2012年9月アーカイブ

雨上がり

雨上がりの道を歩きました。
一応、雨はやんでいますが、いつ雨が落ちて来てもおかしくないくらいの空模様です。
このようにして、一雨ごとに秋が深まっていくと言うのが例年の習わしですが、今年はなかなか秋めいてきません。
しかし、よく見ると昨夜の雨に打たれて色づいた落ち葉が道路に落ちていました。
風の悪戯でしょうか、落ち葉が丸く並べたようになっていました。

CP09.30.002

古いバスケットシューズが道ばたに揃えて置かれていました。
置き忘れて行くような代物ではありません。
底が抜けているので、捨てられたものなのでしょうが、物を大切にするお年寄りが、「まだ、履ける」と、きちんと並べて置いたのように思えました。

CP0930.007 福岡市東区 er24a|靴
福岡市東区 | LEICA M8.2 + ELMAR-M 24mm F3.8 ASPH.


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みかん猫67

CG0929.001 大阪市北区 R5924#


昨日の〔亀カメラ〕では、作家の常盤新平さんのサインの話をしました。
僭越にもその筆跡やインクの色などから勝手なことを言わせて頂きました。
文字から書いた人の人柄が判るかどうかは、専門家でもありませんから確たることは言えませんが、文字に人柄が表れるような気がしています。

常磐新平さんのサインは縦書きでしたが、中心線のブレない文字が垂直に並んでいて、几帳面な性格が伺えます。

昨今ではワープロで書かれたものが多くなり、なかなか直筆に触れることが難しくなりました。
私自身も「便利だから・・・」と言うことでワープロで文章を書くことが多くなり、ペンを走らせるのはサインくらいのものです。
しかも、横書き。
縦書きで書くと、常盤新平さんと違って中心がグニャグニャに歪んでしまってとてもダメです。

使う筆記用具は万年筆派です。
インクは青。
黒インクはなんだか威張っているような・・・自己主張が強そうな・・・そんな印象で好みません。

ボールペンは好きではありませんが一本だけ使っています。
ペリカンのボールペンで、これは写真家の大辻清司さんから頂いたものです。
やはり大辻清司さんから頂いた著書『写真ノート』(美術出版 1989.5.21)には、大辻さんらしい几帳面な字でサインが記されています。

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みかん猫67

常磐新平さんの本

少し前に、大学を訪ねて来てくれた卒業生SくんとTさんから本を頂いた。
私の好きな作家、常磐新平さんの著書、『私の好きな時代小説』2008年12月20日(晶文社)でした。
私が常盤新平さんの書いたものが好きなことと、時代小説の愛読者であることから、この本をプレゼントしてくれたものと思われますが、既にこの本は読んでいたので、頂いたまま研究室の書棚に入れてありました。

本箱の前に立って中の本を眺めていたときに、この常盤新平さんの本と目が合いました。
「本と目が合う」なんて妙な言い方ですが、皆さんも、そのような感覚になることってありませんか?
私は古本屋さんの棚を物色しているときなどにも、よくこの「目が合う」と云う感覚に襲われます。
新刊本を扱う本屋さんよりも、なぜか古本屋さんでの方が圧倒的に多いと感じています。

目が合った本を、本棚から抜き出して、パラパラッと目を通してみると、何かの縁なのですかね、ほとんどの場合、連れて帰る羽目になります。

さて、話を本日の常盤新平さんの本に話を戻します。
本箱から取り出して開いてみると、なんとそこには常盤新平さんのサインが入っていました。
世に言われる「サイン本」と云うやつです。
青いインクの万年筆。
個性的だが丁寧な文字がそこにはありました。

インクの色といい、筆跡といい私好みでした。
私が常盤新平さんの書いたものが好きな理由は、書かれて文字からの推測でしかありませんが、やはり人柄が好きなのかも知れません。
人柄の好ましい人の作品は、やはり好きになってしまうようです。

10年くらい前に出版された常磐さんの本ですが『天命を待ちながら』(大村書店 1999年9月30日)は私の愛読書の一冊です。

CF1104-040 東京都墨田区押上 et28a#

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みかん猫67

心地よい日

このところ、なかなか休みが取れません。
今日も日曜日なのに仕事で勤め先の大学へ。
授業ではないのですが、何やかやとありまして・・・

休みの日に仕事。気分的には憂鬱なはずなのに、大学までの道のりのなかで撮影した写真を見ているとなんだか愉快になってきました。

まず最初は塀の上になにやら発見。
「寿司?」
近づいてみると、やはり寿司。
どうしたのでしょうね、ブロック塀の上ににぎり寿司のパックが乗せてあります。
なんと、私の大好物、〔あなご〕のにぎり寿司らしい。
買い物かごから落ちたものを、誰かが拾って塀の上に置いたのでしょうか?
それにしても、二つほど無くなっているのが不思議。
食べたけれど不味かったので、ポイしていったのでしょうか。

CP0927.004 福岡市東区 et24/3.8a


二枚目は西鉄電車(宮地嶽線)の線路が走る土手の補強工事でしょうか、先日までは雑草が生い茂っていた土手がきれいになっていました。
気持ちの良い青空に少しの雲。土手の養生も真新しくなんだか気持ちがスカ〜ッとしました。

CP0927.005 福岡市東区 er24/3.8a


止めの三枚目は、やはり猫でしょう。
土手下の草むらから白猫が私を見上げていました。
「おう、白・・・元気か?」などと勝手な会話。
白い猫の名前はすべて〔しろ〕、黒い猫の名前はすべて〔くろ〕、雉猫は〔トラ〕と決まっています。

CP0927.011 福岡市東区 er24/3.8a


こんなご気楽な写真が撮れる生活・・・仕事が忙しくて休みが無いなんて贅沢なことは言ってられませんな。


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みかん猫67

6時を過ぎた

CG0102 (00113)福岡市東区SN28a立花山と犬


毎朝、目覚めるのが早くて、起き出すまでの時間は布団のなかで本を読んだり、ラジオ番組やCDで音楽を聞いたりして過ごしています。
早朝のラジオ放送、その天気予報のなかで、全国の日の出の時刻を教えてくれます。
それを聞いていると、このところ、どんどんと日の出の時刻が遅くなっていくのに気づかされます。

今朝の放送によると、福岡の日の出の時間がとうとう6時を過ぎるようになってしまいました。
もちろん、この放送がある時刻は、まだ日の出前ですから枕元の窓の外は夜の帳がおりています。
朝早く目覚める私としては日の出の時間が早い方がありがたいのですが、自然現象には抗えません。

早春から初夏にかけては、逆にどんどん日の出の時刻は早くなり、枕元の窓から射し込む気持ちの良い朝日で目覚めるよになります。
朝日とともに目が覚めるのは、実に心地よいものです。
こんな日がながく続けば良いと願っていても季節は間違いなく移っていきます。

日の出が遅くなり夏も終わったと云うことでしょうが、このところ日中は汗ばむくらいの陽気です。
これで、お天道さんが、ちょっとは気を利かせて早く顔をだしてくれると万々歳なのですが、寒くなると「もう一分、寝かせておいて・・・」と、朝寝坊したくなるのは人間もお天道さんも同じとみえます。

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みかん猫67

新しい授業

FB0723 (02)F東区NF3528


大学の授業の組たても、時代に即して変化をしていきます。
今年の二年生が入学した年に、カリキュラムを変えましたので、現在の二年生、一年生は入学時から、それまでの学生たちとは違ったカリキュラムで勉強していることになります。

カリキュラムが変わると、当然個々の授業の内容も程度の差こそありますが変わります。
また、新たに生まれた学科目もあります。
そんなこんなで、新しいカリキュラムの初年度の授業は教師にとっても負担が大きくなります。
今年の場合は二年生の授業が新カリキュラム初年度の授業で、本日、私の担当した授業もそういった授業でした。
新しい授業ですので、それまでの方法論は適用できません。
授業の組み立てから、本日の授業の準備まで一所懸命、時間をかけて準備することになります。

でも、寝ている学生が居たりすると、とたんに力が抜けてしまいます。
いろんな授業のなかには、どうしても興味がもてない授業もあるだろと云うことはわかるのですが・・・

大学は〔皆入学〕と言われるようになって、学ぶ気力も、専攻に対する興味も希薄な学生が増えたように思えます。
以前の学生たちは、大学で学ぶことに興味を持って入学してきていましたが、今の学生に対しては興味を持たせることから始めなければならないのが現状です。

時間と手間が一層かかるようになっているのですから、学生が居眠りをしていたからといって、腰砕けになってはいられません。
分かりやすく、過度の負担を強いらないで、楽しく・・・そんな、授業が、いまの大学の授業。

これは、少々寂しい現実です。

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みかん猫67

暑〜

夏物の衣類を仕舞い込んだと思ったら、また半袖が必要なくらいの暑さが戻ってきました。
秋の装いをしていようものなら、今日のような日には汗だくになってしまい、疲れがどっと出ます。
このように暑い寒いを繰り返しながら季節は移り変わっていくのでしょう。


CP0902.046 韓国 et21a#

先月末から今月初めにかけて韓国で写真を撮ってきましたが、九月始め、韓国のスーパーの店先にはこんなに立派なスイカが並べられていました。
食事の後のデザートにスイカがでてきたこともありましたので、韓国ではまだスイカが旬の果物だったようです。

一方、我が国ではこの時期にはスイカは季節外れの果物となってしまったようで、畑の打ち捨てられたスイカをよく見かけました。
それほど大きく気候が変わるわけでもないのに、これはどうしてでしょうか?
韓国の人たちはスイカが好物で、少しでもながくスイカを食べていたいということなのでしょうか?

CB0822.033 福岡市東区 uch35_2[スイカ]#


私は、若い頃にはスイカが苦手でした。
スイカの種を口の中でを噛んでしまったときの、あの感覚が嫌だったのです。
スイカのみずみずしくてサクッとした歯触りを楽しんでいるときに、種を噛んでしまうと、口の中に嫌な感覚が走るのが嫌いでした。
「砂を噛む」って感じです。

スイカの種は吐き出せば・・・と言われるかもしれませんが、種を吐き出すのも嫌なのです。
一旦口に入れたものをペッと吐き出すのが嫌なのです。
スイカと同じような理由であまり食べなかった果物がもう一つ。
それは〔ぶどう〕です。
ぶどうの種を噛んだときの感覚はスイカ以上に嫌なものです。
がリッと云う嫌な音が頭の中に響き渡る(少々大袈裟かも知れませんが)ようです。

最近では口の中の感覚が鈍ってしまったのか、頭の中がグズグズになってしまったのか、スイカは種ごと飲み込むことで食べるようになりました。
しかし、ぶどうは種を吐き出さないと食べられないので、今でもあまり食べません。
一目のない所ではつまみ食いはしますけど。

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みかん猫67


こおろぎ

シルバーウイークとか云う妙な連休で、大学も授業がありません。
情業はなくても何やかやと引っ張り出されることも多く、今日も出勤です。
それほど急いで大学にやってくる必要もなかったのですが、年寄りの早起きで、朝はどうしても早く目が覚めます。
目が覚めて朝飯を食ってしまうと、家に居ても何もすることがないので、とっとと大学にやってきました。
ほんと、男という生き物は、家事ができる訳でもなく、家の中ではただごろごろしているだけの陸でなしです。

休みの日の静かな大学校舎のなかでコーロギが鳴いていました。
コンクリートの密閉された空間のなかで、コオロギの鳴き声は一層大きく、透明感をもって聞こえます。
このところ、夜、帰るときにもコーロギの声を聞いていました。
こんな、コンクリートの箱の中に居たのでは、餌にも水にも苦労するだろうから、外に出してやろうと何度か探してみたのですが姿を発見することができないままでした。

今朝も、コーロギの声を聞くことができて、「おっ、まだ元気にしているのだ・・・」と嬉しい気分になれました。


福岡市東区5

コオロギの写真が無いので、校舎の外で日向ボッコをしていたトカゲの写真を載せておきます。

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