラモアナのバスセンターからだと、マカハまで乗り換えなしで行けるバスがあります。
時間は2時間半〜3時間くらいですから、お尻がいたくなるのを覚悟しないといけません。
とにかく遠いのです。

でも、途中下車をうまく利用すれば、お尻の痛さも忘れることができます。
〈ナナクリ〉〈ルアルアレイ〉〈マイリ〉そして〈ワイアナエ〉。
途中下車して、ビーチパークで一息入れるのも良し、町を巡ってみるのも良し。
ビーチパークも12〜13カ所あります。
とにかく時間をかけて、〈マカハ〉まで行くことです。
〈マカハ〉には砂と、波と、太陽しかありませんから、急ぐ必要はありません。

精神的な遠さとは・・・
ガイドブックによっては、オアフ島の西海岸は治安が良くないと書かれているものがあります。
確かに、ホノルルの街のなかのような華やかさはありません。
大方のハワイ人の生活は豊かなものではありません。
前回の〈亀カメラ〉の写真のように、ビーチパークでテント生活をしている人たちもいっぱいいます。
現地の人たちの生活の場ですから、観光客気分で土足で歩き回るのは禁物です。

テント村での経験ですが、若いくせに札ビラを切る日本人は、歓迎されないようです。
最初の頃は、写真を撮っていると、テントの中なら怒鳴られたこともあります。
幸い、その後、テント村の村長さん(とりまとめ役)に気に入られたみたいで、写真を撮ることを許されましたが、無神経に写真を撮っていると、怖そうな犬が飛びかかってくるかも知れません。

とは言っても、私自身は恐ろしい経験をしたことはありません。
ただ、写真を撮ったら、ハンバーガーが変えるくらいの小額のお金を要求されることがあります。
でも、私は払ったことがありませんが、特に問題は生じません。
皆さん、優しい人たちばかりです。

PC14733
Nanakule Oahu Hawaii.

070806.095 Waianae Oahu Hawaii M8et21#
Waianae Oahu Hawaii | LEICA M8 + ELMARIT-M 21mm F2.8

私が好運だっただけなのかも知れませんが、土足で相手の生活圏を踏み荒らさないように気をつけています。
このことは、人をや、生活にレンズを向ける時に心得ておかなければならないことです。
そんなことに気を使っていたら、良い写真が撮れない・・・ぐっと寄って、バシャバシャ撮れ・・・なんて言うのなら、良い写真なんて要らない。
いや、そんなふうにして撮られた写真を良い写真とはとても思えないのです。


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みかん猫67

犬と一緒の人

私は何でも写真に撮ります。
テーマなども特になく、ただ、ふらふら歩いていて、気になるものを拾い集めているだけ。
道端に落ちているものから、犬や猫、人から山まで、大小に関係なく頂戴しております。
できることなら、形あるものだけではなく、風や光やこころに潜むものまで、取り込めるものはなんでも、カメラに収めます。

そんななかでも、人を撮るときは結構、神経を使います。
気付かれないように撮ることもありますし、失礼ながら問答無用で撮ってしまうこともあります。
また、「写真撮っていいですか?」と、一声かけて撮ることもあります。
それぞれに、出来た写真は違ってきます。

「写真撮っていいですか?」と、了解を得て写真を撮るときは、声を掛けやすい人と、掛け難い人があります。
声を掛け易い人は問題ないのですが、掛け難い人は、まず〈外堀〉から埋めていきます。

子連れのお母さんを撮りたいとき、いきなり「写真を撮らせてください」と言うのではありません。
子供を連れている人は、「可愛いですね・・・」とか言って、子供を褒め、子供の写真を撮らせてくれるようお願いをしてみるのです。
「子供の写真」を強調しておきます。
そして、会話をしながら撮影を続けるうちに、お母さんの気持ちもほぐれてきたところで、子供と一緒にお母さんも撮るのです。
この段階で、「お母さんも撮って良いですか?」なんて聞かない。
自然の流れで、お母さんも撮ってしまう。
このあたり、ちょっとしたコツが要るかも知れません。

もっと簡単なのはペットを連れている人です。
「ウワー、立派な犬ですね。犬の写真撮って良いですか?」と話しかけると、だいたい撮らせてもらえます。
何枚か撮っているうちに、飼い主も一緒に撮ってしまう。
このときに、大事なことは、撮影中も犬を褒めまくること。
褒められて嫌な気になる人はまずいませんから、飼い主を一緒に撮っても怒られることはまずありません。

〈ハワイ日記〉に、こんなことを書いていました。

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砂浜に自転車が逆さまに立ててあった。
近くにテントがあり、そこに、怖そうなおじさんと犬が居た。
どうやら、飼い主はホームレスらしい。
このあたりでは金持ち日本人はあまり歓迎されない。
感情を害すると、困ったことになるので慎重に対応を始める。

先ずは、自転車を写真に撮っても良いかと、拙い英語で話しかけてみる。
本当に撮りたいのは、その話しかけた相手である。
自転車を写真に撮りたい・・・と話しかけて、相手の反応を見るのである。
了解を得られたので、青空を背景に自転車を撮る。

自転車の写真を撮りながら、おじさんの犬を話題にする。
「強うそうな犬だけど、人は襲わない?」
「大丈夫、優しい犬だよ」
このときの、会話の雰囲気から次に進むかどうかを判断する。
まだ、相手の気持ちがほぐれていないと感じたら、もう少し会話を続ける。

大丈夫と思ったら、次の本題に入るのである。
「あなたの写真を撮ってもいいですか?」と、これまた決まり文句で聞いてみる。
希望通り、「sure」の応え。

おやじは愛犬を膝枕させて、ノミとりをしていたのである。
恐そうな犬だけど、ファインダー越しに見る犬の表情は間抜けである。
ノミを取ってもらって、よほど気持ちよいのであろう。

CB0903 (020)Maile Oahu Hawaii
Maile Oahu Hawaii / LEICA M8 + ELMARIT-M 24mm F2.8 ASPH.

CB0903 (221)sx35a
Maile Oahu Hawaii / LEICA M8.2 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL

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みかん猫67

ハワイで鰹のたたき

ハワイになぜ、惹かれるのか?
分からないのです。
ただ、こう考えているのです。

ニコンサロンでの私の個展『海も空もBLUE』の挨拶文で、こんなことを書きました。
人には北を目指す人と、南に向かう人とがある。
それは、生まれ持ったもののなかに埋め込まれた一族の記憶なのかも知れない。
心地よいと感じる。
懐かしいと感じる。
どこかで見たような景色。
私にとって、それが南のハワイなのかも知れないと、独り合点している。

私の好きな作家で翻訳家の常盤新平さんが翻訳した、ピート・ハミルの『ブルックリン素描』にも、これに似たようなことが書かれています。
『ブルックリン素描』は、ピート・ハミルの『ブルックリン物語』のなかにおさめられています。

「私ははじめて東京の波止場を訪れて、前にも見たことがあるとはっきり感じたのをおぼえている。そして、祖父のピーター・デヴリンが明治時代に船員として(アイルランド人だったけれども、船はイギリスのだった)日本を訪れ、横須賀に上陸したことを思い出した。そして、細胞の記憶といったもの、つまり、何代もの血を流れる過去の意識があるとすれば、私はその日、東京でそれを感じていたのである。」
                  『ブルックリン物語』ちくま文庫  1986年刊

〈細胞の記憶〉は、風土だけではなく、私たちが興味を持つあらゆるものに反映されているのではないでしょうか。
「こころが動く」とは、そういうことではないかと思っています。
心が動く、写真に撮る。
そうすることで、私が見えてくるように願いつつ、写真を撮っています。

ハワイ オアフ島 ワイキキビーチ
Waikiki Beach Oahu Hawaii


さて、今日も〈ハワイ日記〉を続けます。

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ハワイでの生活にも、リズムがでてきた。
今朝も、気持ちの良く目が覚めた。
昨日同様、先ずはワイキキビーチへ。
目覚めたばかりの朝の空気の色は青い。

ホテルの玄関を出たところから、二人の若者が私の前を歩いていた。
どうやら、男二人でハワイにやってきたようで、そのうちの一人が「絶対、俺は来年もハワイに戻ってくる・・・」と話していた。
ここにまた、ハワイの虜になった男が一人。
来るのではなく、戻ってくるという表現が気に入った。

朝食を済ませてホテルの近くを散策。
今日は10時半にハワイの友人、ブライアンと会う約束があり、あまり遠くに行けない。
約束の時間に友人は愛車のボルボで現れた。
朝食を済ませてあまり時間が経っていないのだけど、これから一緒の昼食を食べに出かける約束である。

実は、ブライアンからカリヒという町にある一軒のお店を紹介されていた。
先日、撮影の途中で立ち寄ってみた。
場所の説明は大まかに聞いていたが、あまりはっきりとはしない。
ようやく探し当てたときには、2時をほんの少し過ぎていて、店内に客は居たのだけれど、ドアの鍵は閉まっていて、中に入って食事をすることは出来なかった。

その店は実に小さな食堂で、うっかりしていると見過ごしてしまう。
日系人の経営だそうで、ブライアンは日本人の私の口に合うだとうろ紹介してくれたのである。
ホノルル市内からバスだと小一時間は掛かる場所にその店はあるが、今日は車だから30分くらいで着ける。
到着予定時間は11時。
ランチにはちょっと早い気がしたが、友人が言うには、人気のお店で12時くらいになると行列ができるので、早く行こうと云う次第である。

CB0905 (105)et24a
Kalihi Honolulu Oahu Hawaii | LEICA M8.2 + ELMARIT-M 24mm F2.8 ASPH.


店に着いたとき、店の小さな駐車場はすでに満車。
駐車場探しに手間取ったが、店に戻ったときに、丁度テーブルが空いた。
店内には紙に書かれた品書きがぶら下がっていたり、日本の大衆食堂そのものである。
私はその中から〔Mochiko Chicken〕を注文。
つまり〈唐揚げ〉だ。
ブライアンは中華風のプレートランチを注文。

CB0905 (115)p
CB0905 (116)p
CB0905 (112)p


主人のサービスで鰹のたたきが出てきた。
ハワイの町外れの、観光客とは無縁の食堂で鰹のたたきを食べるとは思ってもいなかった。
私の中で、遠い記憶と現実が混ざり合った気がした。
南の島も日本も、私のバックボーンだということ。


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みかん猫67

歳とともに、無精になってきました・・・いやいや、歳の所為じゃなくて生まれついての無精者でした。
でも、写真に関しては、できるだけ真面目に取り組んできたつもりです。
個展に並べる写真を選んでいるときに、植田正治先生から、「あまり生真面目に考えないで、なかには息抜きができるような写真も混ぜると良いよ」と助言を頂いたことがあります。
植田正治先生のように高名な写真家なら、肩の力を抜いた写真でも、見た人を喜ばすことができるでしょうが、私のようなチンピラには、なかなかそれが出来ませんし、その勇気もありません。

展覧会場に並べる写真は、すべて自分自身で折り紙をつけたものだけを並べたくなるのが人情です。
息抜きの写真なんて並べて、墓穴を掘りたくはないですから。

旅先などでは、朝、日の出の頃のから撮影に励んだものですが、最近では、生来の無精者の根性が顔を出して、目覚めたときの気分次第といった体たらくです。
ハワイの朝は、ワイキキビーチから始まります。
朝、起き抜けにカメラを持って向かうのは、ワイキキビーチです。

ワイキキビーチは海を見て、背中側から朝日が射してきます。
ビーチの背後は高級ホテルが建ち並んでいます。
その構想ホテルの頭を越えて、ビーチに朝日が射すころになると、ビーチは観光客で賑わいだします。
私の好きな時間帯は、ビーチが賑わいだす前です。

ビーチ全体に太陽の光は届いていないのですが、ビルの間や、縦に走る通りの突き当たりの砂浜に、朝の強い光が射しています。
その光を求めて、早朝からワイキキビーチに出かけたものです。
若いときには。
いまは、気が向けばですが。

〈ハワイ日記〉四日目です。

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どうやら時差ボケも解消したようで、今朝は太陽よりも早く目が覚めた。
こんな日はワイキキビーチに出かけるのが一番である。
日の出前後のワイキキビーチはいちばん写真になる。
日が昇り始めると、観光客と思われる人たちが、ハワイで一番有名なビーチでひと泳ぎしたくて押し寄せてくる。
そうなると、私好みの写真は撮れなくなる。

早朝のワイキキビーチ、端から端まで砂の上を歩くと、ちょっとした運動になる。
しかし、今日は早朝のワイキキビーチ初日ということもあって、ヒルトンホテルのところから、カピオラにパークまで、端から端まで汗をかきながら歩いた。

ハワイ オアフ島 Waikiki Beach

浜辺で寝ている人を何人か見かける。
波の音を聞きながら眠るなんて、きっと極上の眠りだろう。
真似をして、一晩くらい浜辺で寝てみたいと考えないでもないけれど、夜のワイキキビーチは以外に危険。
ロマンチックなことを考えていたら、厳しい現実に突き当たることになるかも知れないので、我慢。

砂浜を歩いて運動もしたのでお腹が空いた。
一旦、ホテルに戻って朝食。
さて、今日は何処に行くか・・・
毎日の行き先はその日の気分次第。
バスセンターで、たまたま来たバスに乗ってみることにする。

ホテルからアラモアナのバスセンターへ。
そこにちょうどやって来たのは、昨日同様、西に向かうバスだった。
「ま、良いか」と計画通り来たバスに乗り込んでみる。

窓の外の景色を眺めながら、バスを降りるところを探す。
走り続けるバスに、ズルズルと乗り続けていたら〈ワイアナエ〉に着いてしまった。
ワイアナエは、撮影や昼食に立ち寄る町である。
昨日も、マカハ・ビーチからの帰りに立ち寄ったが、直ぐに日が暮れてしまったので、昨日の続きという気持ちもあって、ワイアナエでバスを降りた。

PF0718.005-538 Waianae#


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みかん猫67

ハワイを黒白フィルムで長く撮ってきました。
それが、近年のデジタル写真の波に飲み込まれるかたちで、私も本格的にデジタルカメラを使うようになり四年を過ぎました。
2007年の1月に、これまで、フィルムカメラで使い続けて来たM型ライカのデジタルカメラ、LEICA M8を手に入れて以来のことです。

ハワイをデジタルカメラで撮り、カラー写真に仕上げるようになって、何が変わったかというと、気分でしょうか。
色に助けられ、なんでも写真になりそうなので、撮影中の気分が楽になったような気がしています。
銀塩黒白写真の時代には撮らなかったようなものまで、ついつい撮ってしまいます。

だけど、撮影枚数は銀塩黒色時代とデジタルカラーに変わった今もそれほど変わらないのは不思議です。
黒白の場合は現像が終わるまで撮影に成功したのか、失敗したのか分からないため、保険の意味合いもあって、一つの被写体に何回もシャッターを押してしまうことが多いようです。
デジタルの場合には、撮影結果が確認できますので、「これで良し」と打ち止めも早いので、一つの被写体に対する撮影枚数が少ないのでしょう。

気楽になったかわりに、気が抜けてしまわないように、戒めなければならない・・・そろそろ、そんな時期に差しかかってきたようです。

ハワイ滞在三日目の〈ハワイ日記〉です。

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ハワイに来て二度目の朝。
まだ、時差ボケ気味なのか、昨日の疲れか、ぐっすりと眠り、目覚めが日本に居るときよりも遅かった。
窓から差し込む朝の透明な光で目が覚めた。
窓のブラインドを下ろしたり、カーテンを引いたりするのは好きではない。
朝は朝日に起こされる・・・これが理想の目覚め。
ハワイだと、鳥の声で目覚めることもある。
いずれにしても、自然の優しさに目覚めるのは素晴らしい。
窓辺の丸テーブルの上に置かれた、安っぽいコップの影が長く伸びていた。
昨夜、ビールを飲むときに使ったコップだ。
コンパクトデジタルカメラで、今日最初のシャッターを押す。
ちょっと拍子抜けのシャッター音は、眠気覚ましにもならない。

部屋で朝食を食べながら本日の行動計画を練る。
思い切ってロングドライブと決めた。
ロングドライブと言っても私が運転するのではない。
ローカルバスの旅である。
オアフ島の西側を目指すことにした。
バスで行くことが出来る、西のどん詰まり、マカハビーチまで。

西に向かう時はバスの左側の座席が良い。
西側の海岸線に辿り着いた後は、終点のマカハビーチまでは延々と海を眺めることが出来るのである。
バス・パスを利用して、気が向いたところで、気ままに下車。
最初に下車したのは〈ナナクリ〉。
確か、元関取の〈小錦〉さんの出身地。

ハワイ オアフ島 ナナクリ
Nanakuli Oahu Hawaii

ハワイ オアフ島 マカハビーチ
Makaha Beach Oahu Hawaii

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〈ナナクリ〉から、〈マイレ〉〈ワイアナエ〉、そして終点、〈マカハビーチ〉。
〈ナナクリ〉では、少年たちが波と戯れていました。
〈マカハビーチ〉では、お母さんと家路に向かう少年と目が合いました。
何も知らない旅行者が、簡単に「楽園」と言ってよいものか、いつも迷うのですが・・・やはり、楽園そのものです。


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みかん猫67


ハワイで命の洗濯

ハワイに出かけるときに、2007年からデジタルカメラを連れて行くようになりました。
デジタルカメラだと、チャカチャカ気軽にシャッターを押せるので、撮影枚数も増えるのかと思っていましたが、予想に反して、黒白フィルムでも、デジタルカメラでも、ほぼ同じくらいの撮影枚数という結果です。

フィルムの場合、35mmフィルムで一日3本くらいを目安にしてフィルムを準備して行きます。
つまり、一週間の旅だと、3×7で、21本くらいという計算です。
21本、きっかりでは多少心細いので、25本くらいになるのが常です。

私のデジタルカメラの場合だと、JPGとRAWの同時記録で4GBのメディアが一日分くらいになりますので、4GBのメディアを日数分+2で持っていきます。
プラスの2は、そのときに持って出るカメラの台数で、普通は焦点距離の異なるレンズを着けたカメラ2台なので、プラス2なのです。

8GBや16GB、32GBなどの大容量のメディアにすると、メディア交換の手間も省けるのでしょうが、撮影済みのメディアを紛失したり、誤って消去してしまったりしたときの被害も大きくなるので、4GBを使っています。
そういった失敗はこれまでのところありませんが、用心するにこしたことはありません。

今日もハワイ日記の二日目を引用しました。

昨夜は日没までノースショアに居たので、ホノルルに戻るのが遅くなった。
夕食は適当な店でテイクアウト。
ホテルの部屋は24階の角で、右の窓からは小さくですがワイキキの海が見え、左の窓からは山の手の住宅街が見え、眺めは良い。

夜だから、ワイキキの海は見えないが、山の手の住宅に灯されたオレンジ色の明りが奇麗に見えた。
日本からはるばるやってきて、休むまもなく長時間バスに揺られてオアフ島の北の海岸線を動き回るといった、強行軍の一日だったが、シャワーで汗を流し、夜景を眺めながら一気に呑むビールは格別。
ハワイ万歳。

昨夜は旅の疲れもあって、よく眠れた。
今朝、目覚めて枕元の時計に目をやると、七時前。
ビールの空き瓶の転がった窓際のテーブルで、ハワイらしく、バナナマフィンとグァバ&パッションフルーツのジュース、それにプラムで軽い朝食。


ビーチは人の姿が洗われる午後が勝負時と判断し、午前中はホノルル市内を歩き回って撮影。
町中でも奇麗な花が目を楽しませてくれる。
デジタルでカラーだと、花の色が奇麗というだけでシャッターを押してしまう。
澄んだ光、爽やかな風、美しい花、鳥の声・・・ハワイに来ていることを実感しながら、軽やかにシャッターを押しながら歩いた。

気ままに歩いて居るつもりだったが、自然と足は以前私が住んでいたあたりに向かっていた。
Ala Wai運河を渡り、パンケーキの美味しいLike Likeドライブインの横を通り、懐かしい景色を楽しみながらの散歩気分。

昼食はアラモアナショッピングセンターのフードコートで中華。
ついつい調子に乗っておかずを一品頼み過ぎてしまい、もう、満腹。
腹ごなしのためにもバスに揺られてビーチを目指す。

目指すビーチは特になし。
アラモアナショッピングセンターのバス乗り場で一番最初に来たビーチ行きのバスに乗る。
西でも、北でも、東でも・・・だいたいの地理は分かっている。
一番最初に来たバスは〈カイルア・ビーチ〉の近くの町を通るバスだったので、今日の目的地は〈カイルア・ビーチ〉。

1997.04.28.219001#
Oahu Hawaii

バスが走り出すと案の定、満腹効果で居眠りをしてしまった。
目が覚めて、窓の外の景色を眺めてみても、見慣れない景色。
一緒、パニック。
カイルアまでは何度も来ているので、見慣れない景色ということは、眠っている間に通り過ぎている可能性がる。
とりあえず車内の黄色い紐を引っぱり下車の合図。
降りる際に運転手に聞いてみると、「ここで降りろ」と教えてくれた。
降りては見たものの、寝ぼけた頭では方向が皆目分らない。
運転手に進む方角を聞いておくべきだった。
山勘で・・・〈山〉のない方が〈海〉(ビーチ)と決め歩き始めた。
私の山勘もなかなか冴えていたようで、無事にビーチに到着。

CB0902 (096) KailuaBeach
Kailua Beach Oahu Hawaii | LEICA M8 + ELMARIT-M 24mm F2 ASPH.

ビーチで半日過ごし、20分くらいテクテク歩いて町のバス停まで戻ってくると、バス停は無人。
と云うことはバスが行ったばかりということ。
30分は待たなければいけない。
時間帯によっては一時間待ちのことも・・・

バス停の前の大木の並木道、夕暮れ時とあって、鳥たちがその木のねぐらに戻ってくる。
鳥の声を聞きながらのんびりとバスを待つこと45分。
ハワイだと、45分の待ち時間も退屈しないし、イライラもなし。
不思議。
命の洗濯だね。

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みかん猫67

ハワイ日記

私が学生時代の大学の授業は丁度今と逆で、授業の殆どが黒白写真で、カラー写真はごく限られた授業のなかで扱われるものでした。
当然、自分で撮る写真も黒白写真ばかりでしたから、デジタルでカラーを始めるまでの、ほぼ40年間、銀塩黒白写真を続けてきことになります。

私が卒業制作の指導を受けた研究室は、広告写真の研究室でしたから、私も卒業制作はネガカラーで撮って、カラープリントをして卒業制作を仕上げました。
カラー写真は、ほぼこのときだけで、あとはすべて黒白写真です。

ばかなことをするんじゃないと叱られていますが、昔撮った黒白ネガフィルムのなかから、これは要らないだろうと思われるネガを発作的に処分しています。
主に、学生時代の写真のネガです。
写真はいかなる写真であっても、その時代というものが写っている貴重なものなのかも知れませんが、要らないものは要らないものとして撮影者自らが始末するべきだと理屈をつけてやっています。

1974年に初めてハワイに行って以来、ハワイの虜になり、カメラをぶら下げて写真を撮りに行くようになりました。
ハワイで撮ったネガフィルムもずいぶんとたくさんありますが、ハワイの写真は今のところすべて残してあります。
退職後、暇になったら、ネガをスキャニングして楽しもうという魂胆です。
写真を古い日記を読むようにして楽しめればと思っているのです。

ある日のハワイ日記を引用してみます。

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夕方の飛行機便で福岡から名古屋まで移動し、夜、名古屋空港発の便でホノルルにやってきた。
昨年は三つ並んだ座席を一人で占有できましたので、ゆっくり寝転がってハワイまで行けたけれど、今年は残念ながらほぼ満席の状態で、少々窮屈な八時間の旅だった。
飛行機の座席は、いつも通路側を希望する。
通路側の方が、トイレに立にしても、乗務員に何かお願いするときも、気兼ねはいらない。

私のような一人旅の人間が通路側に座ると、多くの場合、窓側と真ん中の席の二つの席をカップルが座る。
そんな二人に対して、私は関所の番人みたいな存在だ。
トイレや洗面に立ときもいちいち、私に頭を下げなければならないのでだから可哀想。
隣のカップルがいちゃいちゃしたり、出たり入ったりと忙しいと嫌だけれど、今回、隣に座った二人は、大人しくて助かった。
まあ、その筋のひとのような私が横に座って、苦虫をかみつぶしていたのでは、大人しくしているしか方法はなかったのかも知れないが・・・

日本を夜発って、時計を逆まわしにして、日本を発った日と同じ日の朝にハワイに到着。ちょっと得した気分。

今日は日曜日で、空港から市内までの道は交通渋滞もなく快適だった。
ホテルには12時にチェックイン。
大きな荷物は既に部屋の中に届けられていた。
パック旅行は極めて機械的に事が運んでいくが、それもここまで。
オプショナルツアーなど、無用な拘束をうけるものは一切排除し、来週の日曜日まで精いっぱい自由に動き回れると考えると、ウキウキする。

さて、先ずは昼飯。腹が減っては・・・だ。
ハワイで暮らしていた時の経験を生かして、安くて美味い店へ。
一人旅は気楽で良いが、いくら、安くて美味い店でも、一人て食べる食事は味気なくて寂しいものがある。

食後、ローカルバスに乗って向かった先は、オアフ島の臍にあたるところにある町、〈Wahiawa〉。
高速道路を車で走ると〈Wahiawa〉まで、それほど時間はかからないが、路線バスだと一時間半くらいかかる。
時間的には長いけれど、窓の外の景色を眺めたりしているので、ちっとも退屈だとは感じない。
ハワイ到着後直ぐということもあって、懐かしい景色を楽しむことができた。

ワヒアワには、知人のブライアンが居て、その家族にお土産をもってきた。
日本茶と、福砂屋のカステラ。
カステラはハワイでも手に入るが、福砂屋な売られていないらしく、喜ばれる。

それから、再びバスに乗り、オアフ島を北上。
北の海岸線で日暮れまで撮影。
ハワイ第一日目は、こうして無事終了。

Honolulu Oahu
Magic Island Oahu Hawaii

オアフ島ハレイワ
Haleiwa Oahu Hawaii

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みかん猫67

「瀕死の黒白写真」に対して、点滴の真似事のような授業をすることになりました。
若い人たちの黒白写真離れを嘆いているのではありません。
黒白写真の持っている表現力を、きちんと引き出せる・・・そんな、若者を一人でも育てて、定年を迎えたいと、年甲斐も無く感傷的な気持ちになってのことです。

前回の〈亀カメラ〉でもお話ししました、いまの若者は黒白写真の諧調が飲み込めていないのです。
私等の世代は、家にテレビが来たと、大喜びで〈月光仮面〉や〈少年ジェット〉などの番組に釘付けになっていた時代から、黒白映像に慣れ親しんできました。

近所の映画館で三本立ての時代劇映画を、子供料金30円でみていたときも、大写しになったスクリーンには黒白の映像がきらきらと輝いていました。
つまり、映像は黒白でしたから、自然と、黒白映像の感覚が身に備わっているといえます。

ところが、いまの若者世代は、もの心ついたときから映像はカラーです。
黒白の映像は古ぼけたものの象徴であり、そんなものをなんで今更といったところでしょうか。

黒白写真を扱う講義は、「選択科目」です。
授業を受ける、受けないの選択権は学生の側にあります。
授業内容に興味を持ってくれる学生が少なければ、受講生も少ないのです。
事前に学生たちに授業内容を知らせる〈シラバス〉に、恐る恐る「私がながくやってきた黒白写真を中心に・・・」と書きました。

最初の授業で、自己紹介も兼ねて、私の作ってきた黒白写真をスライドで学生たちに観てもらいました。
色彩溢れるハワイを黒白写真で観ることが新鮮だったのか、学生たちは黒白写真を楽しんでくれたようです。
これで、二回目の授業も学生が集まってくれれば、嬉しいのですが。

ハワイは2007年からデジタルカメラで撮るようになりましたが、それ以前は黒白フィルムで撮っていました。
この、黒白フィルムからデジタルカメラに切り替える、2007年、2008年と、出発の前のカメラ選びのときに「フィルムカメラを連れて行こうか・・・」と悩んだことを覚えています。

結果としては両年ともデジタルカメラを連れて行きましたが、フィルムに心が動いた理由がありました。
ハワイは光と影が比較的はっきりしていますが、こういった状況において、まだまだデジタルの欠点が出てしまうことが多いのではないかと心配でもありました。
黒白フィルムのもつ諧調の豊かさを生かしてハワイ写真続けた方が良いのではと考えたのです。

2007年の夏に〔松江〕に出かけたときに持っていった〔LEICA MP〕が、フィルムカメラ最後の出番でした。
それ以来、すべてデジタルカメラで撮って、カラー出力を行っています。

私個人はフィルムから遠ざかってしまいましたし、写真教育の現場でも、デジタル中心、カラー写真中心のカリキュラムになっています。
しかし、黒白写真も素晴らしい世界ですから、無くすわけにはいかないのです。
いま、私から若い人たちに伝えておかないといけないものの一つとして、伝統的な黒白写真があると考えています。

Maui HAWAII

Magic Island Honolulu Oahu HAWAII

今日の写真はフィルム全盛時代に撮ったハワイの黒白写真を見て頂くことにします。
ただ、残念なことではありますが、銀塩黒白写真の良さは、直接、印画紙にプリントされたものを、直接観ていただいて、はじめて伝わるものだと思っています。
パソコンのモニターで観る黒白写真は銀塩黒白写真とは異質のものだと割り切っています。


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みかん猫67

瀕死の黒白写真

定年でお辞めになった先生が担当されていた授業科目を、この春から担当しています。
授業は90分の講義科目が二科目です。
新たに担当する二科目はいずれも二年生の授業です。

授業は、科目単独で成り立っていることは少なく、多くの場合は、それぞれの授業が関連、連携しています。
そのなかでも、自分が担当する複数科目の授業内容については、神経を使います。
講義に盛り込む内容は、出来るだけ重複を避けなければいけません。
そんなことをしていると、学生たちから「また同じことを喋ってる・・・」と、批判をうけてしまいます。
そこで、新たに加わった二科目も加えて、再度、授業内容の吟味と、各授業の関係を再構築するのに、頭を悩ました春休みでした。

いろいろと悩んだ末に、新しく担当する「画像形成論」は、私が長くやってきた、銀塩黒白写真を中心に、写真画像を作り上げていく段階で、考えなければならないこと、知っておかなければならない知識、技術的な問題などを、学生たちに話すことにしました。

この授業は映像コースの学生ではなく、写真コースの学生の為の授業です。
多くはないでしょうが、なかには黒白銀塩写真に興味を持っている学生も居るはずですから、それらの学生たちに、私が経験して来た黒白銀塩写真について、定年までの短い時間ですが、きっちりと話しておこうと考えた次第です。

私自身の写真は、黒白銀塩からデジタルでカラー写真と、その姿を変えました。
しかし、銀塩黒白写真で培ったものは、今の写真にも大いに役立っています。
つまり、デジタル写真世代の学生たちにとっても、無駄な授業にはならないと考える次第です。

高校のクラブ活動のなかに写真部があります。
大学で写真を教える教員という立場もあって、写真部の学生さんたちの写真を拝見する機会があります。
写真部は文化部に属しているのですが、文化部も運動部同様、全国大会、九州大会などが毎年開催されています。
その、福岡県予選の審査にも携わっております。

今年の九州大会の予選の応募総数は2255作品。
一次審査は六つ切サイズでの応募で、そのなかから30作品が、全紙サイズでの二次審査に進みます。
二次審査に出て来た30作品のなかから、10作品が九州大会に出場することになります。
2255作品のかなの10作品ですから、実に狭き門です。

応募作品のカラー、黒白の別は、カラーが2087作品、黒白は168作品。
もはや、高校生の写真において、黒白写真は10%にも満たない状況です。
黒白写真の表現力をきちんと引き出していると思える写真となると、見つけるのに苦労するくらいです。
これは、銀塩黒白写真に限ったことではありません。
デジタル写真での黒白写真においても、同様です。
生まれたときから、家のテレビはカラーだったでしょうし、観る映画も殆どがカラー映画でしょうから、目の前の色彩溢れた現状を、黒白に置き換えてみる感覚が育っていないのでしょう。

今年、一次審査を通過した30作品は、すべてデジタルでのカラー作品でした。
時代はここまできています。
このような状況は、写真大学の学生でも同様です。

ということで、学生からは歓迎されないかも知れませんが、黒白写真を中心に据えた講義を、今年から始めます。

ハワイ オアフ島 ワイキキビーチ
Waikiki Beach Oahu Hawaii

Oahu
Pupukea Beach Oahu Hawaii

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みかん猫67

好物は最後に。

撮影の途中で古本屋を見つけると、ついつい立ち寄ってしまいます。
通い慣れた町で、お気に入りの古本屋があるところだと、撮影が終わる時刻に古本屋の店先に立てるように道順が決まってきます。
いくら、古本屋で時間をつぶすのが好きだからと言って、いきなり古本を買い込んだのでは、本の重さが、その後の撮影に影響してきます。
好物は最後に・・・です。

はじめての町で、おもいがけず良さそうな古本屋に出くわすと、嬉しくなってしまいます。
私が写真を撮るのは、プロの写真家が仕事として撮影するのとは違って、簡単に言ってしまえば暇つぶしのようなものですから、古本屋に立ち寄ろうが、中古カメラ屋のショーウインドーに額を張り付けていようが、お構いなしです。

暇つぶしは純粋な行為です。
そこに打算も思惑もなにもありません。
写真が暇つぶしなら、古本屋への立寄りは暇つぶしの暇つぶしということになります。
得意の屁理屈を言わせてもらうなら、写真を撮るよりも、もっと純度が上がった時間の過ごし方と言えるのかも知れません。

古書店に入っても、若い頃とは違って、写真の理論書などにはあまり見向きません。
写真集は今でも、ちょっと見ますが、写真関係以外の棚の前に立っている方が断然多いと思います。
また、私の古本探しは、稀書や珍本を探すものでもありません。

このあたりは、写真の被写体を探す目と同じかも知れません。
特別な本ではなくて、ちょっとこころが動いて書棚から抜き取ってみた一冊の本。
手に取ったその本に引きつけられ、もとの棚に戻せなくなり、自分のものにしてしまう。
もちろん、お金を支払ってですよ。

私がレンズを向けるものも、こんな感じです。
特別のものでもなく、誰もが心躍らせるものでもなく、ただただ自分のこころが動いただけのことなのです。
こころが動いた確かな理由は自分でも分からないのです。
気になるともうだめ、こころの動きに素直に反応して写真に撮るしかありません。

そういえば、大阪の古本屋、〈パーク書店〉で、本を選んでいるときに。店主が突然、立ち上がって何か叫びながら、店の外に飛び出しました。
万引きの被害にあったようです。

小さな店構えの〈パーク書店〉ですが、私が書棚に並んだ本の品定めをしている間にも、何人かの人が読んだ本を売りに来ました。
そして、得たお金にいくらかを足して、また、新たに本を買って帰ります。
活字好きの人が、本をうまく循環させているのを見ると、嬉しくなります。

大阪には〈天牛書店〉という有名な古書店があります。
こちらは古本屋という呼び方がぴったりの〈パーク書店〉とはちがって、まさに〈古書店〉といった、立派な店構えで、扱う本の数もたいへんなものです。
〈天牛書店〉には、子供の頃に父親と何度か出かけたことがあります。
今はもうありませんが、父親に連れて行かれたのは、たしか〈千日前〉のお店だったと記憶しています。
子供だった私にとって、古本屋に入ることで、ちょっと大人になった気分を味わえたのかも知れません。
いずれにしても、私の古本屋好きは父親譲りなのでしょう。
また、父親との思い出の一つとして、古本屋を懐かしんでいるのかも知れません。

古本屋で本を探す楽しさは、思いがけないところで、思いがけない本と出会えることです。
写真撮影も、思いがけないところで、思いがけないものに出会えることを楽しみに、ただひたすら目と足を動かすのです。

110312.145 大阪市北区天神橋筋 M9 sn28a#

110312.131 大阪市北区天神橋筋六丁目 M9 sn28a#

〈天牛書店〉は現在、吹田市江坂に本店を移しており、大阪市内では北区天神橋3丁目にあります。
そこで、天神橋筋で好物の〈コロッケ〉と〈餃子〉です。
〈王将〉の前に立つ男性、眼力が凄かったので、思わず撮ってしまいました。
残念ながら、ちょっと後ピンです。

好物とピントは〈後〉が良いということではありません。


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みかん猫67

2011年3月9日。
時々、懐かしい写真も使いましたが、概ね、この日一日で撮った写真で、この〈亀カメラ〉を一ヶ月間引っ張りました。
大阪という町は凄いですね。
写真に撮るものがわんさかです。

以前、私の敬愛する写真家、植田正治先生が、「丸尾センセ、ヨーロッパは良いデスゾ。右を見ても、左を見ても写真になりますわ」と話してくれたことがあります。
その、右を見てはパチリ、左を見てはパチりと興奮しながら撮られた写真は、珠玉の写真集『音の無い記憶』で見ることができます。

昭和52年(1977)に書かれた、植田正治先生の文章に
「私め、いささか年を経ていまして、つきあう仲間にはプロがたくさんいます。したがってなんとなく、プロのようにおもわれ勝ちですが、、本人、いつまでも、昔のとおりで、金になるような写真撮っておりません。ときに頼まれる仕事があっても、私のキャリアを買って、自由に撮らせしもらっておりますので、いつまでたっても、アマチュア気分は抜けません。その点、厳しさが身につきませんので、プロなら完全失格といったところでしょう。
撮りたいものしか撮らない。撮れない。写真することがとても楽しい。おおげさにいえばこれぞ生き甲斐。ハヤリのことばでは、写真こそ生きてる証し。
プロみたいな仕事、できなくてもいい。これぞ、アマチュア精神にあらずして、なんぞや、と思うのですが、いかがなものでありましょう。」
というのがあります。

ちょうど、今の私の歳くらいのときに書かれたものです。
器の違いは重々承知しておりますが、かくありたいものと考える次第です。
植田先生のように、『撮りたいものしか撮らない』と言える身ではありませんが、「撮りたいものを撮る」アマチュアの精神で写真を楽しんでおります。
大学の授業でも、アマチュア精神について話をするのですが、プロの写真家になることを欲している学生たちにとっては、駄目教師の戯言としか聞こえないようです。

2011年3月9日に大阪で撮った写真で、まだ〈亀カメラ〉で披露していないものが、実は、なだあるのです。

110309.027 大阪市天王寺区 M9 Sn28a#
大阪市天王寺区 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

110309.030 大阪市天王寺区 M9 Sn28a#
大阪市天王寺区 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

私が勝手に〈大阪黄金街道〉などと言ってきた、天王寺から西成の萩之茶屋までの道のり。その〈大阪黄金街道〉に足を踏み入れる前に、足慣らし、指慣らしとして、天王寺で撮ったものです。
〈大阪黄金街道〉に足を踏み入れてしまうと、泥臭い写真が多くなるのですが、「街道」の手前で撮った二枚の写真にはごく普通の大阪が写っています。

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みかん猫67

チョロスナ大阪

私の撮る写真の大半は、あてもなく歩いていて目の前に現れた、興味をひくのをスナップしたものです。
狙いも、目的も、効果を望むこともそれほどなく、ただただ「面白い」と感じたものを、さらっと掬いとる・・・掬い撮るのです。

以前、〈チョロスナ〉ということばがありました。(いまでもあるのかも知れませんが・・・)
社会性のある題材に対して、ぐっと踏み込んで、鷲掴みにしてくる・・・そんな写真を良しとする人々が、私のような写真を評するときに用いたことばが〈チョロスナ〉です。

お褒めの言葉ではありません。
チョロっとかすめ取ったようないい加減なスナップ写真という意味です。
精神的にも、肉体的にも、はたまた、対社会に対しても踏み込みのない、生温い写真として、〈チョロスナ〉は駄目な写真の代名詞といったところです。

現在では、写真の世界も広がり、いろいろなスタイルの写真が受け入れられる時代になりましたので、以前の〈チョロスナ〉も、徹底的に排除されるものでもなくなっているようです。
ということで、2011年3月9日。
福岡から大阪に出て、着いたその日に撮った写真の中から二枚の〈チョロスナ〉を見て頂きます。

110309.175 大阪市西成区太子 M9 Sn28a#
大阪市西成区太子 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

110309.198 大阪市浪速区恵美須東 M9 Sn28a#
大阪市西成区太子 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

最初の写真は、地下鉄の出口で、話していた二人です。
撮影途中でトイレに行きたくなって、立ち小便をする訳にもいかず、地下鉄のトイレを借りることにしました。
一番安い金額の切符を買って中に入り、無事、用を足しスッキリとして、再び、自動改札を通り抜けようとしたら・・・ピンポ〜ン。
ブロックされてしましました。

出てきた駅員さんが、私の切符を見て、首を傾げましたので、「トイレを借りようと思って・・・」と話したら、「それなら一声かけて下されば・・・」と、購入した切符の代金を返金してくれました。
大阪の地下鉄御堂筋線と堺筋線の〈動物園前駅〉の駅員さん。
ええ人やった。
体も、気分もスッキリとして階段を上っていたところで出会った二人ということです。
午後四時の光と一緒にカメラに収めました。
もちろん、チョロっとね。

二枚目の写真は、お気に入りの古本屋、パーク書店で良い本を手に入れ、しかも二冊で600円のところを50円おまけしてもらって、足取りも軽く天王寺駅に向かっているところで目にしたものです。
〈通天閣〉の下で、旅行者らしい二人の女性が、男性にコンパクトデジタルカメラを渡し、記念写真を撮ってくれるように頼んで、撮ってもらっているところです。

本日の〈チョロスナ〉は、地下鉄で200円、古書店で50円、合わせて250円得したワクワクスナップです。

720816.009003 大阪市天王寺区#

上の写真は40年前に撮った、地下鉄〈天王寺駅〉の出口です。
40年後の今日でも相変わらずのことをやっています。
私の〈チョロスナ〉も40年の歴史があるということですね。

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みかん猫67

常盤新平さんが好きです。
いま、私の枕もとには『熱い焙じ茶』があります。
1993年に筑摩書房より出たものですが、何度も読み返しています。
ちょっと参考にしたい文章上のフレーズがあり、それを確認するために本箱から抜き出してきたのです。
しかし、いざ、探すとなるとなかなか求めている箇所が見つからなきて、これを機会にと、最初から読んでいるといった次第です。

常盤さんの好きな〈山の上ホテル〉で、毎朝、熱いほうじ茶が提供されるていたようで、そのことから、この『熱い焙じ茶』というタイトルが常盤さんのエッセイ集に着けられたのでしょう。
私は、残念ながら〈山の上ホテル〉に宿泊した経験がありませんので、熱いほうじ茶が、宿泊客全員に提供されるものなのかどうかは知りませんが、これは常盤さんだけに提供されるサービスなのかも知れません。

常盤さんは「喫茶店」や「古本屋」もお好きだったようです。
私自身、撮影の途中などに喫茶店はあまり利用しませんが、気に入った「古本屋」には立ち寄ります。

080308.023 大阪市浪速区恵美須西
大阪市中央区 | LEICA M8.2 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL

大阪の恵美須西にある「パーク書店」は私のお気に入りの古本屋です。
〈大阪黄金街道〉に近いこともあり、大阪に出かけた折には立ち寄ります。
今回も、萩之茶屋での撮影が終わった後には、足は〈パーク書店〉のある堺筋に向かっていました。
本は重いので、撮影途中で買ってしまうと重荷になってしまいますので、よほどでない限り、古本を求めるのは撮影終了後のお楽しみです。

「パーク書店」は写真に写っているだけの、奥行きのない店構えですので、膨大な量の在庫本のなかから、掘り出し物を探すといった苦労はありません。
それでいて、何かしらの収穫がある不思議な古書店なの、ついつい出かけたくなるのです。

110310.002 大阪市中央区 M8.2 st35 2.5#
大阪市中央区 | LEICA M8.2 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

今回の収穫は宮城谷昌光さんの『他者が他者であること』(文芸春秋 2009.2.15刊)と、佐多稲子さんの『時に佇つ』(川出書房新社 1976.4.30)。
宮城谷昌光さんの『他者が他者であること』は300円。
佐多稲子さんの『時に佇つ』も、やはり 300円でしたが、二冊買ったので 250円にしてくれました。

嬉しくなるような本が見つかり、しかも格安。
そのうえ、値引きまでしてくれる。
「どうせ、負けてくれるんやったら、二冊でワンコインにしてえな・・・」なんて、大阪人らしく値切ることはしませんでしたよ。
腹の中ではちょっと思いましたが・・・

110309.193 大阪市浪速区恵美須西 M8.2 St35 2.5#
大阪市天王寺区 | LEICA M8.2 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

良い買いものをして、店を出ると〈通天閣〉が、金色に輝いていました。
さすが〈大阪黄金街道〉。
写真も撮れたし、良い本も手に入ったし・・・金ぴかの一日の終わりを、通天閣が祝福してくれているようでした。

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みかん猫67

大阪西成、三年の歳月

〈大阪黄金街道〉の終着地は西成区萩之茶屋としています。
もちろん、ここで終わりではなくて、〈花園〉〈梅南〉と、足を延ばせば面白いものと出会えそうな町が続きます。
今回は黄昏時に萩之茶屋に到着しましたので、日没までの残された時間のこともあり、足を延ばすことは考えずに萩之茶屋一画を気ままにあるいてみました。

特に目指す所もないので、あまり踏み込んだことのない路地などに、意識して入り込むのですが、気がつくと見慣れた景色のところに来てしまっています。
人間、無意識に行動していると、結局は同じところに舞い戻っているということがよくあります。

路地を歩いていて、分かれ道などで、「さて、どちらに行くか・・・」と、あっちの道、こっちの道を見比べます。
そのときに頼りになるのが、嗅覚とでも言いましょうか・・こちに進めば、何か写真になりそうなものがあるのではと感じた方向に進むことになります。
そのことが、いつも同じところに出てしまう原因なのでしょう。

だとすれば、「こっちに行っても何もなさそう」と思う方向に進んでみると、新しい発見があるのかも知れません。
でも、その勇気がなかなか出せなくて、何かありそうと感じた方向に進んでしまうのです。

〈三日路米穀店〉
これは、萩之茶屋にある、いまでは廃業している米穀店です。
以前、この店の前でこの店の奥さんを写真に撮ったことがあります。
今回も、気がつくとこの店のところに出てきていました。
三年前に撮った写真と、今回撮った写真を並べてみました。

080308.058 大阪市西成区萩之茶屋#
大阪市西成区萩之茶屋 | LEICA M8.2 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHELICAL.

110309.189 大阪市西成区萩之茶屋 M9 Sn28a#
大阪市西成区萩之茶屋 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.


最初の写真が2008年3月に撮ったもの。
二枚目の写真が2011年3月に撮ったもの。
二枚の写真の間には三年の時の隔たりがありますが、それほど大きな違いはありません。
同じようなところで、変わらない写真を撮って・・・平和です。

でも、仔細に見比べていくと、小さな植木鉢が一つ増えています。
手入れをする人が居ないからか、こころなしか、植木鉢の植物の勢いも衰えているようです。
いや、そうではないかも知れません。
植木鉢の下を見てみると、濡れているようですから、水やりなどの手入れはされているようです。
三年間の歳月で、植物は老いたのでしょうか。

三年前の写真では、庇の上を走る配線が見えていますが、今回の写真ではそれが見えません。
おそらく、庇の影に入ってしまっているのでしょう。
ということは・・・撮影するアングルが下がった・・・

三年間で、私の身長が縮んで、視点が下がったということでしょうか。
年老いて、背中が丸くなった私が、撮影する姿がそこに見えるような気がします。
二枚の写真から読み解けることは、植物と私が三年間の老いを見せているということでしょうか。

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みかん猫67

大阪でみた悪い夢

大阪といえば、昔から商いの町と言われています。
商都、大阪です。
私の生まれ育った家は、家業なるものがなく、商売とは関係がありませんでしたが、一緒に遊んだ仲間の家はすべて商いをしておりました。
戦後、どさくさの時期に生まれた団塊の世代で、近所にも餓鬼がたくさんいました。
同じ、昭和22年生まれの仲間だけでも、豆腐屋、総菜屋(煮豆屋といっていましたが)、たこ焼きやおでんを商う店などなど、いま思い返すと食べ物を商う店が多かったようです。

同年代の仲間は居ませんでしたが、我が家の前の総菜屋の隣はうどん屋、我が家の隣は酒屋、豆腐屋の隣は駄菓子屋、その隣はお好み焼き屋、たこ焼きやおでんを商う店の隣は大衆食堂など生まれ育っ町は食いもの屋だらけです。
さすがは食い倒れの町、大阪だけのことはあります。

双子の兄弟が居た、総菜屋のコロッケは一個5円。
私の小遣いが一日5円。
駄菓子屋の「塩せんべい」が一枚1円。
「雀のたまご」が2個で1円。

5円玉を握って、思案の結果、コロッケを買うことが多かったように思います。
日々の暮らしの中で、口に入れているものの多くは、町内の店のものでした。
お金は町内で使う・・・これが、当時の下町のしきたりのようなものだったのでしょう。
相互扶助というやつでしょうか。

商売とくれば、日々、お金が動きます。
私の家の周りのように小商いをしている家には無かったと思いますが、お金がざくざく・・・儲かっているところには〈金庫〉があったのでしょう。

大阪の町を歩いていて、道端に金庫が転がっているのを見かけることがあります。
古くなったものもあるでしょうが、不況、不況と言われているこの時代、金庫があっても、中に入れるお金がなければ、金庫も邪魔者扱いだれるのでしょう。
挙げ句の果てが、道端に放り出される。

CB0308.066 大阪市西成区 M8sx35a#
大阪市西成区 | LEICA M8.2 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL

110309.169 大阪市西成区太子 M9 Sn28a#
大阪市西成区 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

男も、稼いでくるあいだは重宝されるでしょうが、稼ぎがなくなると、金庫のようにほっ放り出される運命かも。
相手をしてくれるのは野良犬くらい・・・いやいや、大阪で見た悪い夢です。

720816.008031 大阪市浪速区#
大阪市浪速区

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みかん猫67

大阪西成の黄昏どき

前回の〈亀カメラ〉では、話しが少々横道に逸れてしまいましたが、今日は再び〈大阪黄金街道〉に話しを戻します。
私が勝手に決めた「大阪撮るなら、まずはこの道筋を歩きなさい」というのが〈大阪黄金街道〉です。

もちろん、歴史ある都市として、多面体である大阪の、ある一面しか伺うことができない道筋であることは十分承知しています。
しかし、この道筋を、一日かけて、自分の足でゆっくり歩いて、見て、触れて、話して、食べてみると、〈大阪もん〉で、心と腹が満たされるのではないでしょうか。

天王寺から始まり浪速区、西成区と進んで、この日の終着地である、西成区萩之茶屋に着いたのは午後の四時頃になっていました。
四時を過ぎた頃に、現場で働いていた人たちの送迎バスが戻ってきたらしく、急に、町が騒がしくなりました。

岡林信康さんが歌う「三谷ブルース」は、「今日の仕事は辛かった、あとは焼酎をあおるだけ」という歌詞ではじまります。
大阪の萩之茶屋には、東京の三谷と同じような町、「釜ヶ崎」という町がありました。
ドヤ街・寄せ場があり、日雇い労働の従事する人たちが暮らす町です。
いまでは「あいりん地区」と呼ばれていますが、名前は変わっても現実の姿は昔と同じです。

一日の仕事を終えて、萩之茶屋に戻った労働者たちは、三谷ブルースにあるように、焼酎をあおって、疲れを癒し、憂さをはらしをするのでしょうが、この日、私が見た人たちはちょっと様子が違っていました。
安い定食屋を物色し、買い求めた弁当を下げて安宿に戻り一人で食べると思われる人。
道ばたに座り込んで、おむすびを無心で頬張る人。

110309.183 大阪市西成区萩之茶屋 M9 Sn28a#

110309.186 大阪市西成区萩之茶屋 M9 Sn28a#

110309.185 大阪市西成区萩之茶屋#
大阪市西成区萩之茶屋 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.


世の中、不況なのでしょうか?
2011年、春まだ浅い、大阪西成の黄昏時です。

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みかん猫67

性格がひねくれているからなのか、世の中で一般的に「写真になる」と言われるようなものはあまり興味がありません。
例えば、お祭りとか風光明媚なところとか、奇麗な花とか、名所旧跡といったところは、どちらかというと毛嫌いしてしまうのです。

旅先などで、「どこか写真に撮るようなところはありますか?」などと聞くこともあるのですが、そういったときに帰ってくる答えは、先ほど挙げた、私が毛嫌いするようなものにまつわるものばかりです。

じゃあ、いったい何を写真に撮るのか・・・
些細なこと・・・とでも言いましょうか・・・
私にとっては気になることですが、他の人にとってはどうでも良いようなものや、ことですかね。
小さなこと、些細なこと・・・だけど、なにか気になる。
私の感受性の小さな〈壺〉を刺激してくるのはものはそんなものばかりです。

ですから、私の写真はおもしろくない。
「分からない・・・」のです。
いえいえ、私がじゃなくて、皆さんがです。
一般受けしないのです。
でも、一部受けはするようです。(そう願っているだけかも知れませんが)

今日の写真は、大阪の此花区で見つけた被写体です。
〈被写体〉っていうのもなんだか嫌ですね。
〈情景〉・・・これも、なんとなく湿っぽくて・・・
〈状況〉。
辞書によると、「移り変わる物事の、その時々のありさま。」とあります。
良いですね。
移り変わる物事の、その時々のありさま。

福島区から此花区と安治川沿いをぶらぶら散歩しているときに見つけたのです。
汚れた壁に、古ぼけたバケツ。
枯れた植木鉢。
なんでこんなものを写真に撮るのですかね。

080306.125 大阪市此花区 M8.2 sx35a#
大阪市此花区 | LEICA M8.2 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL

080306.135 大阪市此花区 M8.2 sx35a#
大阪市此花区 | LEICA M8.2 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL


へそ曲がりだから、みんなが見落とすようなもの、気にもとめずに見落としているものを写真に撮って、「分かんないだろうな」などと腹の中でつぶやいて楽しんでいるのですかね。
でも、ときどき分かったようなことを言ってくれる人もいるのです。
少しですけど。
それで、十分。
だって、こんな写真ですから。

いえいえ、拗ねているのではありません。
これで、本人はいたって楽しいのです。
写真が大好きですから。
自分の写真が・・・ですけどね。

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みかん猫67

ユーモア大阪

立ち小便、される方は迷惑なはなしだと思います。
立ち小便し易い場所というのがあって、そういったところは頻繁に立ち小便されるので、やがて悪臭もするようになり、被害甚大です。
そこで〈立ち小便スルナ〉の張り紙になるのでしょう。

でも、そんなもの実際のところは効果がありません。
神様ゆかりの朱色の鳥居ですら、役に立たないご時勢ですから、人間様の書いた張り紙なんてなんの効力もありませんよ。
とくに、頭の中がアルコールで揺れてしまった人間には。

私自身も、寄る年波でおしっこは近くなっているのですが、育ちの悪さを隠そうと、我慢我慢です。
最近ではコンビになどでトイレを貸してくれるところもあるようですが、すべての店がトイレを貸してくれるのではないようですし、トイレを借りたら、何かを買わないといけないような気にさせられるのが嫌で、コンビニのトイレに駆け込んだことはありません。

撮影の途中、私が気兼ねなくトイレを借りるのはパチンコ屋さんです。(お世話になっているので「さん」付け)
パチンコに限らず、賭け事が苦手なので、トイレを借りるだけですが、最近のパチンコ屋さんのトイレはなかなか奇麗なところが多くなりました。

前回の〈亀カメラ〉では、正統派の「小便スルナ」の張り紙の写真を見てもらいましたが、こんなことをつつけていたのではこの〈亀カメラ〉も小便臭くなると困りますので、最後に少々趣向の変わったところで閉めたいと思います。

先ずは、西成区山王で思わず苦笑いの一枚です。
壁に直接、朱色の鳥居ではなく、青色の鳥居が描かれていました。
その壁の角の方に、「小便スルナ」の文字・・・と思いきや、「小便スルナ」の「ナ」の字が、消されており、「小便スル」になっていました。

2011.03.09.141 大阪市西成区山王
大阪市西成区山王 / LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.


もう一枚は同じく西成区で、こんどは〈逢坂黄金街道〉の終着点、萩之茶屋で見つけたものです。
最初はなんだか分からなかったのですが、近づいてみるとトイレでした。
まず、書き物を呼んでみると・・・
「おしっこをこの容器のなかにしてください。花の肥料にします。御協力ありがとうごじあます。花もよろこんでおります。」と書かれていました。

プラスチックの容器を加工して便器のようなものが作られています。
そこから出たホースは後ろに置かれた「じょうろ」に繋がっていて、おしっこはこのじょうろに溜まる仕掛けです。

ここでおしっこをするのはちょっと勇気がいりますね。
夜ならともかく。
でも、便器の両側にはちょっとした目隠しが着けられていたり、手洗いの水なのでしょう、水の入ったペットボトルも下げてあります。
なかなか気を使ってくれているようです。

便器の中心には狙いを定め易いように丸に十の印まであり、このトイレの左右には朱色の鳥居もちゃんと備えられています。
便器の下が板敷きになっているのも愉快ですね。
板の上にはおしっこ染みがあったりして・・・この便器を使っているひとが居るのですね。

2011.03.09.177 大阪市西成区萩之茶屋 M9 Sn28a#
大阪市西成区萩之茶屋 / LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

皆さんの善意の結果が、後ろに咲いている〈キンセンカ〉の花。
という訳です。

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みかん猫67

〈亀カメラ〉では、飲み過ぎて行き倒れのようになっている男たちの写真が続きました。
天王寺区悲田院から、浪速区恵美須、西成区山王、太子、萩之茶屋へと、今回、紹介した〈大阪黄金街道〉・・・気の弱い人、育ちの良い人たちが見ると、「凄いところ」と思われたことでしょう。

実際、学生を萩之茶屋あたりに連れて行ったとき、カメラを鞄から出せないといったこともありました。
大阪育ちの私は、遠い記憶の中に、こういった情景がしっかり焼き付いていますので、懐かしさとともにわくわくするものがあります。
育ちが悪すぎですかね。
でも、この育ちの悪さと、育ちの悪さのなかで経験してきたことを反面教師にしたところに、私の写真があると、開き直って、撮っています。

酔っぱらいとくれば・・・
立ち小便。
「小便小僧」ではなく、小便親父があちらにも、こちらにも立っています。

〈亀カメラ / 大阪はよっパリ天国?〉で載せた、黒白写真を見た学生から、「ズボンのチャックまであいてる!!?(笑)」と書き込みがありました。
こんなのまだ序の口。
いちばん笑ってしまったのは、萩之茶屋で、酔っぱらいが寝ながらおしっこをしているのを見たときです。
そのときは、あまりに生々しくて、さすがにレンズを向けるのをためらい、写真は撮りませんでしたが、いま思えば写真に撮っておけば良かったと反省しきりです。

〈大阪黄金街道〉では、至る所に「立ち小便禁止」の表示が目につきます。
しかし、そんなこと言われても「出もの腫れものところ嫌わず」ですからね。
おっと、これは本来「おなら」のことでした。

「おしっこ」、歳とると我慢ができなくなるのですもの。
とくに、お酒がはいると。
こんな、立ち小便を擁護するようなことを言わせるのも、私の育ちの悪さのなせる技でしょうか。

大阪市西成区山王
大阪市西成区山王 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

110309.164 大阪市西成区太子 M9 Sn28a#
大阪市西成区太子 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

自転車や水の入ったペットボトルは、立ち小便避けに使われているのでしょうか。
以前は、朱色の鳥居が、立ち小便避けの切り札でしたが、朱色の鳥居も、この時代にあっては、効力もすっかり衰えたようです。

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みかん猫67

大阪の象徴、通天閣

〈大阪黄金街道〉と勝手に決めて、その道順を写真と一緒に紹介していますが、その街道筋の景色は今風に奇麗でも、華やかでもないものです。
ただ、昭和22年に大阪で生まれた私にとってはどれも懐かしい景色なのです。

昭和22年は戦後のどさくさの時期で、誰もが生きることで精一杯だったと思います。
生まれたばかりの私などには分からないし、記憶にも残っていませんが、数年後のもの心ついた時代でも、状況はそれほど変わっていなかったと思います。
町中には空襲で焼けて鉄骨だけが残っている建物もありましたし、くず鉄拾いで生計をたてている人が居たりしていました。

そうですね、時代的には宮本輝さんの小説『泥の河』の時代です。
小栗康平監督の映画『泥の河』の黒白で映し出された映像は、まさに私が眺めてきた時代そのものです。
そこには本音が飛び交い、見栄や世間体など気にしていられない生身の生活があったと思います。
そんな泥臭さが残る町も、時代とともにどんどん姿を消しています。
また、町の姿は残っていても人の営みが感じられなくなってしまったところも少なくありません。
懐かしい環境と人の生活が渾然一体となって、いまも残っているのが〈大阪黄金街道〉の道筋の町ではないでしょうか。


110309.194 大阪市浪速区恵美須西 M9 Sn28a#
大阪市浪速区恵美須西 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

〈大阪黄金街道〉の何処からでも見えるというものではありませんが、このあたりのランドマークはなんと言っても〈通天閣〉ではないでしょうか。
以前は時折、ふらっと上って〈ビリケンさん〉の足の裏を撫でたりしていましたが、このところはご無沙汰です。

〈通天閣〉は大阪の象徴と言えます。
最近、話題になっているのっぺらぼうでノッポの塔なんかより、前近代的な手作り感に満ちた〈通天閣〉の方が人間的な暖かみが感じられるのは私のような大阪に縁のある人間だけでしょうか。

前回の〈亀カメラ〉に引き続き、道端で酔いつぶれている人を撮った写真です。
道路のど真ん中で倒れていますので、さすがの私も、近くに居た人たちに、「この、おっちゃん、このままでええんかいな・・・」と声をかけてみたのですが、「ほっとき、ほっとき、いつものこっちゃ」とのこと。
それでは失礼して・・・と、倒れたおっちゃんをほったらかして、頭の方から、足の方からと写真を撮らせてもらいました。

CB0308.017 大阪市浪速区#

CB0308.011 大阪市浪速区#
大阪市浪速区 | LEICA M8.2 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL

遠くに〈通天閣〉が見えましたので、通天閣を入れて撮ったのが上の写真です。
通天閣を入れるのは良いのですが、倒れたおっちゃんは足下から写すことになります。
通天閣は入れたいけれど、足下からではちょっともの足ります。
そこで、近くに立っていた人、何事も無かったかのように横を通り過ぎる人々といった諸々の要素を取り込んで写真にしてみました。


大阪市天王寺区 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

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みかん猫67

大阪の黄金街道で名前を出した町では、昼間から酔っぱらいが町中を千鳥足で徘徊していたり、道端で寝転んでいたりする姿を見かけることは、それほど珍しいことではありません。
世の中不景気で日雇いの仕事も減っているらしく、仕事にありつけなかった人たちは昼間から酒を呑んでいるようです。
働かないで、酒を呑む金はどこから出てくるのか・・・労働者の人の話だと、生活保護手当でなんとか食いつないでいるということですが、おそらく、酒代もそのあたりから捻出しているのでしょう。
酒好きは食うものを食わなくても酒ですかね。

大阪は酔っぱらい天国なのでしょうか。
地獄から抜け出すために自分の忘れるほど呑むのでしょうか・・・

私も、毎晩、晩酌を呑んでいました。
過去形です。
しかし、このごろは歳のことを少しは考えるようになり、〈休肝日〉なるものを意識するようになりました。
特に何曜日が〈休肝日〉といったことではありません。
それまで習慣的に呑んでいた酒を、呑まなくても良い日は呑まないとしているだけです。

どういう日が、酒を呑まなくても良い日かと言いますと、先ずは食事の内容です。
つまり、酒の肴になりそうにないおかずなどが食卓に並んでいる日には無理に呑まない。
つぎは、体が酒を欲しない日です。
もともと、それほど酒好きではありません。
性格的に根暗なものですから、そんな自分に辟易することも多いのですが、お酒が適量入ると、気持ちが軽くなり、愉快になれると感じて、酒を少々嗜む程度の酒好きです。
その程度ですから、昼酒もやりませんし、酔っぱらって道端で寝てしまった経験もありません。

酒好きの人が「少々呑む」と言えば、たくさん呑むということのようですが、私の場合は本当に「少々」です。

私は甘党ですから、甘いものは「少々食べます」よ。

720816.006.36 大阪市浪速区#
大阪市浪速区

大阪市西成区萩之茶屋
大阪市西成区萩之茶屋 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

黒白写真とカラー写真とでは40年程度の差がありますが、昔も今も酒好きは後を絶たないようです。

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みかん猫67

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