2011年5月アーカイブ

こてこての大阪で

前回の〈亀カメラ〉で、民家の隙間に猫の塒がつくられていた写真を載せましたが、今日も隙間つながりで行きます。
前回の〈隙間〉は、目立たないこんなところに、こんなものがありました・・・だから、皆さん見落とさないように周りの細かなところもしっかり見ましょうということになるのですが、今回の場合は少し意味が違った〈隙間〉です。

私は写真を教える立場に居ますので、教材にすることを目的に写真を撮ることもあります。
今日の二枚の写真は〈アングル〉について学生たちに分かってもらうためもあって撮ったものです。

一枚目は、大阪北区の浪花町・・・その〈おいでやす通り〉で撮ったものです。
浪花のおいでやす通り・・・題名の「こてこての大阪」はここからきています。
〈浪花町〉は〈天神橋筋五丁目〉の北側に隣接する地域です。

私は大阪出身ですが、高校卒業までしか、大阪に居ませんでしたので、大阪のあらゆるところを知っているというものではありません。
この〈浪花町〉も、この春に偶然足を踏み入れたところです。
〈天神橋筋五丁目〉の〈十八番〉という中華食堂で昼飯を食べて、ふらっと〈天神橋筋〉を渡ったところが〈浪花町〉でした。


JJ0312.138 大阪市北区浪花町 M9 SN28a#
大阪市北区浪花町 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

郵便配達のお兄さんが、配達を終えて出てきたとこです。
確かにそうなのですが、私的にはそれだけではないのです。
もう少し、写真を細かく見て欲しいのです。(拡大しないと見えないかも・・・)

画面、右側にある、店のガラス窓に、二本の線があります。
その線と線の〈隙間〉を見て欲しいのです。
中に居る猫嫌いの人が、配られたばかりの郵便らしきものを見ているところが写っていますよ。

〈猫嫌い〉?
それは、店の角に置かれた水の入ったペットボトルからの想像です。
配られたのは、ひょっとしたら、請求書?
なんて、勝手な想像も楽しめます。(写真を仔細に見ると)

実は、この写真には呼び水になる一枚の写真がありました。
帰宅途中の通りかかったアイスクリームショップの、ガラス窓の隙間から、外を眺める子供を撮った写真です。

JC0124.048 福岡市東区 b28zm#
福岡市東区和白 | LEICA M8.2 + Biogon 28mm F2 ZM

この二枚の写真を撮るにあたって共通していることは、アングル注意して決めているということです。
僅かな隙間に、写したいものを持ってくるには、膝を曲げたり、背伸びをしたりして、最良の位置に〈視点〉をもってくる努力が必要・・・そんなことを学生たちに伝えるための教材としての写真です。

そうした努力が実って、面白い写真になるかどうかは、別問題ですけどね。

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みかん猫67

撮影に引っ張りだす。

写真はやはりシャッターを押さないことには始まりません。
シャッターを押して、自分が感じたものをカメラの中に取り込まないことには、その後に生まれてくるものは何もありません。

写真を教えていて感じるのですが、いまの学生は写真を撮らなくなったということです。
いやいや、最近ではデジタルカメラも普及し、携帯電話にもそこそこの性能をもったカメラが内蔵されているので、以前に比べて写真は撮られている・・・と反論する声があると思います。
確かにそうかもしれませんが、それは一般的な写真の話であって、写真や映像を専門として学ぶ学生諸君が撮る写真の枚数は減っていると思うのです。

昔は平均して、皆、よく撮りました。
撮るのが楽しかったのです。
社会が簡素で、こころから楽しめるものが少なかったのかも、写真に打ち込めた一因でしょう。
ところが、現代は、いろいろと楽しいことがたくさんありますから、学生諸君は、そちらに精を出すのに忙しいようです。

また、楽しいことに費やすお金を稼ぐためにアルバイトに血眼になっているので、写真を撮る時間があれば稼ぐ・・・といった姿勢も見受けられます。
実際にあった話しですが、最終の実習授業が長引いてしまったときに、ある学生が「先生、アルバイトに遅れてしまいます。遅刻すると罰金を取られるし、給料も減ります。その保証をしてくれますか?」と言ってきました。
これには、さすがに開いた口が塞がらなくなりました。

写真はシャッターを押さないことには、次が始まりません。
ですから、写真を撮らない学生たちにも写真を撮って貰わなければ、授業が進みません。
そこで、首に縄をつける・・・ではありませんが、お膳立てをして撮影に引っ張りださなければいけません。

本日のコースは博多駅〜住吉〜美野島〜渡辺通〜天神といった、言わば私のホームグラウンドを巡るものでした。
本日は、全員、フィルムカメラ持参です。

私も久しぶりに〈マミヤ6〉を引っ張りだしてきました。
フィルムカメラって何年ぶりでしょうか。
4年半ぶりくらいでしょうか。
〈マミヤ6〉のシャッター音が、妙に優しく響きました。
「フィルムに戻っておいで・・・」と。

JJ0530.011 福岡市博多区 K5 15 4#
福岡市博多区 | PENTAX K5 + DA15mmF4ED AL Limited

JJ0530.075 福岡市中央区 K5 15 4#
福岡市中央区 | PENTAX K5 + DA15mmF4ED AL Limited

〈マミヤ6〉で撮った写真は、まだフィルム現像が済んでいませんので、デジタルカメラで撮った写真です。
住吉大社と渡辺通りで見かけた猫たちです。
最初の猫は突然、私の前を横切ったので、咄嗟にシャッターを押しました。
オートフォーカス、自動露出でなんとか写ってはいますが、フレーミングがむちゃくちゃです。
フォーカスゾーンを意識し過ぎて、きっちりとフレーミングする余裕がありませんでした。

二枚目は、気配を感じて見てみると、そこは猫の塒(ねぐら)でした。
一階はベッドルームで二階は食堂。
12時23分。ただいま昼飯の最中です。

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みかん猫67

曇った窓ガラスの日

休みの日を利用して土いじりです。
生け垣の刈り込みをし、庭の雑草を抜き・・・と頑張りました。
今年の夏は電力不足が懸念されていて、エアコンの使用を控える目的もあって、蔓植物を植えて緑のカーテンを作る人が多いようです。

我が家でも、例年、〈ゴーヤ〉を植えて、日陰を作っています。
今年も・・・と、家人がゴーヤの苗を求めに出かけたのですが、ブームとは凄いもので、ゴーヤの苗は一本もなかったそうです。
そこで、今年の我が家のグリーンカーテンは〈へちま〉と〈ふうせん葛〉の寄せ植えとなりました。

北部九州も、そろそろ梅雨入でしょう。
庭のあじさいも、色づいてきました。
買い物に出かけるために乗ったJRの車窓の窓ガラスも湿気でくもり、眺める景色もぼんやりしています。

学生たちが写真を撮ってこなかった言い訳に、『天気が悪くて写真が撮れませんでした・・・』とよく言います。
そんなときには『雨の日には雨の日の写真が撮れる。写真とはそんなものです』と応えるのですが、やはり、空模様が悪いと写真は思うように撮れないものです。

空模様によっては思うような写真が撮れないことは十分に承知しているのですが、あまりにも安易な言い訳をされると、ついつい頑固な対応をしてしまいます。
しかし、晴れた日には雨の写真は撮れないのですから、雨の日に雨の写真を撮らないのは勿体ない話しでもあります。

私は普段の歩行のなかで写真を撮ります。
雨の日には、大学に向かうのにもバスや電車を利用しますから、やはり撮る写真は激減します。
カメラは雨に濡れないように鞄のなかに入っていますし、片手で傘を握りますから、カメラを取り出したり、操作するのに手間取ることもあって、雨の日の撮影はいささか面倒でもあります。

しかし、雨の日でも写真を楽しまなければ・・・
博多駅までの短い旅。
この日の空気が写せそうな気がして、シャッターを押してみました。

JJ0529.009 福岡市東区 X100 23 2#
福岡市東区 | FUJI FINEPIX X100 + FUJINON 23mm F2 ASPH.

JJ0529.007 福岡市東区 X100 23 2#
福岡市東区 | FUJI FINEPIX X100 + FUJINON 23mm F2 ASPH.

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みかん猫67

野球選手の長嶋茂雄さんの現役時代の背番号は〈3〉でした。
日本人は「三」と云う数字が好きなようです。
長嶋さんの憎めない個性と、日本人が大好きな〈3〉という数字が結びついたところに、長嶋茂雄の永遠性が生まれたと思います。

「三本の指に入る(数えられる)」とは選りすぐられた最高のものを指すときに使われることばで、甲乙着け難い場合に用いる言葉だと思います。
しかし、〔三〕意外にも「五本の指に・・・」とか「十本の指に・・・」などとも言います。
十より五、五より三の方がより厳選されている訳ですから、三本の指に数えられたと言われることは〔最高〕と云うことになるのでしょう。

我が国には〔日本三景〕と言われるものがあります。
これはこの国の最も美しい景勝地として江戸時代に選ばれたところで、京都府の天橋立、宮城県の松島、それに広島県の宮島を指します。
三つ併記の場合、とかく順番が問題になります。
やはり一頭最初に挙げられたところは、三つの中でも一番だということでしょうか。
それぞれの場所に立てられた日本三景を紹介する碑には、その土地の名前が一番に書かれているようです。
本来、この国には〔献上の美徳〕なるものがあって、自分のところは最後に書くものではないかと、私などは考えてしまいますが、前へ前へと自分を押し出し、売り込まないといけない時代ですから仕方のないことなのかも知れません。

ここでは何故、丹後の天橋立を筆頭に挙げたかというと、この三つの地名を挙げて紹介した原典の順番に従っただけで他意はありません。

その筆頭に挙げた〔天橋立〕ですが、この景色の見方に〔股のぞき〕と云う方法があります。
天橋立を股の間から覗き見ると、天空に架った橋のように見えると言われているようです。
つまり、ちょっと視点を変えることにより、一層、素晴らしく見えるということです。

私の家から歩いて10分くらいのところにある二階屋の窓にブラインドなのでしょうか、男性が股のぞきをしている写真が掛けられています。
光の入り方次第では、この男性の股のぞきの姿がはっきり見えるのですが、今日はその姿がはっきりと見えましたので、撮ってみました。

CP0120.004 福岡市東区 M8.2 st35
大阪市東区和白 | LEICA M8.2 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

と、いうことで、もう一枚の写真は「股覗き」の効果で探してみました。
適当な写真を、何枚も何枚もパソコン画面上でひっくり返して眺めているうちに、寝転がって見上げているような錯覚に陥る写真があることに気づきました。

JC1010.037 鹿児島市小川町 NEX5e16
鹿児島市小川町 | Sony NEX-5 + E16mm F2.8

逆さまにすると、地面に大の字にひっくり返って頭の上の景色を眺めているような、そんな気持ちになれました。


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みかん猫67

調子に乗り過ぎた

授業のために教室に出向いていくと、教室の前に学生が立っているのが見えました。
どうやら、私を待っていた様子です。
近づいていくと、学生は挨拶をして話しかけてきました。

「私はこの時間、他の先生の授業を受けているのですが、本日、その授業が休講になりました。先生の授業を履修していないのですが、友人が面白い授業だと言っていましたので、本日だけですが聴講してもよいでしょうか?」

ごく稀にこういう学生が居ますが、まさに奇特なことです。
私の授業が面白いなんて・・・
恐いもの見たさでしょうか。

教師冥利につきる申し出ですので、ここは素直に喜ぶことにして、「どうぞどうぞ。でも面白い授業ではないと思うけど・・・」と、一緒に教室に入りました。

今日の授業の中心は、銀塩黒白写真のフィルム現像についてでした。
いわば、私の専門です。
正確には専門でした・・・でしょうか。
いまではすっかりデジタル三昧ですが、「昔の名前で出ています」といったところでしょうか。

授業の前に嬉しい出来事がありましたので、少々、授業が加熱してしまいました。
銀塩写真時代に培った技術や知識の細かなところまで、90分間、みっちりと喋りまくりました。
ちょっと調子に乗り過ぎたようです。
昼食後の三時間目の授業は、お腹も膨らんで、学生たちは睡魔との戦いです。
私は喉がカラカラ。
学生諸君は、クタクタ。
先生をその気にさせるもの考えものですかね。

黒白フィルムの現像について、細かなことまで話しましたが、20人少々の学生のうちの何人が、この先、銀塩黒白写真をやるのかと考えたとき、ちょっと考え込んでしまいました。
学生たちにとって、さほど興味のないことを、教師ひとりが有頂天になって喋りまくる・・・さぞ、迷惑だったでしょうね。

90分の授業時間を目一杯使って授業終了。
本日の授業を聴講した学生が帰り際に、「面白かったので、また、受けに来ても良いですか?」と聞いてくれた。
ええよええよ、いつでも来てええよ。
(先生を喜ばせると、他の学生が迷惑するけどね。)

FP080熊本県八代郡東陽村|種山小学校
熊本県八代郡東陽村 / 種山小学校 | Nikon F + Nikkor 20mm F3.5

FP031福岡県田川市|鎮西小学校
福岡県田川市 / 鎮西小学校 | Leica M4 + Super Angulon 21mm F3.4

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みかん猫67

最近では写真学校の授業もデジタル中心になっています。銀塩黒白写真となると、こういうものですよといった説明程度の授業になっています。

学校に入学する時点で購入するカメラはデジタル一眼レフです。
当然、殆どの学生はデジタルカメラ&パソコンで写真をやりますし、彼、彼女らが卒業後、幸運にも写真の世界に潜り込めたとしても、そこで扱う写真はデジタル写真でしょうから、デジタルでの写真を教えることは間違っているとは言えません。

しかし、私は自分の授業では、出来るだけ銀塩黒白写真、つまり、暗室で薬品と水を使って写真をやって貰っています。
黒白写真の善し悪しはひとまず置いておくとして、銀塩黒白写真がある種の感覚を育てることは間違いのないことだと信じています。

今日の写真は、昨日同様〈狸〉です。
話しの続きということで、昨日の〈狸〉写真と文章を引用します。

081009.003 福岡市東区10 M8.2 et28a#
福岡市東区 | LEICA M8.2 + ELMARIT-M 28mm F2.8 ASPH.

朝、狸の前を通りかかったとき、狸の視線の先に小さなライトが据え付けられていました。
夜間には、このライトに灯が入り、狸を照明しているのです。
その照明が気に入らないのか、ライトの方を見ています・・・とまあ、こんな文章で締めくくりました。

それから二三日後に、スポットライトの下で、ご機嫌になっている〈狸〉が居ました。
私の帰宅時ですからそれほど遅い時間ではなかったのですが、お店は既にシャッターが下りて、人通りもなく、「写真、撮ってかんね・・・」と狸に呼び止められました。

既に私の乗るバスが来る時間でしたが、先日の続きで、写真を撮らなければとバックからカメラを取り出しました。
狸の左前方にバイクが一台停っていて、目障りでしたが仕方ありません。
しかし、在るものを受け入れるのが写真です。

いざ撮影となったときに、バイクの持ち主が隣の弁当屋から出てきました。
「よっしゃ、バイクが居なくなる」と、喜んで待つことにしたのですが、バイクはなかなか動き出しません。

バイクが走り去り、なんとか写真に撮ることができましたが、既に私の乗るバスは既に行ってしまったようです。

081012.005 福岡市東区10 M8 ET28a#

福岡市東区11
福岡市東区 | LEICA M8 + ELMARIT-M 28mm F2.8 ASPH.

デジタルのRAWデータを現像で黒白写真に仕立てました。
このような時にも、銀塩黒白写真の豊かな経験があれば、デジタルの表現力を利用した、より良い黒白写真に仕上げることが出来ると思います。
しかし、先ほど述べた『銀塩黒白写真がある種の感覚を育てる』というのは、単純な技術的なことではなく、もう少し魂の奥深いところにという意味を含ませているのですが、うまく言葉にできません。

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みかん猫67

まだ5月だというのに、ずいぶんと暑くなりました。
〈夏日〉だそうです。
大学の近くの店の前に置かれた信楽の狸も、ビールにしようか、かき氷にするか朝から悩んでいるようです。

110525.007 福岡市東区5 M8.2 st36 2.5#
福岡市東区 | LEICA M8.2 + SUMARIT-M 35mm F2.5

以前、雪の日に酒どっくりを腰に下げて、雪見酒と洒落込んでみようか・・・といったところを写真に撮って、この〈亀カメラ〉で、見て頂いたことがあります。(2008年12月6日号)

寒い季節には日本酒、暑いときにはビールと、ずいぶんと飲んべえな狸です。

この狸、これまでにも随分と写真に撮ってきました。
私には繰り返し写真に撮る被写体がいくつかあります。
そのなかの一つがこの狸です。
時折、狸の方から「写真撮っていかんね?」と、声をかけてくれますので、その都度、「それでは」と、レンズを向けてきました。

狸が立っている場所は大学北門のすぐ近くで、授業時間前などは学生がぞろぞろアリの行列のように通るばしょです。
私は強面で学生諸君から敬遠されていますが、案外気が小さくて、学生たちが行列して歩いていているようなときには気後れして写真が撮れません。
それを知って知らずか、狸の方も、私が一人歩いていて、周りに学生たちが居ないときに「写真撮ってかんね・・・」と、私にだけ聞こえる程度の声でささやいてきます。

日中は店のシャッターが上がっているので、それほど狸の存在感はありません。
また、首から、お店のメニュー等をぶら下げられていて、とても写真に撮ろうなどとは思いません。
ところが、私が大学に来る時間は、お店も開店前でシャッターが降りています。
シャッターで背景が単純になったときには、その前に立つ狸が俄然目立ってきます。
店のメニューなども取り払われているので素の状態で立っています。

周りに学生たちが居て騒がしいと聞こえない、周辺の景色が雑然としてると見えない・・・そんな、狸の呼び声と、姿ですが、あるとき、エアーポケットに落ちたように、私のこころのなかにストンと落ちて来るのです。
そんな些細なことを楽しんでいる次第です。

081009.003 福岡市東区10 M8.2 et28a#
福岡市東区 | LEICA M8.2 + ELMARIT-M 28mm F2.8 ASPH.

この狸を始めて写真に撮ったのは2008年10月のことです。
朝、狸の前を通りかかったとき、狸の視線の先に小さなライトが据え付けられていました。
夜間には、このライトに灯が入り、狸を照明しているののです。
その照明が気に入らないのか、ライトの方向を見ています。
そんなストーリーを勝手に考えて、「写真撮ろう」と、シャッターを押しました。


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みかん猫67


テレビの〈地上波デジタル〉への切り替えも、いよいよ秒読みの段階に入ってきました。
それにしても、〈ETC〉だとか〈地デジ〉だとか・・・政府も大きなお世話をいろいろと焼いてくれますな。
国が音頭とってやらなければならないことだとは、どうしても思えないのですよ。

そたいっても、〈地デジ〉に切り替えないと、放送中の画面にテロップが流れ続けて、うるさいのなんの。
これって、はっきりいって嫌がらせだよなと言いながら、我が家も財布の底を叩いて、地デジ対応をしました。

有線放送と契約し、DVDを、地デジチューナーの組み込まれたブルーレーディスクプレイヤーに買い替えるなど、要らん出費ですよ。

テレビはチャンネル数が増えたのは悪いことではないのですが、放送される番組が、実にいい加減で碌でもないものばかりなのには驚きです。
私の個人的意見ですが・・・

そのうえ、番組を作ることが出来ないので、穴埋めはショップものか、サスペンスドラマの再放送、それに韓国ドラマばかり。
時間の稼げる旅行ものも目立ちます。
節電、節電と言うなら、くだらない番組を無理に放送するのを止めてしまえば・・・って、社会に影響力をもつ誰かが言ってくれると嬉しいのですが。

大量消費のテレビ番組は短期間に作られるためか、演出などが実にいい加減で見ておれません。
視聴率が気になるのか、チャンネルを変えても、内容も出演者も同じような番組ばかり。
安っぽい企画や、いい加減な台本のものを、ささっと撮って、ちゃちゃっと繋いで・・・視聴者を馬鹿にしていませんかね。
良いものを作るには、時間が必要なのですよ。

放送されるTV番組があまりのもくだらないので、最近の私は映画の放送を録画して観るようになりました。
映画の方が作り込みがしっかりとしていて、映像環境の隅っこで暮らす人間としては安心して観ていられます。

テレビで木下惠介監督の『二十四の瞳』が放送されましたので、それを録画しておきました。
壷井栄さんの小説、『二十四の瞳』は知っていましたが、映画を観るのは始めてでした。
こういった純粋無垢な内容の映画は、背中がこそばゆくなって観ることはなかったのですが、とりあえず録画していたものを見始めると、画面に引きずり込まれ、とうとう最後まで観てしまいました。
いままでが食わず嫌いだったのか、それとも歳とともに好みが変わったのでしょうか。
優れた創作物は、名作として語り継がれ、永遠の時間が与えられるのです。
いまのテレビ番組では到底無理でしょうが。

『二十四の瞳』では、高峰秀子さんが主演の大石先生役を演じて、その夫役が天本英世さんだったのには驚きでした。
天本英世さんは独特の風貌をもつ俳優さんで、福岡の若松の出身です。

そこで、今日の写真は北九州市若松で撮ったものにしました。
一枚目は壁に書かれた「豆」の字・・・字のバランスからいって、書きかけの「頭」という字のようですが、ここはまあ「豆」ということで納得してください。
『二十四の瞳』の舞台が〈小豆島〉ですから、「豆」つながりのつもりです。

二枚目は板塀の上で、空を睨む猫です。
天本英世さんは、存在感のある俳優さんでしたが、若松の猫も、天空を睨み、その存在感は絶大でした。

081004.052 北九州市若松区 M8hx35#

081004.071 北九州市若松区 M8hx35#
福岡県北九州市若松区 | LEICA M8 + M-HEXANON 35mm F2   データは共通です


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みかん猫67

少し前になりますが、NHKで映画カメラマンの〈宮川一夫〉さんのドキュメント番組が放送されました。
宮川一夫さんは市川崑監督の映画『おとうと』(1960年)で、前回の「亀カメラ」で話題にした、〈銀残し〉の手法を使った映画カメラマンです。

『おとうと』はフィルムの痛みが激しくて、製作当時の〈銀残し〉調子は伺い知ることが出来ない状態になっていましたが、当時の様子を知る人たちの協力を得て、最新のデジタル技術を活用し、復元させるシーンもありました。

小津安二郎監督の『東京物語』、木下惠介監督の『二十四の瞳』、そして、市川崑監督の『おとうと』など、劣化した映画フィルムをデジタル技術で復元することが盛んに行われるようになりました。
貴重なフィルムがこうして息を吹き返し、再び楽しむことができるのは嬉しい限りです。

休みの日に、録画しておいた『二十四の瞳』を見ました。
映画のなかではあらゆる場面で童謡が流れていました。
なかでも、卒業式のシーンで流れる 〈仰げば尊し〉 には、胸を打たれるものがありました。

仰げば 尊し 我が師の恩
教の庭にも はや幾年
思えば いと疾し この年月
今こそ 別れめ いざさらば

互に睦し 日ごろの恩
別るる後にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば

朝夕 馴にし 学びの窓
蛍の灯火 積む白雪
忘るる 間ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば

私の世代では、卒業式では必ずこの〈仰げば尊し〉を唄ったものです。
歌詞もしっかりとこころに刻まれています。
そして、「別離」の寂しさと、「門出」の期待を胸に刻んだものです。
この曲を聴くと、知らず知らずのうちに口ずさんでいたりします。
いろいろなことが胸に去来し、目頭が熱くなります。(歳の所為でしょうか・・・)

それが、最近の卒業式ではあまり唄われなくなったようです。
どうしてでしょうか?
素晴らしい曲なのに。

映画はゆっくり、じっくり観たいものです。
家族が居ない時を見計らって観た『二十四の瞳』でしたが、誰も居なくて幸いでした。
爺の泣き顔なんて観られたくないもの。

[21]時間割

[39]記念写真

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みかん猫67

銀残し

気心の知れた学生たち四人と福岡の町を歩き回わったけれど、あまり写真が撮れませんでした。
労多けれど、収穫少なしといったところです。
「歩けば写真が撮れる」と信じている私ですが、もちろん、「撮れない日」もあることは経験上承知の上です。

写真が撮れなかった日には、これまでの撮った写真を見て楽しむという、写真との関わりかたもあります。
そういう写真の楽しみ方はデジタル写真を始めるようになって覚えたことです。

長く続けてきた銀塩黒白写真の時代にも、ちいさな〈コンタクトシート〉を引っ張りだして、〈何時かの写真〉を見ることがありましたが、そこには〈写真を探す〉という気分が入り込んでいました。
良い写真はないか、見落としている写真はないのかと〈コンタクトシート〉を見るその裏には、真剣さ・・・深刻さみたいなものが潜んでいたように思います。

しかし、デジタル写真の場合、パソコン画面上で気楽に〈何時かの写真〉を眺める・・・楽しめるのです。
「これ、良いかも・・・」といった写真が見つかれば、ちょっと弄ってみる。
〈写真と遊ぶ〉気楽さが、デジタル写真にはあるようです。
デジタル写真は、気の置けない写真仲間のようなものかも知れません。

 最近のデジタルカメラには、写真の調子を変えて撮影できるものが多くなってきました。
黒白写真にしたり、色合いを派手にしたりといったスタンダードなものだけではなく、インスタント写真風にしたり、おもちゃカメラ風にしたりなど、遊べる機能がふんだんに入れ込まれています。
特に、若い女性を販売ターゲットにしたデジタルカメラに、そのような盛り込みが多いようで、OLYMPUSなどは、なかなか力を入れて開発しているようです。

私は保守的で、カメラに対しては、基本性能がしっかりしていれば良いと考える人間ですから、各種のお遊び機能はどうでも良いと考えています。
しっかりと写ってさえいてくれれば、それから先のことは、私自身が現像、画像調整の段階で仕上げていけば良いと考えています。
俺の写真は俺に任せろ。カメラの手出し、口出しは無用に願いたい・・・と啖呵のひとつも切りたくなるというものです。

年老いて判断力の鈍った爺が、撮影の現場であれこれ設定を弄るなんて、考えただけでも「こんな機能、おおきなお世話や・・・」と言いたくなります。
ですから、カメラを購入した直後に、各種設定をしてしまえば、あとはそのまま動かさないことの方が多いのです。
カメラとしての基本性能を犠牲にしてまで、お遊び機能を盛り込むようなことのないことを望むだけです。

〈PENTAX K5〉の調子設定の中に〈銀残し〉というものがあります。
学生時代にカラーリバーサルフィルムの現像などもしていましたが、その処理ステップの一つに〈ブリーチ〉というものがありました。
これは、銀画像を取り除く処理ですが、この〈ブリーチ〉に手加減を加えると、墨を含んだような画像に仕上がるのです。

意図的のカラー画像の中に銀を残すのが〈銀残し〉です。
その〈銀残し〉の調子が出せるので、お遊びで使ってみました。

110521.007 福岡市東区 K5 DA15 4ED AL Lim.#

110521.006 福岡市東区 K5 DA15 4ED AL Lim.#

110521.008 福岡市東区 K5 DA15 4ED AL Lim.#
福岡市東区 | PENTAX K5 + DA15mmF4ED AL Limited

写真は最初が〈スタンダード〉、二番目が〈銀残し〉、三番目が〈ほのか〉の設定で撮りました。
のんびりとした休日のお遊びでした。

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みかん猫67

写真を撮るために歩く・・・これは一人の方が良いのか、仲間連れが良いのかと考えたとき、結局のところはどちらも良いという結論になります。
「そんなもん、どっちゃでもエエやんか」といったところです。
一人で、自由気ままに歩くも良し、気の合った仲間と歩くのも、楽しいものですから。

写真を撮ることだけを考えたときには一人が良いのかも知れませんが、仲間と歩くことは、たとえ写真が撮れなくても楽しいものです。
楽しい時間を過ごすということは、精神的に良い効果をもたらし、次に一人で撮影に出かけたときのエネルギーになるのではないでしょうか。

学生たちと写真撮影で歩きました。
人数は、私を入れて四人です。
コンパクトで動き回るには丁度良い人数です。
歩き疲れたときには、タクシー一台で事足りる人数ですし、お茶をしたり、食事をするにしても、一テーブルで収まります。

しかし、四人という少人数でも、全員の撮る写真の方向性が違っていますので、全員が満足できる撮影場所が決まりません。
このあたりは、一人でないがための悩みです。
結局、福岡市内を、気まぐれに歩き、それぞれが適当に撮る ことにしました。

撮影に出たときの楽しみの一つに美味いものを食べるということがあります。
時分時になると、どうしても、美味い店のある方向に足が向かってしまいます。

本日のお目当ては〈親子丼〉です。
出かけてみると、店の前に行列ができていました。
老舗の有名店ですが、比較的ゆっくりと食事が出来るところが気に入って、この店を贔屓にしていたので、行列は驚きです。
マスコミにでも取り上げられたのでしょうか。
「行列のできる名店」などと、マスコミに取り上げられると、さっそく行列です。
ええ迷惑や。

あまり、並んで食べるのは好きではありませんが、次の店を探してうろうろしていても、結果は一緒かも知れないので、仕方なく列に並びました。
自分たちの番がきて食べ始めたときも、店の外には行列が続いていました。
順番待ちをしている人たちを横目に見ながら、長居が出来るほど腹が据わっていない四人は、そそくさと親子丼を食べて、いざ出発。

皆、よく歩きました。
でも、あまり収穫はありませんでした。
「写真は歩かないと撮れない」を持論にしているのですが、歩いても撮れない日もあるということです。
そんな日は、何時か撮った写真でも眺めて見るのも良いかもしれません。

デジタル写真は、そんな楽しみも教えてくれました。

110311.052 奈良市 M9 SN28a#
奈良市 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

110416.002 福岡市中央区 X100 23 2#
福岡市中央区 | Fuji Finepic X00 + 23mm F2 ASPH.


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みかん猫67

授業の資料や教材を作ったり、撮影した写真データを管理したり調整したりと、一日のうちのかなりの時間、パソコン画面と向き合っています。
つまり、椅子に座ったままの動かない生活が続いています。
動いているのは目の玉と、肘からさきの腕だけ。

出来るだけ多くのものを見て、写真に撮りたいと思っていますので、通勤のときに小一時間ほどかかる道のりですが歩くようにしています。
それもこのところ何かと気ぜわしく、バスに乗って行き帰りしてしまう日々が続いています。

当然、運動不足が多少気になってきます。
政府の音頭とりでメタボリック検診なんてものが義務づけられていますので、お腹周りも気になる所です。

フィルムで写真を撮っていた頃は、撮影後も暗室に入ってごそごそと動き回っていました。
立ったり座ったり、流し台の前を右に行ったり、左に動いたりと、蟹のように横歩きして、それなりに身体を動かしていました。
写真は身を使っての作業だったはずなのですが、いつしか椅子に座っての事務仕事のようになってしまいました。

身体を動かすことで血の巡りがよくなり、フィルム現像やプリントなどで神経を集中させることの相乗効果からか、多少体がだるかったり、頭痛がするときなども、作業を続けているうちに身体が軽くなり、いつしか頭痛のことなどすっかり忘れてしまうといことも度々でした。
作業が終わる頃には心地良い疲労感に包まれ、リフレッシュできていました。
暗室はサウナのような効果もありました。

フィルムからデジタルに換えたいまでは、撮影後の作業は体全体ではなく、目と指先だけを酷使して、目はしょぼしょぼ、指の間接はぎくしゃく。
リフレッシュどころか、作業後には澱んだ疲労感が残るよになっているだけです。

これではいけません。
運動して汗を流さなければとも考えるのであるが、それも億劫です。
なんといっても私は筋金入りの面倒くさがりです。
そんな人間でも、意識しないうちに運動している、そんな都合の良いことでもあれば良いのですが・・・

今のところ私にとって、そんな都合の良い運動は歩くことです。
それもカメラ片手に歩くこと。
写真を撮って歩くことで運動と写真の一石二鳥です。
それで、お気に入りの写真が撮れれば、身体にも、こころにも良いこと間違いなしです。

歩けば写真がたまり、歩かなければ、写真のかわりに脂肪がたまるばかりです。

カピオラ二公園 オアフ ハワイ
オアフ島 ワイキキ カピオラ二公園 / Nikon F + Nikkor 24mm F2.8


海を見る四人
オアフ島 ワイキキビーチ

草むらで居眠り、波打ち際で佇んでいても脂肪は燃えないようです。


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みかん猫67

モーツアルト交響曲 第40番を聴きました。
この曲は誕生日が私と一緒の7月25日ということもあって、よく聴く曲の一つで、演奏の異なるCDを何枚も持っています。
カール・ベーム指揮の演奏とラファエル・クーベリク指揮の演奏を続けて聴きました。
指揮者や演奏家が変わると、同じ曲であっても、印象が違ってきます。
また、同じレコードやCDであっても、聴く側の気持ちによっても、その日、その時々で印象が違って聞こえてきます。
若いときに、大好きだった演奏が、この年になると、なんだか薄っぺらな感情表現にしか聴こえなかったりすることもあります。
いえいえ、カール・ベームやラファエル・クーベリクの指揮がそうだといっているのではありませんので、決して誤解のないようにお願いします。

「ネガは音楽家の楽譜のようなもので、プリントすることはその楽譜を演奏したようなもの」と言ったアンセル・アダムスの有名な言葉があります。
演奏家は楽譜を読んで、曲のイメージを作る上げ、そのイメージしたものを演奏で表現するのに似て、写真も〈イメージ〉することの大切さをアンセル・アダムスは言っています。

ネガの持っている諧調をそのまま印画紙の上に再現するだけではなく、表現したいものをしっかり〈イメージ〉して、それを印画紙の上で表現するのがプリント表現なのです。
写真はデジタル主流になりました。
銀塩写真時代のように微妙な匙加減とは無縁の世界です。

いやいや、デジタル写真だって、撮影から、プリント出力までの過程のなかで、微妙な匙加減はありますよ・・・と言われる方も居られることは承知です。
私自身も、銀塩黒白写真から、デジタル写真に転身した身ですから、そこのところは十分承知しております。

ただ、デジタル時代になって、学生たちの様子を見ていると、撮って出しの状態も少なくありません。
また、画像処理ソフトを使って、〈匙加減〉の必要な作業を加えてとしても、銀塩写真の時代に比べると、質が違うのです。

デジタル写真の匙加減は砂糖○○グラム、みりん○○ccといった感じですが、銀塩写真の場合は砂糖少々、みりん、大さじ半分といった違いがあります。

写真はネガやデジタル撮影データからの、プリントを作る段階だけではなく、撮影の段階からイメージすることが大切です。
被写体の前で足を停めて写真機を構えます。
被写体を見つけた段階で、既に、最終的な写真のイメージが出来上がっているのです。
出来上がっていなければなりません。
そのイメージされたものを、写真映像で表現するために最適な選択をすることになります。
アングルは? フレーミングは? 露出は? ピンとは? 被写界深度は? などなど。
全ては、イメージした世界の具現化に向けての作業なのです。

〈絵画〉などのように、〈無〉から生み出される世界の場合、人々は事前に頭に中や心の中に自分の表現したい世界を、当然のごとく思い描きます。
それがなければ、筆は動きません。
つまり、イメージすることは当然のことなのです。

しかし、〈写真〉の場合は、イメージしなくても、目の前にあるものは写ってしまうのです。
それに輪をかけて、写真を取り巻く環境は、自動化がすすみ、ますます、イメージしなくても事が運ぶ世界になってしまいました。
自動露出、オートフォーカスなどカメラの自動化は、写真家を表現することに集中させてくれると言われることもありますが、結果はそうなっていないようです。

ハワイ オアフ島
ハワイ オアフ島 /

ハワイ オアフ島
ハワイ オアフ島 /

今日の二枚の写真は、微妙な匙加減を必要とする、銀塩写真からのセレクトです。
いずれも、バライタプリントをスキャンしたものです。


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みかん猫67

学生から、カメラの相談を受けることがありますが、稀にレンズについても聞いてくる学生が居ます。
ズームレンズについては、写真を学ぶ学生の選択としては、諸手を挙げて賛成できない点もありますので、出来る限り、単焦点レンズを勧めるようにしています。

学生たちが最初にカメラを買ったときに、ズームレンズをセットで買っています。
そんな学生たちには、「ファインダーを目のところに持っていく前に、レンズの焦点距離を決めなさい」と指導します。
また、「ファインダーを覗いたら、ズーミング禁止。ズーミングせずに、自分の体を前後に運びなさい」とも、合わせて指導します。

ファインダーを覗いてしまうと、構図に関して、ちょっとしたことが気になってズームリングを動かしてしまうのが人情なのです。
カメラを構える前に、この焦点距離で撮ると決めた焦点距離から動かさないようにします。
調整が必要な場合は、自ら前後に動き、被写体に近づいたり離れたりして、フレーミングをしてもらいます。

そんなことを繰り返しているうちに、センスのある学生なら、自分が何ミリぐらいの焦点距離を使うことが多いのか掴んでくれます。
そうして、その最も多用する焦点距離の単焦点レンズを手に入れると、間違いない選択ができると考える次第です。

現在、私はズームレンズ持ちません。
〈OLYMPUS E-P1〉を買ったときにズームレンズとセットだったのでズームレンズ手に入れましたが、それも今は手元にありません。
また、〈Panasonic GH2〉を買ったときも、発売当初はズームレンズとセット販売しか手に入らず、仕方なくそれを買いましたが、その場でズームレンズは下取りに出して〈LUMIX G14mm〉レンズを買いました。

「なんで、そんなにズームレンズを毛嫌いするの?」と思われるかも知れませんが、それはすべて私の性格からきているものです。
昔のように、ズームレンズは性能が悪くて使いものにならない・・・なんてことは思っていません。
今のズームレンズは、そこそこ使いものになることは十分承知です。
ただ、使いものになるズームレンズは、やはり大きくて重いものが多いのです。

ご承知のように私は根っからの無精者ですから、大きくて重いのが駄目なのです。
そして、やはり優柔不断の性分ですから、ズームレンズを付けると、ついつい、ズーミングして画面を構成し過ぎてしまうのです。
そんなことをしていると、写真に「思い切り」が入らないのです。

まあ、優柔不断だから、思い切りが悪いのは当然ですけどね。


CF0821.040 福岡市中央区 C175528/35#
福岡市中央区 | Canon EOS Kiss Digital X + EF-S 17-55mm F2.8


CF0821.056 福岡市博多区 C175528/40#
福岡市博多区 | Canon EOS Kiss Digital X + EF-S 17-55mm F2.8

今日の写真はズームレンズで撮ったものです。
レンズは職場の備品と言われるものです。私のものではありません。
気の迷いで使ってみたときのものです。

一枚目は焦点距離35mm(換算:56mm)で、二枚目は40mm(換算:64mm)で撮っています。
どちらも、不断使う焦点距離より長めの焦点距離で撮っています。
出来た写真は、どうも私の写真らしくなないのですが・・・

焦点距離が変えられる便利なズームレンズは、私たちの目のように、自由に変化する視野を提供してくれる楽しさはあります。
考えれば、ズームレンズとは、より人間の目に近づいたレンズと言えます。

下手な落語家が噺の落ちを説明するようで、無粋なことですが・・・植木鉢を撮った二枚目の写真は、玄関引き戸の隙間から下着姿の老人が覗いているところも見てやってください。
写真を見るときは、目をズームレンズにして、画角を広くして全体を見たり、画角を狭くして部分を詳しくみたりしてください。

と・・・きょうは、噺がうまく落ちがつきましたでしょうか。

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みかん猫67

一人の二人

いまから一ヶ月ほど前の話です。
今年は花見をしないまま、気がつけば桜の季節が過ぎようとしていました。
花見の宴会とはいきませんが、とにかく今年の桜を写真に撮っておこうと、福岡の桜の名所、〈西公園〉の出かけました。

桜の花は粗方散っていましたが、枝から落ちた桜の花びらで地面は明るい桃色に染まっていて、それはそれで、風情のあるものでした。
散る桜の下で、のんびりとお昼ご飯を食べている若い女性を見かけました。
一人の花見です。

今年の桜を見て、昨年の桜の頃を思い出します。
一年という期間が歳とともに加速度的に短くなっているが実感できます。
時間は総ての人に平等に流れているのでしょうが、若い人の一年と、60歳を過ぎた人間の一年とでは全く時間の質が違っているようです。

最近では一年ではなく、一日が過ぎる早さに驚かせれています。
今日一日かかって、自分がどれだけの仕事をこなしたのかを振り返ったとき、時間の足の速さと、自分の足の遅さみたいなことを感じてしまいます。

110416.063 福岡市中央区 GH2 g20 1.7a#
福岡市中央区 | Panasonic GH2 + LUMIX G 20mm F1.7 ASPH.

JJ0205.148 北九州市八幡西区 5DII ef50 1.4#
北九州市八幡西区 | Canon 5DII + EF 50mm F1.4

今年の二月初め。
門司港から博多に戻る列車の窓から、向かい側の待合室で勉強する高校生を見かけました。
季節的には受験の頃です。
寸暇を惜しんで勉強・・・勉強しても、勉強しても、志望校に合格できるかどうか、不安は拭えません。

この歳のなると、頭に詰め込んでも、こぼれ出る方が多いのでは・・・と思うほど、抜けています。
10の知識を新しく入れたら、20、30とこぼれ落ちていきます。
10の知識を詰め込むのにも、若い人の10倍、100倍と時間がかかります。

時間が必要になったころには、時間が残されていない。
懸命に勉強しなければいけない、働かなければいけないと気付いたときには、頭も体も言うことを聞いてくれない。根気も失せてしまっています。
ならば、諦めて・・・一所懸命頑張ろうなんて考えずに、のんびりと、好きなことをして過ごすのが、老人の身の処しかたとして賢明な選択なのかもしれません。

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みかん猫67

いまでも35mmレンズ

自分の写真人生(少々、大袈裟ですが)を振り返ってみたとき、記憶に残っている一番の望遠レンズは135mmレンズくらいで、それもしっかり使い込んだ記憶はありません。
望遠系のレンズで、最も使ったレンズはNikkor 85mm F2のレンズでした。
比較的小さくて、これが私の望遠レンズの限界焦点距離といったところです。
Nikkor 85mm F2は、私の東京での最初の個展『小学校』の写真のなかにも、ちょこちょこ顔を出します。

島根県那賀郡金城町|波佐小学校
島根県那賀郡金城町立波佐小学校 | Nikon F + Ai Nikkor 85mm F2


小学校の撮影はニコンの一眼レフとライカ M4を中心に撮影をしました。
一眼レフが、少々手に余ると感じるようになってからは、カメラもレンズも小さく、手に入る大きさのレンジファインダーカメラをもっぱら使うようになりました。
レンジファインダーカメラは望遠レンズやズームレンズに弱い構造になっていますので、自然と、望遠レンズを使う機会も減りました。
今では、21mm、24mm、28m、35mm、50mmと完全に広角に偏ったレンズ構成になっています。
50mmより長い焦点距離は持っていません。

デジタル時代になり、一つ便利に感じていることがあります。
M9に50mmレンスをつけると、分かりきった話しで恐縮ですが、50mmレンズの画角になりますが、その50mmレンズをM8.2に付けると、66mmの画角にズームアップしてくれるのです。
これは、いざというときに重宝します。

大学の私の部屋は4階にありますが、そこから下を通る学生の群れを写真に撮ろうとしましたが、i私のレンズで一番長焦点の50mmでも焦点距離が足りなくて、小さくしか写せません。
そこで、マイクロフォーサーズの〈Panasonic GH2〉に、50mmレンズを付けて、100mmの画角で撮影しました・・・といったように。

レンズの焦点距離と年齢の関係について、写真家の〔高梨豊〕さんの名言があります。
それは、レンズの焦点距離と年齢が比例するということです。
つまり、20歳代の若者は20mmとか24mmとといった広角レンズを好み、30歳代になると35mmくらい、50歳くらいになると50mmレンズと云うように、年齢とともに好んて使う焦点距離が長くなるというのです。

私の経験でも、この法則が当たっています。
学生時代は特に24mmレンズを主に使っていました。
それが、いつしか35mmレンズが自分の私的標準レンズになっていました。

岡山県新見市|思誠小学校
岡山県新見市立思誠小学校 | Leica M4 + Summilux 35mm F1.4

現在、60歳を超えた私ですから、50mmレンズくらいを使っているはずなのですが、どうやら私は写真人として成長が止まってしまったようで、いまでも35mmを一番使い続けています。

追記:ここで挙げているレンズの焦点距離はすべて35ミリフルサイズ画面を基準としています。

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みかん猫67

写真と料理は良く似ていると私は常々考えています。
ハワイで一人生活をしていたとき、台所に立っていましたが、そのときに感じたことは、台所での身のこなし、目配り、気配りが、暗室の中での動きに似ているなと感じました。
それは単に、横の動きが多いという身体的動きだけではなくて、いろんな〈手際〉も含めています。

料理には〈食材〉というものがあります。
つまり、写真の被写体にあたるのが〈食材〉と考えます。
食材を吟味し、選り分ける能力。
その食材を用いてどのような料理ができるか、また、仕上げることが出来るかをイメージできる感性。
料理の上手い人は、そういったものを備え持っている。
料理の上手な人はイメージすることが上手。

写真の上手い人は料理も上手。
料理の下手な人は写真も○○なのかも知れません。
もちろん、例外はあるでしょうけれど。

大きな声では言えませんが、私は料理が下手です。
料理の下手な私は写真も・・・
(どなたか、「例外もあるよ」と言ってくれませんかね)

しかし、美味しく食べるのは上手です。
何を食べても美味しく感じる・・・これって、単純に味音痴なだけかも知れませんが、「これはこんな味」と納得してしまうのです。

例えば、有名店の一個1000円のハンバーガーも、自動販売機のなかで、チンしてポンと出てくる250円のハンバーガーも、それぞれの味があるって、納得できてしまうのです。
だいたい、1000円と250円を同じ計りに掛けること自体に無理があるのですよ。
だから、1000円のハンバーガーは1000円の味、250円のハンバーガーは250円の味が、それぞれあるのですよ。

二年生の授業、〈画像設計論〉で写真家の〈サルガド〉さんを取り上げました。
サルガドさんの写真が1000円のハンバーガーだとすれば、私の写真は250円のハンバーガーなのです。
どだい、販売ターゲット層が違うのですよ。
材料にかけるコストが違うのですよ。
調理の腕前は・・・ここは、基本ですから、「ええとこ勝負」としおておかないとすべては終わってしまいます。
サルガドさんも写真は上手いけど、料理は下手なのですよ・・・きっと。

070804.126 Wahiawa Oahu Hawaii M8 ET28a
Wahiawa Oahu HAWAII | LEICA M8 + ELMARIT-M 28mm F2.8 ASPH.
テーブルの上に$2.50のハンバーガーが乗っています。私の写真といい勝負ですかね。


070807.010 Chinatown Honolulu Oahu HAWAII M8 et28a
Chinatown Honolulu Oahu HAWAII | LEICA M8 + ELMARIT-M 28mm F2.8 ASPH.

農家のおばさんが、軽トラックに野菜を積んで回ってきます。
〈甘夏〉を買いました。
日曜日の暇つぶしに、これで、〈ママレード〉を作りました。
最近、暗室作業をさぼっていますので、台所でももたもたです。
暗室も、台所も駄目だと、おしまいですね。
頑張らなければ・・・もちろん台所仕事をですよ。

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みかん猫67

フィルム、ぽん

デジタルカメラ世代の若い人の中には、写真はカメラの電源を入れてシャッターを押せば写ると思っている人が多く居ます。
確かにデジタルカメラの場合はそれで良いのですが、フィルムカメラの場合も同様です。

フィルムをカメラに入れるのも一苦労です。
先ずは、カメラの裏蓋を開ける方法が分かりません。
フィルムカメラを使ったことが無いのなら、それも致し方ないのかも知れません。
考えても、想像する糸口すら無いようです。
私のようなフィルム世代なら、巻き戻しノブを引き上げるか、ボディ横または底にある開閉ノブを動かせば何とかなると想像できるのですが・・・

ようやく、カメラの裏ぶたを開いて、いざ、フィルムを入れようとしても、巻き戻しノブに繋がっている軸が邪魔して、うまく入りません。
そこもなんとか克服したところで、裏ぶたをパタンと閉じ、カメラを構えて撮るといった次第です。

ピントも露出も〔自動〕があたりまえの世代ですから、ピント合わせや、露出設定なんて、そんな操作は端から頭の中にありません。
当然、フィルムの巻き上げを自分の指でするなんて、考えも及びません。
彼ら、彼女らにとって、手巻きのフィルムカメラなんて博物館ものでしょうから、まさか、そんなカメラを使わせられるなんて考えてもいなかったことでしょう。


「センセ〜、写りません」(つまりシャッターが切れないと云うことです)
「巻き上げた?」
「それって、何ですか?」
「フィルムをレンズの後ろに持ってくる作業で、巻き上げレバーを動かしてください。」
「巻き上げレバーってどれですか」
なんて問答が続きます。

いろいろ、紆余曲折がありましたが、なんとか、フィルム一本撮影終了・・・

さて、フィルム現像が終わりました。
「センセ〜、写っていません」
ここで経験豊かなセンセ〜はピンときて、学生に質問です。
「フィルムをカメラに入れたとき、フィルムの先端を反対側の軸に差し込んだ?」
「それって、何ですか?」
「撮影が終わって、フィルムを巻き戻しましたか?」
「36枚撮ってフィルムを出しました〜」
「巻き戻してないんだ...」(巻き上げていないのだから、巻き戻す必要はないのです)

その他にも、いろいろと、想像を絶する出来事が山ほどあります。
こんなことを聞いた、ベテランの皆さんは。「先生も大変だ・・・」と同情してくださると思いますが、その心配はご無用です。

不慣れな学生たちとのやりとり、これがまたなかなか楽しいのです。
成長が目に見えるのですから。

CF0304.014 奈良市 M8 et21#
奈良市 | LEICA M8 + ELMARIT-M 21mm F2.8

110312.098 大阪市北区天神橋筋六丁目|大阪くらしの今昔館 M9 sn28a#
大阪市北区天神橋筋六丁目 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

〈成長〉ということで、今日はこどもの写真にしました。
最近、こどもにレンズを向けることも難しくなりました。
特に、小学生などは、〈鬼門〉です。
近寄らない方が無難です。
小学校では「知らないおじさんに写真を撮ってもらわないように」などと指導しているようで、「月光で、写真を撮ってもらうなと言われています・・・」などと切り返してきます。
そんなことばを聞くと、こころのなかに氷を投げ込まれたようで、何とも言えない寂しさを感じます。
そんな時代なんだ・・・と。

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みかん猫67

どんなカメラが?

仕事柄、学生たちに「カメラを買いたいのですが、どんなカメラが良いですか?」と聞かれることがよくあります。
そんな質問を受けたときには、「どんな写真を撮るのですか?」と聞き返します。
ところが、この問いに対して、明確な答えを準備している学生は殆ど居ません。

次に聞くのは「予算は?」。
これも、学生たちは口ごもりますが、腹の中では「安くあげたい」と思っているようです。
結局のところは、なんとか聞き出した予算額いっぱいのところで、私が良いと思われるものを紹介することになります。

春はカメラを買い替える学生がいつもより多いので、授業でも、カメラの種類、構造、どんな写真を撮るのに向いているか、写真作家とカメラなどをテーマに話しています。

私は、父親の準備してくれた〈Minolta SR-T 101〉に、広角、標準、望遠のレンズを持って写真大学の学生になりました。
その後、Canon FT、同FTb、Nikon F、F2、F3と進み。最後は、ほんの短期間でしたがF6まで使いました。
Canonも同様にFT、FTb、F1、T90、New F1と使ってきました。

その他にもいろんなカメラを使いました。
私の父親は世に言うカメラ好きで、そのDNAはしっかりと受け継いでいるようです。

自宅にはライカM3とM4と云う二台のM型ライカがありました。
大学が休みになり帰省した折りには、そのライカを無断で持ち出して写真を撮ったりしていました。
その時に感じたライカに対する違和感の無さが、後年まで私のこころのなかに沈殿していたのでしょう。

なんとなく自分の写真の方向性みたいなものが分かり出したときに、私の心の中に沈殿していたM型ライカへの想いが、ゆっくりとこころの表層に浮かび上がってきたのです。
私の撮る写真や、撮影スタイルとM型ライカとの相性の良さに気付いたとき、自分のカメラとしてライカを手に入れる決心をしたのです。
「清水の舞台から飛び降りる」そんな決心が必要なカメラでしたが、人をそこまで引きつける〈華〉がM型ライカにはありました。

しかし、最近のカメラには、その〈華〉がないのです。
特に消耗品的電気製品になってしまったデジタルカメラにおいては、特にそうです。
最近のカメラは、写真を撮る道具としては、確かに完成度は高いのかもしれませんが、実用本位だけでは私の心はすぐに冷めてしまします。

そんななかでも、ライカのM型デジタルカメラだけは、比較的〈華〉がある方ではないかと思っているのですが、やはりフィルムカメラ時代のM型ライカが持つ気高さには遠く及びません。
「これが一番まし」といったところでしょうか。


CF0804.160 ハワイ オアフ島 ワヒアワ


上の写真はハワイで撮ったものです。
Wahiawaという、オアフ島の中心当りになる町をあるいていて、ペンキ塗りをしている男性を見つけました。
カメラを構えると、敵もさる物、さっと、手にしていた刷毛で顔を隠しました。
その素早かったこと。
この勝負、拙者の負けでござる。
次に私がやらなければならないことは、非礼を詫びることです。
戦の後の平和交渉といったところでしょうか。
事情を説明すると、今度は笑顔で写ってくれました。

CF0804.161 ハワイ オアフ島 ワヒアワ


外国人の場合(上の写真の場合、私が外国人ですが・・・)、特に、断りも無く写真を撮ると怒り出す人も居るようですが、私の場合、激怒された経験はありません。
相手が、怒りそうな人物かどうか。いまの状態は写真に撮られたくないかどうかなど、そのへんの配慮は十分にしているつもりです。
そして、撮影後には挨拶を忘れないことです。

M型ライカは、人のこころを柔らかくしてくれるカメラです。

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みかん猫67

雨の日に

雨です。
雨は嫌いです。
雨同様、冬の寒さも嫌です。
玄界灘から吹き付ける強い風、それに寒さと雨が絡んでくると、出かけるときに、「冬の福岡は嫌だね」と、ため息混じりに呟いてしまいます。

そんな、嫌いなあめですが、この時期の雨は優しさを感じることもあります。
寒さが抜けた陽気の所為でしょうか。
それとも、木々や草花に対する愛情を感じるからでしょうか。
いずれにしても、春から初夏の雨にスボンの裾を濡らされても、こころ穏やかに過ごすことができます。

JC0615.001 福岡市東区 M9 su28 5.6#
福岡市東区 | LEICA M9 + Summaron 28mm F5.6

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みかん猫67

極楽への庭仕事

我が家の小さな庭が、一段と小さくなっています。
春から初夏。
植物の勢いが増し、枝葉を伸ばしてきます。
そうなると、庭の空間がどんどん狭まるという次第です。

縁側に立って、小さな庭を眺めていて、すいぶんと雑草が目につきました。
長いこと庭の手入れをしていません。
生け垣も見苦しくなっています。

080503.012 福岡市東区M8 sx356a#
福岡市東区 | LEICA M8 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL

庭に植えられた〈ナニワイバラ〉の白い花も散り始めています。
もう少しすると〈ヤマボウシ〉の花が咲きだします。
今年は、ずいぶんとたくさんの花芽がついてくれていますので、きっと庭が賑やかなことでしょう。
植物のことはまったく分かりませんが、〈ヤマボウシ〉の白い花のように見えるところは、花ではないそうです。

雨戸のところに植えられた〈紫陽花〉の花芽も日に日に大きく育っています。
〈ヤマボウシ〉の花が終わる頃には〈紫陽花〉が色づき、梅雨がやってきます。
季節の変化が愛おしく感じられるようになる・・・これも、年齢の所為でしょうか。

「ずいぶんと雑草がはえてしまった・・・」の、家人の一言で一念発起、土曜、日曜を利用して生け垣の手入れと庭の草抜きをしました。
土曜日に生け垣、日曜日に草抜きをしましたが、まだ半分残ってしまいました。
それほど大きな庭ではありませんが、怠けてきた代償は想像以上に大きなものでした。
乱れた庭は、一朝一夕には奇麗にはなりません。

夏のような日差しの中、適当なところで「またこんど」と音を上げてしまいました。
庭の手入れをした日は、いつもより早く風呂に入り汗を流します。
夕方の光が満ち浴室の中で、のんびりと湯船に浸かっていると、「極楽・極楽」とつぶやいてしまいます。

子供の自分、近所の悪ガキ連中とひとしきり遊んだ後は、連れ立って近くの銭湯に出かけていました。
確か〈二見湯〉といったでしょうか。
浴室の壁には、富士山や三保の松原ではなく、関西らしく二見浦の夫婦岩が描かれていたと記憶しています。

下の写真は、この春に大阪を訪れたときのものです。
近頃の銭湯も、ずいぶんモダンになったものです。
湯に入りに来る客も、ショルダーバックを肩に掛けて、とても、銭湯に出かける人には見えないのも驚きでした。

しかし、暖簾がいささか貧弱です。
看板もなんとなく見かけだけ。
ありきたりな富士山ではなく、天橋立とか、関西の風光明媚なところを描いたものにしてもらいたかったですね。
「そんなもん、おまへんで・・・」と言うんやったら、難波商人の心意気を見せて、暖簾を染めあげてもろたらええやんか。
暖簾は商人の宝ちゃうんかいな。

110309.013 大阪市阿倍野区 M9 Sn28a#
大阪市阿倍野区 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.


日暮れ前の明るい銭湯は子供心にも気持ちのよいものでした。
庭仕事を終えたあとの我が家の浴室に満ちた明るい光は、子供の頃の幸福な記憶に繋がっています。
銭湯では風呂上がりに〈コーヒー牛乳〉でした。

のどかで幸せな休日・・・あとはクイーッと一杯頂ければ「極楽・極楽」。

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みかん猫67

ひな人形や鯉のぼり

気がつけば、鯉のぼりの季節も過ぎてしまいました。
初夏の乾いた空気の中を、青空を背景に、悠々と泳ぐ大きな鯉のぼりを見ていないような気がします。
今年は時期が過ぎてから、「あっ、そうだった・・・」と気付くことがたくさんありました。
これは歳の所為でしょうか。
それとも騒然としている世情が関係しているのでしょうか。
おひな様や鯉のぼりも、どこか申し訳なさそうに、忍び足で私の横を通り過ぎていったようです。
それに気づてやれなくて、お雛さまや鯉のぼりに申し訳ない思いでいます。

ひな人形や鯉のぼりは、一年の大半を暗い押し入れや倉庫のなかで眠り、脚光を浴びるのは僅かな期間だけです。
それが、今年のような状況では、可哀想です。

CA12415 大阪市西成区山王#
大阪市西成区山王 / LEICA MP + SUMMICRON-M 35mm F2 / T-MAX 100 / Mirodol-X 1:3 24℃ 14'00"

110315.039 福岡県柳川市 EPL2 g14 2.5a#
福岡県柳川市 | OLYMPUS E-P2 + LUMMIX G 14mm F2.5 ASPH.


我が家にも娘が居りますので、ひな人形を飾ります。
亡父が孫のために買ってくれたものです。
今年も、例年どおり飾りました。
ひな人形を見ると、若くて元気だった頃の義父の姿が脳裏に浮かんできます。

写真も同様です。
一枚の写真のなかに、いろんなものが詰まっています。
大阪西成の鯉のぼり、福岡は柳川のお雛さま。
これらの写真のなかには、その時々の記憶の断片が埋め込まれています。
写真に込められる記憶は、できることなら、楽しい記憶でありたいものです。

もう少し歳をとると、今以上に記憶もぼんやりとしてくることでしょう。
それが、写真を見ると、記憶を包んでいた霧がさっと晴れ、写真にまつわる楽しい思い出が鮮明に蘇ってくる・・・
そんな写真をこれからも撮っていきたいものです。
そのためにも、こころから写真を楽しまなければいけませんね。


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みかん猫67

数日前から家の近くで雨蛙の鳴く声を聞くようになりました。
これから、田んぼに水が張られ、田植えが始まり、やがては梅雨入りということになるのでしょう。
このところ世情は騒然としていますので、そちらの方にばかり世間の目は向かい,気がつけば桜の季節も過ぎ、沖縄は梅雨入りをしていました。
季節は、滞ることなく、いつものようにきちんと巡っていきます。
じたばたしているのは「想像を絶する」とか「想定外」を連発する人間だけのようで、虚しささえ覚えます。
所詮、人間の想像力などというものはちっぽけなものなのです。

「ちっぽけ」こそが、わたしたちにお似合いなのです。
〈身の程〉を知ることと、己の〈身の丈〉をわきまえることが大切だと考えます。
人間は全知全能ではないのですから。
といったことを言っていますが、私は宗教家でもなければ、運命論者でもありません。
ただ、身の丈にあった、ちっぽけな世界を写真機に収めて喜んでいる、徘徊親父に過ぎません。

日の出の時刻はどんどん早くなっています。
それに合わせるかのように、私の目覚めも早くなっていきす。
このごろでは三時半か四時くらいには目が覚めます。
目が覚めたときに、昨夜見た夢のことなどが脳裏をよぎるのですが、最近、あまり愉快な夢を見ることがなくなりました。

もう一度眠りに落ちて、夢の続きを見てみたくなるような夢とは、このところ、とんとお目にかかっていません。
〈逃亡者〉のようにある種の組織から逃げ回っていたり、怖いお兄さん方とやり合ってみたり・・・
とにかく夢のなかで走り回っています。
そんな夢の時には、目覚めたときには疲れているといった感じです。

また、思うように捗らない仕事を抱え悪戦苦闘している夢も見ます。
面倒くさがりで、短気な性分ときているから、大人の世界に必要な「根回し」が苦手です。
出たとこ勝負、単刀直入にストレートを投げ込むタイプでありから、実際の仕事面でも苦戦することがあります。
そんなときには夢の中でも、もがき苦しんでしまうのです。
この世は、寝ても、起きても、しんどいことばかりです。

もちろん、恐怖映画まがいの、怖いシーンを夢の中で見ることもあります。
だから、目覚めたときにはぐったりとしてしまっていることが、このところ多いのです。
出来ることなら、若いときのように朝までぐっすりと眠り続けられればと思うのですが、歳の所為かそれも出来なくなってしまっています。

目覚めてから、布団の中で本を読んだり、ラジオを聞いたりしています。
寝床から抜け出すのは6時前後。
猫がギャーギャー鳴いて朝飯を要求します。
その頃には、悪い夢を見て、ぐったりとした私の身体もようやく目覚め、自慢の胃袋も臨戦態勢を整えてきます。

先ず猫の朝飯をととのえたのち、自分の朝飯の準備です。
今日も、猫と一緒に美味しく頂きました。
私にとって、朝食はその日の体調を見極めるための指標にもなっています。
だから朝食を美味しく食べることは、私にとって重要な日課なのです。

こうして、昨日と同じように、私のちっぽけな一日が始まります。

【追伸】
先日の〈亀カメラ〉で、病因嫌いと題してお話をしましたが、これを読んでくれたひとたちから「体調を崩しているのですか?」とのお見舞い(?)を頂きました。
ご心配をおかけしてしまうような、つたない文章だと反省しきりです。
私は、今朝も、猫と一緒においしく朝食を頂きましたので、元気にやっております。


JC0928.001 福岡市東区 M9sn35a#
福岡市東区 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 35mm F2 ASPH.

110213.051 福岡市東区 5DII ef50 1.4#
福岡市東区 | Canon 5DII + EF 50mm F1.4

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みかん猫67

最近のデジタルカメラは、製品として出荷する段階で、必ずしも完成品として仕上がっているとは言えないようです。
製品として、発売後も〈ファームウエア・アップ〉と称して、不具合を修正してきます。

また、多様化した顧客の要求に合わせるかたちで、可能な限り多くの機能を盛り込む傾向にあります。
その機能のなかなら自分に合うものを選んでシステムを組み立てるのが現代のデジタルカメラです。

興味をもって手に入れた フジフィルムのデジタルカメラ、〈Finepix X100〉も、そのようなカメラです。
出荷時の設定(デフォルトと言うようですが)から、時刻、画質モード、画像サイズなど、これまで使ったデジタルカメラで行ってきた、最低限の設定をして、いざ出陣。
ところが、この馬(X100のこと)、御者の思い通りに動いてくれません。

この馬は駄馬か・・・
ならば、放り出そうか・・・
と、短気をおこしかけたのですが、使い難いけれど、写りは悪くないので、もうちょっと様子を見ることにして今に至っています。

これまで、新しいカメラを手に入れたら、「習うより慣れろ」と、取扱説明書など見ることもなく、いきなり実戦の場に駆り出してきました。
フィルムカメラの場合は極めて単純ですから、カメラが変わっても操作が分からず困ることはありませんでした。

フィルム時代で戸惑ったと記憶しているのは、オリンパスのM1(OM1の出始めの頃の名称)を使ったときに、シャッターダイヤルが、レンズマウントのところにあったこと。
それから、ニコンからキャノン、キャノンから再びニコンに変わったとき、レンズの着脱時の開店方向、シャッターダイアルの回転方向、絞りの回転方向・・・それら、全てが逆方向だったこと。
そんなことくらいでしょうか。
オリンパスのことはすぐに慣れましたが、キャノンとニコンの逆回転には随分と悩まされました。
今のように自動露出でカメラ任せの時代ではありませんでしたから、露出を増やす、減らすが、ニコンとキャノンとでは逆に動かさなければならないので、困ったものでした。
それでも、「習うより慣れろ」で、使い続けているうちに、自然に体が覚えてくれたものでした。

ところが、最近のデジタルカメラは「習うより慣れろ」では通用しなくなっています。
とにかく複雑。
ボタン、ボタン、ボタン・・・必要な機能を呼び出していかなければなりません。
そして、自分用に各機能を設定することで、私が使い易いカメラとして生まれ変わっていくのです。

ですから、先ずは取扱説明書を熟読して・・・つまり「慣れるより、先ず習え(学べ)」です。
そんなこんなで、悪戦苦闘はしていますが、私のカメラとして成長してきましたので、随分と使いこなせるようになってきました。
でも、不満点はまだ残っています。

今年の〈カメラグランプリ〉に投票するにあたっての調査の意味もあって、手に入れた〈Finepix X100〉ですが、まだまだ、カメラとして未熟と判断し、三位にしました。
一位はPentax 645Dで投票しました。
レンズ賞は〈OLYMPUS M Zuiko Digital ED9-18mm F4-5.6〉に一票を投じました。

結構、自信があるのですが、結果はどうでしょうか。
〈Fuji Finepix X100〉を見事に使いこなせるかどうかは自信がありませんが。


110416.016 福岡市中央区 X100 23 2#
福岡市中央区 | Fuji Finepix X100 + 23mm F2 ASPH.

110403.039 福岡市中央区 X100 23 2#
福岡市中央区 | Fuji Finepix X100 + 23mm F2 ASPH.

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みかん猫67

病院嫌い

病院嫌いです。
まあ、病院好きの人は居ないと思いますが・・・
いや、政治家とか、世の中で悪さをしたお偉いさんが、ほとぼりが冷めるまで雲隠れするのに、緊急入院なんて芸当をよくやりますが、こういった人たちにとっては、病院なんて、ホテルのようなもので、屁でもないかもしれませんね。

春のこの時期、職場で定期健康診断というものを受けなければなりませんが、これも苦手です。
春最大の憂鬱の種です。

私にはかかりつけ医が居ます。
春の定期健康診断も、このかかりつけ医の病院で行い、そこで作ってもらった診断書を職場に出すという方法で毎年、嫌な時期を乗り切っています。

健康診断を受ければ、どこかに必ず異常がみつかり、入院を余儀なくされる。
運がわるければ、「手遅れです」などと医者の先生に言われ、二度と娑婆の空気が吸えなくなる・・・と、想像は悪い方にばかり進んでいきます。
情けない話ですが、健康診断と聞くだけで血圧があがってしまいます。

職場の検診だと、数値データだけで診断を下し、要検査などとなりかねません。
そうなると、先ほどの話ではありませんが、悪いことばかり想像して、本当に病気になってしまいそうです。

かかりつけ医の場合だと、私の体質なども考慮しながら判断してもらえるし、万が一、何か異常があっても、そのまま治療にはいれます。
医者の勧めでがん検診なども受けますが、結果をが出るまでは、身の縮む思いです。
行きつけの病院、顔見知りのお医者さんだと、少しは気分も楽になれるというものです。

なぜ、こんなに病気に対して臆病になったのか。
それは、小学校に入る前に、一年間くらいの長期入院をした経験からきていると考えます。
小児の段階で、親元を離れ、一人、療養を続ける心細さ、寂しさみたいなものが、脳の襞のいたるところに刻まれてしまっているようです。
それから55年ほど経過した今でも、病院に行くのが怖いのです。
いい歳をして情けない話です。

幼児体験が、一人の人間のなかで脈々と息づき、性格形成にまで影響を与えていることを考えると、ご先祖様から受け継いだ血の記憶(あまり好きな言い方ではありませんが、他にことばが浮かばなくて)と、この世に生まれ出てからの、環境、経験といったものが、一人一人の性分を形作っているのだと気付かされます。

母体の中でのえら呼吸から、おぎゃーと生まれ出て、最初に鼻から肺に流れ込んだ空気の質みたいなものから、今朝のコーヒーの味に至まですべてが私の中に蓄積し、私という個人を作り上げていると考えると、しっかりと見、味わい、嗅ぎ分け、聞き分け、触れて吟味しなければいけません。

人生の終着点が近づいた今になって、こんなことに気付いても手遅れではありますが、幸いにも、私にはこのことを伝えるべき学生が居ます。

個性ある私が撮る、私の写真について、学生さんたちには少々辛気くさい話かもしれませんが、教師としての火が消えるまで、語り続けていきたいと思っています。

JJ0116.023 福岡市東区 M9 et21a
福岡市東区 | LEICA M9 + ELMARIT-M 21mm F2.8 ASPH.

110318.001 福岡市東区 GH2 g20 1.7a#
福岡市東区 | Panasonic LUMIX GH2 + LUMIX G 20mm F1.7 ASPH.

病院は決して写真の撮り易い場所ではありませんが、お見舞いなどで出かけたときにもチャンスがあれば写真を撮る・・・これも私のなかの野次馬根性がそうさせるのでしょうか。

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みかん猫67

腑に落ちましたか?

どうです、皆さん。
昨日の〈亀カメラ〉に載せた二枚の私の写真。
腑に落ちましたか?

「分からない」・・・そうでしょう。
そうおっしゃる方が多いと思います。
私の写真は自分勝手ですから。
でも、聞き苦しい独りよがりにならないように、声を潜める心配りはちゃんとしております。
だから、余計に分からない・・・それも、私の性分ですから致し方ありません。

4月29日から5月5日まで長い休みの間に、シャッターを押したのが4月29日、30日、5月3日5日の四日。
休みが七日あったうちの四日ですから、五割を超えているからまあ良しとしますか。
しかし、気ままな日常のなかでシャッターを押したものですから、撮影枚数は決して多くありません。

4月29日は、同じ被写体に対して二回シャッターを押しただけですし、同 30日にいたっては一回シャッターを押しただけです。
両日とも、近くの近くのパン屋へ昼飯を買い出しに出かけたときの、道すがらに撮ったものです。

福岡市東区4

110429.001 福岡市東区 X100 23 2#
福岡市東区 | FUJI FINEPIX X-100 + 23mm F2 ASPH.   データは共通です

今日もやはり私の写真が腑に落ちなかった皆さんには、ちゃんと、昨日の〈亀カメラ〉に、言い訳がましいことを書いておきました。
読み返すの面倒でしょうから、再度、問題の部分を引用してみます。

『人様の写真を拝見するときも、分からない写真でも見続けているうちに、突然、開眼するなんてことになるのでしょうね。
簡単に底が見える写真より、初対面のときに無愛想な写真の方が、案外、面白いということになるのかも知れません。
そうだとするなら、これまで、分からない、嫌いと投げ出してしまった写真を頑張って見なければなりません。』
〈くさや〉や、〈鮒ずし〉のように。
そうなれれば幸せなのですが・・・発酵するまでに時間がかかりそうですね。

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みかん猫67

今日は写真が一枚

4月29日から5月5日まで長い休みが続きました。
それも、今日で終わりです。
その間に写真を撮ったのは、4月29日、30日、5月3日5日の四日間でした。
しかし、どこかに写真を撮りに出かけたわけではありませんので、撮影枚数は決して多くありません。

じゃあ、写真も撮らずに長い休み、何をしていたのか。
〈家事〉・・・なんてこと、この私がするはずはありません。
料理なんてものも全く駄目な人間ですから・・・
少しはそんなことでも出来ると、もう少し格好良く生きられたのかもしれませんが、今更、それも望めません。
連休中・・・簡単に言ってしませば、何もしていません。

ただ、ごろごろして本を読んだり、デジタル写真のデータ整理をしたり。

本を読むといっても、私は速読はできません。
行間を読み、言葉の背景や裏を詮索していると、同じところを何度も読み返したりすることも多く、一冊の本を読み終えるのに結構、時間がかかります。

また、一度読んだ本でも、二度三度と本棚から引っ張りだしては読んでいます。
だから、本が処分できないのです。

連休中など、のんびりと過ごせるときには、この、二度目、三度目の読書が結構楽しいのです。
何度も読んだ本を、この連休中に、また最初から読み返して、その後に連休中に読むつもりで買っておいた新刊本読み始めたのですが、これがなかなか馴染めなくて困りました。

何度も読んでいる本は、作者の文体のリズムが、私の生理的リズムと合っていることが多く、その後に新しく目を通す本は、どうしても気持ちがちぐはくになってしまいます。
この本は自分とは合わないと、投げ出そうと何度も思ったのですが、根っからのケチですから、買った本は最後まで読んで投資額に見合ったものを得たいと、我慢して読み続けていると、あるときから、急にすらすらと読めるようになりました。
不思議な経験です。

人様の写真を拝見するときも、分からない写真でも見続けているうちに、突然、開眼するなんてことになるのでしょうね。
簡単に底が見える写真より、初対面のときに無愛想な写真の方が、案外、面白いということになるのかも知れません。
そうだとするなら、これまで、分からない、嫌いと投げ出してしまった写真を頑張って見なければなりません。

家の中でごろごろしていても写真は撮れないし、運動不足気味なので、中央区にある床屋まで出かけることにしました。
連休中だから、おそらく休んでいるだろうと思いながら出かけてみたら、案の定店の前に休業の貼り紙がしてありました。
ならば、散歩しながら天神まで戻り、その道中に写真でも撮れれば、それもまた良しと歩きだしたのですが、私の心も連休中らしく、「これは好き」と言える写真は今日は一枚きりでした。

それも、おそらく皆さんが見て、「こんな写真?」と思われるようなものだと思いますが、臆せず載せてみます。
ついでに、もう一枚。
二枚目のカラスの写真が5月3日の一枚です。
この日も、釣果は一枚きり。
のんびりとした連休でした。

110505.001 福岡市中央区 X100 23 2#
福岡市中央区 | FUJI FINEPIX X-100 + 23mm F2 ASPH.

110503.001 福岡市東区 X100 23 2#
福岡市東区 | FUJI FINEPIX X-100 + 23mm F2 ASPH.


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みかん猫67

ブレたり、ボケたり

大学卒業の時に、お誘いを受けて大学に残ることになりました。
それから40数年。
写真は大きく変りました。
大学の授業もデジタルカメラが主流になりました。
大学教育のなかで「私の専門は黒白写真でございます」などと言って、黒白写真だけを教えていれば済むといった状態ではなくなってしまいました。
そんな中でも、私はいまだに銀塩黒白写真を授業に取り入れています。

少し前のことですが、学生の希望はデジタルカメラに移っているだろうと思い、「デジタル写真は教えなくていいの」などと学生たちに聞いてはみたことがあります。
不思議なことに学生たちの反応は「デジタルよりもフィルムで」とか、「先生の授業くらい暗室に入りたい」などと嬉しいことを言ってくれました。

しかし、デジタル写真の波は予想を越える速さで写真の世界を席巻してしまい、最近では、デジタル写真を授業で扱う比率を上げています。
「暗室」の方が面白いと言ってくれる学生の数も、年々減り、いまでは4:6か3:7の割合でデジタルで写真をやりたいというようになっています。

目下の私の課題は、銀塩であれ、デジタル写真であれ、学生たちに写真の楽しさをどう伝えるかにあります。
もの作りの基本は楽しむことです。
デジタル写真からスタートした学生が、写真は楽しいと分かると、銀塩写真にも興味を持ってくれるでしょうし、銀塩写真で四苦八苦しながら基礎固めをした学生が、デジタル写真で花開くこともあります。
銀塩であれ、デジタルであれ、同じ写真ですから。

私が大学の写真学科に入学したのは1967年ですから今から40年以上前ということになります。
入学した直後は〈組立暗箱〉に〈ガラス乾板〉を使いました。
さすが、九州。時代遅れだね・・・などと言わないでください。
これは、当時としてもやや時代遅れの方法でしたが、授業を担当されていた先生の使い慣れた方法だったようです。
おそらく私の年代が、これらの機材で写真を学んだ最後の世代ではないかと思います。
実際、私達もすぐに〈キャビネ判〉のフィルムを使うようになりました。
カメラは相変わらず〈組立暗箱〉でしたが、ガラス乾板用の〈撮り枠〉に〈シース〉と呼ばれるアダプターを使って、フィルムが入るようにして使っていました。

私が大学一年生のときのキャビネ判のシートフィルムがどこかに残っているはずですが、友人を撮ったその写真は見事なピンボケ写真でした。
ピントを合わせ忘れたのか、それとも、私が撮影に手間取っいる間に、モデルのMくんが動いたのか・・・理由は定かではありませんが、そんなに出来の良い学生ではなかったようです。
そんな私ですから、学生に偉そうな顔はできません。

と、いうことで今日の写真はブレ・ボケ写真です。
この春に大阪の天王寺で撮ったものです。
昔を懐かしんでブレ・ボケを楽しんでいるのではありません。
また、いよいよ手元、足下が震えだしてブレたり、ボケたりしたのでもありません。
学生たちに、〈ノーファインダー撮影〉〈ブレ・ボケ写真〉という課題をだそうかと考えていて、その前に自分自身でちょっと試しに撮ってみたのです。

自動露出、オートフォーカスになった、デジタルカメラだと、よほどのことがないかぎり、それなりにきちっと写ります。
私の学生時代のようにピンぼけになったり、露出を間違えて失敗したりすることもありません。
そこで、〈ノーファインダー撮影〉で、学生たちに、もう一歩、奥深い写真の世界を体験して貰おうと〈ノーファインダー撮影〉〈ブレ・ボケ写真〉という課題を出すのが良いのではと考えたのです。

110309.011 大阪市天王寺区 M9 Sn28a#

110309.012 大阪市天王寺区 M9 Sn28a#
大阪市天王寺区 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH. ※データは共通

最初の写真は、地下鉄のホームで、おじさんが「はくしょん」と言った瞬間にシャッターを押した者です。
次の写真は、ブレ加減で、高校生たちの鼻の下に髯があるように見えるのが面白いかと思っています。

それはそうと、パソコンで〈ぶれぼけ〉と入力すると、〈ぶれ惚け〉と変換されるのがちょっとこころに刺さります。
ブレたり、ボケたり・・・そして、こちらの惚けも加わって、瘋癲写真人になるのももうすぐです。


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みかん猫67

年寄りのカメラ

我が家には21歳になる老猫が居ます。
あまり、意味のないことですが、人間の歳に換算すると百歳を超えているようです。
こうなると、一緒に住んでいるというよりも、妖怪のように住み着いているといった感じです。

若い頃には元気はつらつで、○○小町といっても過言ではないくらい、可愛い猫でしたが、いまでは足は曲がり、毛並みはぼろぼろ。
目はかすみ、耳は遠くなり、鼻で食べ物を探しているちった感じです。
一日の大半は、日当りの良い窓辺に置かれた自分の住処で丸くなって寝ています。

それでも、食欲だけは衰えることもなく、お腹が減ると「飯くれ〜」と鳴きながら付きまといます。
私は、自分の体調をみるとき、「食欲」があるかないか、ご飯を美味しく頂けたかどうかで見極めなす。
我が家の老獪ねこは、食欲旺盛(食い惚けかも・・・)ですから、まだまだ大丈夫だと思っています。

ところが、その猫が、酒に酔っているわけでもないのに、後ろ足をよろよろさせて歩いていました。
いよいよ来る日が来たかと、不安がよぎりましたが、どうやら寝ぼけていただけのようで、食事のときには軽やかに走っていました。
このぶんだと、もう少し一緒に暮らせそうです。

猫も老猫なら、飼い主の方も、老境に入りかけています。
いささか、カメラの重さが気になるようになってきました。
「こんなときはどうしよう」「こういったときには、これじゃあ心細い」などと、諦めの悪いことばかり考えてしまうようで、身軽にカメラ一台、単焦点レンズ一本で出かける勇気がないのでしょう。
未だに、気合いを入れて撮影に出かける時は、カメラ二台を持って出かけています。

もちろん、主戦力は〈ライカ〉ですが、このカメラ、見かけは痩身ですが、筋金入りの筋肉質。
三月に出かけた関西撮影の旅にも、ライカM型デジタルカメラを二台連れていきました。
ライカ二台の入ったカメラバックを持ち上げる時は「よっこいしょ」です。

そろそろ、己の筋肉と相談して、小型計量で、尚かつ、良く写るカメラを探さなければと思っているのですが、それがなかなか見つかりません。
切り札となるかと期待して〈FUJI FINEPIX X-100〉を使っていますが、これがなかなかの未熟者で、ストレスという重みを背負うために、一向に身も心も軽やかに・・・とはいきません。
それでも、設定をあれこれいじくっているうちに、なんとか、そこそこ使えるようになりました。

小型軽量カメラで、いま、一番希望通りの働きをしてくれているのが、〈Panasonic GH2〉です。
このカメラ、見かけは無骨だけど働き者です。
いつも、期待以上の働きをしてくれるのです。
まるで、昔のテレビドラマ『コンバット』のサンダース軍曹のようです。
私の信頼を得たGH2サンダーズ軍曹のために、14mm、17mm、20mmと三人の部下を配しました。

110416.060 福岡市中央区 GH2 g20 1.7a#

110416.014 福岡市中央区 GH2 g20 1.7a#
福岡市中央区 | Panasonic DMC-GH2 + LUMIX G 14mm F2.5 ASPH. ※データは共通

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みかん猫67

Fuji FINEPIX X100

前回の〈亀カメラ〉の掲載した桜の写真は、撮影日は違いますが二枚とも、新しく手に入れた〈FUJI FINEPIX X100〉で撮ったものです。
写真家の植田正治さん(私の写真の師です)が、スランプから抜け出す方法として、新しいカメラを手に入れて使いなさいと語ってくれたことがあります。

しかし、幸か不幸か、私のようなぼんくら写真人には、スランプなんてものがありません。
いつも、写真は楽しいのですから。
以来仕事なんてものが殆どありませんので、期限までに出来上がらなくて苦しむこともありません。

それでも、新しいカメラやレンズが手に入ると、おれを持って撮影に出かけたくなるものです。
スランプとは無縁の人間ですが、一層、撮影枚数が増え、ますます写真が楽しくなるるという効果は絶大です。

今年も、〈カメラグランプリ〉の審査に加わりました。
多数の審査員の一人ですが、できるだけ自信のある一票を投じたくて、こころに留めているカメラを量販店に出かけていき操作したり、メーカーからデモ機を借りたりします。

今年の気になるカメラの一つに〈FUJI FINEPIX X100〉がありました。
私は、このカメラが今年の〈カメラグランプリ〉の最有力候補ではないかとよそうしています。
投票は、一位、二位、三位と順位とその理由を付して行います。

さて、〈FUJI FINEPIX X100〉ですが、これは、発売直後で、九州の地に住む一大学教員のところまで、デモ機は回ってきません。
ならば、自分で身銭を切って手に入れてしまうほかありません。
昨年も、私が実際に手に入れ使ってみた結果で一位に投票したものが、やはりグランプリになりました。

FINEPIX X100は、期待の新人導入といったところで、財布の底を叩いた次第です。
ところが、これが期待倒れ。
思うように動いてくれません。
ストレスがかかって仕方ありません。

一時は、トレードに出そうかと真剣に考えました。
でも、「短期は損気」と、普段は読まない取り扱い説明書をじっくり読んで、各設定を私の撮影リズムの合うようにカスタマイズしていくことで、少しずつ使いものになるようになってきました。
なぜ、私が即、叩き売るのを躊躇したかというと、写りは悪くないのです。
期待以上によく写るのです。
使い難いのは、写真を撮る道具として、こなれていないからなのでしょう。


今でも感じている、FINEPIX X100の欠点は、
電源をいれてから、撮影が出来るようになるまでに時間がかかる。
時間がかかるので、常に電源を入れておくと、私の使い易い設定だと、電池の消耗が激しい。
ピントの合焦が遅い。
などが挙げられますが、これらは、ファームウエアアップで解消されるものと期待をしています。
ただ、EVFファインダーだけは、はっきり言って使いものになりません。

110410.015 福岡市東区 X100 23 2#
福岡市東区 | FUJI FINEPIX-X100 + 23mm F2 ASPH.

110416.001 福岡市中央区 X100 23 2#
福岡市中央区 | FUJI FINEPIX-X100 + 23mm F2 ASPH.

カメラに文句を言っていても仕方がありません。
こちらがカメラに慣れることも大事ですから、今日も、FINEPIX X-100をぶら下げて歩いています。

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みかん猫67

来年こそは桜の・・・

五月になりました。
五月は葉の緑が奇麗な季節です。
花から若葉にうつろう頃です。
そういえば、この春は桜のことを想う間もなく過ぎ去ってしまったような気がします。
静かな春。気がついたころには桜前線は北に向かって通りすぎていました。

昨年は、卒業生のお世話で筑豊と熊本で桜の写真を撮りました。
桜を写真に撮るために出かけていきました。
しかし、今年はとうとう桜を求めて出かけることが出来ませんでした。
来年こそは、きっと・・・
と、思いたいのですが、この歳になると、その来年が約束されたものではいことに気付いています。
桜は、今年で見納めになるかもしれないのです。

こんな、話をすると・・・「いやいや、まだまだお若い」と紋切り型の答えが返ってきます。
若くはないけれど、「まだまだ」この世に未練はありますから、もう何回か桜吹雪の下に立てればと密かに願っている次第です。

我が家の小さな庭には家人の好みで白い花が多く植えられています。
〈白椿〉〈白藤〉〈ナニワイバラ〉〈やまぼうし〉と花がバトンタッチして、楽しませんてくれます。

〈白椿〉〈白藤〉は散り、〈ナニワイバラ〉は盛りを過ぎた感があります。
〈やまぼうし〉はたくさん花芽をつけていますので、今年はいっぱい咲いてくれることでしょう。
しっかり見ておきましょう。
写真をする人間は、目の前の〈今〉を、きっちりと見つめなければいけません。
〈再び〉〈二度目〉は、あり得ません。
数年前に還暦も過ぎ、来年、見れば・・・は、通用しない歳になりました。
それ故に、今年の桜を存分に楽しまなかったのが心残りです。

四月に撮った写真をみてみると、3日、10日、16日に桜の花を写真に撮っていました。
四月三日は床屋の帰りに舞鶴公園に寄り道をしました。
公園内ではこれはと思える写真は撮れませんでしたが、帰り道、お堀端を歩いていて、何枚かの写真を得ることができました。

110403.041 福岡市中央区 X100 23 2#
福岡市中央区 | FUJI FINEPIX X100 + 23mm F2 ASPH.

110410.006 福岡市東区 X100 23 2#
福岡市東区 | FUJI FINEPIX X100 + 23mm F2 ASPH.

十日は、博多駅に出かけるときに、最寄りのJR駅のホームから、隣接する大学の校庭の桜を眺めました。
桜の花びらの淡いピンクは、こころを和ませてくれます。

来年はないと思え・・・なんて、爺臭いことを言っておきながら、実は、来年こそは桜の木の下で、美酒を頂きたいものと念じております。
「まだまだ」未熟者ですから、あの世とやらの門を開けてもらえそうにないでしょうから。
そして、買ったばかりで、今年の桜を撮るのに使った〈FUJI FINEPIX X100〉も、まだ十分に使いこなしていませんからね。

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みかん猫67

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