2011年6月アーカイブ

みんな元気かな?

人の写った懐かしい写真を見たときに、いつも思うことがあります。
それは、「みんな、元気にしているかな?」ということです。
この思いは、何も友人知己が写った写真に限ったことではありません。
全く見ず知らずの人であっても、同様の感情が芽生えます。

何かの縁で私の写真に写ってくれた人、偶然写った人・・・それらの全てに「いまも元気かいな?」と気持ちを投げかけます。

時は移ろい、人は老いる。
これは当然の摂理です。
しかし、写真の中の人たちの時間は止まったままです。
そんな人たちが私の頭の中で動き始め、そして、また、もとの写真の中に収まるのです。

このところの〈亀カメラ〉で取りあげている〈相島小学校〉の子供たち。
写真は30年ほど前の撮影ですから、当時10歳だった子供も、元気で居れば、今では40歳になっています。
写真のなかの子供たち一人一人が、30年の人生を重ねているはずです。
元気にしているだろうか?
どんな大人に成っているのだろうか?
いまも相島で暮らしているのだろうか?

CB J0 31 086 福岡県糟屋郡新宮町 M8 St35#
福岡県糟屋郡新宮町相島 / LEICA M8 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

FP0716.094.020 福岡県糟屋郡新宮町 M4 SA21 3.4
福岡県糟屋郡新宮町相島 | Leica M4 + Super Angulon 21mm F3.4 / ILFORD HP-5 Microdol-X 1:3 24℃ 14'00"


男の子たちは腕の良い漁師になっている。
女の子はそんな漁師のおかみさんになって、父ちゃんと、子供のためにがんばっている。
そんな、ごくありきたりな想像をしてみます。

島で育った男の子たちがすべて漁師になるわけはなく、女の子も漁師のおかみさんになるわけでもないのは十分承知しているのですが、そんなありきたりな想像が及ぶ生き方が、いちばん幸せだと思えるのです。
普通が一番だと、このごろ、こころから思えるのです。


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みかん猫67

30年後に

古いネガフィルムを引っ張りだして、スキャナーにかけてみました。
きっかけは、二日目の〈亀カメラ〉の書いた「子供の写真を撮るのは・・・」です。
植田正治さんの写真集、『童暦』の黒白の写真を見ていて、ふっと、私自身の撮った懐かしい写真を見てみたくなったという次第です。

ニコンサロンで開催した写真展、『小学校』の写真は、資料として、オリジナルプリントを一冊のファイルに入れて保管してありますので、懐かしい写真を見たければ、それを見れば良いのです。
しかし、いまはデジタルの時代。
ネガフィルムから印画紙に焼き付けられた銀塩の〈写真〉と、同じネガフィルムを用いるのですが、スキャナーにかけてデジタルデータ化した写真との違いについて興味を覚えました。

また、 30年前に引伸機を用いて印画紙にプリントした写真と、60歳を過ぎた今の私がパソコン画面を頼りに調整した写真との変化みたいなものも、あるのかないのか・・・そのあたりも見てみたくなってネガをスキャナーにかけて見ました。

そのことについては昨日の〈亀カメラ〉、「30年の歳月」の書きました。
そして今日も、その続きになります。

ネガフィルムをスキャナーにかけているときに感じたことがあります。
それは、ネガフィルムを引伸機にかけてプリントするときも、スキャナーにかけてデジタルデータ化するときも、やはり光のお世話になっているということです。
フラットヘッドスキャナーが駆動しているとき、光の移動を確認することができます。

引伸機の場合は一度に画面全体を光に曝しますが、スキャナーの場合は、スリットの移動で、部分的に光をあてていく違いはあるけれど、光が頼りの写真だと、いまさらながら感じさせられました。
引伸機の光の当て方はレンズシャッターと同じで、スキャナーの光の当て方は、フォーカルプレーンシャッターのカメラと同じだ・・・なんて、くだらないことをスキャナーの光の移動に目をやりながら考えました。

ネガフィルムのスキャニングは、葉書の大きさくらいにプリントアウトが出来るくらいのデーターサイズで、フィルム一本ごとに、すべてのコマを取り込みます。
一齣ごとに、簡単に、濃度、コントラストなどの調整をしてから取り込みますので、結構時間がかかる作業になります。
そうして、取り込んだ一コマ一コマ、パソコン画面で確認しながら、焼込み、多い焼などの作業をして、最終データとします。

この段階で、撮影当時には気付かなかった写真が眼に止まることがあります。
面倒なスキャニングの楽しみはここにあります。

FP0716.094.012 福岡県糟屋郡新宮町相島 M4 SA21 3.4
福岡県糟屋郡新宮町相島 | Leica M4 + Super Angulon 21mm F3.4 / ILFORD HP-5 Microdol-X 1:3 24℃ 14'00"

FP0716.093.13 福岡県糟屋郡新宮町相島 CL Sx35
福岡県糟屋郡新宮町相島 | Leitz Minolta CL + Summilux 35mm F1.4 / ILFORD HP-5 Microdol-X 1:3 24℃ 14'00"

上の二枚の写真は1979年の7月16日に撮影したものですから、撮影から32年経過して私の眼にとまった写真です。
32年ぶりのスキャナーという、撮影当時には思いもつかなかった機器の光を浴びて産声をあげたことになります。


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みかん猫67

30年の歳月

随分と昔の話しになります。
私の東京での本格的な個展は、1981年にニコンサロンで開催した『小学校』が最初です。
木造校舎の残っている小学校、それも現役の校舎として活用している小学校を訪ね歩いて写真に撮ったものです。
30年以上も昔の話しです。
30歳前半と私も若く元気でした。
このように一つのテーマを、集中的に追いかけるなどということは、今の私のはとても無理なことです。

小学校には子供が居ます。
昨日の〈亀カメラ〉で、子供の写真が撮りにくくなったと書きましたが、私の写真に写ってくれた30年前の子供たちの姿を確かめてみたくなり、ネガを引っ張り出しました。

そのなかから、一本のネガをスキャナーにかけてデジタルデータ化してみました。
撮影場所は福岡県糟屋郡新宮町の港から船で渡った〈相島〉(あいのしま)。そこにある〈相島小学校〉です。
この小学校は、今では港の近くに移転して、私が撮影した古い木造校舎は取り壊されて更地の状態になってしまいました。

もちろん当時のことですからフィルムカメラで撮影しています。
カメラはLeitz Minolta CL。懐かしいカメラです。
そのライツミノルタ CLの後継機である、ミノルタ CLEは、私がこれまで使ったカメラのなかで最も手になじみ、使い勝手の良いカメラだったと思っています。

レンズはSummilux 35mm F1.4。
私が一番最初の買ったライカのレンズです。
Leica M4にズミルックス35mm F1.4が当時の私の主力カメラでした。
相島に渡った日は、M4には、Super Angulon 21mm F3.4が着いていました。

[28]80点

FP0716.093.30 福岡県糟屋郡新宮町相島 CL Sx35
大阪市天王寺区 | Leitz Minolta CL + Summilux 35mm F1.4

今日は同じ写真を二枚載せました。
上の写真が、プリントからスキャニングしたもので、下の写真はネガからのスキャニングです。
最初の写真のプリントは、個展を開いた当時のものです。

プリント作りは料理のようなものです。
30年前は覆い焼、焼き込みなどを駆使して、結構、味付けをしているのが分かります。
30年後のデジタル化した写真は、少々、薄味です。
もっとも、これはモニター上で調整をしたものですから、プリントアウトをするとなると、30年前のものと似たような調子になるのかも知れません。

30年が経過し、相島でも子供の姿をあまり見かけなくなりました。
小学校の木造校舎も無くなり、ライツミノルタ CLも、ズミルックス 35mmも私の手元から消えました。
30歳前半の男は、60過ぎの爺になり、30年という月日があっという間だったという感慨だけが私のこころ焼き付きました。
いやいや、デジタル時代ですから「私のこころにプリントされました」と書くべきでしょうかね。


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みかん猫67

子供を撮るのは・・・

『童暦』という子供を撮った写真集の作者、植田正治さんが、晩年に「子供の写真は撮り難くなった」と言っておられました。
『童暦』は、1970年に写真雑誌の発表され、翌1971年にペンタックスギャラリーで個展を開催、中央公論社より写真集が発刊されました。

植田正治さんの作品を納めた〈植田正治写真美術館〉の設計のヒントにもなった、植田さんの代表作、『少女四態』(1939)などをはじめ、植田さんの作品のなかに子供の姿を多く見ることができます。

『童暦』から四十年を経過した今日、本当に子供の写真が撮り難くなりました。
植田さんが「子供の写真が撮り難くなった・・・」と語っておられたとき、その理由としてあげられていたのが、「町で子供の姿が見られなくなった」ことと「写真撮るぞと言ったら、みんな、ピースをする」などと言っておられました。

植田正治さんは2000年7月4日に亡くなられていますので、それから、10年経過した今では、事態はもっと複雑になってきています。
子供に「写真撮っても良い?」などと声をかけても、「知らない人に写真を撮られてはいけませんと学校で言われてる・・・」などという返事が返ってきます。

東京での話しですが、学生を連れて東京の下町で写真を撮っていたとき、突然パトカーに行く手を塞がれ、不審尋問というやつを受けました。
学生たちが、下校途中の小学生の写真を撮ったらしく、その母親から警察に通報が入り私たちを追いかけてきたようです。

そのときは、私が一応説明をしたのですが、身分証明書と運転免許証の提示め求まられ、なんとも後味の悪い一日となってしまいました。

植田正治さんの『童暦』のような穏やかで優しい子供の姿は、今の時代にはもう撮れなくなってしまったのでしょうか。


CB1103.040 福岡市中央区薬院 M8.2 st35 2.5
大阪市天王寺区 | LEICA M8.2 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

JC1124.006 福岡市東区 GH2 g20#
東京都新宿区 | Panasonic GH2 + G 20mm F1.7


公園の子供が二人居ても、走り回って遊ぶでもなく、しかめっ面をしてそれぞれがゲームに夢中です。
疲れ果てたサラリーマンのように、バスの中で眠りこける子供。

今日の大人の姿、青年の姿、子供の姿・・・を見ていると、これから先の、この国はいったいどうなるのだろうかと、私のは不似合いなことを考えてしまいます。

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みかん猫67

力こぶより柔らかさ

写真の審査員の依頼を頂くことがあります。
これは、私が素晴らしい写真を撮る写真家だからではなく、大学の教員だからということです。
肩書きで頂く要請です。

審査は複数の審査員で行われるものもあれば、私一人が担当するものもあります。
複数の審査員が居る場合は、出来るだけ私が撮っているような、何気ないものを見つめた写真を選ぶことに専念して審査をさせてもらいます。
しかし、一人で審査となると、気楽ではあるのですが責任も重く感じます。

写真はいろいろなスタイルのものがあります。
それらの写真を、審査結果は偏らないように、目配り、気配りをしながら、骨を折って審査に努めます。

私が審査で選ぶ作品は女性のものが多いように思います。
上位の賞を受賞する人たちの2/3くらいは女性ではないかと思っています。

男性の作る写真は紋切り型で、自分の技量を誇示するかのように、力が入り過ぎて、どうも面白くありません。
「俺は写真が上手いんだ」 なんて、どうでもよいことを声たかだかに主張している写真はだいたい男性の写真です。
男性の力こぶの浮き出た写真より、女性の柔らかな精神が反映された写真の方が見ていて楽しいのです。

そんなことですから、オーソドックスな写真を、入賞を確信して応募してくるような人たちには、私の審査結果に不満を感じることでしょう。
大学の教員ですから、アカデミックでオーソドックスな写真を選ぶと思われがちですが、その読みを外すのも、審査の楽しみの一つです。

審査の楽しみといえば、出かける楽しみも挙げることができます。
遠方からの依頼だと、旅する楽しみが加わります。
出かけるからには、写真も撮りたい。
撮影支度もして出かけます。

審査ということで、糊のきいたシャツにジャケットを着込んで出かけますが、これはどうも肩が凝っていけません。
審査後の撮影の楽しみも、堅苦しい服装では、どうも心が軽くなってくれません。

ネクタイは早々と外しても、鎧のような服装はやっぱ肩が凝ります。
首がぎくしゃく。
男の服装は男の写真そのです。
堅苦しくて余裕がまったくありません。
個性も鎧兜の下に押し込められて、顔を覗かすことができません。


CP0902.032 韓国 et21a#
韓国蔚山市 | LEICA M8.2 + ELMARIT-M 21mm F2.8 ASPH.


CP1031.065 宮崎 se18_3.8a#
宮崎市 | LEICA M8.2 + SUPER ELMAR-M 18mm F3.4 ASPH.


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みかん猫67

黒白写真のセンス

1967年に大学の写真学科に入学ましたが、当時の〈写真基礎実習〉は、黒白写真で行われていました。
高学年になったところで〈カラー写真実習〉がありましたが、カラー写真は特別で、殆どの写真の授業は黒白写真で行われていました。

子供の時分に、場末の映画館で三本立てのチャンバラ映画を観て育ちましたが、ここでも多くの映画が黒白でしたし、自宅にテレビが入ったときも、当然、黒白画面のテレビでした。
こうした経験が、色彩を伴った目の前の景色を黒白に置き換える能力を養ったことは確かでしょう。
成長の過程で、知らず知らずのうちに培われたセンスですが、未だに黒白写真を作るにあたって、何の問題もありません。

ところが、いまの若い人は、子供のときからカラー映像を見て育ったのですから、黒白写真を作らせると、なかなか調子が安定しません。
良い調子の黒白写真をプリントしてきたかと思うと、次の写真は箸にも棒にもかからないような調子のものを平気で持ってきたりします。
黒白写真の調子というものが、掴みきれないのでしょう。

しかし、今の若者の中にも、自分の黒白写真の調子を持っている子もいます。
こういった人は、黒白写真のセンスを持って生まれてきたのだと羨ましく思っています。
生まれつき、備わった感覚ですから、これは本物です。

私が担当する三年生の授業に〈写真表現実習〉という科目があります。
パソコン画像や映像を志す学生中心のコースですので、授業を受ける学生は多くはありません。
学生の専門性も考え、この授業は二つのグループに分けて、授業を進めています。
一つは、銀塩黒白写真のコースで、もう一つはデジタル写真のコースです。

銀塩黒白写真のコースを選んだ学生のなかに、ちょっとしたアドバシスをしてやれば、飲み込みが早く、的確に次のプリントに反映させてくる学生が居ます。
この学生などは黒白写真のセンスがDNAのなかに埋め込まれているのでしょう。
こういった学生は稀です。

大方の学生は四苦八苦しながら一枚の黒白写真を仕上げています。
でも、豊かなセンスを持たない一般の学生であっても、不思議なことに、ある瞬間を超えると、急にプリントが上手くなります。
自転車は一度、乗れるようになると後は大丈夫なように、黒白写真も、ある瞬間から飲み込みが良くなるようです。
ただ、こういった潜んだセンスを芽吹かせるには、本人の努力が欠かせません。
もちろん、私が適宜必要な肥料を与えます。

CA1206.124.34 大阪市西成区山王 MP SN35 2
大阪市西成区山王 | LEICA MP + SUMMICRON-M 35mm F2 / TMX Microdol-X 1:3 24℃ 14'00"

岡山県阿哲郡|萬才小学校|[27]
岡山県阿哲郡|萬才小学校 | Nikon F + Ai Nikkor 85mm F2s

学生たちの今後の目標は、自力走行が出来るようになることです。
生まれながらセンスのある学生も、自己の努力でセンスを芽吹かせた学生も、いまのところはまだ、私のアドバイスが必要な段階です。
これから先は、自分自身の黒白写真の調子を見つけ、自分の判断で、調子のコントロールが出来るようになること・・・それが自力走行です。

それが出来るようになれば、黒白写真の道はスイスイと自在に走れます。
そうなれば、時折、チェーンに油をさしてやることくらいが私の仕事です。

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みかん猫67

我が家の庭には白い色の花が多く咲きます。
苗木や花の苗を買ってきて庭に植え、育てるなどといった良い趣味は私にはありませんので、庭の草花は家人の丹精の賜ものです。

小さな庭ですし、神経質に雑草を抜いてまわるようなことはしていませんので、お世辞にも上等の庭とは言えません。
庭師を入れたこともありません。
すべては素人の庭仕事ですから、いい加減といえばいい加減で、中途半端です。
でも、それが〈良い加減〉で、雑草の間に小さな草花を見つけると嬉しいものです。

私は庭仕事の手伝いはあまりしませんが、先日、家人が、夏の日よけにしようとヘチマとふうせん葛の苗を買ってきましたので、それをプランターに植え、蔓が伸びるようにネットを張りました。
ゴーヤも欲しかったようですが、ゴーヤの苗は売り切れだったらしく、ゴーヤがへちまに化けやようです。
後日、私がゴーヤの苗を買って帰り、植え足しました。
毎朝、朝刊を取りに外に出たときに、それらの蔓の伸びるのを眺め、蔓の伸びる方向を修正したりして楽しんでいます。

初夏の日差しの中で美しく輝く白い花ですが、白いだけに、枯れ始めたときの侘しさは何とも言えません。
花の命は短く、私の好きな〈白椿〉も、〈なにわいばら〉も、〈やまぼうし〉も季節を終え、また、来年です。

私もそろそろ歳を自覚しながら過ごさなければならない年齢になりましたので、「また来年」なんて言っていたら、鬼に笑われそうですが、来年も、つばき、やまぼうし、なにわいばら・・・と花を追いながら過ごし、「また来年」と言いながら庭の草花に〈お礼肥〉ができれば、それはそれは幸せなことです。

110521.024 福岡市東区 K5ls DA15 4ED AL Lim.#
福岡市東区 | PENTAX K-5 + DA15mm F4

110521.009 福岡市東区 K5 21 3.2#
福岡市東区 | PENTAX K-5 + DA21mm F3.2

もちろん、欲張らず写真も撮ります。
毎日、カメラを持って歩ければそれはそれは幸せなことです。
そういえば、このごろカメラを磨いていません。
フィルムカメラのときは結構、磨いていたものです。
デジタルカメラになって、道具としての愛着が薄れたようです。
カメラに〈お礼肥〉は出来ませんので、ホコリや汚れを落として、「また明日」。

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みかん猫67

詩人を気取った日

1967年に写真を勉強するために大学に入りました。
写真を勉強したいと強く願って入学したかどうかは疑わしいところでしたが、写真をやっているうちに、私の人生と写真とがうまく重なるようになりました。
以来、写真と関わって40年を越えてしまいました。

写真同様旅も好きです。
若い頃には時間があても、お金がなくて、思うように旅行することも出来ませんでした。
この歳になり、旅に出る経済も身に付いてきたところで、こんどはゆっくり旅を楽しむ時間がありません。
人生、ままならないものですが、もう少しすると仕事からもはずれることになり毎日が日祭日。
時間はたっぷりと出来ます。

しかし、そうなると、こんどは身体の方が・・・
なんて、ことのなりかねません。
職場を初期退職される方々の言葉の中には、「身体の動く間に、掬いなことをして過ごしたい」といった言葉を聞くことがありますが、まさにそうだなとこの歳になって思います。

旅のことですが、写真をやる人間が旅に出るとなると、当然、写真をとることも旅の目的の一つになっています。
これまで、多くの土地で写真を撮ってきました。
気に入って、何度も訪れたところもあれば、一度訪れたきりの土地もあります。
一度しか訪れていない場所でも、その気になればいつでも出かけて行けると、若い頃には思ったいました。

しかし、残された時間が計算する歳になると、ここには再び来ることは出来ないだろうと思うことも多くなりました。
それは、体力を要する海外への旅に限ったことではありません。
今回が見納めになるかも・・・などと考えると、目の前の景色も感慨深いものとなります。
だから、しっかり見てこころに焼く付けてよう・・・などと、肩に力を入れたのでは面白くありません。

ただ、肺臓の奥深くまで、その場の空気を吸い込みむだけで十分。
胸一杯に空気を吸い込んだら、呼吸をとめて、ゆっくりとカメラのシャターが押せれば、愛おしい気持ちの籠った写真が撮れる・・・なんて、ちょっと〈詩人〉を気取ってみました。
今日は、そんな日でした。

JC j1 30 004 福岡県久留米市 GH2 G20 1.7a BW#
福岡県久留米市 | Panasonic GH2 + G 20mm F1.7 ASPH.

JC1130.031 福岡県久留米市 GH2 G20|1.7a#
福岡県久留米市 | Panasonic GH2 + G 20mm F1.7 ASPH.

枯れかけたプランター、旗から覗く目、大衆食堂の淵の欠けた丼・・・あらゆるものが、還暦を過ぎた爺の詩心をくすぐってくれます。
普段の生活の場から、ちょっと足を延ばす程度の小さな旅であっても、旅は詩心を開いてくれます。

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みかん猫67

敢えて〈片手撮り〉

前回の〈亀カメラ〉に、私の影が画面に入っている写真を載せて見てもらいました。
博多駅ビルがこの春に新しくなり、隣のバスセンターのあるビルとを結ぶ歩道橋ができました。
その、歩道橋の上から下を眺めて撮ったものです。

日が傾きだした頃で、自分の影が画面に写り込むことは織り込み済みです。
シルエットは形が重要です。
そこで、私の影の形を考えて、敢えて〈片手撮り〉をしてみたのです。

言い訳じみていますかね。
でも、これは本当のことですから。
もう一つ本当のことを言うと、〈片手撮り〉してますね。
液晶画面を見ながらスナップ撮影するなど、咄嗟のときにはやっていますね。

昔のように、「カメラは両腕の脇をしっかり締めて、顔に押し当て、指の腹で柔らかくすっと一息で押し込みなさい」なんてことは言えなくなってしまいました。
時代の変化でカメラのかたちも変わりましたので、撮影スタイルも変わり、片手撮りが〈横着〉なんてことも言えません。

昔は両手でやっていたけれど、今では片手で十分になったのが、〈パチンコ〉です。
私が学生時代には、左手親指でパチンコ台の小さな穴に玉を間断なく入れ、右手親指でレバーを動かし、パチンコ玉を弾いていたものです。
その、弾き加減がなかなか微妙で、常に同じポイントにパチンコ玉を持って行くように、神経を使ったものです。
玉を見つめる目も血走ろうというものです。
そうそう、当時はパチンコは立ってするものでした。

それが、この頃のパチンコはダイヤルを固定してしまえば、一定の力でパチンコ玉が弾かれるようなので、椅子にふんぞり返ってぼんやりとパチンコ台の中を走る玉を眺めるだけ。

パチンコも昔と今とでは気の入れようが違っているようです。
片手撮りが容易くできる最近の写真も、パチンコ同様、気が抜けていませんかね。

110312.149 大阪市北区天神橋筋 M9 sn28a#
大阪市北区天神橋筋 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

CP1017.006 福岡市東区 M8.2 sx35a#
福岡市東区 | LEICA M8.2 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL

片手ではなくて、片足で事足りるようになったのが〈車〉です。
オートマチック車だと、クラッチ操作が要りませんので、足はアクセルとブレーキを踏むための右足だけでよくなりました。
ぼんやりしてしまい、アクセルとブレーキの踏み間違いで事故を引き起こしてしまわないように、注意、注意です。

操作が楽になり過ぎるのも考えものかも知れません。

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みかん猫67

相性の悪いカメラ X100

FUJIのX100を手に入れたものの、四苦八苦しながら使っています。
これほど期待倒れなカメラは始めてです。
何が・・・

カメラの形状から判断して、スナップ撮影に向いていると思ったのです。
ファインダーが透視ファインダー。
レンズが35mm(換算)。
静かなシャッター音。
コンパクトで目立たないボディ・・・
どう考えてもスナップカメラなのです。

X100はこれからのスナップカメラとして期待して手に入れたのです。
ところが、全くスナップに向いていないのです。
電源を入れてから、撮影状態になるまでの立ち上がりに時間がかかる。
この点の打開策として、常に電源を入れておくようにしました。
電源を入れっぱなしにしていれば、バッテリーの消耗も激しく、予備のバッテリーを二個持ち歩いています。

問題はこの次です。
オートフォーカスが遅いのです。
それが原因で、このタイミングでシャッターが切れて欲しいと思った瞬間には、まだピントが追いついておらず、シャッターを押しても、切れてくれないのです。
すべては撮影者の指先にかかているのではなく、カメラのご機嫌次第なのです。
これはスナップカメラとしては致命的な欠陥です。

撮れた・・・と心弾んだ瞬間、カメラは何の反応もしてくれないことが結構多いのです。
「逃がした魚は大きい」ので、そう感じるのかも知れませんが決して大袈裟な言い方ではないと思います。
毎日毎日、思うように撮れないイライラと戦いながら、X100と折り合いをつけるべく使い続けているのですが・・・

以前の私なら、とっくにX100はお払い箱にしているところですが、今日も連れて出ました。
近々発表される、新しいファームウエアに期待しているからです。
デジタルカメラは発売後も〈ファームウエア・アップ〉という手段で、進化していくのが常です。
フィルムカメラとは、そこのところが違っています。
ですから、いま駄目でも、ファームウエア・アップで良くなることが期待で来ますので、〈短気は損気〉なのです。

110410.023 福岡市博多区 X100 23 2#
福岡市博多区 | FUJI X100 + FUJINON 23mm F2 ASPH.

JJ0621.002 福岡市東区 X100 23 2#
福岡市東区 | FUJI X100 + FUJINON 23mm F2 ASPH.

梅雨の晴れ間。
今朝の光は透明感があって、なかなか奇麗でした。
我が家の庭にも紫陽花は咲いていますが、土壌の関係か、花色は私好みではありません。
通勤の途上に毎年、奇麗な青色の紫陽花の咲く家があり、今朝の透明な光の中では特に奇麗に見えました。
FUJI FinePic X100を、持ち前の短気をおこして放り出さない理由は、シャッターさえ落ちてくれれば、なかなか良い写りをするからなのです。


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みかん猫67

手足が落ちてた

〈日常〉といわれる、何の変哲もない日々のなかで、殆んどの写真を撮っています。
日常は見慣れた世界です。
見慣れてしまえば、興味も薄れ、好奇心も湧いてこなくなるものです。
当然、写真を撮ろう・・・などと足を停めるものも、そうあるものではありません。

でも、写真は撮りたい。
シャッターの音を聞きたい。
だから、何でも撮ります。
とりたててテーマといったものもありません。
変哲もない日々の暮らしの中で、ふっと浮き上がったように見える(感じる)ものにレンズを向けて写真に撮るだけです。

撮られる写真はバラバラです。
テーマなど無いのですから当然と言えば当然です。
それでも、私という個人の心のフィルターを通ってきた写真ですから、異質な匂いは発していないと思います。
かすかな匂いの違いであっても、私にはそれぞれの匂いを嗅ぎ分けることが出来ます。
その嗅覚に狂いを生じないかぎり、私の写真の〈テイスト〉を揃ってくるはずです。

会社勤めの人に比べると、大学の教員という私の仕事は時間的に恵まれています。
写真と関係する仕事ですので、毎日、何らかの形で写真と向き合うことも出来ます。
とは言っても、いつでも自由に撮影に出かけられるほどの自由さはありません。
授業や会議なども、皆さんが想像する以上にありますので、担当する授業がないからといって、昼日中にフラフラ写真を撮って回る訳にもいかず、平日は行き帰りの時間帯が写真を撮る大切な時間となっています。

「昨日と同じ日は二度とあり得ない」
「光が違う、空気が違う、こちらの気分が違う」
「大きな変化は無くても、日々何かが変化している」
「昨日見えなかったものが、今日、目に飛び込んでくることもある」
などと、授業のなかで学生たちに話をするのであるが、だからといって、毎日写真が撮れるものでもない。
自宅と職場を結ぶ道順も、その日の気分で変え、昨日とは違う道を選んで歩くように努めていますが、それでも限界はあります。
見慣れた景色のなかでは、刺激も少なく写真を撮る気分も薄れてしまいがちです。
そんなときには俯きながら歩いてしまう。
当然、地面を睨みながら歩くことになるが、それはそれで面白い拾い物をすることもある。

足と手を拾いました。

どういった加減か、道に靴底だけが落ちていました。
地面に直接触れる、一番底のゴムの部分だけが剥がれて落ちていたのです。
持ち主は気付かなかったのでしょうか。
いくら薄いといっても、片足だけ落とすと、左右のバランスが悪くなり気付くだろうに。
でも、気付いてもどうすることも出来ないだろうから、捨てていくしかなかったのでしょう。

などと想像しながらも、一日目はちょっと足を止めただけで写真は撮りませんでした。
真を撮ろうかどうしようか迷いましたが、結局は撮りませんでした。
撮らなかった理由は、特に思いあたりません。
感覚がそうさせたのです。

次の日も、場所が多少動いていましたが、その足跡はありました。
今度は、写真を撮りました。
昨日と何が違ったのか・・・
感覚がそうさせたのです。
光が、空気が、こちらの気分が・・・昨日と違ったのでしょうね。

福岡市東区10
福岡市東区 | LEICA M8 + ELMARIT-M 28mm F2.8

110215.009 福岡市東区 E-P1 DA17 2.8#
福岡市東区 | OLYMPUS E-P1 + DA 17mm F2.8

可愛い手袋も、雨が写真を撮る気分にさせてくれたのです。

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みかん猫67

憂鬱な梅雨空が続きます。
雨の日には雨の日の写真が撮れるものだ・・・と言ってみても、やはり気分が滅入ることもあって、思うように写真は撮れないことも多いようです。

雨空が小康状態になったときには、「今だ」とばかりに、努めて歩きます。
歩いていれば、気になる被写体と出会うことがあります。
歩けば、いつもよりたくさんシャッターを押します。
あれこれ考えずに、とにかく撮影そのものを楽しみます。

撮った写真が気に入るか、駄目だったのかは、撮影後に考えれば良いことなのです。
撮影は刹那の交わりですが、一旦、我が手に納まったシーンは我が身がこの世に存在する限り私のものなのです。
いつでも引っ張り出して眺め、楽しむことができます。

撮って直ぐの段階では、「駄目だ、これは・・・」と思っても、決して〈消去〉しないでください。
デジタルカメラを使う人の中には、気に入らないものは、撮影した端からどんどん消してしまう人がいます。

一年、二年、十年、二十年経ったときに、初めて撮った物の意味が腑に落ちることもあるのです。
昔撮った写真のコンタクトシートを眺めていて、撮ったことすらすっかり忘れてしまっているような写真に出会うことがあります。
そして、その写真が妙に気に入ることも少なくありません。

そんな、楽しみもりますので、密着焼、コンタクトシートを作っておくことをお勧めします。
コンタクトシートは無精してたまってしまうと大変ですから、こまめにやることが肝心です。
そして、頑張って作ったコンタクトシートですから、折りをみて引っ張り出して眺めることです。
思いがけずお気に入りの一枚が見つかることもります。

雨で撮影が出来ないなんて日には、部屋の中でコンタクトシートを眺めることをおすすめします。
そのときは、必ずルーペを使いましょう。
ルーペは画面全体が一度に見える4〜5倍程度のものが良いようです。
ルーペを覗いていると、カメラのファインダーを覗いているような気分になって、小さな密着焼の一コマ一コマに集中できるはずです。
ルーペの中の絵をゆっくりと時間をかけて眺めてみれば、案外、見落としていた名作が見つかるかもしれません。

ただし、ルーペで覗くのはフィルムで撮って、印画紙を使って作った密着焼に限られます。
デジタル出力したコンタクトシートでは、インクのドットが拡大され、見苦しいだけで良い写真も見落としてしまいます。
インクジェットプリンターで出力されたデジタル写真のコンタクトシートは倍率の低い虫眼鏡のようなものでなんとか凌いでいますが、楽しさは銀塩に比べて半分以下といったところでしょうか。

CZ03420沖縄県金武

CZ03422沖縄県金武
沖縄県金武町 | LEICA M6 TTL + SUMMICRON-M 35mm F2 ASPH. / NEOPAN 100 ACROS / Microdol-X 1:1 20℃ 12'30" データは共通


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みかん猫67

14年の歳月

私が最初に購入したデジタルカメラは〈RICOH GR DIGITAL〉で、2005年12月末のことでした。
これからの写真はデジタルだ・・・といったことで、デジタルカメラを手に入れた訳ではありません。
先見の明がないというのでしょうか、デジタルなんてまだまだ・・・といった気持ちを個人的には強くもっていましたが、ブログに載せる写真をデジタルカメラで撮るためでした。

大学を定年退職するまで、私は黒白銀塩写真を続けるものと、なんの疑いもなく思っていましたので、デジタルカメラの購入は遊び半分でした。
遊びが半分。残りの半分は、大学で写真を教える人間の教養としてデジタル写真についても、最低限のことくらいは知っておこうということでした。

2005年12月23日が、GR DIGITALでの最初の撮影日として、データが残っています。
記念すべき最初の一枚は、もちろん我が家の猫くんです。
黒猫の〈くろ〉の毛がカラスの羽根のように黒くギラギラと光っている写真を見て、デジタルもまだまだ・・・と、思ったものです。

しかし、それから一年少々経過した、2007年冒頭には銀塩写真に終止符が打たれ、デジタル一辺倒になるなんて、誰も思わなかったことでしょう。
本人すら思っても居なかったことなのです。
2007年1月20日にLEICA M8で撮ったデータが残っています。
この日を境に一気に私の写真はデジタルになってしまいました。

今日の二枚の写真は1994年8月と2008年9月にハワイで撮ったものです。
黒白写真の方はフィルムカメラで撮ったものです。
両手でしっかりとカメラを構えています。

カラーの方はファインダーの無いコンパクトデジタルカメラです。
不自由な老眼で液晶画面を睨みながら「こんなものかな・・・」と、見当をつけて撮りました。
ずいぶんといい加減なことです。

PA0806.142001 Hawaii Kualapuu#
Kualapuu Hawaii HI. | Fuji GSW 690III + EBC Fujinon 65mm F5.6 / Kodak T-MAX 100 / D-76 1:1 20℃ 12'00"

CB0901 (036) Wahiawa
Wahiawa Oahu Hawaii | Panasonic LUMIX 3 + DC Vario-Summicron 5.1mm-12.8mm F2-2.8 ASPH. (5.1mm)

二枚の写真の間には14年ほどの歳月の隔たりがあります。
デジタルカメラの出現で、カメラの構え方も変化し、私の写真も様変わりしました。


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みかん猫67

雨の日はお休みの日?

昨夜から強い雨風です。
我が家の雨戸は金属製ですので、雨風の日にはパラパラと雨戸を叩く音がします。
昔の家の雨戸は木製でした。
そんな雨戸を叩く雨の音は、甲高い金属雨戸のたてる音とは比べものにならないくらい穏やかなものでした。
自然の優しさとでも言うのでしょうか。

雨の日の一時間目の授業は、欠席者が目立ちます。
雨は巷の音を吸い取って流してしまうようです。
雨の朝は穏やかです。
眠りを妨げられることもなく、ついつい朝寝坊をしてしまいます。
それで、9時から始まる一時間の授業に遅れてしまうのでしょう。
私の授業は遅刻にうるさいので、「怒られるくらいなら休んでしまえ・・・」「どうせ選択科目だ・・・」となります。

授業は生き物だと考えています。
その時々の学生の反応や興味、社会情勢などを見極めながら授業の内容をを組み立てます。
学生には、授業の概要と各回ごとの授業テーマや簡単な内容説明を記した〈シラバス〉と言われるものが配られます。
選択科目の場合は、それを読んで履修する科目を選択決定するのですが、私の授業はなかなかそのシラバスどおりには運ばないのです。
生身の学生が相手ですから、学生たちの興味のありどころも年々変化しますし、弱点も違ってきます。
それらに対応するためにも、授業は柔らかな搗きたての餅のようでなければいけません。
堅くひび割れた鏡餅のような授業だけはしましと心がけています。

今朝は、授業で配布する資料を準備して、いざ授業・・・と教室のドアを開けると・・・
意気消沈してしまいました。

JC1127.026 福岡市中央区港 M9 et28#
福岡市中央区港 | LEICA M9 + ELMARIT-M 28mm F2.8

CB0517.040福岡県久留米市 8sx35a#
福岡県久留米市 | LEICA M8 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL


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みかん猫67

写真は〈覗き〉

何となく、前回の話しの続きです。
デジタルカメラになり撮影スタイルがずいぶんと様変わりしました。
〈一眼デジタル〉のように、フィルムカメラの流れを引き継いでいるカメラの場合は、撮影スタイルも同じようなものです。
違いがあるとすれば、シャッターを切った後に、ボディ後ろの液晶画面で撮った画像を確認することくらいです。

シャッターを切った後のあの行為は、撮影に自信がもてない男のようで、あまり格好の良いものではありませんし、撮影のリズムが寸断され、気持ちもぶつ切りになってしまいます。
出来るだけ液晶画面をいちいち見ないようにしたいのですが、撮ってすぐに結果が見られるなら、見たくなるのも人情です。

コンパクト系のデジタルカメラの場合は、覗くファインダーが無いものが大半です。
液晶画面がファインダー代わりになります。
カメラの機能・形態が変わってしまった場合、当然、撮影スタイルも変わります。
両手を伸ばし、液晶画面を見る・・・これが、最近の撮影スタイルです。

110423.030 長崎県佐世保市 X100 23 2#

110423.038 長崎県佐世保市 X100 23 2#
長崎県佐世保市(ハウステンボス) / FUJI FINEPIX X100 + FUJINON ASPHERICAL 23mm F2 データは共通


絞り値やシャッタースピードだけではなく、ISO感度や露出補正値、フォーカスゾーンなどの撮影情報も液晶画面上に表示されます。
これが、私のような老眼鏡がないと手元がはっきろ見えない爺には困ったものなのです。
撮影画面くらいなら、裸眼でもおおよその見当をつけてなんとかなるのですが、細かい数字の確認とかになると、往生します。

コンパクトデジタルカメラでも、ファインダーのあるものなら、そこで撮影情報も確認できますので、私にとって、コンパクトなデジタルカメラであってもファインダーは必要です。

今日の写真は長崎のハウステンボスで撮ったものです。
カメラは〈FUJI X100〉
もちろん、ファインダーが備わったコンパクトなカメラです。

写真は〈覗き〉ですから、ちゃんとファインダーを覗いて撮りました。


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みかん猫67

粋な撮影

私は大阪で生まれ高校卒業まで大阪で暮らしてきました。
〈納豆〉は関東のもので、関西ではあまり食べられないと聞きますが、私は子供の頃から納豆を食べていました。
父親が納豆が好きだったようです。

いまの納豆は小さな発泡スチロールの容器に、少量入っているものが一般的ですが、昔の納豆は、その四倍くらいの量ではなかったかと思っています。
麦わらから取り出した納豆を丼に入れ一心不乱にかき回します。
刻みネギを入れ、醤油を垂らし、再び、かき回す。
そのかき回す役は私の担当でした。
子供の純真さで、馬鹿のようにかき回していたと思います。

納豆は体に良い食品だとか言われると、歳とともに歪みの出てきた体を抱える身ですので、出来るだけ食べるように心がける毎日です。
納豆をかき回すのは、私自身です。

右に88回。
醤油を垂らして、左に22回。
昔はもっとかき回していたと思いますが、最近の納豆は糸がひきやすいので、これだけかき回すと十分です。
なんで、88回と22回か?
特に根拠はありません。ぞろ目好きですから、88と22です。
茶道でお茶を頂くときの作法、所作と同じです。
さしずめ〈納豆道〉における所作・・・そんな大層なことではなくて、習慣に規則性を持たせただけのことです。

〈所作〉とは、「行い」「身のこなし」といったことですが、写真を撮るにあたっても、写真家それぞれ独特の所作、作法があるものです。
フィルムカメラの時代、シャッターを押した後、巻き上げレバーでフィルムを巻き上げるのですが、このとき、一回で巻き上げてしまうのではなく、巻き上げレバーを2回に分けて動かすのが、私の特徴でした。

カメラが変化し、自動巻き上げになってしまっては、そんな格好付けもできなくなりました。
カメラの変化は、写真を撮る人間の撮影スタイルも変えてしまったのです。
写真家が撮影している場面を見ることもありますが、粋な撮影スタイルの人は少なくなりました。
ピント合わせにしても、巻き上げにしてもカメラが勝手に動いてくれるものだから、写真家は動く必要がなくなってしまったのです。

被写体に気付き、適当な間合いのところまでスッと身体を運びながらシャタースピードと絞りをカメラにセットする。
カメラを構えたと同時にピントを合わせ、ちょっと姿勢を正し、静かにシャッターを切る。
ささっとフィルムを巻き上げ、必要なら再びシャッターを切る。
それら、撮影に関わる一連の動作が実にさりげなく行われる。
撮られた方も、写真に撮られたことに気付かないことが多く、たとえ、気付いたとしても不快な後味は残らないのです。

大仰で強引な撮影がまかり通る現代、そんな粋な撮影が出来る写真家は絶滅してしまったのでしょうか。

CP0727.006 福岡市中央区 8.2st35#
福岡市中央区 | LEICA M8.2 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

CB0201.015 大分市 M8 ET28a#
大分県大分市 | LEICA M8 + ELMARIT-M 28mm F2.8 ASPH.


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みかん猫67

片手撮り

いま売れている女性の写真家が片手でカメラを持って撮影している姿を見たことがあります。
大御所の森山大道さんも、コンパクトデジタルカメラで、片手撮りをされている様子がテレビで紹介されていました。

携帯電話のカメラや、コンパクトデジタルカメラの普及で、人びとが写真を撮っている姿をよく見かけるようになりましたが、多くの人たちが片手撮りをしています。
これは最近のカメラには自動でピントを合わせてくれるオートフォーカス機能があるために、カメラに両手を添える必要がなくなったから、片手撮りのスタイルが定着したのでしょう。

「カメラは両手でしっかり持って構え、カメラぶれの無いように気をつけて撮ること」と教育されてきた私ですから、この〈片手撮り〉をしている姿を見ると、「大丈夫かいな?」と、心配してしまいます。
何が心配かと言いますと、もちろん〈カメラぶれ〉を心配しているのです。

でも、心配ご無用ですね。
いまどきのカメラは〈手ぶれ防止〉機能が、ちゃんと備わっているから、片手で撮ろうが、寝転がって撮ろうがお構いなしです。
カメラの開発担当者の方々も、ちゃんとその辺はお見通しのようです。

幸か不幸か、私の主力カメラにはオートフォーカス機能は備わっておりませんし、〈手ぶれ防止〉なんて結構な機能も備わっておりません。
自分の指でピントを合わせる必要があり、必然的に両手が必要になります。
右手でカメラを握り、シャッターを押す。
左手でピントリング(ヘリコイド)を回し、そしてシャッターを押すときには肘を締め、カメラをしっかり固定して撮影してきました。

カメラを顔に押し当て、自分のおでこも利用してぶれないようにしたものです。
それが原因で、私の頭髪はおでこのあたりから後退していった・・・そんなことはありませんかね。

JC0609.002 福岡市東区 M9sn35a#
福岡市東区 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 35mm F2 ASPH.

JC1107.014 北九州市戸畑区 M9sn35#
北九州市戸畑区 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 35mm F2

今日の写真は二枚とも画面に私の影が写り込んでいます。
これを見て頂くと、私がちゃんと両手で写真を撮っていることが分かります。
カメラは二枚とも〈LEICA M9〉。
マニュアルフォーカスのカメラですから、両手が必要なだけなのですけどね。

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みかん猫67

ガラス越しの二枚

天候不順です。
季節は〈梅雨〉ですから、ぐずついた空模様の日が続くのも当然ですが、見上げてもそこに青空がないと気分がスカッとしません。

雨で衣服が濡れるのが嫌いですから、職場と自宅の行き帰りも、バスやJRを利用するようになると、歩いていたときのように、写真は撮れなくなります。
乗り物に乗っても、出来るだけ窓の外を眺めるようにしています。
ヘッドフォンステレオで耳を塞ぎ、携帯電話やゲーム機の液晶画面に目を奪われるようなことは決してありません。

カメラを膝の上に置き、電源は入れておく。
そうすれば、突然、車窓の向こうに気になるものが現れても対応できます。
そうそう、オートフォーカスのカメラの場合はピントは手動にしておきます。
被写界深度の範囲内に被写体が入るように予めピントは固定にしておきます。
こうしておけば、ガラス越しのピント合わせが下手なオートフォーカスカメラでも、タイムラグを短くすることができ、狙ったものが撮れるはずです。

たとえ歩いていたとしても、傘で手が塞がっていると、カメラを握るのも億劫になることもあって、これまた、撮れる写真は減ります。
雨の日はカメラが濡れないように、鞄のなかに入れています。
被写体を見つけた段階で、カメラを鞄から取り出すのですが、この動作を傘が邪魔をするのです。
なんとか、カメラを構えて、いざピント合わせと思ったら、肩に置いただけで不安定な傘が画面の中に入り込んできたりして、シャッターを押すタイミングがずれたりして、ストレス増大です。

それでも、目配りを怠らず、なにかしら写真が撮れるように心がけています。
ほとんどがつまらない写真ばかりで、大したものは撮れないのは分かっているのですが。

本日も何枚か写真を撮りました。
帰りのバス停で、バス待ちの間に一枚。
バス停は美容院の前にあります。
月曜日はお店が休みで、梅雨で乾きの悪いタオルが店のあちらこちらを利用して干してありました。

もう一枚は、バスの窓からです。
バス停に停まったときに、窓の外の木が気になり撮ってみました。
木の何が気に入ってレンズを向けたのかは定かではありません。
撮影後、パソコン画面で見ても、はっきりとした理由は分かりませんが、どことなく惹かれるものがあるので、見て頂くことにしました。

バスの座席に座っていましたので、身体を自由に動かすことが出来ません。
また、レンズは単焦点40mm(換算 60mm)で画角は固定ですので、フレーミングに苦労した。
画面左の電線、右隣の木の枝をどう取り込むかで一瞬ですが頭を働かせました。


JJ0613.003 福岡市東区 K5 DA40 2.8#

JJ0613.007 福岡市東区 K5 DA40 2.8#
福岡市東区 | PENTAX K-5 + DA 40mm F2.8 データは二枚共通です。


このように、撮ったものの意味すら定かでない、そんな写真ばかりですが、私が撮ったことに変わりはありませんので、いつの日か、こころが動いた理由、その写真の意味が分かるのではないかと思っています。


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みかん猫67

雨嫌いの私が、珍しく雨の日に外出しました。
何故、雨が嫌いか・・・その理由の一つ目は、濡れるのが嫌。
特にズボンの裾が濡れたり、靴の中が湿っぽくなるのが嫌なのです。

二つ目は、傘を持つのが嫌いなのです。
実に鬱陶しいのです。傘。
写真撮ろうと思っても、傘が邪魔して思うように撮れないのが嫌・・・なんて、写真をやる人間の鑑のような答えですが、本心です。

雨の日の外出でも、ちゃんとカメラは持って出ます。
いつ、いかなる時でもカメラを持っていないとね。
またまた、写真をする人間の鑑のようなことばが出てしまいました。

教師なんてことを長くしていると、どうも、面倒くさいことばかり言うようになっていけません。
真面目くさって、面白くないですよね。
一種の、職業病ですかね。
でも、言うだけではなく実践しなければならないなんて、責任感みたいなものもあたtりして、とかく厄介なものです。

今日のカメラは〈LEICA M8.2〉に〈Biogon 25mm F2.8 ZM〉。
コシナ製のZEISSレンズです。
少々、大柄なレンズで、雨の日にはなんとなく不似合いですが、他のレンズと交換するのも面倒だったので、LEICA M8.2に着いていたレンズをそのまま持って出ただけのことです。

外出は撮影が目的ではありません。
近くのスーパーまでビールの買い出しです。
「レンズ交換が面倒」「撮影目的ではなく、ビールの買い出し」と、そろそろ化けの皮が剥がれてきました。
「写真をやる人間の鑑」なんていうのは嘘っぱち。

でも、ちゃんと写真はとりましたよ。
マニュアルフィーカスのカメラでピントを合わせるには両手が必要ですから、傘と荷物を持っていたのでは、カメラを構えるのも大変です。
荷物を置いて撮りたいけれど、道は雨で濡れています。

写真も撮ったし、ズボンの裾が少し水気を含んだところで、ビールを抱えて帰宅。
家に着いたら日差しが出てきました。
なんとも皮肉なことです。
世の中、そんなものです。

JJ0612.016 福岡市東区 M8.2 B25 2.8ZM#

JJ0612.026 福岡市東区 M8.2 B25 2.8ZM#
福岡市東区 | LEICA M8.2 + Biogon 25mm F2.8 ZM データは二枚、共通です。


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みかん猫67

猫好き

私の猫好きもちょっと有名になってきました。
遠い記憶のなかに猫の存在はあるのですが、とりたてて猫好きというほどではなかったはずです。

幼児のときに、私の生家に猫が居た記憶があります。
こどもの記憶ですからか、定かではありませんが、大変、大柄な猫であった気がしています。
記憶と云うものはどんどん膨らみはじめ、小さな私が跨がれるくらいの大きな猫となって、今では記憶の中に刷り込まれてしまっています。

乳幼児の小さな身体を定規の基準にすると、どんなものでも大きいといえるので、本当に大きな猫であったかは分かりません。
当時の家族もすべて他界したいまとなっては、確かめる術もありません。
もし、猫と私が一緒に写った写真でもあれば、猫の大きさについてもはっきりとするのですが、そんな写真も見たことはありません。

だいたい、私は自分の子供の頃の写真を一枚も持っていません。
大学進学のために実家を離れ一人暮らしを始めるにあたり、荷物の整理・処分をしたあたりで古い写真は姿を消しました。

大阪の自宅を離れて以来、ペットと呼ばれる動物を飼うことはありませんでした。
面倒くさがりの私が、毎朝毎晩散歩に連れて行かなければならない犬を飼うなんてことは考えられません。
面倒くさがりのくせに、義務感みたいなものを強く持つ性格ですから、雨の日も、風の日も、暑い日も、寒い日も、きちんと散歩に連れて出るでしょうが、精神的負担を負うことは確かのです。

それで・・・猫か。
と、いうと、そうでもないのです。
犬でも、猫でも、ペットを飼うという考えは毛頭なかったのです。

きっかけは、向こうからやってきました。
家庭を持たある日、猫の方からお願いをされて子猫の面倒を見ることになってしまったのです。
正確に言うと、お願いをされたのは私ではなくて家人の方です。
親猫が子猫を順番に三匹くわえて来て、家人の前に並べ、「にゃん」と一声鳴いて去って行ったとか・・・
三匹の猫は〈ぐれこ〉〈ちゃたろー〉〈しろ〉と名付けられ、〈しろ〉は他家に貰われていき、〈みねこ〉と改名、〈ぐれこ〉〈ちゃたろー〉が我が家には住み着くようになりました。
以来、私が猫好きだということになってしまったという次第です。
〈ちゃたろー〉は既に他界しましたが、〈ぐれこ〉は、この夏で21歳になります。
21年前となると、私はまだ42歳・・・感慨深いものがあります。

写真の審査を依頼されることがりますが、どうも猫の写真に弱いのです。
とは言っても猫が写っていればなんでも良いということではなのですが、ほどほどであれば猫の写真につい手が伸びてしまいます。
そんなことではいけないと、自分に言い聞かせて出かかった手を引っ込めることの繰り返しです。

現在、我が家には〈ぐれこ〉〈もも〉〈銀次郎〉〈茶太郎〉の四匹の猫が居ます。
いずれも、折り紙付きの野良です。
〈もも〉〈銀次郎〉〈茶太郎〉は家人が山から連れて帰ってきました。
お分かり頂けたでしょうか、猫好きは私ではなく、家人の方なのですよ。

110218.027 福岡市東区 E-P1 17 2.8#

110218.024 福岡市東区 E-P1 17 2.8#
福岡市東区 | OLYMPUS E-P1 + 17mm F2.8

昨年の10月1日に、我が家の住人になった〈銀次郎〉〈茶太郎〉です。
現在、推定、生後9ヶ月くらいですが、腕白盛りで、家中を飛び回って困っていますが、こうして、膝の上に乗ってこられると、可愛いものです。

マイクロフォーサーズのデジタルカメラで、目見当でフレーミングをして撮ってみました。
撮っては、液晶画面でフレーミングを確認し・・・の繰り返しで、一番収まりの良いものを載せています。
写真も、簡単便利になりました。


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みかん猫67

写真から連想

前回の〈亀カメラ〉に、電柱に掛けられた洗濯干しの写真を載せ、往来の立つ電柱に家庭の洗濯ものを干すことはないだろう・・・といったことばを添えました。
いやいや、ありました。
電柱に洗濯ものがぶら下がっている写真が。
それも、花のお江戸・・・東京で。

横のバイクには雨合羽も干してありますので、前日の雨に濡れたのでしょう。
この干し方から想像するに、男性・・・それも30半ばの独身・・・などと、想像するのですが、如何でしょうか。

そこで、次の写真を〈男の洗濯〉をキーワードにして探してみました。
それが、二枚目の写真です。
場所は、東京から南に飛んで、九州は宮崎です。
古いアパートの窓辺に、やはり、シャツが一枚だけ干してあります。

家族のある家庭なら、洗濯ものの量もせれなりにあるはずですから、こちらも独身男性の匂いがします。
窓の手摺に植木鉢が三つほど下がっていますので、心優しい30過ぎの独身でしょうか。
上の写真の主は〈肉食系〉、下は〈草食系〉でしょうか。

どちらも、30歳を過ぎて独身男性。
その、想像の根拠は。
もっと、若い男の子なら、器用に生きるでしょうから、洗濯もコインランドリーかなにかで、乾燥まで済ませると考えたのです。

下の写真の主は、派手目のシャツを着ているようですが彼女は居ません。
窓の古ぼけたカーテンは、彼女を部屋に連れて来れるような代物ではない気がします。

などと、本日、引っ張りだした二枚の写真を見ながら、シャーロック・ホームズを気取って、楽しんでみました。

CB0811.018 東京都品川区西中延 M8 SX35a#
東京都品川区西中延 | LEICA M8 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL


CP1031.052 宮崎 se18_3.8a#
宮崎市 | LEICA M8.2 + SUPER ELMAR-M 18mm F3.5 ASPH.

東京も、宮崎の旅先での写真ですが、日本中、どこに行っても同じようなものばかりを撮っています。
東京を撮るのでもなく、宮崎を写真で記録するでもなく、良いと思って撮るものが決まっていて、たまたま、それらと東京、宮崎で出会ったということです。


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みかん猫67

デジタルカメラになって何が楽しいかというと、自分の写真に触れる機会が多くなったということが言えます。
銀塩写真の時代から考えると、デジタル写真のフィットワークの軽さは圧倒的です。

黒白フィルムで写真を撮ると、撮影後にする作業はフィルム現像です。
ネガが出来上がったところで、「撮れていた」と一安心することができます。
最も、私の場合はお仕事として写真を撮っている訳ではありませんから、ピントが合っていなかった、露出が狂っていた、フィルム現像の結果が悪かった・・・などと、失敗しても、社会的痛手はありません。
でも、「良い写真が撮れた・・・」と、意気揚々とフィルム現像に臨んでも、プリントできないようなネガを見ると、がっかりします。
「逃がした魚は大きい」のです。

ネガは出来た。
次は、〈密着焼〉です。
ここまでは、順調に進むのですが、その後が、持ち前の無精な性分から、前に進みません。

植田正治さんの『ネガの熟成』を言い訳に、密着焼をしっかり見ることもせず、引伸機にかけていないネガフィルムが山ほどあります。
銀塩写真の、なんと腰の重いことか。

少し時間に余裕ができたときに、さっと、自分の写真を見ることができるのがデジタル写真です。
デジタル写真の魅力は〈軽ろ味〉にあると言えます。
〈軽ろ味〉は撮影からプリントまでのどの作業においても味わうことができます。

自分の撮った写真を、見る機会は銀塩時代に比べ断然多くなりました。
撮って、データ整理をして、コンタクトシートを作って・・・
くだらない写真ばかり撮っている自分に気付かせてくれるのも、デジタル写真特性なのかも知れません。

JC1009.019 鹿児島市名山町 M9sn35a#
鹿児島市名山町 | LEICA M9 + SUMMICRON-M 35mm F2 ASPH.

CB1108.019 宮崎市 M8 +et24a#
宮崎市 | LEICA M8 + ELMARIT-M 24mm F2.8 ASPH.

今日も洗濯がらみの写真です。
自分の撮った写真を見ていたら、鹿児島と宮崎で同じような写真を撮っていることに気付きました。
〈電柱〉は、私がよく被写体にするものですが、その電柱に洗濯もの干しがぶら下がっていたのです。
いくらおおらかな南国鹿児島、宮崎と言えども、こんな往来にに、家庭の洗濯ものを干すことはないと思いますが、ちょっと気になって撮ったのでしょう。

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みかん猫67

路地は縦位置が似合う

洗濯物が乾かない梅雨。
そんな時期にながながと洗濯ものの話しを続けていると、〈亀カメラ〉も、生乾きの洗濯ものの臭いがしてきそうです。
でも、ここまできたら意地ですね。
今日も、洗濯ものの写真を使います。

「裏街道ばかり歩いてきました」と、斜に構えて格好をつけるつもりではありません。
「日の当たらない生活でした」と、すねるつもりでもありませんが、日のあまり射さない路地が好きです。

最近は、町が奇麗になっていますので、湿った土の匂いのする裏路地も少なくなりました。
それでも、写真を撮るときには、路地を求めて何千里。
見知らぬ町では、地図を広げて道が入り組んだ一角に目星をつけたり、己の嗅覚を頼りに、写真になりそうな路地の匂いを嗅ぎ分けて歩きます。

大阪の下町育ちの私にとって、路地は遠い遠い記憶が埋め込まれている場所です。
それは決して、明るく陽気な記憶ではありませんが、でも、嫌な記憶でもなく、心の中を懐かしい匂いを含んだ風が吹く・・・そんな気分に浸れる場所が路地です。

生家の裏木戸を出ると、人一人通れるくらいの細い路地がありましたした。
小さな裏庭の土は黒く、庭を囲む板塀のところには万年青の植木鉢が置かれていました。
その万年青の葉の間から鮮やかなオレンジ色の花が咲いたことも、子供時代の鮮烈な記憶となっています。

その他にも、いたるところに路地がありました。
いま、思い返してみると、それはし尿処理のために設けられて路地だったような気がします。
そんな迷路のような路地を、子ネズミのように走り回っていた子供時代が、この歳になると懐かしいものです。

路地には洗濯ものが似合います。
そこに干されている洗濯ものは、若い人の華やいだものではなく、年寄りの肌着がだらっと下がっているような、そんな生活感漂う洗濯ものが路地には似合います。

山口県下関市
山口県下関市 | LEICA M8.2 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL

路地は空間が狭く、引きがとれませんので、広角レンズが便利です。
写真は35mmレンズですが、 撮像素子サイズがPAS-HサイズのLEICA M8.2に着けていますので、画角は47mmの標準レンズくらいになります。
このような場合には縦位置に構えることで、狭い路地がすっぽりと画面に納まってくれます。

路地は縦位置が似合います。

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みかん猫67

新学期の授業開始日から毎日ネクタイに上着といった格好で職場に出かけていました。
薬品などを使う実習の授業などもありますし、職場まで小一時間ほど写真を撮りながら歩いてくることもありますので、出来ることなら、身軽な服装で居たいのですが、ちょっと気分を引き締める意味も込めてネクタイ姿です。

衣装で気分がどこまで変わるかは疑わしいのですが、学生たちに対して「真面目に授業をやっているよ」という意思表示でもありました。
また、小汚い男子学生、華美で露出過度な女子学生と、このところの学生たちの身なりを見ていると、場所柄をわきまえない服装が多いように思えるので、このあたりへの警告の意味含まれています。

ことの発端は、昨年の四年生の〈卒業制作・研究〉の中間発表や最終発表のときには、教員も学生もスーツ姿で襟を正して行いましょうと取り決めたことにあります。
簡単に言ってしまえば、「真面目にやろうぜ・・・」「真剣に聞くよ・・・」ということです。
ネクタイにスーツ姿が礼儀というのなら、授業においても、それなりの身なりで教壇に立つべきなのかと考えて、四月の新学期から、ネクタイとスーツで授業に臨むようにした次第です。

ところが、年度も変わり、新学期が始まって最初の〈卒業制作・研究テーマ発表会〉では、どうなってしまったのか、学生も先生方の多くも平服です。
なんだか拍子抜けです。
去年の、あの申し合わせはいつ、反故になってしまったのでしょうか。

「なんだなんだ、そんなことでええんかいな」と、ケツを捲って、次の日から私も自由な服装といきたいところでしたが、そこはへそ曲がりですから、「みんながやらんのやったら俺はやる・・・」と、次の日も、その次の日も授業がある日はスーツ姿で教壇に立ってきました。

そうこうしているうちに、大学の方も〈クールビズ〉とか、訳の分からないことで、ネクタイ、上着を着用しなくても良いといった貼り紙が校内に貼られるようになりました。
この貼り紙を潮時に、ネクタイをはずし、上着を脱ぎ、少し楽になりました。
梅雨時に、スーツ姿は骨が折れますので、正直なところ〈クールビズ〉さまさまです。

ネクタイにスーツ姿で出勤していたときには、毎朝、その日に着るスーツに合うネクタイを選ぶのですが、これがなかなか骨の折れる仕事でした。
スーツと、シャツとネクタイとの関係には、私なりに守るべきことがありますので、それがぴたっと合うまで、何本もネクタイを取っ替え引っ替えする日もありました。

ネクタイが決まると、次は、結びです。
これに関しても、長さ、結び目の大きさ、かたちなどにも私なりの拘りがあります。
その拘りを押し通すことで、独自のスタイル・・・〈らしさ〉が出来上がるのですから、そこのところは譲れません。

これは写真を撮り、自分の写真に仕上げる過程においても同様です。
妥協しないで、自己の拘りを押し通すことで、独自の写真世界が築き上げられるというものです。
しかし、あまり拘り過ぎると、己の世界を狭くしてしまうことにもなりかねませんから、そこはそれ、適当に・・・いや、適度にやることを忘れないように。

CB0806.034 群馬県高崎市 sx35a#
群馬県高崎市 | LEICA M8.2 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL

CP1025.010 山口県下関市 st35#
山口県下関市 | LEICA M8.2 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

梅雨にはいり、蒸し暑くて、じめじめとした日が続きます。
この時期は、洗濯物も外に干して太陽の光と乾いた風で乾かすということが難しくなります。
雨が降り出しても、洗濯ものを取り入れてくれる人も居ない、一人暮らしの学生たちは洗濯ものを部屋の中に干すしかありません。
この時期、生乾き独特の異臭を放つ学生が出てきたりしますが、これも仕方のないことです。

雨が降ると、足下が濡れ、雨水が靴の中まで入ってくることもあります。
予備の靴下を持ち歩き、一日に何度も取り替えるので、靴下の洗濯が増えるのも、この時期ならではのことです。


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みかん猫67

洗濯日和

若い頃から、洗濯は嫌いの方ではありませんでした。
昭和42年、1967年に親元を離れて大阪から福岡に来て、最初は大学の寮に入りました。
当時、寮の建物の屋上が洗濯場になっていましたが、そこには洗濯機などという便利なものはなく、〈洗濯板〉が並んでいいました。

洗濯板を見て、いくら、田舎の大学の寮といっても、これはないだろうと驚いたものです。
冬場などは、吹きさらしの屋上で、洗濯板でごしごし洗濯するのは、ちょっと苦痛でしたが、寮を一年で出て、それ以後は洗濯機のお世話になりました。

洗濯板での洗濯は勘弁して頂くとして、私が洗濯を嫌いでないと言ったのは、この洗濯機での洗濯のことです。
洗濯機の中で、ぐるぐると回る渦巻きと、洗剤が泡立つのを眺めていると、「おお。奇麗になりよる・・・」と嬉しくなります。
また、洗濯機がぐるぐる回わる音や、一旦停まって、リレースイッチがカチッと切り替わり、こんどは反対向きに回り始める・・・このリズムが、訳もなく落ち着くのです。
洗濯機が回り始めると、横に椅子を持ってきて、本を読むと、どうした加減か集中できるのです。

私の住む北部九州は梅雨に入っています。
大学寮時代、天気の良い日には洗濯物が屋上で風に揺れているのが常の景色でしたが、雨の日には廊下に男子学生の小汚い下着などがぶら下がっていました。
部屋には二段ベットと、作り付けの机があるだけです。
一部屋に二人押し込まれて、洗濯ものを部屋の中に干すスペースなどありません。

洗濯ものが似合うのは、なんと言っても青空の下です。
出来ることなら、乾いた風が少し吹いていると、絶好の洗濯日和です。

CP0823.040 広島県下蒲刈島
広島県下蒲刈島 | LEICA M8.2 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

CP0901.018 韓国 蔚山 et21a#
韓国蔚山市 | LEICA M8.2 + LEICA M8.2 + ELMARIT-M 21mm F2.8 ASPH.

今日は、そんな洗濯日和の写真です。
最初の写真は広島の下蒲刈島で撮ったものです。
広島に出かけると、卒業生の高田トシアキくんの車で撮影に連れて行ってもらいます。
このときも、高田くんの教え子と一緒に撮影に出かけたのです。
天気も良いし、気のおけない写真仲間と気楽な一日。
洗濯日和は、写真日和です。

二枚目の写真は、韓国の蔚山市で撮ったものです。
一人、異国の町の、路地を歩いていたときのものです。
夏の終わり、汗ばむ気候でした。
風でも吹いてくれればと、恨めしげに空を見上げると、洗濯ものも萎れたように元気なく垂れ下がっていました。
青い空、白い雲、それに垂れ下がった洗濯もの。
そんな景色を写真に撮り、少し元気になって、再び路地の奥へと進みました。

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みかん猫67

洗濯もののある景色

昨日の〈亀カメラ〉に載せるために人様の洗濯ものを撮った写真を探したところ、たちどころに10枚程度の写真が見つかりました。
そのうちの、一番古いものと、一番新しいものの二枚を使いましたが、洗濯ものの写真は、まだ、残っています。

残った写真を眺めていて感じたのですが、確かに洗濯ものが写っているのですが、昨日の女性の下着を撮った写真のように、洗濯ものそのものに近づいて撮ったものは、他にはありませんでした。

洗濯ものに限らず、いろいろな撮影において、近づいてものそのものを撮るより、引いて空間を撮ることを好みます。
その所為か、使うレンズも画角の広い広角レンズを多用しますし、撮影の現場では近づいたり、離れたりして撮っても、写真を選ぶ段階では、どうしても引きの写真を選んでしまいます。

空間が広く写り込んでいる写真の多くは、当然、いろんなものが狙ったものと一緒に、画面に写り込みます。
つまり騒がしくて、下手をすると、主題の発言も弱まり、中途半端な写真になってしまいます。
反面、いろいろな発言が聞こえてくるので、情報量いということにもなります。

写真を見て、「はい、分かった・・・」とさせてくれるのは、やはり主題に絞り込んだ写真だということは間違いのないところです。
このような写真を見た人たちの受け取る情報は大同小異で、間違った解釈も少ないと思います。

しかし、それじゃ面白くないと私は考えるのです。
写真はただ見せるだけ。
こう見て欲しいとか、これだ・・・といった、答えを一つの方向性に導くより、一枚の写真、そこから汲み取る内容や意味は千差万別な方が、ずっと面白いと考えるのです。

私は見た。
あなたにも見て欲しい。
でも、何を感じるか、何を読み取るかは貴方次第。
そんな、写真もあって良いんじゃないでしょうか。

JC1023.029 福岡市西区西ノ浦 NEXe16#
福岡市西区西ノ浦 | SONY NEX-5 + E 16mm F2.8

JC0806.045 熊本県熊本市 M9et28a#
熊本県熊本市 | LEICA M9 + ELMARIT-M 28mm F2.8 ASPH.

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みかん猫67

前回の〈亀カメラ〉では、洗濯物つながりの写真を二枚載せて見てもらいました。
シーツや布団カバーの類いの洗濯物ならまだ良いのですが、下着となると話しは微妙になってきます。
傍目には、まるで変質者ですから。

それについて、ずいぶんと昔のことですが、卒業生の佐藤くんと撮影して歩いていたときの話を思い出しました。

私なども人様の洗濯物にレンズを向けることが多いのですが、この日同行の佐藤くんは、その当時、「洗濯物写真家」なんて自ら言いながら、部屋の窓や道沿いに洗濯物を見かけるとレンズを向けていました。

佐藤君と東京の土手の上を歩いていたとき、土手下の民家の庭に洗濯物を発見。
各戸が板塀に囲われた、文化住宅風の家が建ち並ぶ一画だったと記憶しています。
早速、佐藤くんは口癖の「とりあえず」などと言いながら写真を撮ろうととすると、おばさんの声で「洗濯物とらないで・・・」と叫ぶ声が聞こえました。

どこからか私たちの行動を見ていたのでしょう。
洗濯ものに限らず、写真に撮るものを探す人間の行動は、不審者そのもののようです。

「洗濯物、とらないで」???
「とらないで」とは、〈撮らないで〉でしょうか、〈盗らないで〉でしょうか???
そのとき、おばさんお下着が干してあったのかどおうかの記憶は定かでなありませんが、いくらなんでも、おばさんのは盗らないでしょう。
せいぜい写真に撮るくらいです。
もちろん、この場合も「写真に撮らないで」なのでしょうが・・・。
もちろん、佐藤くんと私は洗濯物の写真を撮らないで、そそくさと、その場を急ぎ足で立ち去りました。

ですから、そのときに撮った洗濯ものの写真はありませんが、この文章を書くにあたって、洗濯ものを撮った写真を探してみたところ、それほど苦もなく10枚程度の写真を見つけることが出来ました。
佐藤くんに負けず劣らず、私も〈洗濯もの〉が好きなようです。

さて、見つけ出した10数枚の写真のなかから、今日の二枚を選ぶのですが・・・

JJ0205.134 山口県下関市 5DII ef50 1.4#
山口県下関市 | CANON 5DII + EF 50mm F1.4

CF1103.077 東京都葛飾区立石|洗濯物|M8 et21#
東京都葛飾区立石 | LEICA M8 + ELMARIT-M 21mm F2 .8

上の女性の下着の写真のようなものはこんかい選び出した写真の中では一番、最近撮ったものです。
〈盗った〉のではなく〈撮った〉のですから、くれぐれも誤解のないように。

こういった類いのものは、私の洗濯物写真のなかでは珍しいものです。
これを見たときに「女性もこれほどいっぱいになるまで、洗濯ものをためるんだ・・・」と驚いたことが、写真を撮る動機となっています。
決して、変質者としての好奇心ではありませんよ。

このとき、私のゼミに所属する中村君が撮影に同行していましたが、こんなものを真剣に撮っている先生を見て、不安になったのではないかと、このことはちょっと気がかりではありますが。

下の写真は、東京の立石で2007年の末に撮ったもので、私としてはお気に入りの洗濯物写真です。
立石もずいぶん様変わりしていますので、こういった物干し台は、もう見当たらないかも知れません。
写真は記録ですね。

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みかん猫67

授業でフィルムカメラを渡し、「写真を撮って来てください」と学生たちに言っても、まるで視線の先に意識がいっていないものを撮ってくる人が少なくありません。
ある日、フィルム一本とカメラを渡してから、10分少々で戻って来た学生が居ました。つまり36枚撮りフィルム一本をほんのわずかな時間に撮りきってしまったのです。

何か、面白い被写体にでも出会って、興奮状態であっと言う間に一本撮りきるということもありますが、周りに居た人に聞いてみると、立ち止まってはくるっと回りながら十枚ほど撮影し、少し動いてまたくるっと回わりながら撮影するといった状態だったようです。
フィルム現像の実習用の撮影ですから、「何でも良いから一本撮れば良い」と判断したのかどうかは分かりませんが、私には不可解な行為です。

写真以外のアニメーションやムービー、CGなどといったものに興味の矛先が向かっている学生の場合、単位修得のために写真を撮らされていると感じている部分もあるようで、このような学生に出会う度にこころが痛みます。

「写真に撮る物がない」とか「何を写真に撮ってよいか分からない」とか言う人が学生のなかにはいます。
写真に撮るものはいっぱいあると私は思っています。
何気ないもののなかにも魅力はあります。
問題は、自分の周りの景色を好奇心をもって眺めることができるかどうかではないでしょうか。
それと、こころのなかに、写真を撮りたいと思うものが潜んでいるかどうかでなないでしょうか。

身の周りをその気になって眺めれば、レンズを向けたくなるものはあれも、これもといっぱいあります。
でも、写真になるか、ならないかというフィルターを設けてしまうと、とたんにブレーキが掛かってしまうことがあります。
写真にならないから撮らない。
写真になるから撮る。
そんなことは、自分流の世界を築きあげた立派な人に任せておいて、成長段階の学生や、私のような三文写真人は、心の動いた〈もの〉のや、〈こと〉に対して素直に反応すれば良いのではないでしょうか。

てくてくと町を歩いていて、目の片隅、こころの端っこに生じた興味に素直に反応して、レンズを向ければ良いのです。
写真に撮りたいと思ったとき、人は無意識のうちにフレーミングやアングル、間といったものを決めて撮るはずです。
それぞれが持っている美意識に照らし合わせて決めるはずです。
先ずは、それで良いのです。

いまは分からなくても、撮った意味が、後になってわかることってあるのですよ。

110221.009 福岡市東区 K7 da21 3.2#
福岡市東区 | PENTAX K-7 + DA 21mm F3.2.

JJ0205.062 北九州市門司区 5DII ef50 1.4#
福岡県北九州市門司区 | Canon 5DII + EF 50mm F1.4.

今日の二枚は何となく撮っておいた写真ですが、二枚の共通していることは、洗濯物です。
撮った、日時も違いますが、こうして、二枚の写真が繋がってみると、こういうものに対して、私の心が動く・・・そんなことが分かってきたりするのです。

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みかん猫67

散歩で散歩する人を

「散歩」はとくに目的もなく、そぞろ歩くことかと思っていましたが、そうでもないようです。
大佛次郎さんの散歩についての文章の冒頭に『散歩は目的がない方がよい。』とあります。
と、いうことは目的のある散歩も存在するということです。

例えば健康のための散歩。
犬のための散歩。
そして、私の場合は写真を撮るための散歩。

池波正太郎さんは、フラフラ歩きの散歩と日課としての散歩という言い方をされています。
日課の散歩はそれほど楽しいものではなく、散歩が、いちばん、たのしいときは、仕事のことを忘れてしまわなくてはならないと書いておられます。

つまり、目的もなくフラフラ歩くことこそ散歩の醍醐味だということです。
目的のある散歩は、私にとって散歩ではないと、池波さんは結んでおられます。

いまの私はまだ浮世離れをしきれていない青二才(?)ですから、写真を撮るために歩いているのですが、もう少し散歩の達人(雑誌のタイトルではありませんよ)になれたときには、歩くことが目的の散歩の途中で写真が撮れるようになるのでしょう。

散歩の一種で、ふらふらと町中をあるくことを「町歩き」といいます。
先日、学生たちと町歩きをしてきました。(このことは、これまで二度ほど書きました。)
私を入れて、総勢9名の、そぞろ歩き・・・ではなくて、ぞろぞろ歩きです。

私は、道案内役も兼ねていますので、先頭をきって歩きます。
後に続く学生たちは思い思いのところで立ち止まって写真を撮りますから、当然、列は長くなります。
ときおり立ち止まっては、頭数が揃うのを待ち、再び歩き始める。
延びて縮んで・・・まるで、尺取り虫のような町歩きでした。

そんな町歩きも終盤にさしかかったところで、犬の散歩をしている人たちに出会いました。
ワイシャツ姿のサラリーマンが首から名札をぶら下げた状態で、二頭の犬を散歩させていました。
時間的には丁度、昼休みです。
この状況をあたなならどう読み解きますか?

jj0530.056 福岡市中央区 K5 15 4#
福岡市中央区 / PENTAX K-5 + DA15mmF4ED AL Limited.

もう一人は、散歩に疲れた犬を抱えてやってきたおばさんです。
得意の褒め褒め作戦です。
「可愛い犬ですね」「女の子?、男の子?」「何歳?」などと、犬を話題に話しかけながらシャッターを押しました。
最初は胡散臭そうにしていたおばさんも、私の話術にはまって、最後にはこの笑顔です。
犬も可愛い・・・などと褒められたものですから、おすましです。

jj0530.069 福岡市中央区 K5 15 4#

jj0530.070 福岡市中央区 K5 15 4#
福岡市中央区 / PENTAX K-5 + DA15mmF4ED AL Limited.


学生が周りで見ていますから、現場学習のつもりです。
参考にまりましたか・・・学生諸君。


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みかん猫67

一日歩いて80枚と一本

先日、福岡市内を 若い学生たちと歩き回りました。
鞄の中には、〈PENTAX K-5〉と、久々のフィルムカメラ、〈Mamiya 6〉の二台を入れてきました。
それ以外にも、ブローニーフィルムが数本、 何やかやと荷物が詰め込まれていて鞄は少々膨らんだ状態でした。

この日は、後日のフィルム現像実習に使うフィルムの準備というころで、学生たちは全員、フィルムカメラが主カメラです。
そこで、私も・・・と、久々のフィルムカメラといった次第です。
フィルムカメラだけでは、なんとなく心許無いので、デジタルカメラも準備してきました。
なんといっても、いまの私はデジタルカメラ派ですから、なにか良いものがあったときには、デジタルカメラでしっかりと撮っておこうといった魂胆です。

フィルムカメラを引っ張りだしてきたのは良かったのですが、いろいろと不都合が出て往生しました。
先ずは、老眼用の〈視度補正レンズ〉を着け忘れていて、ピント合わせの手間取りました。
結局は、「こんあものかな・・・」といういい加減なピント合わせで済ませました。

デジタルカメラとフィルムカメラの二刀流。
カラーと黒白、これも、間違いの元でした。
カラーで撮る時は、目も頭もカラー写真を意識して被写体を探しますし、黒白フィルムカメラを握っているときには、黒白に置き換えたときの仕上がりを予想しながら、周りを見ています。
私が不器用だからか、これらは、全く違った世界で、両立は困難でした。

フィルムカメラの方は、ピンと合わせに難渋しながらも、なんとか、最初の一本を撮り終えたところで断念。
その後は、デジタルカメラでカラー写真を撮り続けました。

60歳を過ぎた老人には少々荷物が重いかったかも知れませんが、若者に刺激されて、重い荷物を担いでせっせと歩きました。
 あまり欲張らず、「撮れた〜」と思える写真が一枚でもあれば儲けものと割り切れば、気軽に歩けるものです。

〈荷〉は重いけど〈気〉は軽いといったところです。
気持ちを締め付けず、周りを眺めれば・・・間口が大きく開いているぶん、いろいろなものが私の中に飛び込んできます。
そしてカメラの中にも、きっちりと収まってくれるはず・・・これは理屈です。
世のなか理屈どおりには運ばないのは分かっていますが、まあ、そんなものです。
(何がそんなもんか、よう、分からんけど・・・まあ、そんあもんや)

一日で撮影した枚数は全部で80枚と一本。
合わせて92枚でした。
一日の撮影量の平均は135フィルムで三本くらいが、私の平均的な量ですから、この日もいつもと同じということです。
まあ、そんなもんです。

JJ0530.029 福岡市博多区 K5 15 4#
福岡市博多区 / PENTAX K-5 + DA15mmF4ED AL Limited.

JJ0530.072 福岡市中央区 K5 15 4#
福岡市中央区 / PENTAX K-5 + DA15mmF4ED AL Limited.

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