2011年8月アーカイブ

便利な時代になったものです。
冷凍食品を電子レンジに入れて、「チン」すれば、出来上がり。
手間隙要らずです。
家庭の味・・・といった、個性はないかも知れませんが、最近の冷凍食品は、美味しくなっていると思います。

私は短気な人間ですから、食事についても、「食べたいときが、食べ頃」です。
料理が出来上がるのを待つとか、自ら、時間をかけて料理をするなんて考えられません。
そういう人間にとっては、「食べたいときに食べられる」冷凍食品と電子レンジは魅力的です。

写真の世界も、デジタル化のおかげで随分と便利になりました。
手間隙要らずです。
電子レンジの「チン」と同じように、シャッターを「カシャ」と一押しすれば、「はい、出来上がり」です。

私がいつ使っている〈PLYMPUS E-P3〉には、〈アートフィルター〉という機能が備わっています。
「こういう写真にしたい」と思えば、それをメニューから選んで、「チン」じゃなかった、「カシャ」すれば「はい、出来上がり」です。
この機能はオリンパスのお得意技ですが、最近では、各社同じような機能をデジタルカメラに盛り込んできたところをみると、〈アートフィルター〉のような機能は、なかなか好評なのでしょう。

これまで、〈E-P1〉〈E-PL2〉など、オリンパスのカメラを使ってきました。
これらのカメラにも〈アートフィルター〉機能は備わっていたのですが、これまで全く使ったことがありません。
試しに撮ってみたこともなかったのです。

私の頭の中には、〈アートフィルター〉のようなことは、写真を撮った人間が作り上げていくもので、カメラに任せられるものではないという考えがありました。
ですから、〈アートフィルター〉のような機能は不必要で、そんな興味本位のものよりも、もっと基本性能を高める努力をメーカーはすべきだと思っています。

カメラは良い素材を提供してくれれば良いので、その後の味付けや調理方法は、こちらに任せておけば良いのです。
料理は〈チン〉で済むことを喜んでいるのですが、写真については自ら手間隙かけたがる・・・どうやら、料理嫌いの写真好きなようです。

私の持論に、「料理の上手い人は写真も上手い。写真の上手い人は、料理の腕前も大したもの。」というのがありますが、それから推し量っていくと、私の写真の腕前は・・・まあ、こんなものです。

話を〈アートフィルター〉に戻します。
〈PLYMPUS E-P3〉を手に入れて二日目くらいに、〈アートフィルター〉とはどんなものかという興味が湧いて使ってみました。
以前、ペンタックスの〈K−5〉の、〈銀残し〉をテストしてみましたが、これはすぐに飽きてしまいましたが、今回はどうでしょうか。

カメラ任せの手間要らずで出来た写真の第一印象は、「なかなか面白い」でした。
カメラという電子レンジのようなものの中で調理されで出てきた写真は、最近の冷凍食品同様、なかなか美味い(上手い)のです。
アマチュアの皆さんの興味を引きつける、そんな魅力的な写真を作り上げてくれる、電子レンジのようなカメラだなと思った次第です。

110824 017 福岡市博多区EP3 17 2.8"#
福岡市博多区 / OLYMPUS E-P3 + OLYMPUS M Zuiko Digital 17mm F2.8

110824 033 福岡市博多区EP3 17 2.8"#
福岡市博多区 / OLYMPUS E-P3 + OLYMPUS M Zuiko Digital 17mm F2.8

もちろん、これらの写真は「撮って出し」ではありません。
器選びや、盛りつけだとか、それに、ちょっと味付けをかえてみたりと、私なりに、手を加えております。
撮って出しでは、何処で食べても一緒の味の〈ファストフード〉のようですから、皆さんも、自分の味に仕上げてみては如何でしょうか。


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みかん猫67

110830.039 福岡県糟屋郡新宮町 EP3 SX25 1.4#
福岡県糟屋郡新宮町 / OLYMPUS E-P3 + LEICA DG SUMMILUX 25mm F1.4 ASPH.

まだ八月だというのに、少し秋めいてきました。
昨夜は枕元の草むらから〈カネタタキ〉の虫の音を聞きました。
コオロギの一種でチンチンチンと鐘を叩くような澄んだ音色は、聞いているこちらのこころまで澄んでいくようで、カナカナカナと寂し気になくヒグラシ同様、大好きな虫の音です。

雲の様子も変わり、朝夕の涼しさからも秋を感じます。
通勤時に歩いても汗が噴く出すこともなくなり、ちょっと遠回りをしてみたくなります。
夏の入道雲とは違って、コーヒーカップのなかにさっと流したミルクのような雲が美しい朝でした。

雲の美しい日・・・となると、植田正治さんの写真作品、〈雲のうつくしい日に〉を思い出します。
そこで、今日の〈亀カメラ〉は、臆面もなく〈雲のうつくしい日に〉とさせて頂きました。

バックの中にはカメラが二台。
気合いが入っているでしょ。
何と言っても、〈雲のうつくしい日〉なのですから。
〈雲の美しい日〉ではなく、〈雲のうつくしい日〉なのです。
〈美しい〉と漢字で書かずに、やわらかく〈うつくしい〉と流すところが、いかにも植田正治さんらしいと思いませんか?
この、穏やかさ、優しさ、さり気なさ・・・が、植田正治さんを近くで見てきた私の印象です。

カメラが二台といっても、マイクロフォーサーズの小さなカメラですから、それほど重くはありません。
レンズは〈M.ZUIKO DIGITAL ED 12mm F2〉と、〈LEICA DG SUMMILUX 25mm F1.4 ASPH.〉。
フルサイズに換算すると、24mmと50mmの二本立てです。
どちらも、マイクロフォーサーズ陣営入魂のレンズです。

本日の撮影が、明後日からのハワイ旅行のサブカメラ選定のためのテストみたいなものです。
このテストに合格すると、豪華ハワイ旅行にご招待するのですから、二台のE-P3と二本のレンズも根性を入れて今日のテストに臨んだことでしょう。

さてさて、採用の結果は如何なりますことやら。

110830.055 福岡県糟屋郡新宮町 EP3 SX25 1.4#
福岡市東区 / OLYMPUS E-P3 + LEICA DG SUMMILUX 25mm F1.4 ASPH.

110830.069 福岡市東区 EP3 SX25 1.4#
福岡市東区 / OLYMPUS E-P3 + LEICA DG SUMMILUX 25mm F1.4 ASPH.


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みかん猫67

デジタル写真は、それまでの銀塩写真の歴史からみると、まだまだ始まったばかりといっても良いでしょう。
当然、デジタル技術の開発は日進月歩で、その応用の一つであるデジタルカメラも、技術面でも市場の拡大という面でも成長を続けています。
写真を生業としてる私ですが、新しいカメラが出たからといって、それらを片っ端から使ってみる訳にもいきません。

言うまでもなく経済的に限りがあるのですが、それ以外にも、この歳になると、荷物を減らすことも考えなければなりませんので、興味のあるカメラが出ても、熟慮に熟慮をかさねて、出来る限りブレーキをかけなければなりません。
カメラの量販店に出かけ手貰ってきたカタログを枕元に並べ、眺めては、ブレーキになりそうな欠点を探しだしては、物欲の沈静化に努めております。

前回の〈亀カメラ〉で、カメラ選びで私が気にしている点について話をさせて貰いました。
一秒間に何コマ撮影できるか。
画素数が高い。
レンズの周辺光量が落ちない。歪みがない。極めてシャープである。
などなど、数値性能については、ほどほどで十分なのです。

それよりも、私の掌に収まるサイズのなかに、私が必要とする最低限のものが備わっており、思いどおりに動いてくれる・・・ただ、それだけで良いのです。
しかし、カメラは市場の大多数が求める機能などを盛り込むかたちで、他人が作るものですから、私の思いどおりという訳にはいきません。

それで、求めているもの全てを満足させてくれてはいないのだけど、目をつぶって、ちょっと使ってみようかというカメラが出てくるのです。
これが、掟破りなカメラなのです。

先日、掟を破ったカメラがあります。
〈OLYMPUS E-P3〉です。
マイクロフォーサーズの小さなカメラで、贅肉のない引き締まった体躯が魅力的なカメラです。

気の迷いが生じた動機はあります。
9月1日からハワイに撮影に行くのですが、それにLEICA M9を二台連れていく予定でした。
LEICA M9は既に一台使っているのですが、先日の〈亀カメラ〉に書いたような理由で、LEICA M8.2などのカメラをトレードに出し、発売直前にLEICA M9-Pを予約したのですが、未だに私の手元に届きません。

LEICA M8.2はすでに下取りとして引き取ってくれたカメラ店のショーケースの中に収まっていますので連れていけません。
そこで、枕元に並んだのカタログを十分精査した結果、〈OLYMPUS E-P3〉に白羽の矢がたったのです。

掟破りなところは、ファインダーです。
ファインダーが本体に内蔵されていないカメラは選ばない・・・とう、掟が破られたのです。
さて、これが吉と出るか凶と出るかは、帰国後、9月9日以降の〈亀カメラ〉をお楽しみに。
おそらく、これまでの経験から、掟破りは良い結果に繋がらないと思うのですが・・・

福岡県糟屋郡新宮町
福岡県糟屋郡新宮町 / OLYMPUS E-P3 + OLYMPUS M Zuiko Digital 17mm F2.8

福岡県糟屋郡新宮町
福岡県糟屋郡新宮町 / OLYMPUS E-P3 + OLYMPUS M Zuiko Digital 17mm F2.8

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みかん猫67

カメラ選びの掟

日々、新しいデジタルが発表され、発売されています。
カメラ好きとしては、ソワソワの連続で、お気に入りのカメラで撮影に専念できない状態が続いています。

我が家の庭に〈金のなる木〉があるわけでもありませんので、気になるカメラを片っ端から手に入れて使ってみるということも出来ません。
気になるカメラの殆どはカタログを眺めるだけで、自分のものにすることを諦めなければならないのですが、その諦めるための理由みたいなものを〈掟〉としているわけです。

長年写真をやっていますので、いろんなカメラを使ってきました。
そんな経験のなかから、自分を反りが合わないカメラとはこういうこの・・・といったlことが分かってきます。
それについて、今日は話してみることにします。

〈掟〉なんて、大それたことを行っているのですが、その内容はいたってつまらないことばかりです。
例えば、画像数はいくら以上とかといった性能面のことはそれほど気になりません。
気にしていることは些細な事柄です。

軽量、コンパクトであること。
いくら、高性能であっても大きくて重いカメラは、〈歩いて写真を撮る〉という、私の撮影スタイルには適しません。
Pentax 645D・・・使ってみたいのですが、何せ大きくて重いのでパスしています。

カメラ本体にファインダーが内蔵されていること。
ボディの裏側の液晶画面でフレーミングや撮影情報を確認するようたタイプのカメラは、老眼の私にとって辛いものがあります。
Ricoh GXR・・・小型で使いやすいのですが、ファインダーが内蔵されていません。
外付けEVFでも良いかと使ってはみたのですが、M型ライカ同様、私には外付けファインダーが駄目なようです。

馬が合うこと。
抽象的な言い方ですが、操作性などでどうしても私の感覚と合わないカメラがあり、そういったカメラも駄目です。
ただ、この項目については、厄介な事に、手に入れて使ってみなければ分からないのです。
 Fuji FinePix X100は小型軽量でファインダーが話題になったカメラで、発売と同時に飛びついたのですが、操作性などでどうしても私の感覚と合いませんでした。
慣れが必要かと、随分と我慢しながら使ってきたのですが、とうとう今回トレードに出しました。

吊り金具が従来のもので、丸や三角のリングを介してストラップを取り付けるものであること。
最近のカメラでは、直接、本体から飛び出している金具にストラップを取り付けるものが多くなりましたが、私は、これが駄目なのです。
Canonのカメラを使わないのも、これが原因です。
最近では、PanasonicのLUMIX G3が、G2まで採用されていた丸や三角のリングを介してストラップを取り付ける方法を止めてしまったので、G3は私が欲しいカメラの圏外に置いています。

その他、シャッター音も気になるなど、重箱の角をつつくように粗探しをしては、自分の逸る気持ちを鎮めています。

JC0323.100 熊本市新町 GXR 33M#
熊本市新町 / RICOH GXR + 33mm F2.5 Macro

JC0324.035 熊本市千葉城町 R33_2.5M#
熊本市千葉城町 / RICOH GXR + 33mm F2.5 Macro

甘い誘惑に負けて、掟破りで手に入れた〈RICOH GXR〉ですが、どうも私とは馬が合わなかったようです。

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みかん猫67

デジタルカメラは未だ成長過程にあります。
新しいデジタルカメラには、必ず新技術が盛り込まれています。

新しいデジタルカメラが出ると欲しくなるのは人情というものです。
しかし、問題は新しいカメラを手に入れるための資金です。

これまで使ってきたカメラのなかから適当なものを選んでトレードに出して、なんとか費用を捻出して、新たな写真システムの構築にとりかかりました。

システムの柱は、これまでどおり〝M型ライカ〟です。
もちろん、デジタルのM型です。
M型ライカのデジタルカメラはこれまでも使ってきましたが、今後はフルサイズのM型だけに絞り込みます。

その理由はなんといってもレンズのことです。
フィルムザイズと同じサイズの、いわゆる〝フルサイズ〟のデジタルカメラだと、
これまでの経験から感覚として染み付いたレンズの表現力をそのまま生かせるからなのです。

JJ C7 30 034 北九州市門司区葛葉 X100 23 2#
北九州市門司区葛葉 / Fuji FinePix X100 + 23mm F2


「この先行き止まり」・・・カメラの世界も先が見えないことが多いのですが、行き止まりではなくて〈泥沼〉ですね。
使ってみたいカメラが次から次に出てきますが、あくまで自分の経済力の範囲で楽しむことにしています。


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みかん猫67

アワビの貝殻

CP0822.070 島根県浜田市 sn28a
島根県浜田市 / LEICA M8.2 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

街角に見られる、小さな〈鳥居〉の印が、「立ち小便禁止」の目的で着けられているということを、今の若者の中には知らない人が居るということに端を発した話しも、五日続きましたので、さすが小便臭くなって鳥居を打ち立てたくなってきましたので、ここらで打ち止めにしたいと考えています。
しかし、今日もほんの少し小便臭い話しをさせてください。

私が子供の頃には、結構見かけていたのですが、最近ではあまり見かけなくなった、〈アワビの貝殻〉の話しです。
アワビの貝殻の内側はきらきらと光ってなかなか奇麗なものですが、それを、猫除け、もしくは猫の糞尿禁止のために使っていたのです。

乾いた砂のあるところで、猫は喜んで糞尿をするようですが、そんなところに鳥居を付けても、現代の若者同様に猫には何のことか全く分かりませんので、お構いなしにオシッコやうんちをすることでしょう。

鳥居ではなくて、キラキラ光るアワビの貝殻を置いておくと、糞尿禁止の効果があるようです。
最近よく見かける、ペットボトルに水を入れたものもこれと同じ効果を狙ったもののようです。
水面の反射のように、きらきら光るものがあると猫は落ち着かないと聞いた事があります。
ですから、ペットボトルに水を入れて並べておいても、そこに太陽の光があたってきらきら反射していないと糞尿禁止の効果はないようです。

それを裏付けるかのように、以前、ペットボトルの並べられている横で、猫が尻尾をピンと立てて、気持ち良さそうにうんちをしているのを見たことがあります。
その姿を見たときには、人間の浅知恵を見たような気がして、なんだか嬉しくなったのを覚えています。
「所詮、人間の考えることなんて、この程度のものさ・・・」
猫好きの私が、猫の気持ちを大便してみました。
間違い、間違い。
猫の気持ちを代弁してみました。

CB0307.044 大阪市平野区 M8et21#
大阪市平野区 / LEICA M8 + ELMARIT-M 21mm F2.8

CB0307.058 大阪市平野区#
大阪市平野区 / LEICA M8 +SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL

猫好きの私などが、ヒステリックと思えるくらいペットボトルが並べられているのを見ると、その町そのものが何となく荒んだ町のように思えてなりません。
アワビの貝殻が並べられている方が、よほど風情があるというものです。

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みかん猫67

立ち小便禁止を目的とした〈鳥居〉の印の話しが三日続いて、最後にオシッコのスタイルの分析までしてしまい、我ながら、オシッコの話しを、ちょっと引っ張りすぎたかなといささか、反省をしはじめています。
オシッコの話しを続けてきた四日間は写真を撮っていないかというと、そうでもなく、その日その日で〈亀カメラ〉のネタになりそうな話しはあるのですが、ついつい突っ走ってしまいました。

昨日は、男性の小用中の後ろ姿の写真を見て頂きました。
合わせて三人の人が登場しました。
それ以外に、もう二枚、オシッコ中の写真があります。
合わせて五人の姿を見ていて気づいたことがあります。

本当は、オシッコノ話しは昨日で終わるつもりでしたが、五人の男性の後ろ姿を見ていて気づいたことを、お話ししたくなって、今日も失礼します。

昨日の〈亀カメラ〉で、
『男性がオシッコをする姿には、二通りあります。
最初の写真の左の男性のように、自分のオシッコの行き先を目で確かめながら用を足す人と、右のヘルメットの男性のように遠い目線というか、放心状態で用を足す人です。

左の男性は、オシッコを便器の外にこぼさないように気を使う小心者。
右の男性は、時折、オシッコが的外れな方向に行ってしまっても、お構い無しの、無頓着。』
などと、勝手なことを書きました。

今日の二枚の写真は〈小心者〉と〈無頓着者〉です。
ハワイの公園のトイレで撮った写真ですが、ゴリラのような(失礼)、ごっついオッサンが実は小心者だったようです。

演習帰りなのでしょうか、高速道路のサービスエリアにあるトイレで撮りました。
自衛隊の車が到着して、皆さんトイレ休憩です。
自衛官が数人並んでいるところも撮りましたが、自衛隊の貸し切りではありませんので、どうしても民間人も写ってしまします。

私のイメージとしては自衛隊の人たちが、奇麗に並んでオシッコをしてる・・・といったものでしたが、とうとうそのチャンスは訪れませんでした。
一段落したことなので、諦めて私も車に戻ろうとしたところに、遅れて一人入ってきました。
「頂き〜」です。
自衛官はさすがに姿勢正しくオシッコをしておられる。

そうそう、忘れるところでした。
五人の男性の後ろ姿を見ていて気づいたこととは・・・
ヘルメットや帽子を冠っている人は、みなさん姿勢正しくオシッコをしていらっしゃる。
制服、制帽はシャキッと心身引き締め効果があるようです。

と、まあ、こんなことを思いついた次第です。

CF0807.168 Honolulu HAWAII et28a#
2011.07.30|ハワイ オアフ島 ホノルル / LEICA M8 + ELMARIT-M 28mm F2.8 ASPH.

大分自動車道山田SA
2011.07.30|大分自動車道山田S.A. / HASSELBLAD 905SWC / Biogon 38mm F4. / Kodak TRI-Xpan PRO./D-76 原液 20℃ 08'00"

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みかん猫67

この〈亀カメラ〉も三日間、〈オシッコ〉の話しが続きましたので、そろそろ「くどい」とお叱りの声が聞こえてきそうです。
そうなんですよ、私は〈くどい〉性格なのです。
写真を撮影するにしても、同じ場所に何度も通ったりして。
自分では〈しつこい〉と思っているのですが・・・意味は同じですね。
トイレの写真を執拗に撮っているあたりも、このしつこさが為せる技なのでしょう。

そんな性分ですから、今日も・・・
三度も四度も、五十歩百歩ですから・・・
いやいや・・・
『仏の顔も三度まで』と言いますから、三度と四度目とでは罪の深さは違うのでしょうね。
それでも、罪深い私ですから仏さんの渋い顔を横目に見ながら今日も〈オシッコ〉の写真です。

男性がオシッコをする姿には、二通りあります。
最初の写真の左の男性のように、自分のオシッコの行き先を目で確かめながら用を足す人と、右のヘルメットの男性のように遠い目線というか、放心状態で用を足す人です。

左の男性は、オシッコを便器の外にこぼさないように気を使う小心者。
右の男性は、時折、オシッコが的外れな方向に行ってしまっても、お構い無しの、無頓着。

私は気の小さな男ですから、左の姿勢ですね。
最後の一滴まで、きちんと便器の中に落とすように心がける。

この性格は写真にも出ていると思います。
フィルムと印画紙を使って暗室で黒白写真をやっていた頃、微粒子で、諧調豊かで、シャープで・・・と、小心者らしく几帳面なことを求めてやってきました。

印画紙を現像液から、停止液に移すとき、印画紙の角を竹ピンではさみ、現像液を最後の一滴まで現像液の入った〈バット〉の上で落としてから、停止液に入れたものです。
そうです、最後の一滴まで、きちんと〈バット〉の中に落とすように心がけてきました。

印画紙への露光量が多すぎたとき、こんな悠長なことをしていると、どんどん画像が黒くなっていくのですが、、露光量が適正であれば、慌てて現像液から停止液に移さなくても大丈夫。
必要最低限の露光量で、あとはしっかりと撹拌をして、画像の黒をじっくりと絞り出すことで、深い黒、冴えた白の黒白写真が出来るのです。

なんとか話しが落ち着きましたので、今日のところはこの辺で止めておきます。
〈くどい〉と叱られそうなので。

110309.032 大阪市天王寺区 M9 Sn28a#
大阪市天王寺区 / LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH. ASPH.

JC0918.002 福岡県直方市 NEX5e16#
福岡県直方市 / Sony NEX-5 + E 16mm F2.8

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みかん猫67

大阪は・・・

歳の所為というのではなくて、性格なのでしょうね。
私はどうも後ろ向きが好きなようです。
写真を撮る場所も、記憶につながるような、懐かしいところに足が向きます。
「記憶に繋がる懐かしい場所」といっても、具体的に自分の過去がそこにあるということでなくても構わないのです。
イメージが重なれば良いのです。
見知らぬ町であっても、どこか懐かしさを感じさせるようなところを探して歩き回ります。

昭和22年・・・太平洋戦争が終わって二年後に大阪で生まれました。
時代的にも、場所的にも、実にガサツなものを取り込んで育ってきたと言えます。
戦後のどさくさといったところです。
整然とした近代的なものよりも、雑然として、手垢の染み付いたようなものを好みます。

人々が情と本音で暮らすような町。
そんな町では、このところ〈亀カメラ〉で扱ってきた鳥居の印が目につきます。
また、話しがそっちの方に向かいますか・・・
〈亀カメラ〉から、異臭が漂ってきそうです。

本日最初の写真は、大阪市北区浪花町で撮ったものです。
大阪の浪花町ですよ。
どっぷり大阪って感じの住所です。
だいたい、オシッコの落ちる下の方に取り付けられている〈鳥居〉も、ここではちょっと上に取り付けられていました。
この位置は、放心状態でオシッコをしているときの視線の先あたりではないでしょうか。
なかなか考えたものです。

反対に、普通は目の高さあたりに取り付けられる〈住所表示板〉が、オシッコの標的にされそうなところに着けられていました。
これは、「うちらの町、浪花町を汚さんとこ」ということで、鳥居よりも効果があるのでしょうか。

110312.078 大阪市北区浪花町 M9 sn28a#
大阪市北区浪花町 / LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

110309.171 大阪市西成区太子 M8.2 St35 2.5#
大阪市西成区太子町 / LEICA M8.2 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

〈西成区〉、ディープな大阪です。
この地で、寝そべったまま、オシッコをしている酔っぱらいをみたことがあります。
「立ち小便禁止と言うんやったら、寝てしたらええんやろ」とでも言うのでしょうか。
そこで、張り紙の方も〈小便スルナ〉と応酬したとか、してないとか・・・

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みかん猫67

放水の目標

街角でよく見かける小さな鳥居の印ですが、それが、「立ち小便禁止」の警告を目的に付けられた印であるという意味を知らない人間には何の効果ももたらしません。
また、鳥居は神域の象徴ですかから、そこで立ち小便をすると「罰が当たる」と、神を恐れるこころのない人間にも意味はないのかも知れません。

群馬県の高崎で面白い鳥居の印を見かけました。
どうやら、オシッコを掛けられそうなところに鳥居の印を付けたのでしょうが、これは逆効果ではないのかと思ったのです。

最近、男子トイレの小便器の下の方に何らかの印が付けられたものを見かけます。
それも、小さな印です。
小銭より小さなサイズに描かれた、蚊取り線香状の渦巻きのものを先日見ましたが、聞いたところでは蠅のイラストなどもあるようです。
これは、男が小便をするときのちょっとした習性みたいなものを利用して、便器の外にオシッコをこぼさないようにと考えられたものです。

何か目標のようなものを見つけると、それに向かってオシッコを放出する・・・そんな、男のちょっとした楽しみごころを利用しているのです。

群馬県で見つけた鳥居の印は〈立ち小便禁止〉ではなく、立ち小便の格好の目標物となるようなものでした。
この群馬県の鳥居の場合は〈サイズ〉が微妙なのです。
小さな目標物に放水を命中させることを楽しむのですから、目標物が大きいと面白味もありません。

群馬県の鳥居の印は格好の位置に、適当なサイズのものが貼られていたのです。
これでは、神を恐れに酔っぱらいたちが、競ってこの場所で立ち小便をするようになるのではないでしょうか。
その証しに、困り果てたこの壁の持ち主は、人がこの場所に立つとライトが自動で点灯する装置をつけているではありませんか。

このライト、効果があるのでしょうか?
なかには、スポットライトを浴びて恍惚状態でオシッコをする男も居るのではないでしょうかね。

CB0806.068 群馬県高崎市 M8 sx35a#
群馬県高崎市 / LEICA M8 + SUMMILUX-M 35mm F1.4 ASPHERICAL

JJ0205.078 山口県下関市 M9 et28#
山口県下関市 / LEICA M9 + ELMARIT-M 28mm F2.8

最近、あまり見かけなくなりましたが、小便器のなかに、消臭・芳香を目的とした球形のものが放り込まれていることがあります。
これなども放水の目標のなったものです。
特に、使っているうちにどんどん球が小さくなってくるので、その小さなやつをオシッコでくるくる回したりして・・・
おっと、歳のせいで、最近はそんな勢いもなくなってしまっていますけどね。

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みかん猫67

鳥居のマーク

CP0328-022 福岡県糟屋郡新宮町 er24#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M8.2 + ELMAR-M 24mm F3.8

大学一年生ですから18歳くらいの学生と話しをしていて驚いたことがあります。
「百聞は一見に如かず」と言われ、写真などの視覚メディアについても、見れば分かる・・・とよく言われますが、このことについては以前から「そうなんだろうか?」と疑問視していました。
ですから、写真が必ずしも正しいメッセージを伝えているとは思っていないのですが、まさにそれを実証してくれるような出来事でした。

学生が、「先生の写真にはよく鳥居のマークが出てきますね」と言いました。
私のブログや〈Flickr〉で公開している私の写真を見てくれている学生だろうと思います。
私も、そんな学生が居ると思うと嬉しくなって、「歳をとると、オシッコが近くなって、鳥居の印に敏感になるのよ・・・」などと冗談話しをしていたのですが・・・

どうも、私と学生との話しがうまくかみ合いません。
そこで、私が、「この鳥居の意味、分かっているよね?」と学生に聞いてみると、「いえ、分かりません」と驚きの応え。
〈鳥居〉を模したものだということは分かるようなのですが、電柱や壁に描かれた小さな鳥居の印が何を意味するのか分からないようなのです。
もちろん、すべての若者がそうではないだろうと、その後、いろんな学生に鳥居のマークのことを聞いてみると、驚くことに、結構な数の学生が鳥居の意味を知らなかったのです。

同じ日本に暮らす彼ら、彼女らですから、それが〈鳥居〉であることは分かるようなのですが、これが遠い異国の地の人たちだと、それが鳥居というもので神社の神域を象徴するものだなんてことすら分からないはずです。
つまり、そこに写っているものが何であり、どんな意味をもつものなのか、全く分からない・・・写真からは、ただ、朱色に塗られた門のようなものであることしか読み解けなかったことになります。

つまり、写真は表層した写し取れない曖昧なものであるということを、写真を撮る人間も、写真を見る人々も承知しておかなければならないのです。
また、写真は平気で嘘もつきますし、誤解も招くものなのです。

さて、そんな若者たちに、本物に鳥居を撮った写真(最初の写真)を見せて、「いくらなんでも、ここで立ち小便はできないよね」、それと同じ効果を狙って、立ち小便をされて困るところに、鳥居を描くことで「立ち小便キンシ」と言っているんだよと、教えてやりました。

CP C6 14.006 福岡県筑紫野市 5DII281.8#
福岡県筑紫野市 / Canon 5DII + FD 28mm F1.8

CB C8 09 016 東京都台東区浅草 M8 sx35a#
東京都台東区浅草 / LEICA M8 + SUMMILUX-M 35mm F1.8 ASPHERICAL

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みかん猫67

北九州の門司と、山口県の下関にはよく撮影に行きます。
なんとなくぶらっと撮影に行きたくなったときに、その行き先として、まず頭に浮かぶのが門司・下関といったところです。
この二つの街に出かけると、毎回、何かしら写真が撮れるものですから、困ったときの門司・下関頼み・・・馬鹿の一つ覚えとも言いますが・・・です。

門司にしても、下関にしても、毎回、同じ道を歩いていても面白くないので、出来るだけいろいろな道に入り込んではみるのですが、習性なのでしょうか、気がつけば毎回、同じところを歩いていることが多いのです。

分かれ道に差し掛かったときに、右の道を選ぶか、左の道を進むか・・・それを決めるときに、両方の道を見て、こっちに行けば何かあると思われる方向に足を踏み入れるのですが、その、見極めの基準として確たるものがある訳ではありません。

ただ〈勘〉に頼るのみです。
その、勘働きの結果、気づいてみると、歩き慣れた道に入り込んでいるのです。
この動物的行動を〈習性〉と言った次第です。
写真を撮る人間がふらふらと待ち歩きをしている姿は〈野良犬〉みたいなものです。

下関の町中を野良犬のようにフラフラ歩いて、町外れまで来たところに〈ハチの家〉があります。
緑色に塗られて犬小屋には〈ハチの家〉と書かれていますので、この小屋の主の名前は〈ハチ〉だったのでしょう。
犬が来て、小屋が出来て、白ペンキで〈ハチの家〉と書いたときの、飼い主の喜び(おそらくハチも喜んだことでしょう)と興奮を想像することができます。

下関での撮影データのなかから、2009年、2010年、2011年と三枚の〈ハチの家〉の写真を引っ張り出してみました。
昨日のラーメン屋の犬のように、犬そのものを見知っているわけではありません。
私が、この〈ハチの家〉の写真を撮り始めたときから、既にこの犬小屋は無住でした。
〈ハチ〉そのものは知らないけれど、〈ハチの家〉は、私のなかでちょっとした撮影ポイントになっています。

いつ行っても、同じところに置かれている犬小屋ですが、犬小屋の中の様子や、その日、その日の光や空気や、こちらの気分の違いで犬小屋の佇まいも違って感じられるのです。
〈ハチの家〉まで来たら、Uターンして再び町中に戻ります。

2009年の写真では、無礼にも〈ハチの家〉に、他の犬がオシッコを掛けていました。
犬小屋の中には、ボロギレと棒のようなものが放り込まれていて、〈ハチ〉という犬が居なくなってからの時間の長さみたいなものを伺い知ることができます。

CP1025.032 山口県下関市 st35#
2009.10.25|山口県下関市 / LEICA M8 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

JC0514.018 山口県下関市 K7da21 3.2a#
2010.05.14|山口県下関市 / PENTAX K-7 + DA 21mm F3.2 ASPH.

JJ C7 30 115 山口県下関市 M9 ET28a#
2011.07.30|山口県下関市 / LEICA M9 + ELMARIT-M 28mm F2.8 ASPH.

2010年の写真は、小屋の中が奇麗に片付いていました。
「おっ、新しい犬がくるのか・・・」と、期待したのですが、今年の七月に〈ハチの家〉を訪ねたら、前よりも荷物が増えていました。
どうやら、新しい犬が来る・・・と、いうのは、私の願望に過ぎなかったようです。
でも、いつか、この小屋に新しい住人・・・住犬が来ているという夢を見続けて、この次も〈ハチの家〉を動物的習性で訪ねることでしょう。

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みかん猫67

前回の〈亀カメラ〉では、犬も犬小屋も消えてしまった話しをしましたが、今日は、犬が消えて犬小屋だけが残っている写真を見て頂きましょう。
2011年7月26日号の〈亀カメラ〉、『モデルが消えた夏』では、私がよくモデルにしていたクーニャンの看板が消えたことを書きましたが、実はそのラーメン屋の裏に犬が飼われていました。

大型犬ですがおとなしくて、クーニャンの看板を撮影していても、一度も吠えられてことはありません。
かといって、尻尾を振って愛嬌を振りまいてくれることもなく、じっと、優しい視線を私の方に向けるだけでした。

冒頭の写真を見て頂いくと犬小屋ので出入り口の傷み方、床のすり減り具合などから、ずいぶんと、この環境で過ごしてきたことが伺い知れます。
穏やかな目は、決して自由とは言えない、この環境を〈宿命〉として受け入れ、日々、穏やかに過ごす悟りのようなものが宿っているようです。

しかし、いつの日からか、この犬の姿を見かけなくなりました。
『生者必滅、会者定離』
特にこの犬に愛情を感じていた訳ではなかったのですが、居なくなったと知ると、妙に寂しいものを感じます。

犬の体から染みでる油分で磨き込まれたように光っていた犬小屋の床も、砂埃が溜まるようになり、そして、今度は、母屋のラーメン屋自体が廃業の憂き目にあってしまいました。
『諸行無常』
浮き世は、切ないことで満ちあふれています。
写真のなかにも無情なるものが写り込むのも当然のことではないでしょうか。


CB0102.006 福岡市東区 M8.2 sn50 2#
福岡市東区 / LEICA M8.2 + SUMMICRON-M 50mm F2

CP0510-005 福岡県糟屋郡新宮町 ser18a#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M8.2 + SUPER ELMAR-M 18mm F3.8


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みかん猫67

カメラを持ってぶらぶら歩いていると、よく犬に出会います。
野良犬は少なくなったのでしょう。
恐ろしそうな犬と細い道で目が合って、ウ〜ッと低いうなり声を出されて、緊張することは少なくなりましたので、出会う犬は庭先につながれている犬たちです。

私の気持ちがそういう方向に向かっているのかどうかは分かりませんが、庭先に繋がれている犬たちはどこか物悲しい目をしている犬が多いように感じています。
目の底のほうに、諦めを含んでいるような・・・そんな印象を受ける犬が多いのです。

通勤の途中などで出会う犬たちとは顔見知りになっているはずなのに、職務に忠実な犬ですから、番犬としての役割を全うすべく、私の顔を見るたびに、毎回、執拗に吠える犬も居ます。
まあ、決して人相が良いとは思っていませんが、いつもいともそんなに吠えるなよと言いたくなるくらい吠えてくれます。

そんな犬が、何故だかぐったりと寝そべって、目で私を追うだけ・・・といった日がありました。
「体の調子でも悪いにか?」と声をかけながら、カメラを構えて一枚撮ると、「おっと、いつもの人相の悪い親父だ。こんなことはしていられない。
「吠えたろか・・・」とばかり、スッと飛び起きて、いつものようにけたたましく私に向かって吠えてくれましたので、「そうこなくっちゃ」と言いながら、私もいつものようにカメラを構えました。

そんな犬の居るところを久しぶりに通ってみると、なんと犬も犬小屋も姿を消してしまっていました。
犬小屋が無くなったぶん、庭が広くなったのですが、なんだか間抜けな景色になってしまいました。
よく吠える犬だったので、ご近所から苦情でもあって、どこかにやられてしまったのでしょうか?
決して可愛げのある犬ではなかったのですが、職務に忠実だった犬が妙に気になります。

JC04.17.045 福岡県田川市後藤寺 M9 2428a#
福岡県田川市後藤寺 / LEICA M9 + ELMARIT-M 24mm F2.8 ASPH.

福岡県糟屋郡新宮町CP C1 28 076 M9 er24 38#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M9 + ELMAR-M 24mm F3.8 ASPH.

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みかん猫67

宮川大介・花子さん

いまでも〈漫才ブーム〉なのかどうかは分かりませんが、若手の漫才コンビがテレビで賑やかにやっています。
しかし、その大部分は本業の〈芸〉を生かしたものではなく、なんとも情けのない醜態を晒しているといったところです。

こういって、若い芸人たちを批判していても仕方のないことで、彼ら、彼女らが人生経験を積み、味のある芸人になってくれることを楽しみにしています。
ただ、若いときに、あまりちやほやされると、間違った方向に踏み込んでしまい、人生そのものに挫折してしまうことも多く、そういったことで姿を消していった有望な若手芸人も少なくないことでしょう。

若手芸人ではありませんが、上方の漫才師に〈宮川大介・花子〉というコンビが居ます。
いわゆる、夫婦(メオト)漫才です。
夫婦漫才というのは公私にわたり、常に顔を突き合わせていなければならないので、芸と生活を維持することはなかなか大変なようで、夫婦別れをするコンビも少なくないようです。

そんななか、宮川大介・花子コンビは夫婦としても揺るぎないものを確立したうえで、温かみのある夫婦漫才を見せてくれており、私の大好きなコンビです。
芸も人柄も素晴らしい二人の漫才を聞いていると、心の底の方から温かくなってきます。

もう一組、私が好きだった夫婦漫才がありあます。
春日三球・照代さんです。
宮川大介・花子さんとは違った味わいの夫婦漫才です。
不幸にも春日三球・照代は、照代さんが亡くなられてしまい、もう、素晴らしい掛け合い漫才は見ることが出来ません。
芸の相方で、奥さんでもあった照代さんが亡くなられてあとの三球さんはどことなく生彩を欠いてしまったことが残念でなりません。

夫婦というものは不思議なもので、もともと他人であった二人が、何かの縁で一つ屋根の下で暮らすようになります。
この段階で多くの人たちは、お互いの愛情は深く、永遠のものと思うのですが、それは大きな勘違いです。
婚姻届を役所に出して、一緒に暮らすようになったからといって夫婦としてゴールインしたことにはならないのです。
山あり、谷ありの人生を一緒に泣き笑いしているうちに、しだいに絆を深めて真の夫婦になっていくのです。

宮川大介・花子の大介さん、春日三球・照代の三球さん。
お二人とも、舞台の上ではかみさんにやり込められて、頼りなさげですが、実は、二人とも神経質で生真面目なのではないかと見ています。
そうした男と暮らす奥さんたちは大変でしょう。
夫婦漫才のコンビとして、また夫婦としての関係を維持しているのは偏に〈内助の功〉の賜物なのかも知れません。


CG C3 12 013 熊本県 GRD5924#
熊本県 / RICOH GR Digital

CB1025.003 福岡市東区 M8.2 st35#
福岡市東区 / LEICA M8.2 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

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みかん猫67

CBCB22.007  福岡市東区  M8 UCH35 2
福岡市博多区 / LEICA M8 + UC-HEXANON 35mm F2

私の自宅は福岡市内とはいっても、郡部と隣接するところで、田畑は珍しいものではありません。
気が向けば自宅から勤め先まで一時間くらいかけて、写真を撮りながら歩きますが、その間にたくさんの田や畑を目にします。

この時期になると、そろそろ稲穂も頭を垂れて、実りの秋も近いことを感じさせてくれるのですが、この田んぼと稲穂というのが、なかなか写真にならないのです。
周りにたくさんある田んぼですから、写真に撮らない手はないのですがなかなか・・・

それでも、時折、思いがけず写真になってくれることがあります。
とは言っても、皆さんを唸らせるような、そんなものではありませんが、写真にならないと決めつけている田んぼが写真になってくれただけで、私としては嬉しくなるのです。
私の写真は往々にして、こういった小さな自己満足のものが多いのです。

最初に、「なかなかええ」と思わせてくれた稲の写真が、最初の写真です。
何が・・・何処が・・・良いのか分からないという声が聞こえてきそうですが、だとしたら、皆さんも一度、稲穂にレンズを向けてみてください。
なんとも面白くない写真ばかりといった体験をされることでしょう。
こうは、なかなか写ってくれないのですよ。

特に画面中央から上(奥)の稲が外側に反っていることと、画面下の稲の状態との対比が気に入っているのです。
画面下の方の稲はまだ直立ですが、奥の稲は稲穂が出始めてその重みでゆっりと風に揺れる、その対比とリズムみたいなものが写ったと気に入っています。

ところで、私の使っているLEICA M9のような距離計連動タイプ(もちろんマニュアルフォーカスです)のカメラで、この稲穂の写真のように同じようなものが密集しているところでピントを合わせるのはなかなか至難の業なのです。

距離計連動タイプのピント合わせは〈二重像合致式〉と言われ、二重に見えているものが重なったときにピントが合ったというものです。
ところが、同じようなものが沢山あると、どれとどれが二重の関係にあるのかの見極めが大変なのです。

そこで、異質なものを探してそれを目標にしてピントを合わせるという方法をとります。
二枚目の写真のように、田んぼの中に雑草などが頭を出してくれていると、絶好の目標物になります。
雑草の成長は早くて、あっという間に稲穂の背丈を追い越します。
稲穂の下で成長していたときにはあまり日に当たらないからでしょうか、稲穂の背丈を追い越して間もない頃の雑草は妙に色白だったのが面白くてレンズを向けました。
点々と生える雑草が右の方にカーブするようにフレーミングをしてみました。

三枚目の写真は昨日撮ったものです。
このときはオートフォーカスのカメラでしたので、ピントはカメラ任せで撮りました。
ただ、オートフォーカスもこういった状態を苦手とすることが多いので、画面中央の黒い部分に測距ゾーンを持ってきています。

JJ C8 06 010 福岡市東区 M9 ST35 2.5#
福岡市東区 / LEICA M9 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

JJ C8 15 001 福岡市東区 X100 23 2
福岡市東区 / Fuji FinePix X100 + 23mm F2

二枚目、三枚目の写真は今年の写真です。
もうすぐ、地元の新米が食べられそうです。
食欲の秋です。
私は夏でも食欲減退することがありませんが、秋は一層ベルトの穴に気を配らなければなりません。

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みかん猫67

思いがけない・・・

ガス・ヴァン・サント監督、ショーン・コネリー主演の映画、『小説家を見つけたら』のなかで、ショーン・コネリー演じる小説家が、ジャマールという男の子に女性の心を捉える方法として「思いがけないときに、思いがけない贈り物」ということを教えるシーンがあります。

これは私の写真にもあてはまります。
とは言っても、写真で若い女性の心を捉えようと云うのではありません。
「思いがけないところに、思いがけないもの」と、言葉を置き換えるのです。
「?」は写真を撮る動機に繋がります。

前回のガードレールのところに花束が置かれていると、そこが交通事故の現場で、誰かが亡くなったのだろうという事は誰にでも読み解けます。

ただ、同じ花束でも今日の二枚は如何でしょう。
二枚とも草むらに置かれた花束です。
こんなところにこんなものが・・・
「思いがけないところに、思いがけないもの」です。

一枚目の花束を見つけたときの私の解釈です。
男はあまり花束を持って歩きたくないものだから、花束を貰ったけれど、決まりが悪くてポイと草むらに捨ててしまった。
ゴミ箱に捨てるのではなく、植物を草むらに戻してあげる・・・そんなこころ使いは持っている男性だった。
なんて、読み方が如何でしょうか。

二枚目の写真は私にもあまりはっきりとした解釈が見えてきませんでした。
それは、この花籠のなかの花は造化だったからです。
どこかに捨ててあった造化の花籠を、誰かが気まぐれに草むらに置いてみた・・・くらいにしか思えません。
可愛がっていた、飼い猫がこの草原で死んでいた・・・といった、悲しいストーリー見えてきますが、猫と暮らす私にはそういったストーリーは避けたいですね。

もちろん、一枚目の写真の解釈も、二枚目の写真のストーリーも、私の勝手な想像です。
写真というのか、「これは、こうです」といった力強さのようなものを求められることが多いのですが、私は、曖昧で、断定的でなく、いろいろな見え方のする写真が好きです。

写真を撮る人間、見る人たちのそれぞれの、経験や、その日の感情によっていろいろな世界が見える・・・そんな写真が、なんともたまりません。

私の曖昧な写真からも、誰かが思いがけない読み解きをしてくれると嬉しいのですが、どうでしょうか。

CB1018.001 福岡市東区 M8 st35#
福岡市東区 / LEICA M8 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

JJ C7 23 058 福岡市博多区 M9 sa28 5.6#
福岡市博多区 / LEICA M9 + Summaron 28mm F5.6

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みかん猫67

若い人に写真を教える人間としてはいささか恥ずかしいことなのかも知れませんが、普段から、あれこれと頭で考えて写真を撮る方ではありません。
もちろん知識として写真のことはいろいろと小さな頭の中に詰め込まれていますが、それを写真を撮る現場で引っ張り出すといったことはできません。

写真はスポーツと同じで、身体的反応がものを言います。
理屈(理論)が無駄だとは言いませんが・・・行ってしまうと、私の立場がなくなってしまうので・・・理屈よりも練習(経験)を積み重ねることの方がどれほど大事か知れません。

経験して、失敗して・・・その繰り返しのなかで、身体に叩き込まれたものが、写真を撮る現場では生きてくるのです。

頭で考えないものですから、「あ。面白い」と感じたら、いろんなものにレンズを向けて写真に撮ります。
「写真になる」「写真にならない」を瞬時に判断し、其の次に「写真にしていく」のです。
私の「写真になる」「写真にならない」については、あまり深く考えません。
それは、撮った後に、ゆっくり考えれば良いことです。
取り逃がしてしまえば「後の祭り」ですから、先ず、撮る。

撮ってはみたけれど、自分の写真の流れの中になかなか入れ込めないものもたくさんあります。
今日の二枚の写真はそんなものを引っ張り出してきました。

それは「死」の匂いを感じさせるものです。
よく、人の命は蝋燭の炎にたとえられます。
生まれてくるときに託される蝋燭の長さは、皆一緒だとしても、それを速く燃え尽きさせる人も居れば、閻魔さまのくしゃみか、気まぐれな風の所為で吹き消されるものもあるでしょう。

故郷の大阪に撮影等で戻ったときには、父の眠るお寺に顔を出すようにしているいのですが、蝋燭の写真はそこで撮ったものです。
父の眠るお寺ということで、大いに個人的感情に動かされて撮ってはみたものの、なかなか出番がありませんでした。

もう一枚の花束の写真は、皆さんお分かりのことと思いますが、道路脇に置かれた花束ですから、交通事故でこの世を去った人への想いで親族、知人が置いたものでしょう。
こちらは、蝋燭の写真以上に使い方の難しい写真で、お蔵入りをしていました。

お盆の時期ということもあって、今が写真を活かすよい機会だと考えました。
地獄の蓋も開くお盆ですから、私の「お蔵入り写真箱」の蓋も開いたといった次第です。

110309.057 大阪市天王寺区 M9 Sn28a#
大阪市天王寺区 / LEICA M9 + SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

JC0530 福岡市東区5 M9 ET28
福岡市東区 / LEICA M9 + ELMARIT-M 28mm F2.8


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みかん猫67

信心の足りない私でも、お盆の頃になると先立った人たちのことを思います。
地獄の釜の蓋も開くと言われるお盆ですから、先立った人たちも私たち俗界に暮らす者たちのところに戻ってくる・・・このことが、「思い出す」ということなのかも知れません。

〈地獄の蓋〉などと言うと、私と親交のあった人たちはみんな地獄で暮らしているということになるのかも知れませんが、そんなことを考えているのではありません。
だいたい、私自身は〈地獄〉というものを信じていません。
ちょっと青臭い言い方かも知れませんが、〈地獄〉というものがあるとするなら、それは、私たちが暮らす〈この世〉こそが、地獄なのだと考えないこともありません。

生活苦があり、病があり、死への恐れがあるこの世こそ地獄だと考えるなら、〈あの世〉はすべて〈極楽〉だと、楽観しているのです。
こういうことを考えると、あの世から早くお迎えが来て欲しいと望むのかも知れませんが、地獄(この世)も、案外、面白いものですから、空から大きな手が降りて来て、我が身を摘まみ上げてくれるまでは、こつこつと写真を撮りながら生きていたいと考えています。

そうだ、あの世でも写真はあるのだろうか?
あの世にカメラが無いのなら、この世から持っていかなければならないのですが、棺桶の中に金属製のものは入れられないから・・・
棺桶に我が身が入るということは、この世のしがらみをすべて置いて行くということでしょうから、まあ、写真のことは、あの世でまた考えるしかないですね。

110311.011 奈良市 薬師寺 M8.2 ST35 2.5#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M8.2 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

JJ C8 09 038 福岡県糟屋郡新宮町 GH2 MZD12 2#
福岡県糟屋郡新宮町 / Panasonic DMC GH2 + OLYMPUS M Zuiko Digital 12mm F2

もし、あの世の写真というものが無いとしたら、この世で写真を介して親交を結んできた方々と再開するのは難しくなるのかも知れませんので、あの世にも写真があると良いですね。

でも、あの世の写真が、カメラを使わない・・・念力で撮るような、そんな写真だと、これまた味気ないですね。

やっぱり、カメラで撮る写真が楽しめる、この世にもう少し居るしかありませんね。

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みかん猫67

たこ焼きと密着焼

JJ C8 12 043 福岡市東区 GH2 MZD12 2#
JJ C8 12 041 福岡市東区 GH2 MZD12 2#
福岡市東区 / Panasonic DMC GH2 + OLYMPUS M Zuiko Digital 12mm F2

前期の授業も終わったことなので、学生たちと打ち上げをしました。
ゼミ室にたこ焼器三台を持ち寄って、たこ焼きパーティです。
ずいぶんと昔のことですが、こうして〈お好み焼き〉パーティをしたことがありました。
そのとき学生だった連中は、いまでは社会の中心に立つ年頃になっています。
この、不安定な社会情況のなかで、苦労をしているようですが、お好焼きを楽しんだあの頃の無垢なこころをふたたび呼び起こして頑張って欲しいものです。

たこ焼きは何かと手間がかかるので、腹一日になるほど作るのは大変だろうと、ハンバーガーを予備で買っておいたのですが、さすが、たこ焼器が三台もあれば十分に対応でき、ハンバーガーの売れ行きはイマイチでした。

ゼミの三年生たちが〈青春18切符〉を使って、広島日帰りツアーを決行。
そのお土産の〈紅葉饅頭〉もあり、たこ焼きと、ビールと、ハンバーガーと紅葉饅頭で腹一杯のたこ焼きパーティでした。

110312.140 大阪市北区浪花町 M9 sn28a#
大阪市北区浪花町 / LEICA M9+ SUMMICRON-M 28mm F2 ASPH.

JC0209.080 広島市西区己斐 b35zm#
広島市西区己斐 / LEICA M9+ Biogon 35mm F2 ZM

今日のたこ焼き写真は大阪と広島で撮ったものです。
大阪も広島も、いわゆる〈粉もん〉が盛んな土地柄です。

写真の世界で〈密着焼〉というものがあります。
ネガと印画紙とを重ね合わせ、上からガラスなどで押さえ密着させて露光したもので、ネガ画像と等倍の写真が出来ます。

この〈密着焼〉、ワープロなどで「mittyakuyaki」と入力すると〈密着焼き〉と変換されます。
私の使うことばとしての〈密着焼〉との違いが分かってもらえるでしょうか?
おくりがなの〈き〉の字です。

〈密着焼き〉となると、〈たこ焼き〉や〈お好み焼き〉のようになってしまうので、面倒ですが〈き〉の字を消して使っています。
くだらないことだけど、ちょっとした拘りです。
拘りといえば、たこ焼きは表面カリカリより、しっとりの方が好きです。
また、爪楊枝や串、二本で食べるのも拘りかな・・・


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みかん猫67

溶けて、こぼれた夏

JJ C8 09 066 福岡県糟屋郡新宮町 M9 ST35 2.5#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M9 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

山裾の道を歩いていると、どこからか懐かしい匂いがしてきました。
〈イチジク〉の匂いです。
私にとってイチジクの匂いは夏の匂いそのものです。
それも、遠い記憶につながる・・・
子供時代、夏休みには終日遊びほうけていたものです。
そんな、無垢な記憶に繋がるのがイチジクのあの香りなのです。

私がよく歩く立花山の裾野のあたりにはイチジクを栽培している農家が比較的たくさんあります。
ちょっとしたイチジクの産地のようです。
もちろん、匂いを懐かしむだけではなく、食べるのも好きです。
最近では、あまりイチジクは人気が無いようですが、私にとっては〈夏〉を味わうことができる果物です。

軽トラックに野菜を積んで、訪ねてきてくれる農家のおばさんが居ますが、そこにイチジクを見つけると、家人が買っておいてくれます。
家の中でも、イチジクを食べるのは私だけですが、実を二つに割り、スプーンでほじくって食べると懐かしい味と記憶が溶け出してきます。

JJ C8 09 053 福岡県糟屋郡新宮町 GH2 MZD12 2#
福岡県糟屋郡新宮町 / Panasonic DMC GH2 + OLYMPUS M Zuiko Digital 12mm F2

JJ C8 09 075 福岡県糟屋郡新宮町 M9 ST35 2.5#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M9 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

大好きな夏もそろそろ背中を見せ始めました。
畑の乾燥した土の上に、夏野菜のトマトやキュウリ、茄子などが捨てられているのを見ていると、ため息がこぼれます。
来年の夏が、無事に迎えられるものかどうか・・・来年の夏も元気にこの山道が歩けるかどうか・・・そんなことが頭を過るお年頃です。

弱気なことを言っていますが、昔から「憎まれっ子、世にはばかる」といいますから、腹の底では来年も大丈夫と高をくくっています。
それよりも、来年はどんなカメラを連れて山裾歩きをしているのでしょうかね。
密かな楽しみです。

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みかん猫67

OLYMPUS M Zuiko Digital 12mm F2 は、マイクロフォーサーズマウントのレンズです。
35mmフィルムを基準としたとき、焦点距離12mmは二倍の24mmレンズ相等の画角のレンズになります。
若いころは(当然、フィルムカメラの時代)、この24mmという焦点距離のレンズは私の主力レンズの一つでした。

24mm、35mm、85mmの三本のレンズがあれば私の写真は撮れる・・・なんて、粋がっていたものです。
それがいつしか、28mm、35mm、50mmと幅が狭まって今日に至っています。

広角側が24mmから、28mmに変わった理由は・・・
カメラの所為だと思います。
24mm、35mm、85mmの三本のレンズの時代は、ニコンの一眼レフカメラとレンズの時代です。
その後、M型ライカのカメラが買えるようになったときに、レンズは35mmが最初です。
35mmはLeica Mで、24mm、85mmはNikonといった組み合わせの時代もありました。

その後、もう一台Leicaのボディが持てるようになりましたが、M型Leicaで24mmレンズの場合、外付けファインダーが必要になります。
それが嫌で、外付けファインダー無しのM型Leica のボディで使える一番の広角、28mmになったのです。

85mmが50mmになったのも、同様にカメラが原因です。
一眼レフのカメラと決別し、レンジファインダーのM型ライカだけに切り替えたときに、レンジファインダーは望遠に弱いということを考慮し、85mmを50mmにしたのです。

いずれにしても、私のレンズ構成は焦点距離35mmが基本であることは変わっていないようです。
35mmレンズ一本あれば、私の写真は撮れる・・・これが身軽な老後のためのキャッチフレーズになれば理想的なのかも知れません。

FA01419 Oahu Honolulu
Honolulu Oahu Hawaii / Nikon F + Nikkor 24mm F2.8

ハワイ オアフ島 ワイキキビーチ
Waikiki Beach Oahu Hawaii / Leica MP + ELMARIT-M 24mm F2.8 ASPH.

今日の写真は二枚とも24mmレンズで撮ったハワイです。
最初の写真は1974年にNikon Fに24mmレンズを着けて撮りました。
二枚目の写真は2002年に、私の最後のフィルムカメラ、Leica MPに、ELMARIT-M 24mmを着けて撮ったものです。

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みかん猫67

壁とバケツと朝日と

JJ C8 09 017 福岡県糟屋郡新宮町 M9 ST35 2.5#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M9 + SUMMARIT-M 35mm F2.5


〈卒業制作・研究〉の中間発表も昨日、無事に終わりました。
四年間の成長の成果、集大成でもある卒業制作のはずが、相変わらずいい加減なものもが多く、私としては大いに不満ではあるのですが、とにかく終わりました。

物事の最初は「楽しそう」「楽しい」・・・それで構わないと思います。
ただ・・・良いことばが思い浮かびませんので、とりあえず「作品制作」としておきますが・・・自己表現の世界に飛び込むためには、「楽しい」を越えなければならない壁があるはずなのです。
私がいい加減と感じるのは、その「楽しい」池のなかでのらりくらりしている姿しか伝わってこないことです。
まるで、幼稚園児のお絵描きです。

「楽しい」と感じること、「楽しむ」ことは大事です。
壁を乗り越えるのは一苦労ですし、血の汗を流すことになるでしょう。
その、大変さを和らげてくれるのが「楽しい」と感じること、「楽しむ」ことだからです。
若い学生諸君は「楽しい」庵のなかで胡座をかいていたのではいけません。
座禅で悟りをひらくにはまだまだ足りない部分が多過ぎます。

それはさてき、とにかく〈卒業制作・研究〉の中間発表も無事に終わり、いよいよ本日から夏休みです。
時間的にも、気分的にも少しゆったりとしましたので、今日は二時間ほど歩いて職場までやってきました。
夏休みになったからといっても、それは学生たちの話しで、教師はいろいろと仕事が残っているのです。
どうやら、この夏はお盆も休めなさそうな予感です。

二時間かけて歩く山裾の道の途中に一休みするお宮があります。
祠の壁に朝日が当たるのをいつも気にしているのですが、なかなか写真に撮るようなシュチュエーションにはなってくれないのですが、今日、ちょっと私の望みに近い情況を見せてくれましたので、撮ってみました。

大きな木の間を抜けた朝日ですが、最初にこの情況を目にしたとき、隅に置かれたバケツから光の炎が立ち上っているように感じたのです。
私はそう感じても、写真でそのような想いが出せるかどうかは別問題です。
このあたりが、写真の難しいところでもあります。

JJ C8 09 032 福岡県糟屋郡新宮町 GH2 MZD12 2#
福岡県糟屋郡新宮町 / Panasonic DMC GH2 + OLYMPUS M Zuiko Digital 12mm F2

JJ C8 09 040 福岡県糟屋郡新宮町 GH2 MZD12 2#
福岡県糟屋郡新宮町 / Panasonic DMC GH2 + OLYMPUS M Zuiko Digital 12mm F2

距離を変えたり、縦位置にカメラを構えたりあれこれ撮ってみたなかから、二枚選んでみました。
データを見てみると、一枚目は9時01分、二枚目は9時04分に撮ったもののようです。
朝の光は時々刻々変化して行きます。
季節によって、光の射す方角も違うでしょう。

私の思い通りの瞬間に出会えるのは、まるで奇跡のようなものかも知れませんが、これからも、このお宮の、この壁とバケツと朝日は気になり続けることでしょう。


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みかん猫67

JJ C8 07 016 福岡県糟屋郡新宮町 M9 T35 2.5#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M9 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

新しいレンズやカメラが手に入ると、俄然、写真が撮りたくなります。
写真好きの人の中には、写真を撮ることよりもカメラを眺めたり、摩ったりするのが好きと言う人も居ます。
その代表格が、フィルムカメラの時代の〈Leica〉のカメラを集める人たちです。
そういった収集家に支えられて、古いカメラでも目の玉が飛び出すほど高価なものもあります。
まるで骨董品を愛好するようなものです。
また、カメラを写真を撮る道具として活用するのではなく、写真仲間に自慢したり、見せびらかしたりするために、高価な最新型のカメラやレンズを買い漁る人たちも居ます。

写真が、デジタルになり、カメラも電気製品と化し、消耗品になってしまいました現在、カメラに骨董品的価値が生じることもなくなったとは思いますが、写真を撮る道具としてのカメラではなくて、カメラ自慢をするために高価で新しいカメラを買い求める人たちはデジタル時代になっても相変わらず居るようです。

私の場合、カメラやレンズなどにも興味がありますが、それは写真を撮る道具として活用することを前提にしてのことです。
ですから、買ったカメラやレンズを防湿保管庫に死蔵するといったタイプではありません。
手に入ったら、早速、撮影に連れ出します。

新しいレンズが手に入ったら、テストも兼ねて撮らせてもらっていたモデルさんが居たのですが、2011年7月26日の〈亀カメラ〉にも書きましたように、そのモデルさんが居なくなったしまいましたので、ただ、ぶらぶらと近くの立花山の山裾を歩いて、気まぐれに撮ってみました。

JJ C8 07 020 福岡県糟屋郡新宮町 GH2 MZD12 2#
福岡県糟屋郡新宮町 / Panasonic DMC GH2 + OLYMPUS M Zuiko Digital 12mm F2

JJ C8 07 017 福岡県糟屋郡新宮町 GH2 MZD12 2#
福岡県糟屋郡新宮町 / Panasonic DMC GH2 + OLYMPUS M Zuiko Digital 12mm F2


連れ出したカメラはマイクロフォーサーズのPanasonic DMC GH2と、フルサイズのLEICA M9二台。
GH2にOLYMPUS M Zuiko Digital 12mm F2、M9にSUMMARIT-M 35mm F2.5の二本のレンズを着けて出ました。
マイクロフォーサーズの12mmは、フルサイズの画角に合わせて換算すると24mm相当になりますので、24mmと35mmと取り合わせとなります。

比較テストをするのなら、フルサイズのLEICA M9にも24mmレンズを着けて撮影するべきなのでしょうが、テストというよりも写真を撮ることを優先させて、画角の違う二本のレンズにしました。


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みかん猫67

M Zuiko Digital 12mm F2

マイクロフォーサーズのデジタルカメラは、フィルムカメラの110やAPSのように、うやむやのうちに存在感をなくす運命を辿るのではないかと危惧していたのですが、どうやら持ちこたえているようです。
持ちこたえるというよりか、認知され、軌道に乗り始めたと言った方が良いのかもしれません。
マイクロフォーサーズはパナソニックとオリンパスが音頭をとって、2008年10月にPanasonic DMC-G1が、2009年7月にOLYMPUS E-P1が発売され、その後も順調に育っています。

私はマイクロフォーサーズに懐疑的だったかというと、そうでもないのです。
マイクロフォーサーズの前に、フォーサーズという規格が作られていますが、こちらの方は、その存在意義のようなものを見いだせなかったのですが、マイクロフォーサーズに関しては、最初から歓迎していました。
それが証拠に、Panasonic DMC-G1も、OLYMPUS E-P1も手に入れて使っていました。

フォーサーズは、撮像素子の小ささに比例して、ボディサイズが小さくなっていなかったので、このサイズのボディなら、何も撮像素子の小さなフォーサーズを使う必要がないと考えたのですが、マイクロフォーサーズは撮像素子のサイズに合わせて、ボディもレンズも小型化されていたので、歓迎したのです。

小さなカメラで高画質な画像・・・という考え方は、オスカー・バルナックが〈Leica〉というカメラを開発したときと同じ発送で、見事にそれを達成したのがマイクロフォーサーズと言えます。

そんなことはどうでも良いのですが、マイクロフォーサーズもいよいよ、良いレンズが出始めたのでいよいよ本物になったと言えます。

これまで、マイクロフォーサーズの「小さい」という特徴を生かした〈パンケーキ〉と呼ばれる小型で薄いレンズを使ってきましたが、とうとう〈OLYMPUS M Zuiko Digital 12mm F2〉を手に入れました。
シルバーの輝きはちょっと軽薄な印象であまり好みではありませんでしたが、同型の黒いレンズが発売されるまで待てなかったのです。

私にとって、決してお手軽な価格のレンズではないのですが、「写真はレンズが大事」と、普段から考えている手前、ケチっている訳にはいきません。

それで、本日、日曜日ですがルンルンで試し撮りと相成った次第です。

JJ C8 07 006 福岡県糟屋郡新宮町 GH2 MZD12 2#
福岡県糟屋郡新宮町 / Panasonic DMC GH2 + OLYMPUS M Zuiko Digital 12mm F2

JJ C8 07 012 福岡県糟屋郡新宮町 GH2 MZD12 2#
福岡県糟屋郡新宮町 / Panasonic DMC GH2 + OLYMPUS M Zuiko Digital 12mm F2

いや〜
よく写ります。
カラスの写真を最初にパソコンで開いたのですが、一気に気に入りました。
私の値引き交渉に嫌な顔もせずに応じてくれる〈キタムラカメラ天神店〉の下川さん。
おかげで、良い写真が撮れそうです。


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みかん猫67

私は写真を学ぶ学生たちだけでなく、デザインを勉強している学生たちにも写真を教えています。
写真の学生といっても、私が写真を教えている学生たちは〈デジタル映像〉や〈パソコン画像〉などを専門とする学生たちですので、いわば〈写真〉は専門の枠外と捉えているようです。
ここでの写真の授業は〈選択科目〉ですから、それほど多くの学生を教えている訳ではありません。

一方、デザインの学生にしても同様で、写真の授業はなんとなく受けているといった学生が殆どです。
いわゆる、卒業単位の数合わせといったところでしょうか。
写真に対して身の入らない学生たちに向かって授業をするのは、ちょっと寂しいこともありますが、教えるこちらも、いい加減なものですから、まあ、ちょうど良いのかも知れません。

今日は、デザインの学生たちの展覧会を拝見するために、大濠公園の福岡市立美術館に出かけてきました。
出品者のなかに、写真を出品している学生も居て、これには少し嬉しさを覚えました。
写真に限らず、若い人たちのこういった創作活動を見ていると羨ましさを覚えます。
夢があり、望みがあります。

還暦も過ぎた、私に夢や望みがあるでしょうか・・・
「周りに迷惑をかけないで、ぽっくりと死ぬこと」
そんなことくらいしか先の望みは見当たりません。

大きな夢や望みはありませんが、目先の望みとして、何か甘いものが食べたくなって、デパートの地下のお菓子売り場に立ち寄りました。
生の果物が入ったゼリーを買おうとしたのですが、そのショーケースの前には若い父親と女の子の先客がいました。

父親:お母さんには、何が良いかな?
女の子:モンブラン (この店はゼリー専門店で、ケーキのモンブランはありません)
店員:笑い
父親:ここにはモンブランはないの・・・お母さんには何が良いかな?
女の子:モンブラン
店員:苦笑い
父親:だから、ここにはモンブランはないの・・・お母さんには何が良いかな?
私:プッツン

諦めて、次なる店に。
こちらは、もっと手強い連中が先客でした。
おばさんの三人連れ。
三人とも、お互いに牽制し合って、なかなか決まりません。
ああだ、こうだと、私の存在などまるで気にする様子もなく井戸端会議ふうに盛り上がってくれています。
こりゃだめだ・・・と次なる店に。

このようにして、現実に阻まれながら夢はどんどん小さくなり、望むことの無意味さみたいなことをいっぱい経験して還暦も過ぎれば、私に夢や望みがあるでしょうか・・・と、なる次第です。

しかし、人生経験を積むなかで、「人生、まんざら捨てたものではない」と、感じることとも度々でしたので、決して悲観はしていません。
良いこともいっぱいありましたから。

JJ C8 05 001 福岡市東区 GH2 G20 1.7#
福岡市東区 / Panasonic GH2 + G 20mm F1.7

JJ C8 06 024 福岡市中央区 M9 ST35 2.5#
福岡市中央区 大濠公園 / LEICA M9 + SUMMARIT-M 35mm F2.5


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みかん猫67

110213.047 福岡市東区 5DII ef50 1.4#
福岡市東区 / Canon 5DII + EF 50mm F1.4


仕事帰りに猫の餌を買いに行きました。
我が家の最寄りのバス停から一駅乗り越したところに、安売りで有名なスーパーマーケットがありますので、そこまで出かけてきました。

我が家には四匹の猫たちが同居しています。
21歳、14歳の、いわゆる高齢者の猫と、一歳未満のやんちゃ盛りの猫と居ます。
猫の餌も、昔のように〈猫まんま〉というわけにもいきません。
猫の年齢に合わせて猫の餌も細かく商品化されていますので、そのなかから吟味して買って帰ります。
人間様同様、高齢猫には脂肪分やカロリーの少ない配合になっているのでしょうし、若い猫用の餌は、成長を促すようなものが入っているのでしょう。
ですから、我が家の場合、少なくとも二種類の餌が必要になります。
そのうえ、14歳の猫などは好き嫌いが激しく、嫌な餌は食べませんし、最初、食べていたのに、ある日突然食べなくなったりというように、我がまま放題です。
ですから、この我がまま娘のための特別の餌も必要なのです。

我が家の猫たちが長命なのは、飼い主のこういった献身的な努力のおかげだと思うのですが、猫たちから感謝の言葉を聞いたことはありません。

若い猫たちは、家人が山の中に捨てられていた、手のひらに納まるくらいの小さな子猫を拾ってきたもので、生死の境をさまようような飢えを経験しているからか、まるで餓鬼のようです。
ですから、口に入る物ならなんでも食べるし、食べ物と見たら二匹で突進していきます。
どんな餌を買って帰っても、食べてくれるので気が楽といえば楽ですし、気難しい我がまま娘(婆ですが)が、食べないものでも「うまい、うまい」と言いながら二匹で競い合って食べてくれるので役に立っているといえば言えます。

とは言っても、餓鬼のような食いっぷりは、我が家に来て10ヶ月ほど経過した今でも変わらないのには往生しています。

JJ C8 05 005 福岡県糟屋郡新宮町 M9 ST35 2.5#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M9 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

JJ C8 05 016 福岡県糟屋郡新宮町 M9 ST35 2.5#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M9 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

猫の餌を買いにスーパーマーケットに来ましたが、それで、買い物だけして帰ったのでは芸がありませんので、写真もきっちり撮って帰りました。
どこででも写真を撮るオッサン。
我が家の子猫は食に飢えているので、餓鬼のように食べますが、どこでも、何でも写真に撮るオッサンは写真に飢えているのでしょうかね。

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みかん猫67

私の住んでいるところは住宅団地として30年以上前に売り出されました。
それほど家が古くなったとは思えないのですが、ご近所では立て替えが進んでおります。
それぞれの家庭でいろいろと事情があるのでしょうが、僅か30年くらいで立て替えを考えなければならないなんて、家というものの寿命もずいぶんと短くなったものです。

私の家も生活環境の変化を想定して、立て替えをしました。
なんといっても、最初の家は〈建て売り〉でしたので、希望どおりという訳にはいきません。
終の住処となるかどうかは分かりませんでしたが、少しでも我が家に合った家に立て替えようと頑張ってみた次第です。

我を家を立て替えたのは今から15年以上前ですが、そのときに頭を悩ませたのは、自宅に〈暗室〉を作るかどうかということです。
当時は銀塩黒白写真を専門に大学で教えていましたし、自分の写真も黒白写真で作っていましたので、自宅に暗室を作って作業ができれば便利なことは確かでした。

そのときは、デジタル技術の躍進と、写真の世界がデジタル一色にこれほどまで急速に染め変えられるとは夢にも思っていませんでした。
少なくとも私が大学を去るまでは黒白写真専門の先生として授業が続けられるものと漠然と考えていましたので、暗室は必要なスペースだったと言えます。

しかし、そのときに下した結論は「暗室は作らない」というものでした。
結果として、この結論は正しかったと言えます。
なぜ自宅に暗室を作らなかったのか・・・確たる理由はありませんが、デジタルの大波が襲ってくることをおぼろげに感じていたのかも知れません。

でも、正直な話、自分自身がこれほどまでに急速にデジタル写真の虜になるとは思ってもいませんでした。
家に暗室を作っていれば、今でも黒白銀塩写真に拘っていたのかも知れません。
自宅に暗室という大荷物を抱え込んでいなかったので、気軽にデジタル写真に移れたのかも知れません。
今後、どのように私の写真の方法が変化するかは分かりません。
「あのとき暗室を作っておけば良かった・・・」と思うときがくるのでしょうか?
・・・・・・・・・・・・・たぶん、それは無いでしょうね。


JJ0612.029 福岡市東区 M8.2 B25 2.8ZM#
福岡市東区 / LEICA M8.2 + BIOGON 25mm F2.8 ZM

JJ0612.011 福岡市東区 M8.2 B25 2.8ZM#
福岡市東区 / LEICA M8.2 + BIOGON 25mm F2.8 ZM


今日の写真は我が家を写したものではありません。
今年の梅雨の頃、ご近所を散歩している途中に見かけて撮っておいたものです。
梅雨時の空模様が、これらの写真を撮らせた背景にあると思います。


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みかん猫67

ずいぶんと昔の歌に ♪ 月がとっても青いから ♪ というのがありました。
1955年に流行った歌のようですから、私は8歳くらいのときのことです。
でも、どうした加減か、私は歌えるのです。
「月がとっても 青いから 遠回りして 帰ろ」といった歌いだしです。
今日のように、日々、新しいものが生み出されるといった時代ではありませんでしたので、一つの歌の寿命も長かったので、子供の脳裏にもメロディーが刻まれたのしょう。

それに、『月がとっても青いから』を検索してみると、〈You Tube〉で、けっこう若い歌手の人の歌っているのを見ることができました。
いろんな歌手を通じて歌い継がれてきているので、自然に覚えてしまったのでしょう。

いろんな歌手の歌う『月がとっても青いから』を〈You Tube〉で聞いているうちに、いろんな曲を次から次へと聞き続けてしまいました。
パソコンに向き合っていると、こうして、想いも寄らないことで時間が過ぎて行くのです。

ここらで、本題に入ります。
今朝は、月ではなく、空が青一色で、「空がとっても青いから 遠回りして 写真を撮って行こう」といったところです。
雲ひとつない青空です。
雲は写真のアクセントになってくれるので、嫌いではありませんが、ここまで青一色の空も、これはこれで良いものです。

黒白フィルムで撮っていた時代なら、オレンジ色(O-56)のフィルターをレンズの前に着けて、空のトーンをグッと落として撮りたくなったことでしょう。
いまは、デジタルでカラー写真ですから、素直に空の青を楽しめば良いのです。

空が青くて奇麗だから写真に撮る。
些細ななことにも喜びを感じたら、写真に残す。
デジタルカメラで写真を撮るようになって心が軽くなったような気がしています。

JJ C8 03 025 福岡市東区 M9 ST35 2.5#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M9 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

JJ C8 03 008 福岡市東区 M9 ST35 2.5#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M9 + SUMMARIT-M 35mm F2.5


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みかん猫67

JJ C8 02 003 福岡県糟屋郡新宮町 M9 ST35 2.5#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M9 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

暑い日が続きます。
庭の植物も、熱帯夜では寝苦しいようで、朝になっても元気なくしおれています。
朝刊を取りに出たついでに、ゴムホースを引っ張って、庭木に水をかけた瞬間、蝉が驚いて飛び立っていきました。
きっと、夜のうちに地中から這い出して、羽化したばかりなのでしょう。
右も左も分からない状態で、いきなり、水をかけられたのでは、地上はまさに地獄だと驚いたことでしょう。

私はこらえ性がありませんから、夏になると「暑い・暑い」を連発しています。
でも、夏は嫌いではありません。
今のところ夏バテもなくやっております。

夏バテ防止、体力維持のことも考えて、出勤時に山裾を歩いてみました。
今日は少し坂道を登ってみましたが、さすがに汗をかいてしまいました。
小高いところにある池のところで一休みです。
この場所は風が通り、休憩にはもってこいです。
遠くに我が家のあたりが望めます。

2009年の1月に、同じ場所で撮った写真がありますので、二枚並べてみました。
冬の景色と、夏の景色。
植物の勢いが全く違います。

撮影データを見てみると、冬の方が9時56分、そして、今日の写真は9時59分。
季節は違っても私の行動パターンは変わらないようです。
夏は緑が生き生きとしていて好きです。
緑の景色を眺めていると、体の中から元気になっていくような気がしてきます。

JJ C8 02 009 福岡県糟屋郡新宮町M9 ST35 2.5#
福岡県糟屋郡新宮町 / LEICA M9 + SUMMARIT-M 35mm F2.5

CP0103.029 福岡県粕屋郡新宮町 nD3 AF35_2D#
福岡県糟屋郡新宮町 / Nikon D3 + AF Nikkor 35mm F2D

二枚の写真の間には2年半ほどの時間の経過があります。
二年半前は重い、〈Nikon D3〉を持って登ってきました。
今回は〈LEICA M9〉と、少し軽快なカメラに変わりました。
さて、この次は、もっと軽いカメラに変わっているのでしょうが、さて・・・。


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みかん猫67

夏休み・・・

JJ C7 30 070 北九州市門司区清滝 X100 23 2#
福岡県北九州市門司区清滝 / Fuji FinePix X100 + 23mm F2 

現代の子供は、夏休みといっても、塾通いで忙しいのかもしれませんが、私が子供の頃は、〈夏休みの友〉といいましたか・・・そんな、ドリルを一冊仕上げれば、あとは遊び放題でした。
団塊の世代ですから、近所に似たような餓鬼がたくさんいましたので、野球、キャンプなどに明け暮れていました。

私も子供の頃に一時期、昆虫に凝ったことがあります。
自宅の最寄り駅の近くにある書店で、昆虫図鑑を見ていたら、ちょうど帰宅途中の父親がそれを見つけたらしくて、書店に入ってきて「要るのか?」と聞いて、買ってくれたことを思い出しました。
こどもの見る図鑑ですから、それほど高価なものではありませんでしたが、ポケットサイズの図鑑だったことを覚えています。


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