2011年7月アーカイブ

〈under the skin〉の写真

JJ C7 30 060 北九州市門司区清滝 M9 ET28a#
福岡県北九州市門司区清滝 / Fuji FinePix X100 + 23mm F2 / 撮影中の宮崎君  


いくら、海峡の街が好きだからといっても、門司や下関に何度も何度も来ているうちに、物珍しさは薄れていきます。
最初は、たくさん撮れていた写真も、だんだんシャッターを押す回数も減り、ある意味面白味も消えてくるものです。

実は、そこからが本当の写真が撮れるのではないかと考えています。
私が同じ場所に何度も通う理由がそこにあります。
表面的な刺激に慣れて、そういったものに鈍感になったところから、〈under the skin〉の写真が撮れ始める・・・のだと思っています。

そのものの本質に写し取るなんて大層なことを謳っているのではありません。
ただ、自分のなかにきちんと仕舞いどころがある・・・そういった見極めができて、「写真を撮ろう・・・」と、こころを動かせればと願っているだけです。

〈仕舞いどころ〉を探すなんて、そんな悠長なことをしていては、〈咄嗟〉のことが多い写真なので、うまく対応できなくて、写真は撮れない・・・と、お叱りのことばも聞こえてきそうですが、そこはそれ、なにごとも鍛錬の賜物で出来るようになるのです。

野球選手がストライクゾーンや、自分の好きなゾーンに、投手の投げた球がきたときに・・・正確には、来ると読んだとき・・・瞬時に対応してバットを振っているように、カメラを持って持って、瞬時に反応することも可能なはずです。
こんな私でも40年もカメラを振り回していれば、イチロー選手が上手くボールをバットに当てるように、カシャッとカメラのなかに取り込むことくらいは出来るようになりました。

ただ、ヒットが出るかどうかは分かりません。
大方はボテボテの内野ゴロのような、中途半端な写真です。
今回、門司で押したシャッター回数は90回。
そのうち、興味を持ってマークした写真が13枚ほど。
う〜ん、一割四分四厘ですね。
残念ながら、これはヒットの率(打率)ではありません。
あくまで、ボールがバットに当たった数ですから、お間違いのないように。
内野安打程度のヒットは三本くらいでしょうか。

90枚撮って、まずまずの写真が三枚・・・上出来です。


JJ C7 30 057 北九州市門司区風師 M9 ET28a#
福岡県北九州市門司区風師 / Fuji FinePix X100 + 23mm F2  

JJ C7 30 066 北九州市門司区清滝 X100 23 2#
福岡県北九州市門司区清滝 / Fuji FinePix X100 + 23mm F2  


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みかん猫67

JJ C7 30 075 北九州市門司区 X100 23 2#
福岡県北九州市門司区 / Fuji FinePix X100 + 23mm F2 写真右から、宮崎君、西田君、私、撮影:呉屋友里奈さん  


今日は日頃の〈写真散歩〉ではなく〈写真遠足〉でした。
遠足という言葉に嬉しさを感じたのはずいぶんと遠い昔のことです。
いまの小学校の〈遠足〉の形態が、私たちの時代と同じものかどうかは分かりませんが、リュックサックにちょっとしたおやつを入れて行ける遠足は嬉しい行事でした。

目的地は〈○○の一つ覚え〉で、門司港〜下関。
下関や文門司は、大阪に居たときから興味を抱いていた所です。
本州のどん詰まりの下関。
その下関と海峡を挟んで、九州の玄関口、門司。

この二つの都市は、戦前戦中の日本にあって、大陸へ繋がっていた都市でもあり、モロッコの〈カサブランカ〉のような混沌としたものを想像していたのです。
もちろん、私は戦後生まれですから、そういった状況を知っていた訳ではありません。

九州の大学に来たのが1967年。
福岡で生活するようになり、下関、門司、小倉などを回りましたが、その当時には〈混沌〉などといった状況はなく、どこにでもある地方都市そのもので、いささか肩すかしの感はありました。

それでも、海峡の街の魅力に取り憑かれて〈○○の一つ覚え〉をやっている次第です。

今日は、学生を三人つれて、いとものように四人で出かける計画でしたが、そのうちの一人が午後から用事があるとかで、結局、三人で出かけました。
しかし、嬉しいことに現地で卒業生の宮崎君、西田君の二人が加わってくれて、総勢5人で門司の街を徘徊。

卒業生との会話は、楽しい話し、苦い話しいろいろありましたが、実に楽しいひとときでした。
撮影地での楽しみの一つに美味いものとの出会いがあります。
今日は、西田くんの行きつけの〈カレー 正ちゃん〉に案内してもらいました。
私も学生と一緒に、二人の先輩からお昼をご馳走になりました。
ごっつあんでした。

JJ C7 30 021 北九州市門司区葛葉 X100 23 2#
福岡県北九州市門司区葛葉 / Fuji FinePix X100 + 23mm F2  

JJ C7 30 028 北九州市門司区葛葉 X100 23 2#
福岡県北九州市門司区葛葉 / Fuji FinePix X100 + 23mm F2  

本日はJR小森江駅で下車。
〈葛葉〉の旧通りを歩いて門司港に向かいました。
写真は、宮崎君のホームグラウンド〈葛葉〉で撮ったものです。


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みかん猫67

まだ八月にもなっていないのに、昨日の〈亀カメラ〉では、秋風が立ったような話しをしてしまいましたので、「えっ、もう秋かよ・・・」と思われた方々も多いと思います。
でも、コンクリートで固められた世界から、一歩退いて、自然に囲まれてみると、季節の変化というものに敏感になります。

いつも言うことですが、目で見、耳で聞き、鼻で嗅ぎ、手で触れるといった実感を伴った体験が少なくなっている現代社会において、あまりにも我々人間は〈うつろい〉というものに鈍感になっているように思います。

私は〈神〉の存在を信じていますが、特定の宗教を信じることはしていません。
日常の生活においても徒党を組むことを好みませんので、信仰においても特定の宗教を信じ、宗派に属することは性分にあいません。

宗派に属することはありませんが、〈信仰〉する気持ちは人一倍強く持っているます。
宗教学を学んだことがありませんので、言葉の定義が間違っているのを承知で、ニュアンスだけを汲み取ってもらえれば良いのですが・・・

その信仰の対象が、教義や偶像ではなく、〈森羅万象〉であり、天空にあるものから、地上の一木一草にいたる、あらゆるものから慈悲を受けていると考えます。

神のように、誰もが額ずく絶対的なものではなく、何気ないもの、儚いもののなかに潜む慈悲のこころと、こころを通わせることができ、それがレンズを向ける動機となるとなる・・・そんな写真が撮れると良いのですが、まだまだ修行が足りないようで、どうもいけません。

JJ C7 26 003 福岡市東区 M9 Sa28 5.6#

JJ C7 26 051 福岡県糟屋郡新宮町 M9 Sa28 5.6#

人はもっと素晴らしいユートピアを作ろうと、あくせくしています。
しかし、果たしてそれは成功しているのでしょうか。
建設重機に踏み荒らされる、この大地に、自然のなかに敬うべきものがたくさんあります。
重機が発する騒音が止んだとき、人は、その無情を感じるでしょう。

人は己の立身出世を夢見て、俺が俺がともがいています。
人間の飽くなき欲望が、そうさせるのでしょうが、〈足るを知る〉のこころが、今の世のなか求められているのではないでしょうか。
おっと、〈足るを知る〉(知足)は〈禅宗〉の教えの一つでしたね。


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みかん猫67

このごろちょっと憂鬱です。
憂鬱と言うほど深刻でもないのですが、気が滅入る・・・気が晴れない・・・といった程度のことですが。

日の出はどんどん遅くなっていっているのです。
つまり、大好きな夏がどんどん過ぎて行くのを身体で感じるのです。
今日の一枚目の写真は福岡、5時5分の空です。
空はまだ夜の色が濃く、隣家の軒端には冴えた月がかかっていました。

緑の日除けに使った〈フウセンカズラ〉の緑の小さな風船も茶色くなっています。
緑色から茶色に変わり始めると、やはり秋の兆しを感じます。

今朝は肌寒いくらいで 開け放して寝ている枕元の窓を閉めたほどです。
まだまだ残暑が続き、このまま一気に秋になるとは思っていませんが、行く夏を惜しむ気持ちが深くなり、少しずつ気分がセンチメンタルになっていきます。

日の出が遅くなるのに合わせて、日暮れも早くなってきました。
帰宅のために校舎の一階の廊下を歩いていると、パソコンが並ぶ教室のドアがほんの少し開いて、中の灯りが漏れていました。
部屋の中では、将来に夢を抱えた若者たちが、秋が近づいたのにも気付かずに、一心不乱に〈Photoshop〉画面を睨んでいるのでしょう。

一旦、この前を通り過ぎたのですが、再び引き返し、写真に撮りました。
何なのですかね。
この気持ち。
微かな光、ドアに残った手垢や傷・・・こんな、微かなものにも面白みを覚えるのは、私のこころのなかにも秋が忍び込んできている証なのでしょうか。


JJ C7 28 001 福岡市東区 M9 ET28a#
福岡市東区 / LEICA M9 + ELMARIT-M 28mm F2.8 ASPH.

JJ C7 28 015 福岡市東区 M9 ET28a#
福岡市東区 / LEICA M9 + ELMARIT-M 28mm F2.8 ASPH.

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みかん猫67

JJ C7 26 042 福岡県糟屋郡新宮町 M9 Sa28 5.6#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M9 + Summaron 28mm F5.6


昨日は山に向かて歩き始めたのですが、山の手前のラーメン屋の看板の話しで終始してしまいましたので、今日はもう少し山の方に進んでみます。
私の家のあるところは、福岡市のはずれ。郡部との境になします。
我が家はぎりぎり福岡市内に位置する新興住宅地ですが、10分も歩けば昨日のクーニャンの居た所に着きますが、ここは〈糟屋郡〉となります。

その糟屋郡に、〈立花山〉があります。
標高367メートルですから、山登りの人たちからみれば、〈鼻くそ〉みたいなものかも知れませんが、坂道を汗をかきながらふ〜ふ〜言いながら歩くのが苦手な私にとってはここも立派な山です。
立花山は〈楠木〉で有名です。
楠木の原生林の北限地とも言われ、特別天然記念物に指定されたり、林野庁の〈盛りの巨人たち百選〉にも選ばれているとか・・・まあ、そんなことはどうでも良いのですが。

坂道の苦手な私のことですから、たとえ 367メートルの低山といえども、頂上を目指すなんて無謀なことはしません。
気まぐれに山裾をぶらぶら歩いて、写真の一枚も撮れればと思っているだけです。
それと、もう一つ楠木を見に行くのです。

私が訪ねる楠木は天然記念物なんてお墨付きのあるものではありませんが、幹周り7.37メートル、樹高21メートルと、幹周り8.71メートル、樹高21メートルという二本の楠木です。
樹齢四百年。
凄いですね。
昨日、私は64歳になりましたが、四百年の命からみると〈鼻くそ〉みたいなものです。

楠木の下で喉を潤し、しばらく時間を過ごした後に、再び山裾を散策。
ひまわりの花を見つけて、あれこれと苦労しながら三枚ほど撮影しました。
普段、ひまわりなんて関心がないのですが、今日はちょっと事情があって撮りました。

昨日のことですが、枕元のラジオから〈今日の誕生日の花〉が、〈向日葵〉だと知ったからです。
つまり、私の誕生日の花が〈向日葵〉だということです。
それを聞いたときに、ひまわりとは、「私に最も似合わない花だとな」、苦笑してしまいました。
そんな、ところにひまわりの花が出現。
「それじゃあ、撮りますか・・・」と、慣れない花の撮影に手こずって、三回もシャッターを押したという次第です。

JJ C7 26 054 福岡県糟屋郡新宮町 M9 Sa28 5.6#

JJ C7 26 055 福岡県糟屋郡新宮町 M9 Sa28 5.6#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M9 + Summaron 28mm F5.6


最後は犬の登場です。
こちらの方は花と違って、動いてくれます。
その動きにこちらが反応しながら、シャッターを押していきます。
花は、動いてくれませんから、花の周りをこちらが、ああでもない、こうでもないと一人動き回らなければなりません。
どちらかというと、私は動きに反応しながら撮影をすすめる方が性分にあっているようで、犬の後ろに着いて夢中で6枚撮っていました。
この写真は、犬と私が出会った瞬間の・・・つまり、一番最初のカットです。


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みかん猫67

モデルが消えた夏

JJ C7 26 011 福岡市東区 M9 Sa28 5.6#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M9 + Summaron 28mm F5.6


火曜日の授業は午後からなので、ちょっと寄り道をしてから大学に向かいました。
自宅から大学までは普通、小一時間ほどですが、今日は山裾歩きを楽しみましたので、お昼前くらいにようやく大学に着いたという次第です。
このくそ暑い時期に、仕事前に山歩きとは物好きだと思われるでしょうが、まあ、そんな日もありますよ。

仕事前に、自然の緑を楽しみ、大きな樹木に触れ、蝉の声を聞くなんて、乙だと思いませんか?
汗をかくのと、蚊に教われるのにはいささか閉口はしますが、それも夏ならではの経験というものです。

山に向かう道沿いに、〈赤のれん〉というラーメン屋があります。
正しくは「ありました」と云うべきなのですが、今日、その前を通るまで、その〈赤のれん〉が無くなっているとは知らなかったのです。

店舗の横に、大きな〈クーニャン〉の看板がありました。
このクーニャンの看板については、以前の〈亀カメラ〉で何度か書きましたので、ご記憶の方も居られると思います。
古い〈亀カメラ〉は消してしまいましたので、再度、クーニャンについて話させて貰います。

クーニャンの看板は、裏と表で絵柄が変わっていました。
表側が赤いチャイナドレス。
裏側が黄色いチャイナドレス。
私は個人的に黄色い方をお姉さん、赤い方を妹としていました。

実は、この姉妹、私のモデルとして何度、レンズの前に立ってくれたことか。
とくに、新しいカメラやレンズを手に入れたときの、〈試し撮り〉のときの恰好のモデルさんでした。

それが、今朝、消えているのに気付いたのです。
朝日に照らされていつも輝いていた妹。
西日に曝されて色も褪せてしまうほど頑張っていたお姉さん。
そんな二人にも、もう会えません。

福岡市東区2  JJ C2 07 010  EOS 5DII + EF50mm F1.4
福岡県糟屋郡新宮町 / Canon 5DII + EF 50mm F1.4

CB C4 18 002 福岡市東区 DP1#
福岡県糟屋郡新宮町 / SIGMA DP1 + 16.6mm F4


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みかん猫67

7月25日は私の誕生日です。
今日で64歳になりました。
一般的には、もう定年を迎えている歳です。
幸い、私の職場では、定年までもう少し(ほんの少しですが)時間があります。

〈幸い〉と言いましたが、よく、考えてみると何が幸いなのか分からない世の中。
まだ、元気が残っていて、身体が動く間に仕事から離れ、好きなことに熱中する・・・といって、早期退職をしていく先輩、同僚などを見送ってきましたが、そういった考えに接すると、定年まで働いて、抜け殻になったところで、「自由ですよ・・・」と言われても、〈幸い〉は実感できないのかもしれません。

64歳の誕生日を機に、長年勤めてきた仕事から離れたときの自分を想像してみました。
何もすることがなく、一日、テレビの前でボーッとして、朽ち果てていく姿が頭をよぎりますが、〈幸い〉、私には〈写真〉があります。

定年後も幸い身体が動けば写真を撮って・・・
そうありたいものです。

今日は、学生たちが誕生日を祝ってくれました。
学生たちの部屋に呼ばれて行ってみると、テーブルの中央に可愛いケーキが置かれて、ローソクが 64本・・・いやいや、それでは可愛いケーキがローソクに占領されてしまします。
長いローソクが6本と、短いローソクが4本。
うまく考えたものです。

プレゼントも頂きました。
ニューパランスの黒いスニーカーです。
ちょうど、一足、履きつぶして、新しいのを買おうとしていたところなので、グットタイミングです。

楽しいひと時、思いがけないプレゼント・・・
仕事から離れても、幸い私には、写真があり、卒業生たちが居てくれます。
あとは、自分の足で歩けるように、健康に心がけるだけです。

100904.043 広島県呉市音戸町 M9sn28a#
広島県呉市音戸町 / LEICA M9 + SUMMICRON-m 28mm F2 ASPH.

JJ C7 25 010 福岡市東区 M9 sa28 5.6#
福岡市東区 / LEICA M9 + SUMMARIT-M 35mm F2.5


大学の敷地内をカメラを持って歩いているときに、溝に落ちたボールを枯れ枝二本で拾いあげようとしている学生に出会いました。
日が傾きだした時間帯で、64歳を迎えた私の影が一緒に映っています。
ボール拾いは、なかなか思うようにはいかなかったのですが、根気ですね。
彼はとうとうボールを拾いあげるのに成功。

写真を撮ったいた私はが、「ありがとう」というと、同時に彼も「ありがとうございます」と言いました。
私の場合は「写真を撮らせてもらってありがとう」ですが、はたして彼の「ありがとうございます」はどういう意味だったのでしょうか?
「応援してくれてありがとうございます」ですかね。
たしかに、私は、彼のボール拾いが成功することを念じながらファインダー越しに応援していたような気がします。

最初の〈運動靴〉の写真は、広島在住の卒業生、〈高田くん〉が案内してくれた呉市の音戸町で撮ったものです。
いつも、撮影に付き合ってくれて、感謝、感謝です。

〈幸い〉は〈ありがとう〉に繋がった64歳の誕生日でした。
みなさん、ありがとうございました。


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みかん猫67

平賀源内さんの思惑どおり、いまの日本、「夏は鰻」です。
夏の売り上げ低迷の打開策として平賀源内さんが提案したキャッチコピー『本日土用丑の日』が見事に功を奏し、今日の「夏は鰻」になったとか、ならないとか。

夏に何故、鰻が売れなかったか・・・
まずは、鰻の旬は秋から冬にかけて。
夏場の鰻は・・・
また、夏はどうしてもサッパリしたものが欲しくなるのが普通です。
濃厚な鰻は夏の食べ物としては、敬遠されたのでしょう。

丑の日の〈う〉のつくものを食べると縁起が良いという風習があったとか、なかったとか。
それで、本日は土用丑の日だから、鰻を食べましょう・・・ってことでしょうか。
縁起が良いかどうかは分かりませんが、鰻に含まれるビタミン群が、夏バテ予防に効果があるのは確かなようです。

もっとも、あのドギッとした鰻を、この暑い最中にペロリと平らげられるような胃袋の持ち主だと、夏バテなんて心配は無用だと思います。
私は、夏バテ知らずです。
これは、鰻のおかげではありません。
いくら、鰻が好物といっても、そう毎日は食べられません。
鰻ばかり食べていると胃の具合が・・・ではなくて、懐の具合が悪くなるので、夏バテ解消に効果がでるほど食べられません。
それでも、夏バテ知らずということは、やはり体質ですよね。

暑い夏でも食欲旺盛。
鰻でも、天ぷらでも、カツ丼でも・・・なんでも持って来い。
そんなことだから、中性脂肪と、尿酸値が・・・
平賀源内さん・・・なにか良い食べ物はありませんかね。

昨日の博多町歩き。
昼飯は、鰻と決めていました。
しっかり歩いて、しっかり食べる。
これなら中性脂肪も、尿酸値も怖くないでしょう。

おそらく、混雑しているだろうから、鰻屋には時分どきを外して行ったのですが、一件目の店の前は行列で、とても並ぶ気にはなれません。
ならばと、次なる鰻屋へ。

たしか、池波正太郎さんだったと思うのですが、「名店の近くには、必ずもう一軒良い店がある」と言っておられました。
例えば、東京の神田には〈やぶそば〉と〈まつや〉があるように。
こうした土地には、他にも美味しい蕎麦屋が集まってくるものです。

二軒目の鰻屋。
ちょっと庶民的ですが、こちらはこちらで良い味を出しています。
一件目の店は改築で奇麗な店になりましたが、こちらは昔のまま。
今日も、二階の入れ込み座敷で美味しく頂きました。
そういえば、最近、こちらの古い店の方に行くことが多くなりました。

JJ C7 23 041 福岡市博多区 X100 23 2#

JJ C7 23 046 福岡市博多区 X100 23 2#
福岡市博多区美野島 / Fuji FinePix X100 + 23mm F2  撮影データは共通


町も、店も、あまり新しすぎるのも味気ない気がします。
住吉、美野島に足しげく通うのは、古さが良い味を出してくれているからです。
食いもの屋も、町も、持ち味を崩さないで欲しいものです。


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みかん猫67

撮影、総勢四名

久しぶりにカメラを連れて撮影散歩をしました。
学生同伴の博多町歩きです。
私の気ままな呼びかけに応じてくれた学生は3名。
私を入れて一行四名です。

総勢四名は予め予定の数です。
食堂に入っても、四名だと一卓にうまく収まります。
歩き疲れてタクシーに乗るにしても、都合が良い・・・
カメラを持った人間が大勢、ぞろぞろ歩いて撮影すると、その地の住人たちにも迷惑がかかることもありますが、少人数だと、あまり波風もたちません。
そんなこんなで、総勢四名がちょうど良いのです。

気晴らしの撮影ですから、焦らない、欲張らない。
朝もゆっくりです。
博多駅に着いたのが10時・・・
10時といえば、ティータイムです。
本格的に歩き出す前に、まずは作戦会議です。

実は、この段階では本日、どこをどう歩いて写真を撮るかといった計画は白紙のまま博多駅までやってきた次第です。
私の注文したお茶は暖かい〈アールグレイ〉。
さっぱりしたところで、いざ、出発。

作戦会議は不調に終わり、結局は定番の住吉、美野島方面に歩くことになりました。
博多駅を後にして、住吉エリアに着いて最初の撮影は11時少し前。
昼飯まで一頑張りです。

JJ C7 23 017 福岡市博多区 X100 23 2#

JJ C7 23 032 福岡市博多区 X100 23 2#
福岡市博多区住吉 / Fuji FinePix X100 + 23mm F2  撮影データは共通

いきなり〈空〉ですが、〈空腹〉ではないですよ。
駐車場の〈空き有り〉の張り紙です。
その張り紙の古ぼけ加減がなかなか良いのです。

ホコリまみれの車の写真は、上の駐車場とは関係のないところで撮ったものです。
学生が見つけた被写体を、後から失敬しました。
人の尻馬に乗っかる撮影散歩もまた、気楽で良いものです。

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みかん猫67

この歳になると人生について考えることが多くなります。
とは言っても凡庸な私のことですから難しいことを考えているわけではありません。
あくまで、自分の乏しい人生経験から考えが及ぶ範囲でのことです。

私ももうすぐ64歳になります。
人生の大半は既に消化してしまった状態です。
いろんなことがありました。
嬉しいこと、悲しいこと、辛いこと、苦しいこと・・・
おやおや、マイナス要素の多い人生だこと。

そんなこんなで63年の人生の穂先に立って、過ぎ去った日々のことを振り返ったとき、言えることが一つあります。
それは、過ぎてしまったことはすべて〈切ない〉〈空しい〉ということです。
63年生きて会得した人生観です。

だからといって、今を生きることに精を出すのが無意味と言っているのではありません。
〈切ない〉〈空しい〉のは過ぎ去ったことで、今現在となると、意見が変わります。
人生、今は複雑です。
嬉しいこと、悲しいこと、楽しいこと、苦しいこといろいろです。
だから、生きるエネルギーが湧いてくるのです。
今日という日が如何なる結果であっても、過ぎてしまえば・・・
「何事も時が解決してくれる」と昔から言われています。

記憶の底に溜まったものを噛んでみたとき、ほろ苦いものが残ります。
しかし、それは毒ではありません。
こころの糸を震わせる妙薬のはずです。

こころの糸の震えは感受性を刺激し、また、一枚写真ができるというものです。

CP C1 18 003 福岡市東区 M8et28a#
福岡市東区 | LEICA M8 + ELMARIT-M 28mm F2.8 ASPH.

CF0506.190 et24a福岡市東区5
福岡市東区 | LEICA M8 + ELMARIT-M 24mm F2.8 ASPH.

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みかん猫67

涙雨から薄曇りの空

朝、起きると雨が降っていました。
濡れた路面を走る車の音が軟らかなのは、霧雨だからでしょうか。
穏やかな雨です。
金属の塊で、普段は無機質な列車の音も、心なしか湿って情緒すら感じられます。
一面の雲が空に蓋しているからかでしょうか。

雨にまつわる言葉に「遣らずの雨」とか「涙雨」などといったものがあります。
どれもこれも、切ない気持ちが込められているようです。
一人部屋の中から外の雨景色を眺めながら、誰に語るともなく「涙雨だね」なんて呟いてしまいあした。

「遣らずの雨」なんて色っぽいこととは無縁ですので、「涙雨」なんてことばが口を突いて出たのでしょう。
「涙雨」には、悲しみの涙が雨と化して天から降るという文字通りの意味と、ほんの少し降る雨という意味もありますので、今朝のような霧雨にはぴったりのことばかも知れません。

「雨奇晴好」(晴好雨奇)
晴れても雨でも、それぞれに趣があり、いずれも良いといった意味です。
晴れと雨の間に、曇天があります。
これはこれで、また風情のあるものです。

写真を撮る上で〈光〉は大切な要素です。
ここで言っている〈光〉とは、光がなければ写真は写らないといった単純な問題ではありません。
光は写真の決め手になるのです。
写真の内容に多大な影響を与えるものなのです。

大学の授業で学生たちに向かって「光を読みなさい」と常に言うのですが・・・これがななかな実践してもらえません。
光を見極める能力は生まれ持った〈素質〉によるものなのでしょうか。

写真家の武田花さんは晴れた日の透明感を好み、植田正治さんは空を薄い雲が覆ったようなときの光を好んでいます。
写真家それぞれに、感じる光があるようで、それは生まれ育った風土の光に影響されるのでなないかと密かに考えています。

同じ道を歩いていても、昨日までは素通りしていたところでふと足が止まることがあります。
季節が変わり、それによって光の強さや色、射す角度が変わることで、昨日と違った今日があるのです。

午前中で雨もあかり、午後は植田正治さんの好きそうな光になりました。
蛾が窓ガラスに止まっていましたので、薄曇りの空を背景に写してみました。
背景の竹を適度にぼかすために絞りはF2.8にしています。

これでいくと、私の頭の中の惚け具合はF5.6くらいでしょうかね。
いやいやF4くらいかも・・・


JJ C7 21 023 福岡市東区 X100 23mm F2#
福岡市東区 / Fuji FinePix X100 + 23mm F2 ASPH.

JJ C7 21 033 福岡県糟屋郡新宮町 X100 23mm F2#
福岡県糟屋郡新宮町 / Fuji FinePix X100 + 23mm F2 ASPH.

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みかん猫67

たとえば7月20日

人には忘れられない日、忘れてはいけない日というものが少なからずあるものです。
それは嬉しい思い出に繋がっているものもあれば、悲しい記憶を呼び覚ますものでもあるでしょう。
その日を境に人生が変わったとかいうこともあるでしょう。

こと、〈記念日〉というものに関しては一般的に女性の方が想いが深いようです。
それに反して男は駄目です。
よく、〈結婚記念日〉を忘れていて、かみさんから睨まれるなんて話しをテレビドラマ等でも目にしますが、男とはそういったもののようです。

結婚記念日どころか、気がつけば自分の誕生日も忘れてしまっていることもあります。
晩飯の食卓に私の好物が並び、ちょっと豪華なので、「はて、今日は何か特別の日だったか?」と考えたら、自分の誕生日だったりして。
最も、この歳になると、「また一つ老けてしまった」という気持ちになるので、脳の方で誕生日を認識しないようにしてくれているのかも知れません。
世の中、こういった症状が始まると、〈惚け〉が、始まったと言うのでしょうけれど。

私の知り合いに日記を毎日、数冊書いている男性が居ます。
去年の今日がどんな日だったか・・・、一昨年は?と、過去の日記を読み返すのを日課にしているようです。
私は日記をつける習慣はありませんが、写真を撮りますので、撮った写真を溯っていけば、曖昧ではありますが、記憶が蘇ってきます。

例えば、今日七月二十日。
2010年7月20日に撮った写真を見てみると、大学に隣接するアパートの鳩避けネットに始まり、学内に貼られた「朝食べないと元気でないぞ!!」のポスター(亀カメラ 2010.07.26 掲載)、それに、図書館で見た学生の運動靴(亀カメラ 2010.07.30 掲載)などを撮っていました。
確かこの日は、卒業生が図書館で調べものをしたいと連絡してきたので、その待ち合わせの合間に撮ったのが学生の靴でした。

2009年7月20日は撮影をしていませんでした。
2008年7月20日は福岡城跡の堀端で撮っていました。
私が、ここに出かけるのは福岡市美術館か床屋に行くときです。
さて、この日は・・・記憶は曖昧です・・・なんといっても〈惚け〉が始まっていますから。

CB C7 20 019 福岡市中央区 M8 ET28a#

CB C7 20 013 福岡市中央区 M8 ET28a#
福岡市中央区 / LEICA M8 + ELMARIT-M 28mm F2.8 ASPH. データ共通


お母さんと一緒に昆虫採集をした日の記憶がこの少年にのこるでしょうか?
虫かごと一緒にカメラを持っていれば良かったのに。
もう一枚はお堀の蓮の花。
普段、こういったものは撮らないのですが、どうした気の迷いなのでしょうか?
素直に奇麗と感じたのでしょうね。


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みかん猫67

窓からの眺め

鳥取県の米子市内にある〈植田カメラ〉のビルの二階に喫茶店があった時代の話しです。
ご存知のように〈植田カメラ〉は、写真家の植田正治さんのお店です。
毎年、決まったシーズンに、学生たちと車を連ねて植田正治さんの所を訪ねていました。
そんなある日、二階の喫茶店に案内されて、こんな話しを聞きました。

「ボクはね、暇なときにはこの窓から外を眺めるのが好きなんです」
コーヒーに砂糖をいっぱい入れ、そのうえシュークリームなどを嬉しそうに頬張る姿が思い出されます。
そのとき、道行く人を上から眺めるのは面白いといったようなことを話しておられたと記憶しています。

私も、とりたててすることもなく、時の流れに耳を澄ませるだけといったとき、ボーッと窓の外を眺めていることがよくあります。
私は植田正治さんと違って、窓から上(空)を眺めることが好きです。
窓の外を眺めていても、時折飛んでくる小鳥やカラス、それに、雲。
そういった何でもないものたちが目に入るだけで、これといって心躍るようなことはありません。
とりとめのない・・・それが良いのかも知れません。

西日の当たる大きな窓のある部屋。
窓の外を眺めるのにも飽きたところで、ブレインドを少し下し、こんどは本を読みます。
この部屋には椅子が二つ。
いずれも少し座り心地の悪い椅子。
あまり座り心地が良いと、居眠りをしてしまうので、落ち着かない椅子の方が読書には良いのです。

黄昏時の黄色味を増した光に照らされて、部屋のなかの見慣れたものたちも素敵に見えます。
気が向けば、そんなものたちにレンズを向けます。
何をしていても、こころが動けば写真です。
〈見て〉〈撮る〉、それしか、私に出来ることがないものですから。

気がつけばすっかり日暮れ時。
今日も、窓の外にUFOが飛んでいました。

110221.010 福岡市東区 K7 da21 3.2#

110221.011 福岡市東区 K7 da21 3.2#
福岡市東区 / Pentax K-7 + DA 21mm F3.2 撮影データは二枚とも同じです。


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