私のような歳になりますと多くの方々が、時の過ぎるのが早い・・と実感されているのではないかと思います。
一日、一日があっという間に終わり、気がつけばひと月が、そして一年が過ぎでしまい、まさに〈光陰矢の如し〉を実感する日々です。
子供のころはどうだったかと振り返ってみると、時の感覚そのものが、切実ではなかったと言えます。
子供も大人も同じ時の流れのなかに立っているのですが、子供の時間川は蛇行していて、その流れに船をても距離が稼げないのではないでしょうか。
子供の興味は右に行ったり左に行ったりすることで、刺激的であり、愉快でもあるのです。
その興奮が未来永劫に続くと暗に思っていることで、昨日も今日も同じところに留まっている錯覚が生じ、時間が流れがゆっくりに思えるのではないでしょうか。
それにくらべ、大人に時間川は真っ直ぐに流れるだけですから、子供の時間川と同じ時間に流れる距離をみたとき移動距離は大きくなります。
そのうえ、この歳になりますと、この時の流れの先には大海原があるということに気づき、その波の音が聞こえるようになるのです。
勿論、聴覚的にではなく精神的にです。
波音は人生のタイムリミットを告げる音で、その音が日々、大きく聞こえてだすと、時の過ぎるのが早いと感じるようになるのです。
年の瀬に、しかも、ええ加減な私に不似合いなのは承知で、ちょっと難しいことを考えてみました。
これも、遠くに聞こえていた波の音が、年が明けると、また少し大きくなると思われる年の瀬だからでしょうか。
福岡市東区 / PENTAX K-7 DA 21mm F3.2
福岡県糟屋郡新宮町 / Sony NEX-5N + A 20mm F2.8
一年の締めくくりの日。
2011年の撮り納めに家の近くの山裾をあるいてみました。
自分の影をちょと画面に入れたりして、なんか気弱な感じです。
今年はいろんなことがありましたが、良くも悪くも一年が終わり、明日からは新しい年です。